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「中国マネーより正義のほうが重要」女子テニス協会が"たった1人の告発"を優先したワケ

プレジデントオンライン / 2021年12月11日 15時15分

試合に勝って笑顔を見せる中国のプロテニス選手、彭帥さん=2016年10月3日、中国・北京 - 写真=AFP/アフロ

■彭さんの問題は「ビジネスよりも重要性で上回る」

中国のテニス選手で、女子ダブルスの元世界ランキング1位の彭帥さん(35)の安否が依然としてはっきりしない中、女子テニス協会(WTA)は12月1日、中国および香港におけるトーナメント実施を全面的に停止すると明らかにした。WTAのスティーヴ・サイモン最高経営責任者(CEO)は、彭さんを取り巻く問題は「ビジネスよりも重要性で上回る」と中国のやり口を真っ向から否定している。

国際テニス連盟(ITF)も、2022年に中国で試合を開催しない意向であることをロイター通信が9日に報じた。一方で、同じテニス界でも男子テニス協会(ATP)は「問題の進展を見守っていきたい」と、静観の構えだ。

彭帥さんは11月初旬、中国の最高指導部に名を連ねていた張高麗前副首相(75)から「性的関係を強要された」と中国のSNSの微博(ウェイボ)で告発。その後、WTAをはじめとするさまざまな機関が自由な直接対話を求めているが、1カ月以上たっても消息不明の状況が続いている。

WTAはトーナメント運営において、チャイナマネーに極端に依存しているとされる。しかし、サイモンCEOは今回、「中国の指導者層はこの非常に深刻な問題に対し、信頼できる方法で対処していない」「権力者が女性の声を抑え込み、性的暴行の訴えをうやむやにできるなら、WTA創設の理念である女性の平等という基本理念が大きく後退してしまう」と明確に主張。こうした状況がWTAやその選手らに起こっていることを看過できない、としている。

■大会を呼び込みたい中国側の「異常な大盤振る舞い」

WTAが中国へ積極的に進出したのは、2008年北京五輪開催の直前だった。当時WTAは、北京にアジア太平洋地域本部を開設している。その後、2011年全仏オープンの女子シングルスで李娜選手が優勝、中国でのテニスへの関心が一気に高まった。ちなみに今年の全米オープンで優勝した英国籍を持つエマ・ラドゥカヌ選手(18)が、自身の母親が中国系であることから「私の幼い時からの目標は李娜選手」と言ってはばからない。

WTAがいわば中国に“進出”した2008年、現地で開催されたWTAトーナメントはわずか2回だった。しかし、コロナ禍直前の2019年には9大会にまで増えている。

しかも2019年の中国におけるWTAトーナメントへ提供された賞金額は合計3040万ドル(35億円)に達し、異常というほどの大盤振る舞いだったという。特に、深圳市で開催された年間最終戦「WTAファイナルズ」では1400万ドルを提供。これは前年(18年)水準の2倍、しかも男子テニスの最終戦である「2019年ATPファイナルズ」より500万ドルも多かったという。

■2028年までの中国開催が決まっているが…

多額のチャイナマネー投入に加え、深圳市内に1万2000人収容の新たな会場建設を約束。こうした“誘致活動”が奏功し、深圳は同時に手を挙げていたシンガポール、マンチェスター、プラハ、サンクトペテルブルクなどの競合を退け、10年間におよぶ「WTAファイナルズ」の開催権を獲得した。

2021年のWTAファイナルズはコロナ禍の影響でメキシコのグアダラハラで代替開催となったが、契約上は2028年まで深圳で行われることが決まっている。中国側の対応によっては、今後7年分の開催地の見直しもありえるだろう。

※編集部註:初出時、WTAファイナルズの大会名について認識に誤りがありました。当該箇所を削除します。(12月14日15時30分追記)

■最大スポンサーの一つが「ロゴを大会から外したい」

スポーツの大型大会では、スポンサーなどとともに放映権料の問題がついて回る。東京五輪を開催すべきかどうかの論議が進んでいた頃、筆者は6月23日の記事<「東京五輪の広告収入は過去最高」IOCが絶対に五輪開催をあきらめないワケ>で、国際オリンピック委員会(IOC)と五輪独占放映権を持つテレビ局「NBC」が巨額の金銭契約を結んでいる実態を書いた。それほどまでトーナメントの収入を左右するものは放映権料といっても過言ではない。

「WTAファイナルズ」中国大会では、放映権は地上波TV局ではなく、中国版ネットフリックスの異名を持つiQiyi(愛奇芸)が獲得。iQiyiはもともと、4社しかいない最上級の「グローバル・オフィシャル・パートナー」の1社で、同社が大会スポンサーとしても最大の広告料を拠出している。

ところが、WTAと中国側との問題が勃発したことを受け、iQiyiはサイモンCEOが中国での大会全面中止を発表するよりも前に「スポンサーとしてのロゴバナーを大会サイトから外してほしい」とWTAに要望したという。同社は、WTAとの間で2017年から10年間の放映権契約を締結済みで、これまでに2000以上の女子テニスの試合を中国で放映している。

■中国市場を失っても「協会の理念」を貫いた

こうなると、中国に喧嘩を売ったWTAがiQiyiをはじめとする中国のスポンサーから広告料を徴収するのは難しくなるだろう。ひいては、チャイナマネー以外の財源から開催費や優勝賞金を捻出しなければならない。この点について、サイモンCEOは「経済的な影響はどうであれ、世界中のリーダーが声を上げ続け、彭帥さんをはじめとする世界中の女性に正義がもたらされることを願う」と、依然として強気の姿勢を崩していない。

WTAは1970年代、男性優位だったテニス界で女性選手の地位向上のために設立された。当時8倍あったといわれる男女の賞金格差を是正し、女性選手の育成に努めてきたWTAにとって、女性選手の人権の尊重は大事な理念の一つだ。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、WTAは今回の中国市場撤退で少なくとも2000万ドル(23億円)を失う見込みだが、CEOの声明からも分かる通り、これまでの実績を失うことに比べたら“むしろ安い”と感じてもおかしくない。

ハードコート
写真=iStock.com/mbbirdy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mbbirdy

■バッハ会長による「ビデオ電話」発表の謎

ところで、彭帥さんの安否が世界中で心配される中、IOCのトーマス・バッハ会長が11月24日、彭帥さんとビデオ電話を実施したと突如発表したことを疑問に感じた読者は多いのではないだろうか。彭帥さんは2016年のリオ五輪を最後に五輪には出場しておらず、また競技団体でもないIOCがなぜコンタクトをとったのか? と。

背景には、開幕を2カ月後に控える北京冬季五輪がある。中国はただでさえ、新疆ウイグル自治区やチベット自治区での人権問題に加え、香港への国家安全維持法の導入など、過去数年にわたり西側諸国の不興を買っている。彭帥さんの人権問題で中国への疑念はさらに深まっているわけだが、これに混乱の輪をかけているのが“ぼったくり男爵”バッハ会長だ。

■五輪に飛び火しないよう根回しをしたつもりが…

サイモンCEOがWTAファイナルズの中国開催中止を発表した際には、バッハ会長は2度目の通話を行い、彭帥さんの安全をアピールした。さらに驚くべきことに、英国のサン紙(電子版)は、彭帥さんに関係を迫ったとされる張前副首相とバッハ会長ががっちりと握手する写真を掲載。これでは、北京五輪の成功のため動いたというより、張氏をかばうために収拾をつけようとバッハ会長が努力しているようにも見えてしまう。

こうしたIOCの動きは、北京五輪への選手派遣を懸念する国々への必死のアピールなのだろうが、かえってその疑義が深まるばかりといったところか。実際に、米国は12月6日、ついに北京冬季五輪への外交的ボイコットを決めた。オーストラリア、英国、カナダも相次いで表明しており、彭帥さん問題が五輪に飛び火しないよう根回しをしていたバッハ会長の努力も奏功しなかったようだ。

■テニス界の騒動が五輪を巻き込んだ問題に

WTAのように、今後中国から離反するスポーツ団体は出てくるのだろうか。男子テニス協会(ATP)のように中国側の対応に懸念を表明している組織はあるものの、テニス界以外に追随の動きはまだ出ていない。

しかし、北京冬季五輪への「外交的ボイコット」については9日時点で4カ国に上っており、今後おそらく複数の同盟国も同調することになるだろう。サイモンCEOの断固たる態度が米国の決定に追い風になった、とする向きもある。

WTAの2022年日程は現時点で発表されていないが、オーストラリアのスポーツメディア「フォックススポーツ」は、「中国は厳しいコロナ対策を行っており、五輪を除く主要な国際スポーツ大会の開催はいずれにしてもなさそうだ」と、大会ができないのは“あくまでコロナのため”と伝えている。となると、コロナ禍が落ち着く頃、世界のスポーツ界は中国に対しどのようなリアクションをとるのか、引き続き注視する必要がありそうだ。

「チャイナマネーをもらわない」という犠牲を払いながらも、中国からの脱却を明確にしたWTA。形はやや違うが、欧米諸国が中国の政策に対しノーを突きつける格好にもなった。中国での五輪開催が目前に迫る中、WTAの判断を「単なる一競技団体の決断」と見るのは軽率すぎる。各国は「政治とスポーツ」とのバランスをどう取るか、難しい舵取りを迫られている。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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