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「なぜ岸田首相は外交ボイコットを避けるのか」米英と中国、どちらにもいい顔をするのはムリ

プレジデントオンライン / 2021年12月14日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Vesa Niskanen

■米国は選手団は派遣するが、政府関係者は送らない

アメリカ政府が来年2月に開催される北京冬季五輪・パラリンピックに政府高官を派遣しないことを表明した。選手団の派遣は行っても政府関係者は送らない、いわゆる「外交的ボイコット」である。

新疆(しんきょう)ウイグル自治区でのジェノサイド(集団殺害)など少数民族に対する迫害や、香港の民主派への言論統制・武力弾圧といった人権侵害を止めようとしない中国に対するバイデン政権の強い抗議だ。最近では女子テニス選手の彭帥(ポン・シュアイ)さんが一時消息不明となった問題も浮上している。

12月6日の記者会見で、アメリカのジェン・サキ大統領報道官は「中国に人道に対する罪と人権侵害がある限り、北京五輪にはいかなる外交・公式代表も派遣しないことを決めた」と語った。さらにサキ報道官は、この決定を同盟国各国に通知したことを明らかにしたうえで、「アメリカのように外交的ボイコットを行うかどうかの判断は、各国に委ねたい」と述べた。

■イギリス、オーストラリア、カナダ、リトアニアが同調済み

こうしたアメリカの動きにイギリス、オーストラリア、カナダ、リトアニアが次々と同調し、外交的ボイコットの実施を明らかにした。一方、フランスは「五輪を政治化すべきでない」と外交的ボイコットを批判。ロシアもプーチン大統領が開会式への出席を表明している。

日本はどう対応するのか。岸田文雄首相は国会答弁で人権重視の姿勢を強調してきたが、日本は東京五輪開催で中国の協力を得ているし、経済的関係も強い。来年は日中国交正常化50周年の節目でもある。岸田政権は外交的ボイコットを実施するのだろうか。

岸田首相は7日午前、首相官邸で記者団に「オリンピックの意味やわが国の外交にとっての意義を総合的に勘案し、国益の観点から自ら判断していきたい」と話し、独自に決めていく考えを示した。

この岸田首相の発言を受け、水面下では調整が続いている。

■中国に甘い顔を見せるべきではないはず

東京五輪の開会式の際、中国は、日本がアメリカと同様に台湾を支持していることから、副首相級の派遣を見送り、代わりに中国代表団団長の国家体育総局長(閣僚級)を出席させた。この対応を踏まえて、日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長やスポーツ庁の室伏広治長官が派遣の候補に挙がっている。

さらには東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子会長の名前も浮上。橋下氏は政府高官ではないため、外交的ボイコットを表明しているアメリカやイギリスなどの批判を避けられる。しかも現職の国会議員であることから中国側の面子も立つ。

衆院予算委員会で答弁する岸田文雄首相(中央)=2021年12月13日、国会内
写真=時事通信フォト
衆院予算委員会で答弁する岸田文雄首相(中央)=2021年12月13日、国会内 - 写真=時事通信フォト

しかし、アメリカやイギリスなどに配慮しながら、中国にもいい顔をするのは無理である。岸田首相は検討にこれ以上、時間をかけるべきではない。欧米各国が次々と外交的ボイコットを表明しているなか、判断が遅れるほど日本の優柔不断が際立つ。それは国益を損ねる行為だ。

中国の専制主義や覇権的行動、強権姿勢、人権侵害を考え合わせれば、答えはひとつだ。中国に甘い顔を見せてはならない。日本はできる限り早く、外交的ボイコットを表明すべきである。

■五輪を政治利用しようとしているのは習近平政権

外交的ボイコットに中国は猛反発している。

相手を攻撃して強く罵る「戦狼外交」で知られる、中国外務省の趙立堅(ジャオ・リージエン)副報道局長は7日の定例記者会見でこう力説した。

「強い不満と断固たる反対を表明し、対抗措置を取る。アメリカの行動は誤っている。必ずや代償を払うことになる」
「アメリカはスポーツを政治問題化している。オリンピックに対する干渉を中止しなければ、中国とアメリカが国際社会や経済的分野で行っている対話や協力関係は無駄になる」

いつものことではあるが、よくもまあここまで御託を並べられるものだ。誤っているのは中国の習近平(シー・チンピン)政権であり、外交的ボイコットはその報いだろう。オリンピックを政治利用しようとしているのは、習近平政権である。今回の問題に国際社会や経済的分野での協力を持ち出すのも軽薄な脅しにすぎない。

■中国ではなく、トップの習近平氏の歪みに問題がある

中国の習近平政権にとってアメリカが先陣を切った外交的ボイコットは大きな痛手になる。習近平国家主席は北京冬季五輪の成功を中国国内に強く印象付けることによって自らの政権の権威と求心力をさらに高め、来年の中国共産党大会で3期目の政権を発足させようともくろんでいる。建国の父、毛沢東と肩を並べる党主席の地位に就任するための足場固めに五輪を利用しようとの打算がある。オリンピックを政治利用しようとしているのは、習近平氏自身だ。

習近平氏は7月1日の中国共産党創設100年の祝賀式典の演説で、「統一を実現することが中国共産党の歴史的任務だ」と台湾への軍事的な脅しや圧力を正当化し、香港については「国家安全維持法で民主主義を取り締まり、長期的な繁栄と安定を維持する」と暴力で民主派勢力を一掃した行動を肯定した。

習近平政権は、東シナ海に軍事進出し、南シナ海ではサンゴ礁の海を埋め立てては人工の軍事要塞を築き上げている。日本に対しては沖縄県の尖閣諸島を「中国の領土の不可分の一部」と主張し、尖閣諸島の周辺海域に中国海警船を出動させ、日本漁船を見つけては強制排除の行動を取る。

新疆ウイグル自治区についても台湾や香港と同様に「絶対に譲ることのできない核心的利益。他国の口出しは内政干渉に当たる」との主張を繰り返す。

断っておくが、大きく歪んでいるのは中国という国ではなく、トップに君臨する国家主席の習近平氏である。習近平体制が崩壊すれば、中国は国民の自由と基本的権利を重視する国家に生まれ変わる可能性もある。だが、それには香港の民主派市民のように中国の国民が民主主義に目覚めなければならない。

北京の夜市では、習近平のフェイスプレートなどのキッチュな品々を売る土産物屋がある
写真=iStock.com/bushton3
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bushton3

■「習近平政権を称揚する場にしてはならない」と産経社説

12月9日付の産経新聞の社説(主張)は「五輪・パラリンピックは平和の祭典だ。弾圧の責任者である習近平国家主席とその政権を称揚する場にしてはならない。外交的ボイコットは当然である」と訴える。

そもそも平和の祭典に専制主義の中国は馴染まない。習近平政権下でオリンピックを開催すること自体が間違っている。

さらに産経社説は岸田政権の言動に言及した後、こう主張する。

「いかにも悠長な(岸田首相の)発言で深刻な人権状況への憤りが感じられない。中国政府が全く反省していないのだから、日本のとるべき道は明らかではないか」
「外交的ボイコットの輪に加わることだ。首相や閣僚、スポーツ庁長官を含む政府使節団見送りは欠かせない。人権侵害制裁法(日本版マグニツキー法)制定も急務である」

人権侵害制裁法の制定はともかく、岸田首相は早急に外交的ボイコットを表明すべきである。経済力と軍事力をバックに世界制覇を狙う中国・習近平政権に反対する絶好のチャンスだ。産経社説の見出しも「外交ボイコット 首相は旗幟を鮮明にせよ」であるが、岸田首相の鼎の軽重が問われている。

産経社説は「自民党総裁選などで岸田首相は人権問題重視の姿勢を示してきた。『(中国に)言うべきことは言う』とも述べてきた。それを果たすときである」とも指摘し、最後にこう主張する。

「真の国益には、人権が守られた国際社会の実現が含まれると肝に銘じてほしい。それを追求できないなら、民主国家のリーダーにふさわしくないと知るべきだ」

保守の産経社説に「民主国家のリーダーにふさわしくない」とまで強調されれば、岸田首相も旗幟を鮮明にせざるを得ないだろう。

■読売社説は中国に「真摯な受け止め」と「不信の払拭」を期待

12月8日付の読売新聞の社説は「中国の深刻な人権侵害が一向に止まらないことに対する強い批判の表れだと言える。中国は真摯に受け止め、不信の払拭に努めるべきだ」と書き出す。見出しも「五輪ボイコット 不信の払拭は中国の責任だ」である。

読売社説は中国に「真摯な受け止め」と「不信の払拭」を期待しているが、手ぬるい。中国・習近平政権は自らの行動だけを是とし、歯向かう者を非とする強硬姿勢を貫いている。そんな習近平政権に対し、真っ当な批判や要求は通じない。中国当局は日本の新聞の社説にこと細かに目を通している。産経社説のように「全く反省していない」と強く訴えるべきである。

読売社説は指摘する。

「中国は強く反発し、対抗措置をとる構えを示している。北京五輪に各国の首脳や閣僚らを集め、中国の存在感を内外に示す思惑は狂いつつあるのではないか」
「こうした事態を招いたのは、人権抑圧の非難に『でっち上げ』と反論するだけで情報を公開しようとしない中国の体質である」

習近平氏の思惑は外れて当然である。情報を公開しないのは、内政が維持できなくなるからだ。事実を求めようとしない中国国民の側にも責任はある。

読売社説は「米政府は、新疆ウイグル自治区でイスラム教徒の少数民族ウイグル族100万人以上が施設に収容され、拷問や強制労働、虐待が行われていると指摘している」とも言及するが、「100万人以上」という具体的な情報には説得力がある。

読売社説は書く。

「人権の尊重は世界人権宣言などでうたわれた普遍的価値観で、中国も賛成している。『内政干渉』を理由に国連による調査や監視を拒否しているのは筋が通らない。日本も中国政府に直接、調査団の受け入れを促すべきだ」

習近平政権の中国は、筋が通らないだけではなく、道理に外れた政権なのである。そんな中国とどうやって付き合っていくべきなのか。この課題は大きく、そして難しい。しかし日本は民主主義を信じ、欧米の民主主義国家と力を合わせることが前提になるだろう。

■対立がエスカレートすれば、影響を受けるのは選手たち

12月8日付の毎日新聞の社説は「米国の北京五輪対応 亀裂深めない知恵が必要」との見出しを掲げ、「対立がエスカレートすれば、影響を受けるのは選手たちだ。亀裂を深めないよう、各国が知恵を絞らなければならない」と主張する。

毎日社説はどう知恵を絞れというのだろうか。そう考えながら読み進めると、後半でこう主張している。

「ここは改めて五輪本来の精神に立ち返るときだ。文化や国籍など違いを超え、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって平和な世界の実現に貢献する――近代五輪を提唱したクーベルタンの言葉を思い起こしたい」

オリンピックとは何なのか。各国が原点に戻って考え直す時期が来ている。開催を重ねるごとに巨大化するオリンピックマネーの問題、先進国としての威信を示す行動、国家としての存在感のアピール、国威発揚への利用など、五輪は「平和の祭典」から外れ、各国の思惑が持ち込まれる政治の現場になっている。

■「政治色が強い五輪の現実を見直す契機に」と毎日社説

続けて毎日社説は主張する。

「中国テニス選手の『失踪』事件は、選手の尊厳より政治の都合が優先される危うさを映している。北京五輪は、大国間の駆け引きや国威発揚を含め、あまりに政治色が強い五輪の現実を見直す契機とするべきだ」

五輪から政治色を一掃することには賛成だ。しかし、開催国の中国の思惑が政権の権威を高めるところにある以上、北京冬季五輪での見直しは困難である。世界の大半の国々が習近平政権の人権侵害に対して「ノー」をたたきつけ、外交的ボイコットを表明することができれば、見直しの兆しは見えてくる。その意味でも岸田首相が外交的ボイコットを決定する価値は大きい、と沙鴎一歩は思う。

毎日社説は最後にこう訴える。

「国際オリンピック委員会(IOC)は『政治的中立』の立場から、今回の米国の決定を『尊重する』という。米中双方の顔を立てたいようだが、五輪の持続可能性を真剣に願うならば、大国の思惑に翻弄される現状をどう正すかを考えるべきだ」

開催国や参加国以上にIOCの意識改革が求められるのは、言うまでもない。「五輪の基盤は心身を磨く個々の人間であり、国家の威信ではない」とも毎日社説は指摘するが、IOCはそうした精神を取り戻してほしい。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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