「気づいたときには1人減っている」死刑囚が震え上がる"執行当日"にしかないあるサイン
プレジデントオンライン / 2021年12月19日 11時15分
※本稿は、佐藤大介『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■死刑囚たちはどのようにして最後の時を迎えるのか
確定死刑囚にとって、逮捕・起訴されたときから始まる司法当局との攻防は、死刑執行をもって終わりを迎える。同時に、司法当局にとって死刑執行は、確定死刑囚に対する最後の「手続き」になる。確定死刑囚と司法当局のどちらにとっても、死刑執行が重く厳粛な「儀式」であることに違いはない。
法務官僚と法相、法務副大臣の決裁を受けた後、法相名による「死刑執行命令書」が検察庁に届くと、対象となった確定死刑囚が収容されている拘置所長には、管轄の高等検察庁から死刑執行の指示がくる。
その後、拘置所では秘密裏かつ入念に死刑執行の準備が施され、当日の朝を迎える。確定死刑囚たちは、どのようにして最期の時を迎えるのか。関係者の証言や公開されている資料などから、その模様を探ってみたい。
■死刑執行は年末年始を除く平日にしか行われない
刑務所、拘置所などの刑事施設を運営する根拠法としては、2005年に制定された「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」(現在は「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」)に死刑執行に関する条文があり、第16節には「死刑の執行」として以下の規定がある。
2 日曜日、土曜日、国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する休日、1月2日、1月3日及び12月29日から12月31日までの日には、死刑を執行しない。
ここからわかるのは、死刑執行は年末年始を除く平日に行われるということだ。単純な事実だが、事前告知のないなかで、確定死刑囚は平日の朝は常に執行の恐怖におびえることになる。
実際には死刑執行は木曜日か金曜日に行われることが多いが、明文化された決まりというわけではない。大阪・池田小学校児童殺傷の宅間守元死刑囚が大阪拘置所で死刑執行された2004年9月14日は火曜日だった。
独居房に収容されている確定死刑囚たちは平日の朝、廊下を歩く看守の足音などに神経をとがらせ、いつもと違う動きがあれば敏感に反応するという。そのような雰囲気を察知すれば、死刑執行のサインと読み取るからだ。
■「お迎えだ! お迎えに違いない!」
1960年代に福岡拘置所に収容されていた確定死刑囚の手記をまとめた『足音が近づく 死刑囚・小島繁夫の秘密通信』(市川悦子著)には、以下のような記述がある。約半世紀前の手記ではあるが、1回目の記事で紹介したオウム元幹部の井上嘉浩元死刑囚が房から死刑場へ連行される時の証言と、その状況に大きな変化はない。
僕の部屋、つまり南側25房から15メートルほど離れたところに大きなつい立てがある。胸の動悸を全身に感じながら、僕はそこを必死で見ていた。ついたての陰から、まず私服姿の小柄な教育部長が現れた。続いて、制服の役人が10人あまりはいって来た。そのとき事務室から、係長が出てきた。係長は、教育部長を挙手の礼で迎えた。それから僕の部屋を指して、そばの看守に目配せした。
僕は息が詰まった。もう外を見ていられなくなった。僕は、弾かれたように扉のそばを離れた。首筋から背中にかけてゾッとするほど冷たいものがへばりついていた。僕は机にもたれかかるようにして座った。(原文のまま)
房に流れる執行のラジオニュース「その日」の朝、執行される確定死刑囚の房があるフロアは、普段とは違った空気に包まれる。
通常、死刑執行が行われるのは午前8時から9時ごろの間だ。7時25分の朝食が終わった後、執行される確定死刑囚の独房に処遇部門の職員や警備隊員が「お迎え」に訪れ、刑場に連行していく。
■「掃除はしなくていいから、こちらに来るように」
朝食後、複数の足音が近づいて独房のドアが開けられたとき、そこに普段の担当看守とは違う拘置所職員や警備隊員が立っていれば、確定死刑囚は自ずとその意味を悟るという。東京拘置所で約2年間、衛生夫として服役した江本俊之さん(仮名)も「その日」を経験している。
確定死刑囚が数多く収容されているC棟11階を担当していた江本さんは、被収容者たちが起床する午前7時よりも早い6時半にはフロアに行き、早めに自分の朝食をすませて、掃除や朝食の配膳などの仕事を行うことが日課だった。だが、死刑執行のあった当日は様子が違っていた。
「朝食を配膳して片づけるときから、刑務官に『悪いけど早くしてくれ』と急かされるんです。その段階でなんだかおかしいなと感じるのですが、しばらくすると処遇部門の課長や係長といった、普段は(C棟11階に)いない人たちの姿が目につきました。
これはなにかあるなと思っていると、8時くらいに刑務官に呼ばれ『掃除はしなくていいから、こちらに来るように』と別部屋に連れて行かれ、30分ほど待機させられたのです。フロアに戻ると房がひとつ開いていて、収容されていた死刑囚がいなくなっており、刑務官が神妙な顔つきで房から荷物を運び出している。その姿を見て、死刑の執行があったんだなとはっきりとわかりました」
それまで同じフロアにいた被収容者の一人が、突然連行されて、二度と戻ってこない。冷徹な事実を突きつけられた確定死刑囚たちは、否応無しにそこに自らの運命を重ね合わせ、激しく動揺する者も少なくないという。
■「当たり散らすのもいれば、放心状態になるのもいる」
録音したラジオのニュースを午後に流す際、死刑執行に関する内容もそのまま放送され、新聞も同様に読むことができる。
法務省関係者は「被収容者の心情の安定などを考えて、死刑関係のニュースはカットしたり、新聞を黒塗りしたりしていた時期もありましたが、現在は行っていません。法務省として事実関係を公表している以上、そうしたことをする必要がないとの判断です」と説明するが、執行後のフロアは異様な雰囲気に包まれる。
江本さんが続ける。「すごいですよ、ピリピリして。(確定死刑囚たちが)報知器を押して刑務官を呼び『今日、あったんでしょ?』と聞くんですよ。もう、すごい剣幕です。でも、刑務官としては何も言えない。そうこうしているうちにニュースが流れて、はっきりと知ることになり、一気に重苦しい空気になる。
刑務官に当たり散らすのもいれば、放心状態になるのもいます。(死刑執行から)2日間は、いつもフロアを担当している刑務官のほかに、課長や係長も詰めて、平静を保つように努めていました」
検察庁を通じて死刑執行の命令が届いた拘置所では、執行当日まで緊張に包まれる。死刑執行施設のある拘置所の元幹部が、その模様を振り返った。
「執行に携わる刑務官を選ぶことや、対象となった死刑囚の動静を注意深くチェックすることが、まず必要となります。連行から執行の言い渡し、遺言の作成などを経て執行まで、いかにスムーズに行っていくかが最大の課題です。死刑囚本人に、余計な恐怖や苦しみを与えることは避けなければなりません」
■ロープは身長や体重から計算して、床上30センチに調整する
立ち会い役の幹部以外で、執行に直接携わる刑務官は6〜7人。元幹部によると、勤務態度が優秀なベテランと若手が選ばれ、妻が妊娠中であったり、家族に病気の者がいたりする場合などは対象から除かれるという。
元幹部は「明文化されているわけではないが、身内に何かあった場合に『自分が死刑に関わったからではないか』と刑務官に思わせないため、慣例的な配慮をしている」と明かす。
執行に携わることになった刑務官は、刑場の掃除や確定死刑囚の首にかけるロープの確認、目隠しといった「必要品」の準備などに追われる。ロープは、確定死刑囚の身長や体重から計算して、執行時に地下の床から30センチほどの地点に足先が来るように調整される。これとは別に、処遇部長など拘置所幹部は、棺桶の手配や教誨(きょうかい)師への連絡、連行時の警備態勢のチェックなどを行う。
執行に向けて、拘置所当局は急ピッチで準備にあたる。執行当日の朝、対象となる確定死刑囚の房に向かうのは、教育課長ら幹部に加え、「警備隊」と言われる警備専門の屈強な刑務官たちだ。刑場への連行の言い渡しを受けた確定死刑囚が取り乱して暴れたりした際は、警備隊員が制圧にあたり、有無を言わさず連行していくことになる。
「言ってみれば、拘置所内の汚れ役ですよ。執行の日に、房から嫌がる死刑囚を無理矢理引きずり出して、刑場まで運んでいくなんて誰もやりたくない。警備隊員も『頼むからおとなしく刑に服してくれ』と、心の中では思っているんです」
元幹部は苦々しい表情を浮かべながら、そう話した。
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共同通信社 編集委員兼論説委員
1972年、北海道生まれ。明治学院大学法学部卒業後、毎日新聞社を経て2002年に共同通信社に入社。韓国・延世大学に1年間の社命留学後、09年3月から11年末までソウル特派員。帰国後、特別報道室や経済部(経済産業省担当)などを経て、16年9月から20年5月までニューデリー特派員。21年5月より現職。著書に『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』(角川新書)、『オーディション社会 韓国』(新潮新書)などがある。
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(共同通信社 編集委員兼論説委員 佐藤 大介)
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