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「バナナで年商1億円」元証券マンの29歳がジュース専門店で大成功を遂げるまで

プレジデントオンライン / 2021年12月14日 11時15分

提供=バナナスタンド

■3年半前に証券会社を辞めて独立

バナナで1億円稼ぐ男がいる。

どこのスーパーでも売っている、1本100円もしない黄色いバナナだ。生産する農家の話ではない。輸入する専門商社でもない。冷凍したバナナと牛乳をミキサーで混ぜるだけの、バナナジュースに商機を見いだした男の話だ。

京王線桜上水駅前。北口の階段を下りると、銀行ATMが立ち並ぶ駐車場が見えてくる。緑の三井住友、赤の三菱UFJ、青のみずほ。その奥にある水色の看板が、バナナスタンド桜上水店だ。

駅から歩いてきた人が立ち止まっては、ジュースを手に帰っていく。行列になることはあまりないが、夏には1日で平均200杯は売れる。1杯340円なので、売り上げは7万円程度だ。月商200万円。同じような店舗が都内に5店舗あり、月商は合わせて1000万円だ。

人気があるのに行列にならないのは、バナナジュースを提供するスピードが速いからだ。スタッフが2人いれば20秒もかからない。ひとりでも、1分待たせることはない。

「駅前に店を出す以上、スピードは大事ですからね」

店頭に立つ男が、黒田康介。バナナスタンドの社長だ。上から下まで全身黒ずくめの服装と、後ろ向きにかぶったキャップがトレードマークだ。

バナナスタンドの社長、黒田康介さん(29歳)。大手証券会社を辞めて、飲食店を起業。
提供=バナナスタンド
バナナスタンドの社長、黒田康介さん(29歳)。大手証券会社を辞めて、飲食店を起業。 - 提供=バナナスタンド

実は黒田とぼくは、同じ会社で働いていたことがある。彼が証券会社を辞めて独立したのが、2018年。わずか3年半前だ。金融出身らしいと思うのは、世のなかの潮流に対するアンテナを高く持ち続けているところだ。

■ランチで3つの店を食べ歩き

この日はESG割引として、もげたバナナを使ってジュースを作っている。ジュースを飲むことが地球環境の役に立つと思えば、客の財布もゆるくなりがちだ。10円引きというのもうれしい。

味はいつもと変わらない。ストローから一口吸うと、ジューシーなバナナが冷たいままのどを通っていく。バナナそのものの自然な甘みで、砂糖は一切使っていない。おいしくて、健康に良くて、安い。ここにたどり着くまでには、怒涛の3年半があった。

黒田康介は、1992年生まれの29歳だ。一橋大学商学部を現役で卒業し、2015年4月に大手証券会社に入社する。独立志向の強い黒田にとって、就職は一つのステップでしかなかった。金融機関であれば、起業に必要な知識や経験が積めると考えていた。

ターゲットは外食産業だ。食べることが好きで、会社勤めをしていたときから平日の夜は部屋で料理を作り、週末は全国を食べ歩いていた。

黒田の食べ歩きは驚異的だ。独立した今では、ランチで3つの店を回ることも少なくない。夜回ると決めれば、朝食も昼食もとらない。一週間で5キロ以上体重が変動することもある。そんな黒田が最初に選んだ業種が、焼きそば屋だった。

■焼きそば屋を選んだ3つの理由

飲食店は新規参入が絶えない一方で、つぶれていく店も多い。「レッドオーシャン」として知られるこの業界において、黒田は勝つための条件を3つ考えていた。①競合店が少ない、②単品商売でコスト抑制が可能、③アルバイトにも作れる再現性の高さだ。

①はわかりやすい。ラーメンは日本人が大好きな料理だが、すでに競合の争いが激しい。焼きそばで思い浮かぶのは、屋台で売られている姿だろう。ご当地焼きそばがはやったこともあるが、有名店は多くない。つまりライバルが少ない。

②は原価率が高くなりがちな飲食店で、確実に利益を残すために重要だ。ソースを除くと、焼きそばを作るのに必要な食材は、麺、キャベツ、豚肉の3つしかない。効率的な運営でコストを管理することが可能だ。

③は出店を加速させ、大量に販売していくために必要な要素だ。長い経験のある職人にしか作れない味では意味がない。マニュアルがあれば誰でも作れることが重要で、焼きそばはその点でも要件を満たしていた。

東京焼き麺スタンド。覚えている方も少なくないだろう。「メレンゲの気持ち」、「news every.」(ともに日本テレビ系)など、多くのテレビ番組で取り上げられた。太麺に濃厚なソースが特徴だ。ナポリタンは、『dancyu』(プレジデント社)の編集長・植野広生さんが日本で五本の指に入ると絶賛したほどだ。

下北沢で開業した東京焼き麺スタンドは、19年には神保町に2店舗目を開店。同じく神保町にある焼きそばの老舗「みかさ」と張り合うほどの存在になった。1日の売り上げは100食を超えた。毎日、行列が絶えなかった。

■コロナ禍で客は行列を避けるように…

状況を一変させたのは、新型コロナウイルスだ。

20年3月に入ると、多くの企業がテレワークに切り替え、都内の人通りが減っていった。ランチの売り上げは半減し、夜に外食する人はほとんどいなくなった。

売り上げの落ち込みを補うには、コストを下げるしかない。アルバイトを減らし、家賃の引き下げを要請したが、赤字から抜け出すことはできなかった。政府の休業支援金でどうにか息をつないでいるような状態だった。

緊急事態宣言下で黒田が気にしたのは、客の意識が変わりつつあることだった。焼きそばを食べたくても、客は行列に並んだり、密な店内に入るのを避けるようになった。増えたのはテイクアウトやウーバーイーツで、売り上げの半分以上を占めることもあった。

「嵐にしやがれ」(日本テレビ系)で紹介されたのは、同年7月のことだ。収録はもっと早くに終えていたが、緊急事態宣言下で飲食店の放送が自粛されていた。嵐司会のバラエティー番組で、反応がないはずがない。1日150食ほど出ることもあったが、黒田の顔色は晴れなかった。

「このまま同じ土俵で戦っていいのかって、考えるようになったんです。店をはじめたときから、ガラッと環境が変わっちゃったじゃないですか」

■バナナジュースに大転換

黒田が考えていたのは、飲食店をめぐるビジネス環境の変化だ。メディアを活用することで行列ができるほどの人気を獲得してきたが、今やメディアはグルメ番組を放送することを自粛し、客は行列に並ぶことを回避するようになった。

「そんなときに、新店の話が来たんです」

黒田は楽しそうに、バナナジュース専門店を出店する話を明かした。

バナナジュースは、もともと焼きそばのサイドメニューとして販売していた。栄養価が高いうえに、簡単に作ることができる。しかもおいしい。事業を開始するにあたってクラウドファンディングで資金を募集したが、ある駅ビルの運営会社が注目して声を掛けてくれたという。

バナナジュースは持ち帰り専門なので、店舗にスペースを必要としない。製造過程もシンプルで、単価は安いが回転も速い。場所は京王線仙川駅だ。駅ナカなので、高いリピート率が期待できる。ビジネスの進め方を、根本から変える可能性を秘めていた。

バナナスタンド仙川店がオープンしたのは、8月末のことだった。仙川駅構内で、ホームにつながる階段近くにある約3坪のスペースを活用した。狭いが改札が一つしかないため、ほぼすべての利用客の目につく場所だ。

バナナスタンド仙川店
提供=バナナスタンド
バナナスタンド仙川店。 - 提供=バナナスタンド

■「20秒以内で提供」というスピードで競合と差別化

オープン初日は750杯を販売し、翌日も760杯を超えた。1日500杯を目標にしていただけに、黒田も驚きだった。1日600杯としても、340円の単価で売り上げは20万円程度になる。

ワンオペを基本に夕方だけアルバイトを2人入れると、人件費は1日1万6000円程度。売り上げの15%に設定された家賃に、原材料費25%、光熱費等で4000円程度とすると、利益は10万円程度だ。

飲食店で勝つための3つの条件は、バナナジュースでも変わらない。ただし、焼きそばと同じ戦い方をしても結果は見えている。バナナジュースは焼きそばの反省のうえに立ち、あらゆる運営を見直した。

オペレーション面では、再現性の追求を徹底した。簡素化したとはいえ、焼きそばは1杯作るのに相応の手間と時間がかかっていた。バナナジュースは、冷凍バナナと牛乳をミキサーでかき混ぜるだけなので間違えようがない。

提供するまでにかかる時間は、オペレーションの完成度を示している。先日ある競合店が都内に進出したが、1杯提供するのに数分かかっていた。継続的な客の来店に対応できるフローになっていないのだろう。

絶え間なく客が来るバナナスタンドは、ある程度作り置きしても鮮度を損なわない。事前に6~7割方作っておいて、オーダーと同時に完成させることで20秒以内の提供が可能になる。

値段設定でも、並サイズで340円は安い。毎日焼きそばを食べる人はあまりいないが、バナナジュースなら毎日の習慣になるポテンシャルがある。競合店は500円台で販売しているが、黒田はより価格に敏感な層への拡大に狙いを定めていた。

バナナスタンドのバナナジュース。並サイズで1杯340円。
提供=バナナスタンド
バナナスタンドのバナナジュース。並サイズで1杯340円。 - 提供=バナナスタンド

■合計5店舗で月商1000万円を達成

店舗運営の面では、初期投資を250万円程度に抑えることができた。開店費用を運営会社と折半にしたからだ。1000万円近くかかった焼きそばの4分の1程度だ。

店舗の賃料は売上歩合の形態をとっており、最低保証額を固定賃料の相場より低く設定している。売り上げが好調なときは賃料が割高になるが、販売不振時に賃料で苦しむことはない。

焼きそばは時間をかけて顧客に認知させていくというオーソドックスな戦い方だったが、バナナジュースでは時間も金もかけないシンプルな戦い方に徹している。満足できるわけではないが、コロナ禍で戦っていくにはこれしかないというのが黒田の結論だった。

2021年に入り、黒田はバナナジュース専門店を4つオープンさせた。

仙川に続いて、池上、八王子、府中、桜上水の駅前に出店した。駅ナカではないが、店のコンセプトは変わらない。バナナジュースだけの、持ち帰り専門店だ。夏を前に、月商は1000万円を達成した。このペースが続けば年商1億円だ。

「飲食店はもうからないっていうのも、間違ってないかもしれないですね」

店頭に立つ黒田さん
提供=バナナスタンド
バナナスタンド仙川店は、改札口のすぐ横にあるので、多くの通勤客の目につく立地だ。 - 提供=バナナスタンド

バナナジュースを差し出すと、黒田は腕を組んだ。

料理が好きとか、食べるのが好きというだけでは、飲食店経営はむずかしい。何年続けることができるかというプランと体力が必要だという言葉に、実感がこもっていた。

■もはや飲食店にテーブルは必要ないかもしれない

ただ気をつけなければいけないのは、経営理念は理想ではないことだ。求められるビジネス形態はどんどん変化している。

今や料理は、店でなくても味わうことができる。焼きそばで学んだ経験を、活用したのがバナナジュースだ。接客サービスをしないことで、飲食店経営におけるムリ・ムダ・ムラを極限まで排除している。売れなければすぐに切り捨てるという身軽さもある。

想像していた飲食店ビジネスとまったく違う世界を突き進んでいくことに、黒田も迷いはあったという。しかし、こんなビジネスでなければ生き残っていけないほど、社会情勢は厳しくなっていた。もはや飲食店に、テーブルは必要ないかもしれない。

今年5月末を最後に、黒田は焼きそばを作っていない。次に考えなければならないのは、冬にどうやってバナナジュースを売るかだ。むずかしい課題を与えられるほど、黒田の表情が楽しくなるように思えた。

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町田 哲也(まちだ・てつや)
作家
1973年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大手証券会社に勤務する傍ら、小説を執筆する。著書に、天才投資家と金融犯罪捜査官との攻防を描いた『神様との取引』(金融ファクシミリ新聞社)、ノンバンクを舞台に左遷されたキャリアウーマンと本気になれない契約社員の友情を描いた『三週間の休暇』(きんざい)などがある。

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(作家 町田 哲也)

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