「過去の成功体験に浸らない」サムスン電子と日本企業はなぜここまで差がついたのか
プレジデントオンライン / 2021年12月13日 11時15分
■新たなIT産業のために組織を大胆に改革
韓国の有力IT企業であるサムスン電子は大胆な構造改革を発表した。改革のポイントは、意思決定のスピードアップを目指す組織改革だ。今回の措置で、サムスン電子は3部門体制から2部門体制に移行する。2部門のトップも交代し、権限移譲など事業運営の迅速化を図る意図があるようだ。
サムスン電子は、“メタバース”など新しいコンセプトに基づいたビジネスの実現を目指し、ITデバイスの創造や次世代の半導体製造技術の実現を加速させたいだろう。すでに米中ではIT先端企業などがメタバースや自動車の電動化への取り組みを強化している。世界経済の環境変化が加速する状況下、事業運営の効率化や意思決定スピードの向上を目指してサムスン電子がより踏み込んだ構造改革に着手する展開も考えられる。
サムスン電子には、過去の成功体験に浸る発想がない。その姿勢にわが国企業が学ぶことは多い。重要なことは常に新しい発想の実現を目指すことだ。そのために本邦企業は、世界経済の最先端分野にヒト・モノ・カネを再配分し、成長を追求する体制を目指さなければならない。
■サムスン電子がスマホ・家電部門を統合した意味
サムスン電子は、スマートフォンなどを生産する“ITモバイル、通信部門”とテレビなどを手掛ける“家電”部門を統合し、“最終製品部門(サムスン電子の発表ではSET部門と称されている)”が設置される。SET部門設置の目的の一つは“メタバース”への対応強化だろう。
メタバースは、仮想空間を意味する。メタバースに関する技術の実用化とともに、わたしたちは“アバター(ユーザーの分身)”として仮想空間に参加し、ゲームやビジネス、買い物などさまざまな活動を体験するようになるだろう。足許では、世界全体でメタバースに取り組む企業が急速に増えている。米エピックゲームズやエヌビディアなどはその代表的な企業だ。
主要投資家の間でもメタバースは世界経済の新たな成長分野との期待が急速に増えている。その一方で、法整備などの課題もある。総合的に考えると、いち早くメタバースのビジネスモデルを確立し、モノやサービスを提供することが国際規格の策定を含めた先行者利得の確保に欠かせない。
■世界の消費者に鮮烈な“サムスン体験”を実感してほしい
メタバースが実現した場合、わたしたちの生活はどう変わるだろう。例えば、コンタクトレンズやメガネに仮想空間を投影する機能が実装される。また、一日中イヤホンを装着してメタバース空間と実社会の両面で生活する人が増えるだろう。つまり、パソコンやスマートフォンがウェアラブル端末に置き換えられる可能性が高まる。デバイスのデザイン、重量、装着感、バッテリーの駆動時間の長期化などあらゆる面でメタバースは既存のITデバイスとデジタル家電などの分野でイノベーションを触発する。
そうした展開を見越して、サムスン電子はスマホと家電を統合することによって新しいIoTデバイスなどを提供し、世界の消費者に鮮烈な“サムスン体験”を実感してもらいたい。それはサムスン電子がメタバース社会を支えるITデバイスの開発を主導し、世界的なシェアをいち早く手に入れるために欠かせない要素だ。
■新技術でTSMCからシェア奪還を狙う
サムスン電子は、メモリ半導体やディスプレイ事業を“ディスプレイ・ソリューション部門(DS)”として運営し、事業体制はSETとDSの2部門に移行する。部門数の削減によってサムスン電子は意思決定スピードを速め、世界トップのファウンドリである台湾積体電路製造(TSMC)とのシェアを縮めたい。
10月にサムスン電子は、2022年上期に次世代の回路線幅3ナノメートル(ナノは10億分の1)のロジック半導体の量産体制を目指すと発表した。それに加えてサムスン電子は、3ナノのロジック半導体製造に“ゲート・オール・アラウンド(GAA)”と呼ばれる新しい半導体製造技術を用いると発表した。
ゲートとは電流を制御する電極を指す。従来の技術では上左右の3面に電極が設けられてきたが、GAAでは上下左右に電極が設けられる。GAAはチップの小型化と消費電力性能の向上につながると期待されている。サムスン電子はGAA技術の実装にシェア奪還をかけているといっても過言ではない。なお、韓国特許庁によるとTSMCはGAA関連の特許出願数で世界トップだ。
■すべてはビジネスチャンスを確実に手に入れるため
それに加えて、11月にサムスン電子は、5G通信や人工知能への対応、およびメタバース関連サービスの拡大を念頭に置いた新しいDRAMを発表した。さらにサムスン電子は、車載半導体分野での取り組みも強化し、5G通信を用いた自動車とネット接続、パワーマネジメント、インフォテインメント(情報の取得とエンタテインメントサービスの活用)に用いられる3つの半導体を発表した。このうちインフォテインメント用の半導体は独フォルクスワーゲンの車載アプリケーションサーバーに採用される。
メタバース、電動化やコネクテッド技術の実装を背景とする自動車の変革によって、最先端のロジック半導体などの需要は増える。ビジネスチャンスを確実に手に入れるために、今回の構造改革によってサムスン電子は全社的な意思決定スピードを速め、新しい発想に基づくモノやサービスの創造と、その実現を支える半導体の創出を強化したい。少し長めの目線で考えると、サムスン電子がさらなる構造改革に踏み込むことも十分に考えられる。
■競合よりも早く意思決定することを重視
わが国企業はサムスン電子の事業運営姿勢を学び、成長を実現することを考えるべきだ。今回のサムソン電子の改革によってはっきりしたことは、成長期待の高い最先端分野で競合企業よりも早く意思決定をすることを重視している点だ。特に、設備投資の重要性が格段に高まっている。それはサムスン電子とTSMCの競争を考えるとよく分かる。
複数の部門を持つサムスン電子よりも、ファウンドリ専業のTSMCは設備投資などの意思決定をより迅速に行いやすい。世界経済の環境変化が加速する状況下、意思決定の速さはデジタル化や脱炭素など先端分野での企業の競争力に決定的な影響を与える。
サムスン電子がシェアの差を縮めるためには、さらなるスピードと金額で設備投資を進め、TSMCよりも先に最先端の製造技術を実現しなければならない。サムスン電子が成長の加速化のためにDS部門を分社化する、あるいはファウンドリ事業だけを独立させるといったダイナミックな意思決定が下される展開も想定される。それは、サムスン電子のSET部門がアップルなどとの競争に対応するためにも重要だ。
■過去の発想を引きずる日本は変化に対応できていない
サムスン電子は過去の経験にとらわれず、常に成長期待の高い分野にスピーディーに経営資源を再配分する。わが国企業はその発想を取り入れるべきだ。より踏み込んでいえば、まねるとよい。半導体業界では、1986年時点で世界のトップ10の半導体メーカーのうち6社がわが国だった。わが国では、総合電機メーカーや重電メーカーの一部門が半導体を製造した。その後、本邦半導体メーカーの競争力が失われた一因は、過去の事業運営の発想から脱却できなかったからだ。
わが国では世界経済の変化に対応できなくなった雇用慣行や意思決定の体制など、過去の発想を引きずる企業が増えた。そのため、わが国経済全体で見た場合に、自動車に代わる経済の大黒柱としての新しい産業が育っていない。
わが国企業が長期存続を目指すために、各社は自力で組織の変革を進めて、成長期待の高い分野で個人がより能動的に新しい発想の実現に取り組む経営風土を醸成しなければならない。構造改革によってメタバースなどへの対応力を高めようとするサムスン電子にわが国企業が学ぶ点は多い。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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