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デマが事実として炎上ネタに…池袋暴走事故の加害者家族が伝えられなかった本当のこと

プレジデントオンライン / 2021年12月11日 11時15分

事故現場で実況見分に立ち合う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(右から2人目)=2019年6月13日、東京都豊島区 - 写真=時事通信フォト

殺人事件などの凶悪犯罪では、被害者家族には公的なサポートが広がりつつある。一方、加害者家族の場合はどうか。長年にわたり加害者家族を支援し、『家族間殺人』(幻冬舎新書)を書いた阿部恭子さんに聞いた――。(第2回/全3回)

■「重大事件の容疑者家族は保護できない」

(第1回から続く)

――阿部さんは、犯罪加害者の家族支援のひとつに報道対応をあげていましたが、具体的にはどんなサポートを行うのですか?

私たちが報道対応を本格的に実践したのが、「野田市小学4年女児虐待事件」からです。

2019年1月下旬、千葉県野田市のアパートで、父親から凄惨(せいさん)な虐待を受けた小学4年生の女児が亡くなりました。前年にも東京都目黒区で、少女の虐待死事件が起きていたために、社会的な注目を集めて報道が過熱しました。そして世間は、被害者に同情し、加害者、そして加害者家族を激しく糾弾しました。

事件の報道後、私は、父親の妹、つまり女児の叔母から連絡をもらいました。警察に相談しても「重大事件の容疑者家族は保護できない」と言われ、連日、自宅に詰めかける報道陣への対処に苦慮しているというのです。

しかも家族は、逮捕された女児の父親との面会も認められず、事態を把握できないまま報道陣から身を隠すような生活を余儀なくされていました。

私たちが千葉県柏市で会見をセッティングしたのは、事件から1年ほどが過ぎた2020年2月のことです。裁判員裁判に向け、加害者家族に対して報道陣が再び殺到すると予想されました。そこで、私がメディアの窓口になって情報を提供する代わりに、加害者家族への取材を控えてもらうようお願いしたのです。

■メディアスクラムを組まれ日常生活が送れなくなる

事件後、家族は住み慣れた町を離れました。相談者や彼女の幼い子どもたちも、ようやく新たな環境に慣れはじめた時期です。報道陣による執拗(しつよう)な取材で、再び転居を強いられることがないようにサポートを必要としていたのです。

事件後に加害者家族が転居するケースは少なくありません。メディアスクラムのなかでは、高齢の家族が通院することも、子どもが通学することも、買い物に出かけることもできなくなります。

隣近所の人から面と向かって非難されなくても、申し訳なさから肩身の狭い思いをする人もいます。事件を境に、当たり前だった日常を送れなくなってしまうのです。

■玄関に張り紙を貼りメディア対応の窓口になる

――記者会見以外には、どんな報道対応がありますか?

逮捕直後から支援が行えるのなら加害者家族には、あらかじめ私の名刺を多めにわたしておきます。報道陣から取材を受けたら、窓口は私だと名刺をわたして伝えてもらうようにしています。加害者の家族が自宅から身を隠している場合は、玄関に私の連絡先を書いた張り紙を貼ってもらいます。

とくに重要なのは誤報の訂正です。SNSの普及で間違った情報でもどんどん拡散されてしまう。野田の事件でも、殺された女児の父親が、妹(相談者)をいじめていたというデマが広まっていました。それなのに、犯罪加害者の家族には訂正するすべがない。

私たちはSNSで間違った情報が広まるたび「SNSでこういう話が出ていますが、これは誤報です」と記者会見やメディアなどを通じて、間違いを指摘しています。

加害者家族の多くは生活を建て直すために転居を強いられます。しかしSNSで拡散されれば、何度転居しても、かつての犯罪が掘り起こされ、逃げ場すら奪われて、社会復帰すらままなりません。

インターネット詐欺やいじめの被害者
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

――SNSへの書き込みについては、「加害者に対する社会的制裁だ」と容認する風潮があります。

それも大きな問題ですね。ネット上に残った誤報は、デジタル・タトゥーとして何世代にもわたり、家族の名誉を傷つけてしまいます。誤報はSNSだけの問題ではありません。捜査段階で間違った情報が流れることもある。メディアは警察発表をそのまま使うから、間違った情報が“事実”として定着してしまう。

■「高級フレンチ」ではなく「普通の洋食屋」だった

最近では、2人が死亡し、9人が負傷した「池袋暴走事故」がそうです。

事故後、車を運転していた飯塚幸三氏が逮捕されなかったのは、旧通産省工業技術院の元院長という「上級国民」だからとされ、世間から激しいバッシングを受けました。たとえば飯塚氏は事故発生直後、「救急車が到着する前に息子に携帯電話をかけていた」と報道されました。でも、事実は違うんです。

――どういうことですか?

息子さんが飯塚氏から電話を受けたのは事故の55分後です。警察発表をもとにメディアが「事故直後に息子に電話した」と報じた結果、飯塚氏が息子に揉み消しを依頼したというデマに変わってしまいました。

さらに、「フレンチレストランを予約していて、遅れないように急いでいた」とも報じられました。メディアは「上級国民」を強調したかったのでしょう。でも、そのお店は「フレンチ」というイメージにはそぐわないような普通の洋食屋で、飯塚氏は懇意にしていたので遅れてもかまわない状況でした。

事故当時は、飯塚氏の家族が何を語ったとしてもバッシングが加熱するだけ。沈黙するしかありませんでした。飯塚氏と家族は、世間からの激しいバッシングにさらされました。でも、彼一人を極悪人として攻撃しても、決して社会はよくなりません。

■デマを訂正することで加害者家族の未来を守る

重大事件の家族をサポートする過程で、私は間違った情報を訂正していく意味に改めて気づきました。この活動は、飯塚氏の家族を支えるだけでなく、犯罪加害者の子どもたちの将来のためにもなるんだ、と。

――どういうことでしょう。

阿部恭子『家族間殺人』(幻冬舎新書)
阿部恭子『家族間殺人』(幻冬舎新書)

犯罪加害者となった人物に、幼い子どもがいるとします。いつかその子が成長したとき、自分の親について、親の事件について調べると思うんです。そのとき目に入ってくるのが、事実を無視した記事や、感情的なコメントばかりだったらどう受け止めるでしょうか。きっと大きなショックを受けるはずです。

でも、そのなかに少数だとしても、事実に基づいた記事や、家族の思いなどが残されていれば、少しは救われるのではないか。私は、そんな子に、世の中は間違った情報を垂れ流す人ばかりではないと知ってほしい。いい意味でのデジタル・タトゥーもあるんじゃないか、と思うんです。

「加害者側の言い分や主張なんて信じるな」「罪を犯したのだから制裁を受けるのが当たり前だ」……。

私たちの活動や姿勢に対して、そうした批判もあります。実は、私はそうした意見もあるべきだと思っているんです。情報を取捨選択して判断していくのは、一人一人の市民です。だからこそ、知りえた事実を残していく。それも加害者遺族の支援として必要だと考えています。(第3回に続く)

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阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)がある。

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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子 聞き手・構成=山川徹)

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