「トヨタこそ正しいと主張すべき」EV30車種投入の衝撃会見で語られなかった"本当の世界戦略"
プレジデントオンライン / 2021年12月15日 15時15分
■トヨタの野心的な戦略
トヨタ自動車の「バッテリーEV戦略発表会」が12月14日に開催された。2030年までに30車種のBEV(エンジンを持たない純粋の電気自動車)を発売し、2030年に350万台のBEVを作るという野心的な戦略である。
テスラの今年の販売台数は100万台弱と想定されるので、その3.5倍レベルの目標である。今までBEVに慎重な姿勢を見せていたトヨタとしては大きく一歩を踏み出した格好だ。
にもかかわらず、外国人記者から「なぜ350万台(トヨタの生産台数のうち約35%)なのか。他社のように100%とか50%ではないのか」という質問が出た。私はこれを聞いて、記者がこの記者発表の意味を理解していないと感じると同時に、この記者のパーセプションがBEV推進派の大多数の見方なのだろうと思った。
確かにアウディ、メルセデスベンツ、ボルボなどは2030年までにすべてBEVにすると発表しているし、トヨタの最大のライバルともいえるフォルクスワーゲンは2030年までに70種のBEVを発売し、全体の50%をBEVにすると発表しているため、この規模でもまだ見劣りするという見方もできなくはない。
■「環境派」に理解できないこと
この質問に対し、豊田社長は「エネルギー事情が異なる多様な市場を相手にしているのがトヨタ自動車。従って多様な解決策が必要」と答えていたが、果たして本意が伝わったのか非常に不安になった。
トヨタは一貫して「カーボンニュートラルのためには多様なソリューションが必要」と言い続けている。今回の発表もBEVの生産台数は増やすが、基本的な考え方は変わらない、というのが全体を通しての趣旨である。この考え方自体が「内燃機関やハイブリッドにこだわっている」「EVに消極的」という印象を、欧州を中心とした「環境派」に与えてしまっているようだ。
今回の発表会でもその印象を払拭(ふっしょく)することはできなかったのではと危惧する。トヨタは非常に真面目かつ控えめな会社のため、どうも広報戦略(とくに海外向け)が弱い気がする。日本の主要メディアですら、欧州のプロパガンダに影響されてBEVに積極的に見えないトヨタに対して批判的な記事をよく見かける。
■各国で大きく異なる電力事情
そこで、トヨタの主張を私なりに補足して説明してみたい。
まず主張すべきは、各国の電力事情である。ノルウェーのように発電のほぼすべてが再エネで行われている国、フランスのように原子力発電比率が極めて高い国では確かにBEVはカーボンフリーに直結する。ドイツのように発電の再エネ化を積極的に進めている国も、将来的にはBEV化はカーボンフリーに貢献するだろう。
しかし世界を見ればまだまだ火力発電が主体だ。とくに途上国でその傾向が強い。しかもアフリカではまだ電気の届いていない地域も多く、インドでも大都市ですら日常的に停電が起こっている状態だ。
このような地域では、2030年になっても事態が大きく改善される可能性は非常に低いだろう。人々の所得も低く、BEVを普及させることはどう考えても不可能だ。
■途上国を支える日本の自動車メーカー
こうした途上国で圧倒的なシェアを持っているのは日本の自動車メーカーである。欧州メーカーは高級車を中心としてわずかな台数を売っているにすぎない。生産台数でトヨタと肩を並べるフォルクスワーゲンも、BEV推進に積極的な欧州と中国だけで販売のほぼ8割を占め、それ以外の地域は非常に少ないのだ。
高級車メーカーは、BEVを買える財力のある限られた富裕層だけを相手にしていればいい(トヨタも、レクサスブランドは2035年に完全BEV化するとしている)。もし日本のメーカーがBEV主体に舵(かじ)を切るとするならば、このような地域の顧客を見捨てることを意味する。
欧州と中国と富裕層のことだけを考えればいい欧州メーカーとは事情が異なるのだ。途上国では当面は化石燃料に頼らざるを得ないし、高価なBEVを買える層も少ない。そのような地域でCO2排出を少しでも減らすには、高効率エンジンや低価格ハイブリッドの提供が最も適している。理想的ではないかもしれないが、それが最も現実的かつ効果的な方法なのである。
■「トータルCO2排出量」で考える
次に主張すべき点は、BEVは走行時に電気を使うだけでなく、生産にも極めて多くの電力が必要な点だ。いろいろな試算が行われているが、現在の発電状況では通常のガソリン車よりもトータルのCO2排出量が少なくなる分岐点は、おおむね10万~15万km程度のようである。
欧州やアメリカのように車の走行距離が長く、廃車までに20万km以上走行するのが当たり前の国ならばCO2削減効果があるが、日本のように走行距離が短く、10万km程度で廃車になるケースが多い国ではほとんど削減効果がないどころか、かえってCO2排出量を増やしてしまう危険性すらある。
上記は通常のガソリン車との比較なので、ハイブリッド車との比較ではさらに分岐点は高くなる。日本のような国では、BEVよりもハイブリッドのほうがCO2削減効果は高いと考えるべきだろう。さらに欧米でもバッテリーが20万km以上性能を保てるのかという疑問も残る。
![混沌とした交通の概念](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/a/1200wm/img_ea21ba66ea87ec36e038bff5e72081b8407869.jpg)
■当たり前の事実「BEVに適した地域と適さない地域がある」
このように考えると、欧州など再エネ発電が豊富なエリアではBEVの普及がCO2削減に効果のある可能性があるが、それ以外の地域では必ずしもBEVが最適解ではないのだ。
一方で、中国のように火力発電が主体にもかかわらず政策的にBEV化を進めようとしている国もある。これらの国では税制や利便性でBEVが優遇されるため人工的にBEVの需要が高まる。
現在欧州でBEVの販売が増加しているが、その主たる理由は補助金等の優遇策である。このような地域ではBEVを品揃えするのがマーケティング的に重要である。つまり、世界的には積極的にBEVを売っていくべきエリアと既存のエンジン車を改良したりハイブリッド化したりするほうがいいエリアとはっきり分かれる。
■欧州でも「エンジン車はなくせない」
さらに、BEVを積極的に売るエリアでもエンジン車の需要がなくなるわけではなく、2030年においてもそれなりの需要があるはずだ。
フォルクスワーゲンは欧州における2030年のBEV販売比率を70%と見込んでいるが、裏を返せば、フォルクスワーゲンも30%はエンジン車を売ると見込んでいるということだ。
欧州といえども東欧を中心に低所得層も多く、BEVを買いたくても買えない層も多いだろう。
また、エンジン車の改良やハイブリッド化は、欧州においてさえCO2削減のためには絶対に必要なことだ。エンジン車の開発をやめてしまえば、エンジン車のCO2排出量は今のままにとどまってしまい、改善が見られることはないのだから。
■世界に「トヨタの考え方こそ正しい」と堂々と主張するべき
トヨタが考えるCO2削減策は、このような考えに基づいている。全面BEV化はわかりやすいが、それはまったく世界の現実を直視しない、極めて安易な考え方だ。
目指すべきはCO2排出量削減である。そのためにはあらゆる現実的な手を打つべきである。実現できるかどうか怪しい将来のコミットメントなんてどうでもいい。今すぐに真に効果的なCO2削減策を実行すべきなのだ。実際、トヨタの今までのCO2削減量は他社を圧倒しているだろう。
私はトヨタの考え方に全面的に賛同するし、トヨタも厳しくはっきりと主張するべきだ。
トヨタは今までも考え方を幾度も発表しているが、エクスキューズに聞こえてしまうケースが多かった。今回の会見でも豊田社長は「どうかご理解いただきたい」というフレーズを繰り返しながら上記ポイントを織り込んではいたのだが、ファクトをよく理解できない人に真意が伝わったとは考えにくい。
もっと「トヨタの考え方こそ正しい」と堂々と主張するべきと考える。
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マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)
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