1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「幻聴・幻覚でひきこもった20代長男を"15年ほったらかし"」70代親の死ぬまで続く悔恨

プレジデントオンライン / 2021年12月18日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

就活時に面接官から自己否定されるような発言をされ続け、心が折れた長男は自室に閉じこもった。「自分はダメ人間。みんなそう思っている」。人の視線が気になり、物音にも敏感に。そのうち、窓の外から監視されているという妄想にも襲われた。その症状を訴えたにもかかわらず、親は「放っておけばよくなる」と病院での診察を受けさせなかった。その後、約15年。40歳になった長男は診察の結果、統合失調症で認知機能の低下も認められた――。

■70歳母の苦悩「42歳長男はもう一生働けません」

「長男は42歳、もう一生働くことはできないでしょう」

そう言い切る母親の顔には疲労の色が濃く浮かんでいました。しかし、長男は40代前半。まだまだ挽回できる年齢です。そう感じた筆者は次のような質問をしてみました。

「正社員でフルタイム勤務は難しいかもしれませんが、パートやアルバイトの就労はどうでしょうか? 49歳までなら就労支援などのサポートも充実していますし、諦めるのは早いかもしれません」

それに対し母親は首を小さく左右に振るだけ。長男の就労はかなり厳しそうだ、ということが伝わってきました。

現状を把握するため、筆者は家族構成などから伺うことにしました。

【家族構成】
母親 70歳
長男 42歳
父親は2年前に死亡
【家族の収支と財産】
母親の老齢年金および遺族年金 月額約18万円
生活費など 月額約18万円(※)
※年金収入の範囲内生活するよう努力しているが、赤字が出る月もあるとのこと

預貯金 400万円
自宅の土地 1200万円

母親は今回の相談内容について語りだしました。

「長男は働いて収入を得ることが難しく、わが家にはお金に余裕もありません。親子ともお金に不安を抱えています。そこで長男の通院先の医師に相談したところ、障害年金を請求するよう勧められました」

■医師に勧められたとおり、障害年金を請求しようと思ったが…

筆者が黙ってうなずくと、母親は話を続けました。

「最初は自分たちだけで何とかしようと頑張りました。でも障害年金は提出すべき書類が多く、それぞれの書類にどのような記入すればよいのか素人の私たちにはよくわかりません。中途半端な状態で提出してしまうようなことは絶対に避けたいと思っています。そこで専門家の方に依頼することに決めました」

「なるほど。ご事情はよくわかりました。私でよければご協力いたします。ですが、専門家が関わったからといって必ず障害年金が受給できるものではありません。その点はご理解ください」

「はい、その点は大丈夫です。それでも専門家の方にサポートいただけるというだけで大変心強いです」

母親は鞄の中に手を入れ、書類の束を取り出し机の上に置きました。

障害年金の請求には医師の診断書の他、さまざまな書類をそろえる必要があります。特に母親の頭を悩ませている書類は「病歴・就労状況等申立書」というもの。この書類には発病(体調を崩した頃)から現在までの状態を記載していきます。長男はとても記載できる状態ではないので、母親が代わりに記載することに。

ベッドメイクされていないベッド
写真=iStock.com/Guilherme Ruiz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Guilherme Ruiz

しかし「一体何をどのように書けばよいのか」がわからず、一歩も動くことができませんでした。母親には「早く請求しなければならない。でもどうすることもできない」といった焦りの気持ちが大きくのしかかり、夜もあまりよく眠れない状態が続いていたそうです。

筆者は書類の束から病歴・就労状況等申立書を探し出し、手に取りました。

「この書類には医師の診断書には書ききれないお子さんの症状や様子をできるだけ詳細に記載していきます。診断書と同じくらい重要な書類なので、ポイントを押さえて簡潔に記載する必要があります。もちろんこの書類は私が代筆しますのでご安心ください」

筆者はそう説明し、母親から長男の症状や様子を聞き取ることにしました。

■2浪で入学した大学、就活で面接官から自己否定の言葉を浴びた

当時高校生だった長男は、有名私立大学に通うことにこだわっていました。といってもその大学で学びたいものは特になく、ただ単に「就職に有利そうだから」といった理由だったそうです。残念ながらその大学には合格することができず2浪してしまいました。さすがに3浪はしたくなかったので、その年に合格した他の大学へしぶしぶ通うことにしました。

その後、大学は留年することなく順調に単位を取得。23歳ごろ、就職活動を始めましたが、なかなか内定をもらうことができず、採用面接では自分が否定されるような対応をされてばかり。いつしか長男は「自分はダメ人間なんじゃないか? 周りの人たちも全員そう思っているんじゃないか?」そう自問自答することが増えていきました。

ある日、急に人の視線が気になってしまうようになり、恐怖のため外出できなくなってしまいました。長男も家族も「しばらく休めば治るだろう」そう思っていたそうです。

ところが、状況は改善するどころかむしろ悪化。視線だけでなく物音にも敏感になり、外から話し声が聞こえてくると「自分の悪口を言っている」そう強く思うようになってしまったそうです。

トンネルに座り込んで頭を抱えている男性
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

長男には明らかに心配な症状が現れています。ここまで話を聞いていた筆者は母親に質問をしました。

「するとご長男は23歳頃に病院に行ったということですね?」

■「そんなの放っておけばすぐによくなる。早く就職活動を再開しろ」

この質問に母親は顔をしかめました。

「いいえ、病院には行っていません。実は父親がとても病院嫌い。体調を崩しても自分で何とかするようなタイプの人で、それを私や長男にも強いました。(人の視線が気になり、物音にも敏感になったという)長男の訴えに対して『なにばかなことを言っているんだ! いい加減にしろ! そんなの放っておけばすぐによくなる。早く就職活動を再開して働け』と言って、長男を叱り飛ばしていたのです……」

父親と顔を合わせるたびに怒鳴られる。そのような事態を避けるため、長男は一日中自室にひきこもるようになりました。そうこうしているうちに長男の症状はさらに悪化。「窓の外から監視されている」という妄想に襲われ、日中でも厚手のカーテンを閉め、電気もつけずに自室でじっと恐怖に耐えていました。そのストレスのためか、さらに幻聴も聞こえるようになってしまいました。

「お前は何の役にも立たない能なし」
「就職活動を再開したいと思っているのか? そんなの無駄だ。やめておけ」

といった長男を否定するような内容ばかり。妄想や幻聴から逃れるため、長男は暗い自室の中でラジオをずっと聞いていたそうです。

会社員で仕事が忙しかった父親は「もうあいつのことなんか知らん! お前(母親)がなんとかしろ!」と言い放ち、父親と長男は絶縁状態に。母親自身は、長男は病気になったとまでは思わず、心のエネルギーが低下した状態ではないかと考えていました。また、夫の方針に逆らって叱責されるのが怖かったため、長男を病院に連れていくということはありませんでした。その後、この「ほったらかし状態」が約15年も続いてしまいます。

■父親が末期がんで他界。40歳になった長男の病状はさらに悪化

ようやく転機が訪れたのは長男が40歳になった頃。父親が末期がんで亡くなりました。身内が亡くなったというショックのためか、長男にはさらに心配な行動が現れるようになってしまいました。

用もないのに自室とリビングを行ったり来たり。幻聴を振り払うためなのか、頭を激しく振ったり、壁に自ら頭をぶつけたり。

「明らかに長男の様子がおかしい」。そう思った母親は何度も何度も長男を説得し、やっと近所のメンタルクリニックを受診させることにしました。

医師に長男の症状を訴えると、小さなクリニックではどうすることもできないので、大学病院で診てもらうよう指示されました。紹介状を書いてもらい、すぐに大学病院を受診。長男は統合失調症と診断され、即入院が決定しました。3カ月ほど入院し、退院後は自宅に戻って月に1~2回の通院を継続してきたそうです。

現在42歳の長男は、薬を飲んでは一日のほとんどを横になって静かに休むといった生活を送っています。治療は継続していますが、それでも幻聴が治まることはありません。

「いつまで怠けているんだ。早く働け」
「働く? お前なんかが働けるようになるわけないだろ」

といったものがほぼ一日中続いてしまうそうです。

ベッドメイクされていないベッド
写真=iStock.com/Guilherme Ruiz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Guilherme Ruiz

さらに長男には認知機能障害も現れてしまいました。認知機能とは、記憶力、思考力、判断力、注意力、計画力、実行力などをいい、認知機能障害になるとそれらの機能が低下してしまいます。長男の場合、記憶力が大幅に低下してしまいました。

母親に向かって「今日は何日?」「何曜日?」「薬飲んだっけ?」「今、何をしようとしていたっけ? 母さんわかる?」といった質問を一日に何度も何度も繰り返してしまうそうです。

長男は炊事、掃除、洗濯、服薬管理、買い物などは全くできません。それらはすべて高齢の母親が行っています。また、母親が長男に毎日着替えや入浴をするよう言い聞かせても、1週間のうち1~2回できればよい方。1カ月同じ服を着ていることもあるそうです。

ここまで話を聞く限り、長男の症状はかなり重いので障害年金受給の可能性は高いものと思われました。長男が40歳の時に初めて受診した時、長男は国民年金に加入中。国民年金の保険料は20代前半の頃は未納だったようですが、それ以降はきちんと支払ってきているとのこと。以上のことから、長男は障害基礎年金を請求することになります。

■障害者年金は支給決定も母親には後悔の念が渦巻いている

仮に障害基礎年金の2級に該当した場合、月額の収入は次のようになります。

・障害基礎年金2級 月額 約6万5000円
・障害年金生活者支援給付金 月額 約5000円

「長男は買い物も無駄遣いもしないので、月額7万円の収入はほぼ全額貯蓄に回せると思います」母親はそう言いました。仮にあと15年間母親と同居生活が続けられたとすると、月額7万円×12カ月×15年=1260万円になります。貯蓄が1000万円を超えそうだということがわかり、母親も少しほっとした様子を見せました。

面談後、長男からも了承を得た筆者は、必要書類をすべてそろえ障害基礎年金の請求をしました。

障害基礎年金の請求から4カ月ほどたった頃。母親から年金証書が届いたという報告を受けました。年金証書が届いたということは、障害基礎年金が認められたということを意味します。しかし報告をする母親の声は暗く沈んでおり、元気がありません。

母親は最後にこうつぶやきました。

「長男は現在も治療を継続していますが、症状が改善する気配はありません。今もほぼ一日中幻聴に悩まされています。そのような長男を見ると『もっと早く受診させてあげればよかった』といつも思ってしまいます……」

母親の心の奥底には、消え去ることのない後悔が渦巻いているかのように感じられました。

長男の症状は重く、確かに障害年金を受給することはできました。しかし、その代償はあまりにも大きい。障害基礎年金が受給できたからといって、筆者も素直に安堵することはできませんでした。

体の病気に限らず心の病気も早期受診・早期治療が大切です。重症化を防いだりその後の回復が早まったりする可能性が高くなるからです。一方、未受診期間や未治療期間が長くなれば長くなるほど、症状は重症化・慢性化しやすいとも言われています。

とはいえ、社会との接点が少ないひきこもりのお子さんにとって、病院で受診をするという行為はかなりハードルが高いのも事実です。

受診の話をするとお子さんが拒否反応を示すことも多いので、ご家族はつらい思いをされることもあるでしょう。しかし、お子さんもその症状によってつらい思いをしているはずです。

「最近つらそうだから一度病院で診てもらおうか」
「治療をすれば今よりも気分が軽くなるかもしれないよ」

そのように伝え、お子さんができるだけ前向きになるよう、ご家族が根気強く説得を重ねるしか方法はないのかもしれません。

----------

浜田 裕也(はまだ・ゆうや)
社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー
平成23年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本『第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え』を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことからひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりのお子さんをもつご家族のご相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりのお子さんに限らず、障がいをお持ちのお子さん、ニートやフリータのお子さんをもつご家庭の生活設計のご相談を受ける『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。

----------

(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください