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長年ひきこもりの人を診てきた精神科医が警鐘「リモートワークが快適な人」の"ある危険な兆候"

プレジデントオンライン / 2022年1月17日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BigCircle

「リモートワークは快適」という声が聞かれる。その一方で無気力さを感じてはいないだろうか。精神科医の斎藤環さんは「人と会わないことで“欲望の減退”が進行し、無気力さを感じている人は少なくないのではないか」という。佐藤優さんとの対談をお届けしよう――。

※本稿は、斎藤環・佐藤優『なぜ人に会うのはつらいのか メンタルをすり減らさない38のヒント』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「欲望」と「関係性」は会わないと満たされない

【佐藤】リモートは便利だけれど、「実際に会うのとは何か違うな」と感じることもある。そういうモヤモヤした部分が、だいぶクリアになった気がします。

【斎藤】もう少しだけ、謎に分け入ってみます。人には、実際に会わないと満たされないものが二つあると、私は考えているんですよ。「欲望」と「関係性」です。人間同士が会うことの意義が最大化されるのは、この二点に関してだと言っていいと思うのです。

【佐藤】なるほど。それぞれについて説明していただけますか。

【斎藤】初めに後者の「関係性」について、具体例から述べてみたいと思います。会わないと始まらない側面が強いものに教育があります。今の大学生は、非常に不幸なことに、教授の顔をリモートでしか見られない、横のつながりを持てない。会うことから隔てられていることによる教育の損失にも、計り知れないものがある感じがします。

【佐藤】私は、コロナ以降、大学でリモートの講義もしたのですが、対面に比べて不都合だと感じることは、あまりありませんでした。むしろ、以前に比べてスピード感を持って授業を進めることができたという手応えを得たんですよ。

ただし、それには条件があって、“一見のお客さん”がいなかったのです。すでに数年間、対面で授業を行い、それこそ現前性を通じて学生の個性も確認しているし、お互いの信頼関係もある。だから、Zoomの画面を通してでも、考えていることがよく分かるわけです。リモートで得られる情報を想像力などで補うことができる、という感覚でしょうか。

■医学の実習現場は、不確実そのものだ

【斎藤】分かります。

【佐藤】しかし、新入生がいきなりZoomというのは、授業をする方も受ける方も、かなりつらいはずです。

【斎藤】そうです。ところが、残念ながらそうなっているケースが非常に多い。もちろんリモートで補完できる部分もあるのですが、絶対無理なのが実習と実験です。当たり前だろうと言われるかもしれませんけど、「人に会うことの意味」を考えるうえでは、案外そのへんにヒントがあるのではないかと思うんですよ。

医学を例に取れば、実習現場の在りようは、偶有性に満ちていて不確実そのものなのです。教科書通りにはいかない、その場で経験、吸収すべきナレッジをたくさん含んでいる。時間をかけて深く考えれば、教科書の記述に即したことが起きていたとしても、目の前の事象はまったくそうではないように見えることが、しょっちゅう発生するんですね。学生には、実習を通じてそうした不確実性の幅も「込み」で習得してもらう必要があるわけで、座学のみ、臨床実習抜きで医者になったら、本人も患者も怖くてしょうがない(笑)。

■「不確実性」はリモートで再現できない

【佐藤】不確実性とは、リアルだからこそ起こるある種の「事故」ですね。事故があるからこそ、新たな発見があり、新たな展開が起こりうる。確かにそういう不確実性は、リモートで再現するのは困難でしょう。

【斎藤】勉強だけではありません。例えば、これも不確実性に満ちた性関係を始めたり深めたりするのは、会わなければ不可能です。リモート飲みがイマイチつまらないのは、リアルな飲み会と違って二次会、三次会がないから、などと言われますけど、要はそこから偶有性や不確実性を埋めていくような関係性の発展が期待できないわけです。

パソコンのテレビ電話で飲み会
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

【佐藤】なるほど。そういう不確実な世界を決着なり発展なりさせるためには、面と向かって会って、関係性を持つ必要がある。

【斎藤】わざわざ会わなくてはならない理由は、そういうところにあるのではないでしょうか。単なるコミュニケーション、情報交換ならば、リモートで十分というか、場合によってはそちらの方が効率的なのかもしれません。

【佐藤】あえてうかがえば、ご指摘の「関係性」は、コミュニケーションとは違うということですね。

【斎藤】「情報のやり取り」という意味でのコミュニケーションとは、対義語に近いというのが、私の感覚です。情報伝達においては、むしろ現前性を捨てた方が効率的で、間違いも起こらないでしょう。

【佐藤】暴力性の強い人の発言を深読みしすぎて失敗するようなリスクも、減らすことができる。

【斎藤】そういうことです。

■拘置所にいる時は、物欲が妙に強くなった

【佐藤】会うことの意味としてもう一つ指摘された「欲望」ですが、私自身の経験で言うと、拘置所にいる時は、物に対する執着がものすごく肥大化したことを覚えているんですよ。例えば、ボールペンの芯とかを購入するのが、嬉しくて仕方がない(笑)。持てるものが限られるからか、物欲が妙に強くなったのです。

【斎藤】獄中で欲望が高まる話は、自らの経験を描いた花輪和一さんの『刑務所の中』という漫画にも出てきますよね。銃マニアで、自宅に実弾なんかを置いていたのが見つかり、懲役刑を食らった漫画家です。刑務所内では、甘味に対する欲望がめちゃくちゃ亢進(こうしん)して、ここから出たらとにかく永遠に甘いものを食ってやるんだ、みたいな夢を持っている人が結構いた、という描写がありました。

【佐藤】土曜日の昼間の食事には、必ず汁粉かうずら豆の甘煮のような、極度に甘いものが出るのです。500グラムの白砂糖が売られていて、これも人気商品でした。

【斎藤】砂糖を買うんですか。

【佐藤】買って舐めている。囚人は、甘いものを食べていると満足するのです。

■人に会わないと、欲望が減退する

【斎藤】なるほど(笑)。そういうふうに、強制的に閉塞空間に置かれると、直接的な欠乏ゆえに性欲、食欲、物欲などが亢進しやすくなるのだと思います。ただ、私がここで述べたいのは、「人に会わないと、欲望が減退する」ということなんですよ。

【佐藤】それは、私の経験や花輪さんの漫画の話とは、逆の現象ですね。まさに私は、独房で一人だったのですが。

【斎藤】その矛盾は、このように説明できると思います。佐藤さんは、自らの意に反して独房の人となりました。

一方、ひきこもりの人は、他者に強制されたわけでなく自ら進んで閉塞環境に身を置くわけです。少なくとも最初はそのように始まります。そのような場合には、刑務所や拘置所などに入れられたのとは違い、反対に欲望がどんどん低下していく、という事実があるんですよ。

【佐藤】つまり、ひきこもっている人は、比較的欲望の水準が低いということですか。

【斎藤】比較的どころか、無茶苦茶低いのです。朝起きて、ご飯を食べて、日がなぼーっとして寝る、みたいな全く欲望のない人も珍しくありません。私は、ひきこもりの回復の指標は消費活動をどれだけするかだと考えているのですが、たいていのひきこもりの人は一年間に10万円も使わないですね。

【佐藤】その金額は、ちょうど拘置所にいる場合の年間消費額と同じです。囚人は主観的に物欲が亢進していると思っても、そのくらいしか使うことができません。食品や文房具なども拘置所当局によって購入の上限が定められています。

豚の貯金箱
写真=iStock.com/narith_2527
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/narith_2527

■ひきこもりの人の生活費は年間100万円もかからない

【斎藤】偶然ですが、面白い符合ですね。ひきこもりの人は、自らそのくらいしか使わないのです。欲望が減退して、使えないといってもいいと思うのですが。たまに買いまくる人がいても、どちらかといえば買い物依存で、箱も開けずに部屋に積み上げている。多くのひきこもりの人の生活費は、住居費や食費、通信費など全部含めて、年間100万円もかかっていないはずです。

【佐藤】それは、国の社会福祉制度で十分負担できる金額ですね。

【斎藤】そういう理解がなかなか広がらずに、世の中が「出てきて働け」というプレッシャーをかけるために、余計に出てこられなくなっているわけですが。

話を戻すと、自分の意思で人との接触を断つような生活をしていると、欲望のレベルが明らかに下がっていくのです。

【佐藤】拘置所の住人とひきこもりは、境遇が似ているようで違う。では、コロナ禍で外出自粛を余儀なくされている状況はどう考えたらいいのでしょうか? 「塀の中」のように、自らの意に反して閉塞空間に閉じ込められている状況にも感じられます。

■「新しい生活も捨てたんもんじゃない」という感覚

【斎藤】私も当初はそういう側面が強いのかな、と思っていました。しかし、さきほども言ったように、実際にテレワークなどが始まってみると、肉体的にも精神的にもけっこう楽で、「新しい生活」も捨てたもんじゃない、という感覚を持つ人も珍しくありませんでした。

【佐藤】「コロナロス」という話もありました。

【斎藤】つまり、多くの人が100%意に反して社会と遮断されているというよりは、半ば進んでその状況を受け入れている可能性が高いのではないか。

【佐藤】ひきこもりに近いと考えられるわけですね。

【斎藤】だから、リモートワークに切り替えたビジネスマンなどは、やはり欲望の低下に見舞われているのではないかと推測されるのです。自粛生活が長引く中で、いわゆる「コロナうつ」が広がっているのではないかという話もしましたが、そうした傾向は、もしかしたらこの欲望の低下と深く関係しているのかもしれません。

【佐藤】ひきこもると、なぜ欲望の低下が起こるのでしょう?

■人間の欲望には、必ず他者が関わっている

【斎藤】難しい問題ですが、その点については、フランスの精神分析家ジャック・ラカンの「欲望は他者の欲望である」という有名なテーゼを紹介しておきたいと思います。欲望や意欲というものは、自分の中から自然に芽生えるもののように見えて、実は他者が起源で、他者から供給し続けてもらわないと維持できない、とラカンは説きます。

例えば、人は、なぜか人の欲しがるものを自分も欲しいと思います。自分の欲望を他者に見せつけて、その承認を得たいと願ったりもします。しまいには、「満たされない欲望を持ちたいという欲望」を持ってしまったりもするわけです。

【佐藤】人間がそういうややこしい生き物だということは、よく分かります。

斎藤環・佐藤優『なぜ人に会うのはつらいのか メンタルをすり減らさない38のヒント』(中公新書ラクレ)
斎藤環・佐藤優『なぜ人に会うのはつらいのか メンタルをすり減らさない38のヒント』(中公新書ラクレ)

【斎藤】自分の内面をほじくり返して欲望を見つけられるとしたら、よほどの天才で、人間の欲望には、そういうふうに必ず他者が関わってきます。ですから、進んで他者との関係を断つような環境にいると、それは維持できなくなってしまう。そのことは、長年ひきこもりを見てきた私の、まさに実感でもあるんですよ。

【佐藤】ということは、この間ずっとリモートワークに勤しんでいる人、それが快適だと感じている人たちの中でも、知らずしらず「欲望の減退」が進行しているかもしれないということですね。

【斎藤】そこは、本当に注意が必要です。時間ができたので、キャリアアップに向けた勉強をしようと思うのだけど、なんとなくやる気が出ない。そんな感じの人は、結構いるのではないでしょうか。その手の無気力さの少なくともある部分は、「人に会わないこと」によってもたらされているのかもしれません。

【佐藤】だから、暴力がないと生きていけない。

【斎藤】そうです。人が必要な欲望を維持し活性化させるためには、他人と会って、ある程度その暴力に曝されることが必要になるのではないか。私はそんなふうに考えています。

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斎藤 環(さいとう・たまき)
筑波大学教授
1961年、岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。著書に『社会的ひきこもり』、『中高年ひきこもり』、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川財団学芸賞)、『オープンダイアローグとは何か』、『「社会的うつ病」の治し方』、『心を病んだらいけないの?』(與那覇潤との共著・小林秀雄賞)など多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大矢壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(筑波大学教授 斎藤 環、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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