日本の若者が信心深くなっている…旧共産陣営ロシア・ベトナムと並び「神の存在を信じる人」増加の謎
プレジデントオンライン / 2021年12月10日 11時15分
■神に近い国、神から遠い国が入り交じり、世界は多様
本年5月の本連載では「世界価値観調査」(※)の同性愛許容度の結果から、日本人全体としては世界と同様に「同性愛に寛容になってきているものの、若い男性は少し別」という内容の記事を掲載した。
※世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較する調査。1981年から開始され、1990年からは5年ごとに実施。ただし7回目の最新調査は前回から7~10年後の2017~20年(日本は9年後の2019年)となっている。本調査は各国毎に全国の18歳以上の男女、最低1000サンプル程度の回収を基本とした個人単位の意識調査。
今回は、本調査の「神の存在」を信じるかどうか、に関する部分から日本を含む世界各国の精神構造の対比や世界的な変化の動きについて概観してみよう。
神の存在を信じているかどうかについて、「信じている」「信じていない」「わからない」の割合を対象となっている世界77カ国について図示した(図表1)。国の順番は「信じている」の割合(青線)の大きい順である。
世界77カ国の「信じている」の割合は最も高いエチオピアの99.9%から最低である中国の16.9%まで大きく異なっている。神の存在感は国によってまことにさまざまであることが分かる。
一目瞭然なのは、神の存在を信じている国民の多さである。90%以上の国民が「神の存在」を信じている国は36カ国と半数近くにのぼっており、95%以上に限っても26カ国もある。
95%以上と国民のほとんどが「神の存在」を信じている国のリストを図表2に掲げたが、イスラム圏の国が12カ国と最も多く、カトリック国が9カ国、それ以外の途上国が5カ国となっている。
■宗教精神の観点からは中国と台湾の統一は極めて困難
主要先進国であるG7諸国について「信じている」の値を見てみると、高いほうから、米国(81.2%)、イタリア(76.2%)、ドイツ(57.2%)、フランス(50.3%)、英国(47.8%)、日本(39.2%)となっており、世界全体ほどではないが、やはりかなり幅が大きい(G7のうちカナダは調査対象外)。米国は主要先進国の中でもっとも信心深い国であり、カトリック国のイタリアがこれに次ぎ、他方、無宗教に最も近いのは日本である。
数字上、主要先進国は全体として「神の存在」をあまり信じなくなっていると言えよう。
さらに、「神の存在」を信じている人が最も少ない部類の国を確認すると、
② エストニア、チェコなど東欧の旧社会主義国
③ オランダ、スウェーデンなど脱宗教化が大きく進んだヨーロッパ諸国
の3種類に区分できそうである。
台湾は東アジア諸国であるのに「神の存在」を信じている国民(82%超)が多い点で目立っている。また、中国はデータ上、神から最も遠い国(「信じている」17%弱)となっているが、東アジア諸国であるとともに、依然として社会主義国でもあることがこの結果をもらしているのであろう。従って、宗教精神の観点からは中国と台湾の統一は極めて困難だといえる。
■神の存在について「わからない」と言えるのは日本人だけ?
「信じる」か「信じない」かのベクトルとは別に、「信じる」あるいは「信じない」と答えた割合が多いか、それとも「わからない」とする人が多かったかの違いのベクトルがある。後者のベクトルでもっとも目立っているのは日本である。
意識調査一般に関して、日本人は「わからない」と回答する比率が多い点がかねて指摘されている。意識調査の統計分析の権威・林知己夫は海外比較を含めた国民性調査の長い蓄積から、日本人らしさの特徴として「中間的回答の多いこと」を挙げている。ここで中間的回答とは、「非常によい」と「まあよい」なら、「まあよい」のほうの回答、また「どちらともえいない」「分からない」といった回答を指す。
この点に関して、私は、狭い島国でいさかいをせずに同居するため、日本では互いにケンカにならないように、あいまいな言い方をするようになったためと考えているが、風土論的に次のように説明されることもある。
気候学者の鈴木秀夫によれば、〈ドイツ人は、わからないという状況が耐え難くて、物事の理解より自分の意見をはっきり持つということを優先する態度をとる。例えば、よく知らないにもかかわらず訊ねられた道をきっぱりした態度で教える。これに対して、日本人は、人間の判断を空しいものとみなす仏教の思想に影響されている。理解していることでも自分の理解は不十分なのではないかと感じ、むしろ「わからない」と回答するほうがしっくりする気持ちを抱く〉といった主旨の解説をしている(『森林の思考・砂漠の思考』NHKブックス、p.14~18)。
そして、こうした東西の考え方の違いを気候風土に影響されて生まれたものとしている。すなわち、乾いた大地において水場に向かう道としてどちらかを選ばざるを得ない西洋の「砂漠の思考」に対して、どちらの道を選んでも生き残れる東洋の「森林の思考」とがあり、日本人は特に後者に親しんでいるためと見なしている。
人間関係にまつわる設問なら、私が述べた気を使い合う日本人の特性から説明したほうが分かりやすいが、今回の「神を信じるか」というような問いに関して「わからない」が多いのは鈴木の風土論的な説明のほうが、説得力があるように思える。
神を信じるかどうか、またどの神を信じるかをめぐって「文明の衝突」(ハンチントン)が続いている現代世界において、信仰上の無用の衝突を避け、真の融和と世界の平和に至る道を探るためには、日本人式のあいまいさがむしろ功を奏する可能性が高いと私は思うのだが、どうだろうか。
■社会主義の凋落が生む宗教回帰:日本も例外でない?
神の存在を信じているかどうかについての世界のこうした多様性を踏まえ、次に、この点に関する世界各国の変化の方向性について調べることで、現代社会が置かれている精神世界の一端を垣間見ることにしよう。
図表3には、異なる時期の「神の存在」を信じている割合を比べるため、X軸に2000年期(一部2010年期)の値、Y軸に最近の2017年期の値を取った散布図を掲げた。対象はどちらの時期にも調査が行われた国である。
ここで2000年期とは多くの国が2000年に調査を開始した調査回を指す(実際には1999~2004年に各国で調査が実施されている)。2010年期、2017年期も同様の表現である。
この散布図の右上の国は両時期を通じて神の存在感の大きい国、左下の国は小さな国である。
一方、視点を変えて、45度線より左上に位置する国は、以前より神の存在を信じる人が増えた、いわば「宗教復活」の諸国であり、45度線より右下に位置する国は、以前より神の存在を信じる人が減った、いわば「脱宗教化」の諸国である。
そして45度線より距離が離れているほどその程度が大きいと判断できる。
両時期ともに値が非常に高く、スペースの関係で図中に国名を記せなかったバングラデシュ、フィリピンなど11カ国以外では、45度線より右下に位置する国が多い。特に、主要先進国(米国、英国、フランスなど)は、日本を除いていずれも45度線より右下に位置している点が印象深い。この点から、世界では脱宗教化が大勢であることが理解できる。
それでは、45度線より左上に位置する「宗教復活」の諸国はどんな国であろうか。国名を見ればわかる通り、ギリシャと日本を除けば、いずれも旧社会主義国(一部社会主義国)である。社会主義国では「宗教はアヘンだ」とされ、「神の存在」を信じる者は白眼視されていた。ところが、ソ連崩壊以降の脱社会主義の流れの中で、「神」や「宗教」が復活してきているのだと見て誤りないだろう。
旧社会主義国の中でもポーランド、クロアチア、スロバキア、チェコなどは45度線より右下に位置する国となっているが、これらの国では、以前より社会主義思想の感化力が弱かったため、欧米諸国一般と同様の脱宗教化の動きとなっていると解することができる。
45度線からの距離が大きく、宗教復活の程度が大きい国として、ロシアとベトナムが目立っている。2000年期から2017年期にかけて、神の存在を信じる人の割合が、ロシアでは60.4%から74.4%へ、ベトナムでは17.7%から48.5%へと大きく増加しているのである。社会主義思想の影響力が大きく弱まり、ロシアではギリシャ正教が復権し、ベトナムでは仏教やフランス統治下時代以来のカソリックなど種々の既存宗教が復活するとともに、諸宗教が混交した新興宗教も盛んになってきているからと考えられる。
社会主義国だったわけでもないのに、旧社会主義国と同様に宗教が復活してきている点で目立っているのは、ギリシャ(83.7%→91.8%)と日本(35%→39.2%)の2国である(そもそもの神の存在感に大きな隔たりがあるが)。
ギリシャは社会主義政党が選挙で政権を握っていたこともある、社会主義の影響度の高かった国である。実は、日本も思想的には社会主義の影響が強かったため、今になって、旧社会主義国と同様に、宗教の復活現象が起こっていると解することも可能なのである。
■日本の若者層について信仰上の保守化が起こっていると見てよいか?
最後に、この点を別の角度から見てみるため、「神の存在」を信じるかについて、日本の長期的な動きをフォローするとともに、年齢別の特徴を探り、世界の動きとの関連について分析してみよう。
図表4に、この設問の結果について、1981年以降40年近くの長期的な推移と、最新2019年の年齢別の結果を掲げた。
長期推移では「信じている」(青線)はほぼ横ばいか、2000年以降はやや上向きの傾向が見て取れる。上で重要な特徴として取り上げた日本人の「わからない」の多さについては、むしろ、長期的には、やや低下傾向にあるようだ。
最新年の年齢別の値は非常に興味深い結果となっている。すなわち、「信じている」の割合は、16~34歳の若者層が42.5%と最も高く、65歳以上の高齢者層は36.7%と最も低くなっているのである。
私が若者だったころを思い出すと、老い先短い高齢者は信心深く、未来のある若者は神のことなど考えないのが当然という精神態度が普通だった。それから半世紀が経過した現代の老若には何と大きな変化が生じているのだろう。
これについては、旧社会主義国における一般的な宗教の復活現象と同じようなことが日本で起きていると理解するしかない。
こうした若年層の先祖返りのように見える現象を「若者の保守化」と呼んで、奇異に見たり、嘆いたりする有識者が多いが、むしろ、高齢者のほうがヘンな精神性なのだと見たほうがよいと思う。
つまり、近代的な思想や社会主義の理想に感化された戦後生まれの日本の若者が、そのままの精神性で高齢となったため、そうした思想や理想には影響されなくなった現代の若者にとっては理解しがたい理想主義に偏った考え方を高齢者は抱いているのである。実は、神の存在を信じることほうが無理のないことなのだ。
■ロシア、ベトナム、日本は「宗教復活」した国
参考までに、世界の主要国におけるこの設問の年齢別結果を対比させたグラフを図表5に掲げた。
上の散布図(図表3)で「脱宗教化」に位置した米国やフランスでは、かつての日本と同様に高齢者ほど信心深く、若者にとって神の存在感は薄れている。ところが、これとは対照的に、ロシア、ベトナム、日本といった「宗教復活」に位置した国では、高齢者ほど信心深くはなく、むしろ若壮年層がもっとも信心深くなっている。
ただし、ベトナムは45~54歳層で、ロシアでは35~44歳層でもっとも「神の存在」を信じる割合は高く、「宗教復活」がかなり前から起っていると見られるのに対して、日本の場合は16~34歳という最も若い層で、同割合が最高となっており、宗教復活が最近の現象だという違いが認められる。
ソ連崩壊や開放政策といった社会主義の凋落という激変に直接さらされず、単に思想上の潮流変化の影響を受けているだけの日本では、「宗教復活」に見える現象の到来もやや遅くなったのであろう。
日本では、若年層の自民党支持率が高齢者より高いなどの現象が起きており、これに対して、「若者が保守化している」と解されることが多いが、これは高齢層からの一方的な見方にすぎない面が大きい。むしろ、そう見える変化は、ここで神の存在感について分析したのと同様に、一時期、勢力が大きかった近代思想・社会思想の影響力が日本で減退してきただけだと見ることができよう。
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統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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