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「A4用紙の滞空時間競争」でタレントチームに負けた京大生チームを総長が誇りに思ったワケ

プレジデントオンライン / 2021年12月18日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Azuki2021

NHKの科学番組で行われた「A4用紙の滞空時間競争」に京都大学理学部のチームが出場し、女子中高生4人のタレントチームに完敗した。前京都大学総長の山極寿一さんは「理学部長だった私は京大生が敗れたことは悔しかったし、彼らを不甲斐なく思ったこともたしかだ。だが、一方で彼らの戦いぶりを誇らしくも感じた」という――。

※本稿は、山極寿一『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■NHKの科学番組で京大生と中高生タレントが対決

総長になる2年ほど前、私が理学部長をしていたときに、NHKのEテレ番組から挑戦状が来たことがある。当時もいまも人気の「すイエんサーガールズ」が京大生と対決したいというのである。すイエんサーとは、面白い科学の問題を中高生中心の女子タレントたちが解く番組だ。

挑戦状では、京大の物理の先生が出した問題を、すイガールのチームと京大生のチームが解いてその成果を競うことになっていた。そこで、理学部では1〜4年の学生が4人のチームを作り、「すイガール」4人のチームと対戦することになった。学部長の私はその対戦の勝敗を決める判定者として参加した。

やってきたのは現代のアイドルで、思いきり輝いている女の子たちだった。たしか15歳から21歳の年齢幅だったと思う。対戦場所は、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんを記念して建てられた益川ホールだった。

競技の内容は、A4判の紙1枚とはさみを使って工作物を作り、5メートルの高さから落として時間のかかる方が勝ち、という問題だった。1時間で完成品を一つ作り、各チーム4回の試技を行って落ちる時間を競う。学力を誇る京大生との間にはハンデがあるということで、すイガールの側に一つだけヒントと、予備の試技が与えられることになっていた。

判定者の私には、どちらのチームの作業内容ものぞく権利が与えられた。私は何度となく両チームの部屋を訪問しては、どんな作品を考案するのかを見守った。どちらのチームも熱心に議論し、試作品を作ってはその効果を試していた。

■何も手を加えなかったすイガールが勝利

京大チームが作ったのは小さなプロペラがついた筒状の物体で、くるくる回りながら落ちてくるものだった。空気の抵抗をなるべく大きくして落ちる時間を稼ごうという工夫だ。これに対して、すイガールチームは何も手を加えないA4の紙をそのまま広げて水平にして落とした。紙は横に振れながら一瞬上に持ち上がって静止する。京大生の作品よりも時間をかけて落ちることに成功した。すイガールの勝利である。

平面の紙の効果を予測できたのが、すイガールたちの卓見だった。もちろん、彼女たちは初めからこのことに気がついたわけではない。実にあきれるほど意見を交わし、試行錯誤を繰り返して行きついた結論だから、素晴らしいと私は思う。

■京大生の敗因は「サイエンスへのこだわり」

さて、私が面白いと思ったのは第2戦だった。今度はA4の紙を5枚用いて工作物を作り、同じように落ちる時間を競う。作品が大きくなるから、前とは違う工夫が必要になる。京大生が作ったのは大きな紙飛行機だった。ホールの2階からゆっくりと弧を描いて飛べば、かなりの時間を稼げると予測したのだ。3回の試技は壁にぶつかったりして途中で墜落、最後の試技で思うように飛ばすことができた。

しかし、今度も京大生は勝つことができなかった。すイガールは、またしても5枚の紙を張り合わせて長方形の大きな紙を作り、それを水平に落とすという戦略に出たのだ。さすがに、今度は紙が折れ曲がり、弧を描かずに落下した。しかし、うまく弧を描くケースもあり、紙飛行機よりはるかに長い時間を稼ぐことができたのである。

講評で、私はすイガールの、まとまる力、勝利への意欲、こだわりを捨てるいさぎよさが京大生に勝っていたことをたたえた。理学部長の私としては京大生が2戦とも敗れたことは悔しかったし、彼らを不甲斐なく思ったこともたしかだ。

だが、一方で彼らの戦いぶりを誇らしくも感じた。京大生の敗因は、サイエンスへのこだわりを持っていたからだと思ったからである。彼らは1枚の紙が描く軌跡にうすうす気がついてはいたのだが、まったく何も手を加えずに勝負することに大きなためらいを覚えたのだ。

2回目はさらに、その原理を知ってしまったがゆえに、相手の用いた方法を採用することができなかった。別の方法で勝たなければ自分たちのプライドが許さなかったのである。負け惜しみではなく、私はその態度をとてもうれしく感じたのだ。

2014年5月4日、京都大学百周年時計台記念館
写真=iStock.com/YMZK-photo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YMZK-photo

■京大生チームの常識にとらわれない発想力

これには後日談がある。翌年の2013年に今度は東京で、これまですイガールが対戦した東大・京大・北大・東北大の4大学のチームと5チームで競い合うという催しが開かれた。このときの問題は、プラスチック製の2本の縄跳びの紐を材料にして、はさみと糊でいかに高い構築物を作るかというものだった。

山極寿一『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(朝日新書)
山極寿一『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(朝日新書)

結果はまたしてもすイエんサーチームの勝利に終わった。このとき、京大生のチーム以外はすべて、まず縄跳びの握りに使われているプラスチックを組み合わせて安定した土台を作り、その上に紐で作った塔をいかに高く積み上げられるかに腐心していた。すイガールが勝ったのは、紐の端が天に向かって最も高く伸びていたことによる。

しかし、京大生のチームは違う考え方をした。まず紐と握りを組み合わせて最も長い構築物を作り、それを立てて安定させようとしたのである。実は、これらの試技はいったん構築物を立ててから、支えなしに1分間倒れないようにすることが条件だった。京大生の作品は高さでは圧倒的に他を抜きんでていたものの、1分間立っていられなかったのである。

私は京大生をはじめとして4大学の学生がまたしても惨敗したことに悔しい思いをしたとともに、京大生の考え方にひそかに拍手を送った。そこには、常識にとらわれない発想が潜んでいると思ったからである。

■ガリレオやニュートンが大発見を生み出したワケ

科学の力には二つの側面がある。与えられた課題に対して、限られた時間内により良い解答を見つける。これは現代の社会が必要とし、常に競争の渦中にある企業が求めている能力だ。もう一つは、思わぬ発想で常識をひっくり返し、新しい理論や世界観を作る能力だ。これには、時間は制限要因にならない。一生のうちに、そういった機会に巡り合い、その能力を一度でも示すことができればいい。

コペルニクスも、ガリレオも、ニュートンも、そして益川敏英さんもそういう幸運に恵まれた科学者だ。でもその大発見を成し遂げるまでに、気の遠くなるような思考実験があったはずである。それは決して与えられた問いから生まれたわけではないし、競争によって得られたわけでもない。まだ先人の気づいていない真実を探し求めたいという野心を持ち続けたことが、その大発見を生み出したのである。

■真の科学の力は勝つ能力ではない

すイガールたちの勝利は、彼女たちが前者の能力に秀でていたことを示している。何よりも目的をよく理解し、そこにたどり着く道を必死に探し、チームで勝利を勝ち取ろうとする団結力は素晴らしい。昨今、チームワークに優れた、即戦力として働ける人材を育てることが大学に求められているが、すイガールたちの勝利は、その能力が大学とは違う世界で鍛えられることを示唆している。

しかし、京大生が示したもう一つの能力も、私たちの社会にブレークスルーをもたらすために必要である。それは、正解を早く出すことではなく、これまでの常識に従わず、新たな考えに挑戦しようとする態度である。イノベーションはその積み重ねによって拓かれる。いまの科学技術を100年前の誰が予想しただろうか。真の科学の力とは勝つ能力ではない。これら二つの違う能力を組み合わせることが夢ある未来を作るのだと思う。

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山極 寿一(やまぎわ・じゅいち)
霊長類学者・人類学者
1952年、東京都生まれ。総合地球環境学研究所所長。京都大学前総長(2014~20年)。人類進化をテーマにゴリラを主たる研究対象として人類の起源をさぐり、アフリカなどを舞台に実績を積んでいる。著書に著書に、『ゴリラとヒトの間』(講談社現代新書)、『家族の起源 父性の登場』『家族進化論』『ゴリラ』(東京大学出版会)、『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル)、『ゴリラが胸をたたくわけ』(福音館書店)、『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』(朝日文庫)などがある。

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(霊長類学者・人類学者 山極 寿一)

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