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「早めに受診すれば自殺は防げる」精神科医がそんなデマを堂々と主張する本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年12月17日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kumikomini

悩みや不安を抱えたらどうすればいいのか。精神医療現場における人権侵害の問題に取り組む米田倫康さんは「専門家への相談を促す報道や施策が多いが、本当に効果があるかは疑問だ。偏った情報をもとに、不要な精神科受診へ誘導している恐れがある」という――。

※本稿は、米田倫康『ブラック精神医療 「こころのケア」の不都合な真実』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■「Go To精神科キャンペーン」と呼ぶにふさわしい報道や施策

報道にせよ、国や自治体の施策にせよ、自殺問題をはじめとするメンタルヘルス問題については、とにかく早期に専門家に相談したり、専門の医療機関を受診したりするように促す内容で占められています。早期に相談さえすれば解決できると期待を抱かせるものから、早期に専門家に相談しないと最悪の事態に陥るぞと半ば脅すようなものまであります。右も左も関係ないその大合唱は、まさに「Go To精神科キャンペーン」と呼ぶにふさわしいほどです。

そのような大政翼賛会的なキャンペーンは多くの問題を抱えています。ところが、新型コロナ感染症拡大にともなう不安が広がり、自殺者数も増加する状況では、何らの疑問を持たれることなく社会に受け入れられてしまっています。では、実際の報道の例を挙げ、どこに問題点があるのかを具体的に指摘してみましょう。

「自殺者増加…専門家『9割は診断可能』早めの治療を」というタイトルで放映されたテレビ朝日のニュース(2020年9月29日)がWeb版でも公開されていましたので、以下引用します。

著名人を含め自ら命を絶つ人が増加しているなか、専門家は「自殺した人の9割は精神科の診断がつく」と指摘し、早めの治療が必要だと呼び掛けています。

日本自殺予防学会・張賢徳理事長:「一般論として自殺で亡くなってしまう人の9割くらいは精神科の診断がつく。ぜひ本当に医療機関や相談機関に相談してほしい」

日本自殺予防学会の張理事長は自ら命を絶ったほとんどの人についてうつ病などと診断できるとして、早めの治療開始が一番の予防方法だと指摘します。

「『コロナ禍で女性の自殺が増えている』日本自殺予防学会理事長が警鐘“負の連鎖”」というタイトルでAERA dot.に掲載された週刊朝日の記事(2020年10月11日)でも、同じ専門家の言葉が以下のように引用されています。

WHO(世界保健機関)の報告ですね。これによると、自殺した人の97%は精神医学で診断がつく病気、具体的には、うつ病や躁うつ病(双極性障害)といった気分障害、アルコール・薬物依存、統合失調症、パーソナリティー障害などがあることがわかっています。アルコール依存やパーソナリティー障害でも、自殺時にはうつ病を併発していることが多いので、やはりうつ病が自殺の大きなリスクとなります。

反対に、そういった精神医学的な病気がなくて死を選ぶ人は3%にも満たないです。

■「精神医学で診断がつく病気」は自殺の「原因」になるとは限らない

さて、このような日本自殺予防学会という仰々しい名前を冠した、自殺予防を専門とする学会のトップという、言わば権威中の権威が「早めの治療開始が一番の予防方法」と言っているのだから、それは科学的にも正しいことに違いないと多くの人が信じてしまうことでしょう。

実は、この専門家の主張には「論理の飛躍」「誤った(少なくとも読者に誤解を与える)情報」「省略された重要な情報」がいくつも含まれています。

そもそも亡くなった人を直接診察してもいないのに診断できるのかという疑問がありますが、自殺者の97%が「精神医学で診断がつく病気」というのがたとえ事実だったとしても、ただちにそれが自殺の「原因」になるとは限りません。

なぜなら、結果として精神医学的診断がつくような症状が現れるくらいにまで重圧に追い込まれた人が自殺している、という解釈もできるからです。相関関係があったとしてもそれがただちに因果関係に当たるとは言えません。たとえば、自殺した若者の9割がSNSを利用していたという事実があったとしても、SNSが若者の自殺の原因であるとは限らないのと同じです。

パソコンの前でうなだれる人
写真=iStock.com/shironosov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironosov

「自殺者の97%は精神医学的診断がつく病気」→「病気の治療をすれば自殺は防げる」という論法には著しい論理の飛躍があります。相関関係を因果関係と決めつける飛躍に加え、治療が成果を出すとは限らないという現実を完全に無視した飛躍があるのです。

もしも、張医師の言葉が正しいのであれば、早期に治療につながった人の自殺は食い止められ、治療を受けていなかった人が自殺をしているはずです。ところが、自殺した人の多くは、むしろ既に精神科で治療を受けていたことがさまざまな調査で判明しています。さらには、張医師が意図的に「病気」と表現することにも問題があります。なぜならば、それらは正確には「病気」ではないからです。

■精神医学的診断は通常の「病気」の概念とは別物

精神医学は他の身体医学と決定的に異なり、生物学的指標をもとに客観的に診断する手法は存在せず(一見すると科学的、客観的に見える光トポグラフィーなどの診断補助はあるが、定義された診断名と合致できる判定をすることなど不可能)、「病気(disease)」とは異なる“disorder”という概念を持ち出して診断名をつけることになっています。disorderは「障害」と翻訳されていますが、その訳語は不適切です。本来は正常な状態から外れているくらいの意味合いであって、「症」と訳すのが適切ではないかという議論があります。

つまり、精神医学的診断は通常の「病気」の概念とは別物なのです。無論、張医師は一般的な意味であえて「病気」という分かりやすい言葉を用いた可能性はありますが、その言葉から一般の人は、脳などに異常があって病院にかかって薬などを用いて治療すべき状態を思い浮かべるでしょう。それは誤解を与える表現です。

■「うつ病キャンペーン」の立役者だった日本自殺予防学会理事長

そして、何よりも読者が決して知らない情報があります。張医師は学会代表という公益の肩書きを持ちながら、利権の代弁者でもあるという事実です。張医師は、「GoTo精神科キャンペーン」の前身とも言うべき、「うつ病キャンペーン」の立役者の一人でした。彼は、軽症うつ病にも抗うつ薬を積極的に使っていくべきだと一貫して主張してきました。

画期的な新薬と喧伝された新抗うつ薬SSRIの弊害や情報隠蔽(いんぺい)が次々暴かれ、軽症うつ病に対して薬を使うべきではないという潮流が国際的に広がる中でも、張医師は論文中で「軽症うつ病にも筆者は抗うつ薬を積極的に処方している」(日本精神神経学会『精神神経学雑誌』2012年第114巻第5号「精神医療と自殺対策」p557)と述べています。直近でも、抗うつ薬SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)「サインバルタ」を製造販売する日本イーライリリー社から4年で800万円弱の金額を受け取っています。

2016年度 267万2880円
2017年度 245万140円
2018年度 122万5070円
2019年度 145万3999円
合計 780万2089円
[参考「日本イーライリリー株式会社 企業活動と医療機関等への資金提供および患者団体への資金提供・支援に関する情報」]

■あまりにも情報が偏っている報道や施策

医師が、利害関係者である製薬会社から金を受け取ること自体は別に犯罪でもありません。しかし、その情報が隠されてしまう場合に問題となります。なぜならば、その医師の主張や研究、論文を評価する際に、当然そのような利害関係を考慮する必要があるからです。製薬会社にとって利益に直結するのは、患者を増やすこと、処方対象を広げることです。張医師の主張は見事にその役割を果たしてくれています。

私は張医師の話は聞くな、報道を信じるな、と言いたいのではありません。その主張に同意するのも信じるのも個人の自由です。しかし、情報の受け手である一般市民は、疑問を持って自分から調べたりしない限り、与えられた情報のみで判断しなければなりません。そこに誤った情報、偏った情報、隠された情報があれば、適切に判断することが困難となります。

私が「とにかく専門家に早く相談を」という類の報道や施策に疑問を呈するのは、あまりにも情報が偏り、判断するために必要な情報や視点が欠けているからです。先ほど挙げた報道はあくまでも一例にすぎません。キャンペーン的な報道によって、ただでさえ不安になっている人々が、治療しないとさらに大変な目に遭うぞと脅かされてもっと不安にさせられています。

■コロナ禍をビジネスチャンスとする精神科医も

このコロナ禍は、精神医療業界にとってまさに特需となりつつあります。もっとも、入院病床を抱える精神科病院にとっては他の医療機関と同様に感染症対策が大きな負担となっているかもしれませんが、不安を抱えて精神科を受診する人は増加しているようです。

米田倫康『ブラック精神医療 「こころのケア」の不都合な真実』(扶桑社新書)
米田倫康『ブラック精神医療 「こころのケア」の不都合な真実』(扶桑社新書)

コロナ禍を商機と見るや、各種検査や証明書発行を大々的に広告宣伝する医療機関があるように、めざとくさまざまなコロナうつビジネスを展開する精神科医も現れました。ここで、金儲けやビジネス自体を短絡的に悪とみなしたいわけではありません。私個人の意見としては、患者を回復、治癒へと導いて結果を出している医療機関は、それにふさわしい手厚い報酬を受け取るべきだと思います。問題としているのは、うそ・偽りを交え、必要以上に不安を煽り、患者の命や健康を犠牲にすることで金を儲けるようなビジネスです。

かつてのうつ病キャンペーンは完全にそのようなタイプのビジネスでした。重要な情報を意図的に隠蔽・改竄・誇張し、暗示や誤認へ導くことで人々を不必要に精神科受診へと誘導しました。それによって精神科を受診しやすくなり救われた人もいる、という言い分もよく耳にしますが、それが犠牲者を作り出したことの免罪となるわけではありません。犠牲者を救済したうえでそのような主張をするならまだしも、後述するように、うつ病キャンペーンの犠牲者たちは誰からも救済の手を差し伸べられることもなく、完全に見捨てられています。

■「うつ病キャンペーン」は製薬会社だけのせいではない

患者の命と健康、そして人生を犠牲にして得られた巨額の富は、決して犠牲者には還元されることなどないのです。少なくともここ日本においては。

うつ病キャンペーンの責任を製薬会社だけに押し付けるのは誤りです。むしろ、精神医療業界が製薬資本を利用することで、抵抗感を弱めて顧客を大量獲得することに成功したと見るべきでしょう。そして、それを後押ししたのは広告業界、マスコミ、行政でした。

ここで重要なのは、大半のマスコミも行政も、ビジネスの意図ではなくむしろ社会貢献のつもりだったという点です。もちろん、そこには純粋な善意だけではなく、専門家の言い分を鵜呑みにしてしまう迂闊さや、専門家を安易に使おうとする短絡さ、本来の目的よりも「仕事をしている感」を優先させる無責任さもあり、そこにつけ込まれたという言い方もできるでしょう。

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米田 倫康(よねだ・のりやす)
市民の人権擁護の会日本支部代表世話役
1978年生まれ。東京大学工学部卒業。市民の人権擁護の会日本支部代表世話役。在学中より、精神医療現場で起きている人権侵害の問題に取り組み、メンタルヘルスの改善を目指す同会の活動に参加する。被害者や内部告発者らの声を拾い上げ、報道機関や行政機関、議員、警察、麻薬取締官等と共に、数多くの精神医療機関の不正の摘発に関わる。著書に『発達障害のウソ』(扶桑社新書)、『発達障害バブルの真相』『もう一回やり直したい 精神科医に心身を支配され自死した女性の叫び』(以上、萬書房)。

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(市民の人権擁護の会日本支部代表世話役 米田 倫康)

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