小さな子を遺していく…自殺対策の専門家が"普通の家庭のママ"を心配する深刻な理由
プレジデントオンライン / 2021年12月22日 13時15分
■なぜ女性の自殺が増えたのか
令和2年の自殺者総数は2万907人で、男女別の内訳は男性1万3914人、女性6993人で、例年と変わらず男性が女性を大きく上回る。しかし増減率で見ると、男性の自殺はむしろ減り、反対に女性の自殺は全ての世代で増加となった。
なぜ女性の自殺が増えたのかという問いに対して「これです」という明確な答えはない。そもそも、自殺はその要因は4つ以上あるとされており、いくつかの生きづらさが重なって起きる。コロナ禍での女性の自殺には「原因不明」も多い。そのため、現在わかっているデータと、寄せられている相談内容から、女性の自殺の要因を考えてみたい。
![【図表】自殺者の年次比較](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/2/670/img_423762a849d5ecde4f625cc74684f8f5226117.jpg)
自殺の数は男性が多いが、実は例年、うつ病の診断は女性のほうが多い。これは、女性は女性ホルモンが急激に変化しやすいためだ。思春期・産前産後・更年期などに情緒不安定になったり抑うつになったりする。そのためうつ病が多いことと、女性のほうが「眠れない」「気分が沈む」と気になったらすぐに受診行動をとることによるものも大きい。
ストレスの要因も、男性は仕事など家の外にあるが、女性は子育て・育児・DVなど家の中にあることが多い。自粛で家族といる時間が増え、コロナ前から緊張状態が高かった家庭は、さらにその状態は高まっている。
2020年の犯罪情勢統計によれば、児童虐待の疑いがあるとして児童相談所や警察に通報された18歳未満の子どもは前年比8.9%増しで10万6960人となっている。内訳は心理的虐待が7割を超えている。DVの相談・通報も過去最多の8万2641件となった。コロナ禍で虐待・DVは悪化しており、ヤングケアラーの問題も家庭内で深刻化しているのである。
■ストレス要因は上がり、ストレス発散要因は下がった
新型コロナ感染に関して、男性よりも女性のほうが、不安が強い傾向もある。実際、「コロナが怖くて学校に行けない」という子どもの、ほとんどのケースでは、母親が過剰にコロナ対策をしていた。がんの意識調査などでも、相談をいくつか受けたが女性のほうが男性より病気に対して「怖い」と感じる傾向が強いことがわかっており、女性は病気に対して男性より不安を強く抱く傾向があるのである。
では通常、女性が男性より自殺が低く抑えられてきているのはなぜか。それは、女性は男性より他者と会話し、会話によってストレスが軽減されていたと考えられてきた。しかし、コロナ拡散防止のため食事・カラオケ・旅行などすべて自粛が求められた。緊急事態宣言が解けて、日常が再開しても食事をするのは「黙食」、温泉に行っても「黙浴」でおしゃべりができない。ストレス要因は上がり、ストレス発散要因が下がり、結果として、メンタルヘルスのリスクが上昇している状態にあるのだ。
■「普通の家庭のママ」が自殺をする現実
とりわけ、この半年、私が気にしていることがある。子育て世代のママの自殺の相談が増えていることだ。それは、乳幼児や小学生くらいの子どものいるママ世代だ。厚生労働省の自殺対策白書では、同居や仕事の有無はわかるが、亡くなった人が子育てをしている人なのか、仕事しながら子育てをしていたのかなどの亡くなった人の属性、物語が全く見えてこない。
私のところにあった相談者の多くは、経済的に安定しており、周りから何も心配されていない「普通の家庭のママ」のケースであった。「普通のママ」であるがゆえに、何が原因で自殺したのかもなかなか見えてこない。
![明るい部屋で、母親の人差し指を握る赤ん坊](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/b/670/img_db32d6a5d5b6e0f4b684158e6e808dac267639.jpg)
それは、「誰から見ても成功していて、将来も有望で、子育ても両立できている」著名人の自殺を彷彿させるものであった。つまり、「若いママの自殺はシングルマザーの経済問題でしょ?」などというステレオタイプな解釈は全く通用しないどころか、自殺対策の弊害になると痛感させられた。
私に相談があるケースについて個人が特定されない形で伝えると、自死で親を亡くした子どものケアについての相談が多い。これまではお父さんが亡くなるケースの相談が多かったのが、この半年は、お母さんが亡くなったケースの相談が増えている。
子どものグリーフケア(死別体験後の支援)も必要だが、小さなお子さんを遺しているケースが多く、生活そのものをどうやって再構築していけばいいのか、途方にくれているお父さんも少なくない。お母さんがいないとお父さんに家事の負担がかかる。そのため、お父さんに経済的な影響も出てきて、さらに生きづらさを抱えていくことになっている。
また、著名人の自殺の報道の後に「あんなに小さな子どもさんがいたのになんで」という声もよく聞かれた。これらの言葉は誹謗(ひぼう)中傷ではなく、一般的に心配して出た言葉ではあるが、言われた側の子どもは「親の死を止められなかった存在」となってしまう。
子どもや遺された家族に新たな生きづらさを作らないためにも、「子どもが親の自殺の抑制になるはず、ならないのがおかしい」という固定観念を私たちは捨てて、若い女性の自殺対策をしなければならないのだと思う。
■コロナ禍での孤育てのつらさ
女性の自殺が増えた背景に、コロナ禍で子育てが「孤育て」になっていることがあるのではないか、といろんな場面で感じる。
このコロナの時期の妊娠自体も、感染を恐れて不安であろう。そしていざ、出産となったら、実家から産前産後に手伝ってもらえない、里帰り分娩ができないなどの問題がまず生じ、不安なまま出産を迎えることとなる。
出産後も、子育てサークルが自粛縮小され、ママ同士のリアルなつながりもなくなっている。また、保育園や学校が休校になると、ママ業はさらに激務化する。そして自粛で外に連れてもいけないとなると、家で見るしかない。夫はリモート勤務で、「リモート会議中は子どもを黙らせろ」というので、会議中2時間、近所を子どもたちと徘徊(はいかい)して過ごしたという母親もいた。私のもとにはいろんな実態の相談が寄せられる。一人ひとりの事情を聴くと、本当にいろんな面でコロナ禍が子育てに影響しており、妻は夫への不満も募らせている。
■女子学生たちの自殺の増加
自殺は未成年では、女性に限らず、男性も増えている。大人になって過ごす2年と学生時代に送る2年はその意味が全く異なるであろう。今の高校2年生は中学の卒業式もなく、入学した時からコロナ体制で、残りの1年は受験学年である。楽しい高校生活というものをほとんど知らずに卒業してしまう。中学生もしかりだ。大学生は、入学したけれど、リモートばかりで人にも会えないし、一人マンションで孤独な生活を送っている。
人格を形成する大切な時期に、人と触れ合うことができない、人と何か共同で作業し、達成感を味わうことができない、自分の実力を発揮できる場所がコロナで中止になるなど、生活全般で生きる気力を損なう出来事に遭遇してしまっている。
また、進路を決めるにも、大学を見に行けない、インターンシップもバーチャル、留学もできない、進みたかった企業はコロナで採用を実施しないなど、将来に夢が持てず、見通しが立たない。
これは男女とも共通するコロナ禍での苦悩であるが、とりわけ、女子は男子より四年制大学進学率が低く、短大の進学はほとんどを女子が占め、進学に関する悩みは男女では異なる。コロナ禍によって進路の先が狭まり、自分のやりたいことができなくなり、希望の持てない状況に陥っている学生も多くいることを見過ごさずにいたい。
■性的な問題も視野に
若い女性の自殺の急増に関しては、性的な問題も視野に入れておかなければならない。
世界的にコロナ感染が拡大する中、女性の性被害については国連UNHCRも早くから警鐘を鳴らしていた。コロンビアの保健省は、2020年1月から9月までの期間中、昨年の同時期と比較して、国内のベネズエラ人が被害を受けた性暴力事件が約40%近く増加したと報告している。このほか、欧米においてもロックダウン中にDVや虐待の増加の報告は早くからなされてきた。
実際、わが国でも2020年の「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」への相談件数は前年より増えている。要因としては、家庭内での性的DV・虐待の悪化、外出自粛によって外に出られないため性的なデートDVが増えた可能性などがある。また、交際相手を探せるマッチングアプリやSNSなどの利用が増え、知り合った相手から性被害を受けるケースも増加している。
助産師やチャイルドラインなどのヒアリングでも、「妊娠に関する相談は増えている」ということであった。昨今の報道等を見ても、若い母親が子どもを産み、殺害してしまうケースが相次いでおり、望まない妊娠や相談できない出産が増えていることが伺える。
コロナ禍における若い女性の自殺の急増を考える時、性の問題は無視できない要因だと考えている。
■ウェルテル効果も続いている
また、若い女の子に影響の大きかった著名人の相次ぐ自殺も、少なからず影響があった。自死報道に影響されて自殺が増える事象を、「ウェルテル効果」といい、特に若者が影響を受けやすいとされている。
自殺の報道の影響に関しては過去の研究で、①自殺が大きく報道されればされるほど自殺率が上がる。②自殺の記事が手に入りやすい地域ほど自殺率が上がる。ということが分かっている。
日本でも昭和61年にアイドルが自殺し、その影響で多くの若者の後追い自殺・誘発自殺が起きた。私たちは40年前にすでにウェルテル効果を体験していた。にもかかわらず、その経験を生かせず、若者を死に追いやってしまったことを謙虚に認め、二度とこのような事態にならないような策を練らなければならないと強く思う。
■コロナ前から女性の生きづらさはあった
今回、コロナ禍で起きた女性の自殺の急増は、コロナ禍だから生じたというより、コロナ以前からあった虐待・DV・貧困・家族問題などがコロナの自粛によって悪化したと考えている。それらに対する対策が不足していたところにコロナ禍という社会心理的危機が襲ってきたのだと感じている。
実際、自殺対策をこれまで着々とやってきた、男性たちの自殺は増えず、これまで自殺対策が不備であった子どもと女性について、自殺が増えたということを見ても、これまでの自殺対策の失策と考える。
なぜ、その人が死ななければならなかったのかを、しっかりと分析して対策をとり、誰一人、自殺で死なないようにし、コロナ時代を生き抜けるようにしたい。
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中央大学人文科学研究所 客員研究員
鹿児島県出身。自衛隊中央病院高等看護学院を卒業後、精神科・心療内科で看護師として働く。看護学校の教員をしながら大学を卒業。2003年から2年間、スウェーデンで精神医療福祉および教育の調査をし、東北大学大学院医学系研究科で博士(医学)を取得。2006年より自死遺族支援など自殺予防活動を開始。児童生徒・教員・保護者向けのSOSの出し方・受け止め方の講演を全国で行っている。
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(中央大学人文科学研究所 客員研究員 髙橋 聡美)
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