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「クルマと家庭があってこそ一人前」妊娠中の妻を手にかけた夫が固執した"地方の常識"

プレジデントオンライン / 2021年12月12日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

2020年の「岩手県妊婦殺害・死体遺棄事件」では、夫が妊娠中の妻を絞殺し、死体を山中に遺棄した。事件の背景にはなにがあったのか。長年にわたり加害者家族を支援し、『家族間殺人』(幻冬舎新書)を書いた阿部恭子さんは「『クルマと家庭があってこそ一人前』という地方の常識が、夫を追い詰めていったのではないか」という――。(第3回/全3回)

■失踪したと見せかけて妊娠中の妻を殺した30代の男性

(第2回から続く)

――『家族間殺人』では、妻からのDVやモラハラに悩む男性が利用しやすい窓口の必要性を訴えていますね。

「岩手県妊婦殺害・死体遺棄事件」の加害者家族のサポートを経験して、そう感じました。

2020年10月、妊娠していた妻の死体遺棄で、30代の男性が逮捕されました。男性の兄から相談を受けた私は、逮捕の翌日、岩手県奥州市に向かいました。男性の無実を信じていたのは、家族だけではありません。男性が勤務した会社の社長も「自白を強要されたに違いない」と訴えていました。そうした話を聞いた私も、もしかしたら冤罪の可能性もあるのでは、と思っていました。

事件の発端は2019年5月末。男性と夫婦げんかをした妻が、幼い子どもを置いて家を出てしまった、という通報でした。ラインを送っても既読にならない。帰宅せず、会社にも出勤しない。家出から5日後に夫が捜索願を出しました。

男性と家族は、自ら捜すだけでなく、探偵事務所に依頼するなどして手を尽くしました。人里離れた山中で、妻とみられる白骨死体が発見されたのが、捜索開始から1年が経とうとする翌年5月。警察署で妻の遺体と対面した男性は「骨でも戻ってきてよかった……」と涙を流したそうです。

男性が妻を殺害したとは、誰も思っていませんでした。しかし10月から男性に対する警察の任意聴取が本格的にはじまり、殺害を認めて逮捕されました。その後、私も面会したのですが、評判どおりの誠実そうな人物でした。彼は「家族に事件の責任はない。親のせいではない」と涙ながらに語りました。

■「夫の髪の毛が落ちている家に帰りたくない」と日記に書いていた妻

話を聞きながら、私は彼にはきっと守りたいものがあったのではないかと感じました。男性には、妻を殺害しなければ守れない大切なものがあったのではないかと。

――「守りたいもの」ですか?

妻の日記に〈もっと給料の高い男と結婚すればよかった〉〈夫の髪の毛が落ちている家に帰りたくない〉〈この結婚は失敗だった〉と記されていたと裁判で明らかにされました。

家事をしない男性に欲求不満な女性
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

あるとき男性は「てんかん」の発作で病院に運ばれています。病院でたくさん知り合いが働いているからなのか、妻は「なんでここなの、恥ずかしい!」と激怒しました。その後も「子どに遺伝したらどうするのか」と責められ、「病人にはまかせられない」と子どもを自由に抱き上げることさえできなくなります。

また「てんかん」でクルマの運転ができなくなった夫を妻は「マジ使えね」と侮蔑しました。そうした夫婦関係のなかで、男性はどんどん追い詰められていったのでしょう。都市部に暮らす人にはなかなか理解してもらえないかもしれませんが、地方では「クルマと家庭を持ってこそ一人前の男」という価値観がいまだに根強いですから。

――妻だけではなく、男性も価値観にとらわれ、かたくなに守ろうとした結果、限界に達して事件に発展した、と。

ええ。二人とも岩手県で生まれ育ちました。すべてを否定するつもりはありませんが、地方にはロールモデルが極端に少ないという問題があります。クルマと家庭を持ってこそ一人前の男。30歳までに結婚して子どもを産まない女は女じゃない……。

広く世界を見れば、一人前の男になる必要も、女らしいとされる生き方を選ぶ義務もないんですが、ロールモデルがないゆえに、二人は地方の常識に従って生き、結婚した。地方で純粋培養された二人には、生き方の選択肢を増やす機会が少なかったのではないかと感じました。

■夫婦の関係性は「まるでお嬢様と召使い」

地方では、男女関係も家族関係も、古い価値観に縛られています。

都市部に比べてDVや虐待に対する問題意識も薄い。いまだに男の子に対する虐待を、しつけと捉える人は少なくありません。その理由は、男の子は強くないといけないから。女性のDV被害者や、虐待される子どもも救い切れていないのに、社会問題としてまだ広まっていない男性に対するDV、モラハラ被害をどうするのか……。

被害者となった妻にしても、仲のいい同僚には夫の愚痴を話していましたが、世間体を気にして離婚するつもりはなかったようです。離婚を考えるどころか、マイホームを購入しようとしていた。

一方の夫も、クルマを運転できなくなった負い目を感じていたのか、妻の言いなりでした。裁判では夫婦関係を「まるでお嬢様と召使い」と証言したほどです。

もしも、きちんと向き合う機会があったり、悪口を言い合える関係だったりしたら、最悪の事態は避けられたかもしれないと思うのです。

■社会から置き去りにされている犯罪加害者の子どもたち

――夫の逮捕後、幼い子どもはどうなったのでしょうか?

そこが男性の家族がもっとも懸念した点です。男性の家族はマスコミに追われ、これまでのような生活はできないだろうと考え、殺害された妻の実家に子どもを預けることにしました。

――夫婦間の殺人事件の場合、子どもの立場は複雑ですね。両親が被害者と加害者になるわけですから。

親が逮捕された子どものサポートは大きな問題です。岩手の事件では、母親の家族に引き取られましたが、引き取り手がいない場合は児童養護施設に入所します。犯罪加害者の子どもたちの受けた精神的なダメージを、どのように回復していけばいいのか。まだ調査はされておらず、十分なサポートを受けられない状況です。

■世間が子どもに罪を背負わせてしまっている

――それでも阿部さんたちの活動を通じて、犯罪加害者家族に対する理解は、少しずつ広がっているように思います。

阿部恭子『家族間殺人』(幻冬舎新書)
阿部恭子『家族間殺人』(幻冬舎新書)

加害者家族を題材にした小説やドラマ、映画が増えたのは、大きな進展だと思います。東野圭吾さんの小説『手紙』や、東元俊哉さんの漫画『テセウスの船』、内藤瑛亮監督の映画『許された子どもたち』では、私たちの経験も作品に活かされています。

犯罪加害者の子どもだからという理由でいじめられたり、学校に通えなくなったりしたという話はよく聞きます。しかし、罪を犯したのは親であり、子どもに罪はありません。

世間が見て見ぬふりをすることで、いまだに多くの犯罪加害者の子どもたちは放置されています。それでは子どもに罪を背負わせているのと一緒です。世代間連鎖を断ち切り、将来の犯罪を防ぐためにも、目の細かいセーフティーネットを構築していく必要があります。その一歩として、犯罪加害者家族の存在を知り、苦しみを想像してみてほしいんです。

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阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)がある。

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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子 聞き手・構成=山川徹)

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