「NATOに行くのは許さない」プーチン政権が異常なまでにウクライナに執着する悲しい理由
プレジデントオンライン / 2021年12月16日 13時15分
■西側に拒絶されたことへの悲哀と怒り
バイデン大統領とプーチン大統領は、12月7日、緊張の高まるウクライナ情勢を解決するためのバーチャルな首脳会談を約2時間行った。双方が提案を交換し合いそれを検討中という形で目前の事態はほんのわずかだけ静かになったが、本質的な相互理解にはほど遠い。
問題の根本には、自壊によって消滅したソ連邦の継承国ロシアを、ヨーロッパが決して自らの仲間として迎え入れなかったことに対するロシアの深い悲哀と怒りがある。この問題が最も峻烈(しゅんれつ)な形で噴出しているのが、スラブとしての兄弟国家ウクライナとロシアの関係である。
問題の遠因は、ペレストロイカ政策の推進により、西側諸国と共通の方向性をとり始めたゴルバチョフが、1987年から1989年にかけて「欧州共通の家」概念を提起したころにさかのぼる。要するに、価値を共有する国になりつつあるのだから、欧州を分断していたさまざまな組織はもうやめようではないかということである。分断の組織とは、ワルシャワ条約機構とNATOであった。
■解体するどころか旧ソ連邦国からも「入れてほしい」
1991年12月ソ連邦が解体され、ロシア連邦が成立した。新生ロシアは民主主義と市場原理を基礎とする国になった。ワルシャワ条約機構は、91年3月に機構として機能を停止、7月には早々と廃止された。ロシアとしては、一発の弾丸が飛んでこなくても、欧州分断のもとになっていたワルシャワ条約機構を廃止したのだから、その対抗組織であるNATOはなくなると期待したわけである。
しかしここで「待った」がかかった。これまでワルシャワ条約に基づく軍隊に攻め込まれ散々痛い目を見てきた旧東欧諸国やソ連邦の中でもロシアに対する恐怖心を明確に持っていたバルト三国などが、「一回政体が変わったからといって信用できない。NATOは残すだけではなく、自分たちをそこに入れてほしい」と言い出したのである。これには一定の説得力があった。しかしロシアとしては、冷戦の遺物たる反ロシア機構が東方に拡大し国境線に迫ってくることなど受け入れられるわけがなかった。
この時調整の役割を果たしたのがアメリカである。その任に当たったのが1993年1月から8年間大統領職についたクリントンであり、この間対ロ政策のシナリオを描いたのがロシア専門のジャーナリストでクリントンの学生時代からの親友ストローブ・タルボットだった。タルボットは日本の対ソ連政策に関心をもち、当時外務省のソ連課長だった筆者とも親しかった。
■エリツィンを激怒させた米国の「二股政策」
クリントン政権は「二股政策」をとった。東欧諸国の中にあるNATO加盟への希求は認める。他方において、どの国をいつ認めるかは細心の注意をはらってロシア外交に波風が立たないように配慮し、かつ、「パートナーシップ・フォア・ピース・プログラム(ppp)」というNATOとロシアとの協調・連絡・調整の枠組みをつくるというものだった。
しかしその最初の大破綻が1994年12月の「ブダペスト暴発」という形で発生した。ごく最近その詳細が国務省の文書公開によって明らかになり、米国の友人からその顚末(てんまつ)が送られてきた。いやはや。「二股戦略」で双方納得していたと思い込んでブダペストに来たクリントンに対しエリツィンがロシアの怒りを理解していないとして暴発したのである。PPPのシナリオを描きすべてうまくセットしていたと安心していたタルボットは、ブタペストに同行すらしていなかった。後日「二度とエリツィンとの会談には欠席しない」と嘆いた由である。
■ポーランド、ハンガリー、チェコが加入し…
アメリカは辛抱強く失地回復をめざした。エリツィン政権の下で対外情報庁長官を務めていたプリマコフが96年1月には外相に就任、彼との交渉を通じて翌年7月のマドリッドでのNATO首脳会議において、ポーランド、ハンガリー、チェコの3カ国が招待され、1999年に冷戦終了後最初の東方拡大が実現したのである。
97年のマドリッド会議は日本外交にとっても大きな影響を与えた。1997年7月24日橋本首相が行った経済同友会での演説で首相は冒頭、「冷戦後の国際秩序が、欧州ではようやく形をなし、『大西洋から見たユーラシア外交』という姿を示し始めた今こそ、日本は『太平洋から見たユーラシア外交』を打ち出すべきである」として対ロシア政策、対中国政策、シルクロード外交を打ち上げたのである。
■「ソ連邦はもはや存在しないのになぜ存続させるのか」
しかしながら、NATOの東方拡大の動きはそこで止まらなかった。これまでに3つの大きな山があった。第1の山は、2004年3月のバルト三国と旧東欧諸国4カ国の同時加盟であった。旧ソ連邦を構成するバルト三国のNATO加盟についてロシアが感慨を持たないことはあり得ないが、ともあれロシアはこれを甘受した。
第2の山はジョージアで発生した。ジョージアでは、サアカシュヴィリ大統領が2004年から2013年まで大統領の職務を務めた(※)。同大統領は明確に親欧米反ロシアの立場をとり、民主的な選挙の結果選ばれた大統領として欧米の支持を受けた。しかし2008年8月、南オセチア自治州に派兵した際、同州の独立を支持するロシアが戦闘に参加し、「8月戦争」として短期の軍事衝突が発生した。欧米による保護を求めた大統領は、NATOの加盟を求め、08年4月NATOは実施時期は未定ながらグルジアの加盟に同意したのである。
※2007年末に短期間大統領職に就いていない。
これに対し、プーチン首相(当時)は、ルモンド紙インタビューに「われわれはNATOの拡大に原則反対である。ソ連邦はもはや存在せず、何の脅威のためにこの組織を存続させるのか」という見解を表明した。今ジョージアのNATO加盟交渉は完全に頓挫している。
■ウクライナでついに矛盾が“爆発”
今回のウクライナ問題は第3の激震というべきであろう。スラブの兄弟国としてのロシアとウクライナは長く複雑な歴史を抱えている。ロシア発祥の地がキエフ公国であるように両国は同根の歴史を共有している。他方において、東部ウクライナは、ロシアからの移民によって構成され言語も生活習慣もロシアのままであるのに対し、リヴィウを中心とする西部は長くポーランドの影響下にあり、欧州との親和性を有していた。
第1次世界大戦・ロシア革命・第2次世界大戦という激動の歴史の下で、ウクライナ全体は赤軍の支配するところとなり、これに反発して戦った西部ウクライナのグループの一部はアメリカとカナダに移民、それぞれの国内で少数ながら強いアイデンティティを持つグループとして生き続けた。
![ウクライナのカテドラルを中心とした旧市街・古い町並み](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/9/670/img_69c520255da8ea22f735b1536b23f749487147.jpg)
1991年12月、ソ連邦の分裂という大ドラマも、スラブ兄弟国のウクライナが引き金を引く一カ国となった(ベロヴェーシ合意)。兄弟国家として分離独立を想定しない形で作られてきた人為的な国境線が、そのままの国境となった。
その矛盾が爆発したのが、2014年2月のマイダン動乱だった。親ロ派のヤヌーコビッチ政権のEUとの関係強化が遅いことに怒った親欧州派の起こした動乱により、ヤヌーコビッチ政権は崩壊した。プーチンは一気呵成(かせい)に民族の記憶の中に刻み込まれているクリミアを国民投票によりロシア領に編入、オバマ大統領指導下の欧米との決定的な対立が発生したわけである。
■西側への不満と東欧諸国への怒りがある
2014年動乱のあとに大統領になったポロシェンコは、東部ウクライナの問題(ドネツク・ルガンスク)をミンスク合意により現実的に解決することに反対ではなかったが、基本的には親西欧路線であり、いずれ国民投票によってNATO加盟問題を決したいという、ロシアから見れば誠に穏やかならざる政策をとり続けた。
2019年の大統領選挙では俳優出身のゼレンスキーがポロシェンコを破って当選した。新政権の方向性としては、EUやNATOとの交流拡大と東部のロシア派勢力についてのロシアとの話し合い政策を進めようとしていると伝えられるが、この緊迫する情勢の中で、舵取りの方向性は見えてきていない。
結局の所、1991年12月の人為的国境線に満足できないロシアの根源的不満、国民投票によって民族の記憶にあるクリミア領有をしたことへの正当性意識、ジョージア、ウクライナと続くNATO加盟要求に対する怒りがロシアの政策の根本にあるのではないか。
これに対してクリミア併合を「武力による現状変更」としか見られないNATOは、プーチンの再度の武力行使への猜疑心と恐怖心からロシアを見続けているように見える。
かくて今、プーチンが東部ウクライナにいる60万ものロシア人を見捨てることはないという冷戦後の欧州史の核心(佐藤優「ウクライナ危機の深層」、12月12日付産経新聞)をめぐって、欧州における戦争と平和の問題が大きく展開しているのではないか。事態の帰趨はまだ見えない。(12月13日筆)
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静岡県対外関係補佐官
1945年生まれ。1968年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。2010年から2020年3月まで京都産業大学教授、世界問題研究所長。著書に『歴史と 外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書)などがある。
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(静岡県対外関係補佐官 東郷 和彦)
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