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同じ車両に殺人鬼がいないか常にびくびく…鉄道会社に乗客を「守る義務」はないのか

プレジデントオンライン / 2021年12月15日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

電車内での事件が相次ぐ中、乗客の不安を軽減するにはどうしたらいいか。弁護士の小島好己さんは「無差別事件が起きても鉄道会社に責任を負わせるのは難しい。AI犯罪予測システムや手荷物検査といった有効性のある防犯対策の導入を前向きに検討すべきだろう」という――。

■他人と接触する列車内でも安心感があった理由

2021年、小田急電鉄、京王電鉄など、列車内での無差別事件が続いた。日常的に鉄道を利用する者としては他人事ではない。

列車での移動時間は一日のなかで貴重な息抜きの時間でもある。列車に乗って車内を見回すと、一人もしくは二人、あるいはグループで思い思いの時間をゆるんだ顔や姿勢で過ごしている乗客が多い。私自身もスマホで何かやったり、本を読んだり、熟睡したり、ぼーっとすることが多い。

列車内は他人と接触する場所だから乗車時に全く無防備になるというわけにはいかないはずだが、他人に対する妙な信頼感と、日本の鉄道会社に対する絶大な信頼感があるのか、車内に漂う空気は張り詰めた緊張感というよりものどかでゆったりとした安心感である。

そのような中での無差別事件の連発である。自社の列車内で発生した無差別事件について鉄道会社が負う責任や方策はあるのか。乗客はどう対応するべきか。

■鉄道会社には「乗客を安全に運ぶ義務」がある

鉄道会社は乗客を乗車駅から下車駅まで運送し対価としての運賃を得る。運賃は運送する区間の対価だから、鉄道会社としては乗客を運送しさえすれば自らが行うべき運送の主たる義務は果たす。

しかし、ただ単に乗客を運送すればよいということではない。安全な運送が担保できない可能性がある車両を運転することはできないし、脱線する危険があるような線路で列車を運転することも許されない(鉄道に関する技術上の基準を定める省令等)。

鉄道事業を規律する鉄道事業法は鉄道輸送の安全を確保することを目的の一つとしており(第1条)、鉄道事業法第18条の2にも「鉄道事業者は、輸送の安全の確保が最も重要であることを自覚し、絶えず輸送の安全性の向上に努めなければならない」と規定されている。

この鉄道事業法第18条の2は、2005年の福知山線列車事故など人的ミスを起因とする鉄道事故が多発したことを受けて鉄道事業法に付記された規定であるが、単に運送をするだけではなく、旅客に対する安全確保の義務を鉄道会社は負っているということを示す一例である。わざわざ券売機や改札口で「お客様を安全に運送します」と約束をしていなくても、鉄道会社は運送契約上当然に乗客を安全に運送する義務を負っている。

安全確保の義務が付随的に認められるケースは他にもある。たとえば会社と従業員との雇用契約でも見られる。会社と従業員は、従業員が労働を会社に提供し、会社が労働に対して賃金を支払うという関係が主要な内容になるが、これだけにとどまらない。

雇用契約書に書いていなくても会社は従業員に対して「安全配慮義務」と呼ばれる義務を負う。従業員が会社の業務の最中にけがをしたり、ハラスメントなどに遭って身体的、財産的、精神的に損害を負ったりすることのないように、会社は従業員の労働環境を保全しなければならないという義務である。会社が安全配慮義務違反で従業員に対し損害賠償責任を負うとされた裁判例は枚挙にいとまがない。

■「無差別殺傷事件を防ぐ義務」まで負わせられるのか

鉄道における安全確保の義務は車内での安全確保も含まれる。しかし、車両や線路の維持管理上の問題に起因して乗客が車内でけがをしたという鉄道会社の落ち度が容易に認められる場合はともかく、乗客による無差別事件が発生した場合にも鉄道会社は安全確保を怠ったとして被害者に対する賠償をしなければならないのだろうか。特に加害者被害者双方に原因のあるような事件ではなく、無差別に無関係な人を殺傷するような事件を防ぐ義務があるかどうかということである。

鉄道車両は走行中閉鎖空間となる。列車走行中に乗客がドアを勝手に開けて車外に出ることはできず、仮に列車内で無差別事件が発生しても逃げ場がない。そうすると、会社の従業員に対する安全配慮義務と同じように、走行中の列車内で乗客による無差別事件が起きないようにする義務が鉄道会社にはあり、無差別事件が起きて被害を被った乗客に対して鉄道会社が賠償義務を負うという考え方も出てきそうである。

しかし、会社と従業員、鉄道会社と乗客とのそれぞれの関係は異なる。

会社と従業員の関係は人的関係が濃い。会社は労働時間中、従業員を支配して業務命令をし、従業員はその命令に従う。従業員が会社に無断で勝手に職場を離脱することは許されない。会社は労働時間中、従業員の生殺与奪を握っており、したがって、会社は従業員が労働災害に遭わないように常に配慮をするべき立場にある。

東京の通勤者
写真=iStock.com/xavierarnau
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xavierarnau

■どんな乗客かの把握も、拒否もできない関係性

一方で鉄道会社と乗客との間には、会社と従業員ほどの支配従属関係がない。

会社は従業員の個性や特性、能力を把握するべき立場にあるが、鉄道会社は乗客の個性や特性、能力は把握していない。ましてや思想や趣味嗜好(しこう)、性癖など知る由もない。鉄道は公共交通機関であり、不特定多数の人を輸送する立場にある。会社は誰を従業員として雇用するか選択する権利があるが、鉄道会社は原則として乗客に対して輸送拒絶をすることができない(鉄道営業法第6条第1項、第2項)。

信楽高原鐵道での列車衝突事故(1991年)や福知山線列車事故のように、明らかに鉄道会社の運転規則違反がある場合はともかくとして、乗客の1人が起こす車内での無差別事件に対して、鉄道会社の安全配慮義務違反を問い、鉄道会社に責任を負わせるのは、現時点では難しいというべきであろう。

■鉄道会社による犯罪抑止策には限界がある

もちろん鉄道会社は車内や駅構内での犯罪行為抑止に手をこまぬいているわけではない。

安全配慮が具体的にどこまで求められるかはその時代によって変わるが、鉄道運輸規程上、激発物や殺傷能力のある刃物といった危険物の持ち込みが禁止されている(同規程第23条)。車両や駅構内への防犯カメラ設置も進んでいる。手荷物検査についても、2021年に鉄道運輸規程の改正があり導入の素地を整えた。

12月3日には、国交省が10月31日に発生した京王電鉄の事件を踏まえて、京王線車内傷害事件等の発生を受けた今後の対策を取りまとめ、車両新造時等の車内防犯カメラ設置、非常用設備の表示共通化など5点の対策を発表している。

AIを使った犯罪予測の手法が研究されているとも聞いている。列車には車掌のほかに警備員も乗務することが増えた。車両には緊急停止のためのボタンも設けられている。火を放たれても車両の延焼を防ぐための基準も設けられている。

しかし、現時点で鉄道会社としてはその程度が限界であろう。

JR東日本のホームページによれば、2020年新宿駅の乗車人員数は47万7073人/日に及ぶ。新型コロナウイルス感染症の影響で前年比38.5%減ということがあっても巨大な数字である。仮に新宿駅から乗車した者によって1カ月に1回加害者1人による無差別事件が起きても、それは1431万2190人分の1である(1カ月を30日として計算)。

全ての人に空港のような手荷物検査を実施することは不可能だし、金属探知機を自動改札機に設置したら、自動改札機は一日警報音が鳴りっぱなしになるのが目に浮かぶ。係員の目視で怪しい人物が乗っていたら列車を発車させないとなると、ほとんどの列車が発車できない状況になりかねない。

駅にあるCCTVカメラ
写真=iStock.com/1550539
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/1550539

■自分の身を守るために乗客は協力するほかない

一方、個々の乗客が無差別事件に気を付けて自分で危険を回避せよというのもまた無理な話である。

列車の中に乗り合わせる人はほぼ他人である。乗客も列車本数も少ないローカル線の列車だと毎日同じ人と顔を合わせることもあろうが、無差別事件が起きやすい列車は乗客数も多く、しかもお互い初対面の人がほとんどである。その中でいち早く暴れ出しそうな人に気が付き、不審行動を捕捉し、かつ的確な危険回避行動をとることなど一般人にできるはずもない。

混雑する列車を避けるというのも、口にするのは簡単である。しかし、来る列車全てが適度に混んでいる路線ですいている列車を待っていれば、いつまで経っても目的地にたどり着けない。しかも、すいている列車を選択したからといって何も事件が起きないという保証もない。

そうであるなら、乗客としては、鉄道会社が行う防犯対策に協力するほかない。

手荷物検査や防犯カメラに対しては、昔からプライバシーとの関係で賛否両論がある。AIによる犯罪予測システムも、不審者の行動パターンを人工知能に学ばせて現実の乗客の動きから「怪しい」という人や行動を探し出すから、実際には問題がない人に対してもAIによって「怪しい」とされ、監視対象になることに気味の悪さを覚える人もいるだろう。私も何も感じないとまではいえない。

このように、今そしてこれからの防犯対策には乗客のプライバシーに踏み込んだものも増えてくる。

■常に警戒できないのに有効な対策を否定していいのか

しかし、犯罪予防や犯罪立証機能の有効性のある技術があるなら、全く否定するのではなく、その弊害を防止したうえで有効に使うべきである。防犯カメラや手荷物検査を犯罪の予防、犯罪の立証のために必要な限度の利用にとどめること、防犯カメラの使用目的遵守や映像、データに接することのできる者の限定、記録の適切な保管、必要な期間が経過したときのデータの完全な廃棄、問題が起きたときの責任の明確化が確立されるならば拒否する理由はない。

また、乗客自身、喉元を過ぎると熱さを忘れてしまいがちなことも自省すべきであろう。過去をさかのぼれば列車を含む公共交通機関の中で無差別事件は何度も発生している。1995年の地下鉄サリン事件の際、加害者がサリンを運ぶときに新聞紙を使ったということがあり、「車内に新聞を放置しないように」という放送が流れたことがあった。しかし、しばらくすると車内に放置された新聞が散見されるようになった。

列車に乗っているときに、鉄道事故や無差別事件に遭遇する確率自体は極めて低い。「自分が列車内で無差別事件に遭遇するはずがない」と人は思いがちであり、私自身も普段「この列車で無差別事件に遭遇するかもしれない」などと思って乗ることはほとんどない。だから車内で無警戒に惰眠をむさぼることが多い。常に警戒せよ、というのは私には無理だし、多くの乗客にも無理な話であると思う。

ならば、乗客は、その代わりとして、日ごろから鉄道会社が行う防犯や事後的な証拠確保の手段には可能な限り協力し、かつ、危険を招く原因を作らないように気を付けるべきである。

池袋駅の車掌
写真=iStock.com/coward_lion
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coward_lion

■トラブル対応に寛容になることも重要だ

現場の係員が躊躇(ちゅうちょ)なく安全確保措置をとれる環境づくりも必要である。

トラブルが発生して列車が遅延したり運休になったりしたとき、現場で寛容になれない乗客はいつの時代にも一定数いる。現場の係員がとれる権限についてあいまいなままだと現場の係員が対乗客との関係に配慮して委縮する可能性があり、安全確保に即応することができない恐れがある。

係員が必要なときに必要な措置(対象者の施設外退去など)を躊躇なくとれるよう、現場の係員に具体的な権限や裁量を与えること、ルールにのっとった対応を係員が行ったときには、結果がどうあれ係員の責任を問わないという制度を作っておくべきである。具体的な犯罪抑止のためのルールをいくら文字で定めても実際にそれが活用されなければ意味がなく、第一次的に安全確保措置を具体的に行使するのは乗客と向き合う現場の係員だからである。

高速で疾走する列車を運行する鉄道事業は、事業の性質上ただでさえ危険と隣り合わせである。危険を内包する列車に乗っても、夏は冷房か自然の風が吹き抜ける中で、冬は暖房が効いた中で、移動中に乗客が惰眠をむさぼることができるのは、日ごろの並々ならぬ鉄道会社の努力の賜物(たまもの)でもあろう。

鉄道会社と旅客の双方の努力と理解と寛容とで、今後も鉄道の安全確保が維持されてほしいものである。

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小島 好己(こじま・よしき)
翠光法律事務所 弁護士
1971年生まれ。1994年早稲田大学法学部卒業。2000年東京弁護士会登録。弁護士業に勤しむ一方で、鉄道と広島カープの二大趣味に日々没頭する。一般社団法人交通環境整備ネットワーク監事のほか、弁護士、検事、裁判官等で構成する法曹レールファンクラブの企画担当車掌を務める。

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(翠光法律事務所 弁護士 小島 好己)

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