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「日本の自動車はこのままだと終わる」政府と業界の仲違いは全員が損をするだけだ

プレジデントオンライン / 2021年12月21日 11時15分

オンラインで記者会見する日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)=2021年11月18日 - 写真=時事通信フォト

脱炭素政策をめぐっては、政府の目標と日本自動車工業会(自工会)の主張が平行線をたどっている。コンサルタントの早瀬慶さんは「両者の視点と目標がズレたままでは競争力を失うばかりか、国際社会でも日本の言葉に耳を貸す国はいなくなってしまう」という――。

■2050年までに「脱ガソリン、脱ディーゼル」を掲げているが…

政府は2050年までにカーボンニュートラルを目指すと宣言している。これは、CO2だけに限らず、メタン、N2O(一酸化二窒素)、フロンガスを含む「温室効果ガス」の排出を全体としてゼロにするということである。「全体としてゼロに」とは「排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」ということである。排出を完全にゼロに抑えることは現実的に難しいため、排出せざるを得なかったぶんについては同じ量を「吸収」または「除去」することで、差し引きゼロ、正味ゼロを目指そうというものである(※)

※参照:資源エネルギー庁「CO2削減の夢の技術!進む「カーボンリサイクル」の開発・実装」

その内訳として、自動車関連では「電気自動車のために公共の急速充電インフラを3万基に。うち1万基は既存のインフラを有効活用するためサービスステーションに設置」「(普通充電を含む)充電インフラを15万基に」「水素ステーションは1000基程度」などを掲げており、脱ガソリンエンジン、ディーゼルエンジンという脱内燃機関を推し進める考えが見える。国際社会の各ステークホルダーが脱炭素変革に向けて急速に動き出している中で出遅れるわけにはいかないからである。

■主張が食い違う自工会との「大きな溝」

一方、業界団体の日本自動車工業会(自工会)は、カーボンニュートラルの方向性に異論はなく、CO2の削減にも取り組むものの、欧州などによる内燃機関車を禁止する方針に対して「敵は炭素であり、内燃機関ではない」と牽制している。これは、一概に脱内燃機関が目的化することを懸念しており、さらに言えば、電動化=BEV(Battery Electric Vehicle:バッテリー式電気自動車)の図式の浸透に警戒感を強めている。

なぜなら、バッテリーとモーターで成り立つクルマへのシフトは、長期にわたり培ってきた内燃機関を中心にした日本の自動車産業の競争力を失わせることにほかならないからである。

【図表1】ただでさえ厳しい事業環境に置かれている

両者の主張の食い違いはどこから生まれているのだろうか。自動車は大きく、一般消費者が所有する乗用車と事業者が所有・利用し、貨物輸送や旅客輸送するためのトラックやバスなどの商用車に大別される。事業モデルや利用シーンも異なれば、パワートレイン(※)に求められる要件も異なる。

世界の販売台数に占める割合が乗用:商用=3:1から2:1にシフトする中で、概して「自動車=ほぼ乗用車」という認識で語られることに大きな溝を生む要因がある。商用車のプレゼンスが高まる昨今、利用される業界や地域、規模によっても要件が異なる商用車をまとめて考える点にも無理がある。

※車の動力源で、エンジン、クラッチ、トランスミッションなど。

■方針が乗用車に向く政府、商用車に向く自動車業界

政府内では、各産業でどのようにCO2を削減できるのかを具体化すべしという“お達し”が出ており、例えば運輸部門では2035年の新車販売で100%、HEV、PHEV、EV、FCVを軸に、購入補助、充電インフラや水素ステーション設置、工場の設立、サプライヤーの業態転換等の支援が検討されている。この際も「EVを買ってもらうためには何をすればいいか?」の対象が一般消費者、すなわち乗用車であるように、視点の不足感は否めない。

一方、自工会では、近年、Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)という新しい領域での技術革新CASEの進行により、商用ニーズが増加していることもあり、商用車と乗用車の両軸で推進する視点を持つようになった。そればかりか、アライアンス1つとっても、CJPT(※)をはじめ、乗用車メーカーが商用車領域で提携する場や機会は増えている。このように、商用と乗用という持つべき視点のズレが両者の方針のギャップを生む一つの要因と言える。

※Commercial Japan Partnership Technologiesの略。2021年4月1日に、いすゞ、日野、トヨタが、商業事業において新たな協業に取り組むことを目的に設立した新会社。2021年7月スズキとダイハツが参画。

■環境負担は「油井から車輪まで」を考えるべき

2つ目は、エネルギーに対する考え方とその方針である。

自動車からのエネルギー効率を示す指標には、「Tank to Wheel」と「Well to Wheel」という考え方がある。Tank to Wheelは「自動車の燃料タンクからタイヤを駆動するまで」で、1Lのガソリンで自動車が何km走行するのか、走行時にどれだけCO2を排出するかを示す指標であり、Well to Wheelは「油井から車輪まで」で、資源の採掘から車が走行するまでの自動車の総合的なエネルギー効率を示す指標である。

充電ステーション充電中のEV
写真=iStock.com/https://www.facebook.com/PlargueDoctor/
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/https://www.facebook.com/PlargueDoctor/

Well to Wheelで分析・評価しなければ、真に環境負担が軽減されているのか、判断できない。仮に、CO2を排出しないパワートレインを利用していてもそのエネルギーを生成する際にそれ以上のCO2を排出しているようであれば、本末転倒である。

現在このようなモデルになっていることが多いものの、このことが配慮、言及されることが極めてまれであり、自動車業界としてはエネルギー業界との連携(エネルギー業界は自動車以外にも住宅・建設、運輸などとの連携)を強める必要がある。現時点で再生可能エネルギー政策が諸外国よりも後れを取る日本においては、どのようなエネルギーを使っているのか、まで考慮することは欠かせない。

■すべての乗用車がEV化すれば「原発10基」が必要

また、供給力や供給インフラについても考える必要がある。国内の乗用車がすべてEV化した場合、夏の電力使用のピーク時には電力不足になると試算される。これを解消するには発電能力を10~15%増強する必要がある。これは原子力発電で10基、火力発電で20基に相当するものであり、乗用車のみならず商用車も含めてEV化した際の現実運用の障壁になり得る。これは自工会の懸念(というより、政府への問いかけ)とも合致する。

また、クルマのパワートレインミックスとセットで検討・推進すべきエネルギー供給インフラに関して、政府が「急速充電器を3万基、水素ステーションを1000基に増やす方針」を打ち出したこと自体は理にかなっていると言えるが、“どこに何を誰に対して何のために”という具体的な利活用シーンが明示されておらず、自工会の「設置自体が目的にならないように」という注文がその不合理さを物語っていると言えよう。

■立ちはだかる「550万人の雇用をどうするか」

3つ目にして大きな問題は、自動車産業の550万人におよぶ雇用の維持である。これまで、政府が脱内燃機関を強力に推し進めてこなかった理由の1つと言われている。

例えば、BEV(電気自動車)は、GE車と比較しても、部品点数が約30%減(部品点数の多いエンジンがなくなることの影響が大きい)、整備・メンテナンス需要(頻度×時間)で約20%減となり、従来自動車製造に関与する雇用は減少するからである。これは日本同様に自動車産業が国を支えているドイツなどにも見られた傾向であった。

ところが、国際社会において、その雇用維持のプレッシャーより、カーボンニュートラルへの圧力が上回る昨今、気候変動への対応方針(日本ではグリーン成長戦略)を打ち出さざるを得なくなった。所管する省庁によっては、政策目標が社会全体の環境負荷の低減やカーボンニュートラルではなく、EVの普及台数(率)に絞られている点も、協調ポイントのズレを生んでいると考えられる。

■戦い方が変わるのに業界内の足並みもそろわず…

自工会としては、これまでグローバルマーケットで優位性を保ってきた自動車バリューチェーンや戦い方がBEVへのシフトで大きく変わり、雇用へのインパクトが避けられないので断固としてこれに異を唱える必要がある。正確には、雇用維持のためではなく、完全BEVシフトは前述のエネルギー生成や供給インフラ等の視点からも成り立たない、よって、ミックスで考える必要がある、という主張になる。これまで雇用維持の観点で一致していた政府と自工会にズレが生じたように見えるのはこのためである。

さらに、問題を複雑にするのは、自工会の中でも足並みがそろっていない実態である。前述の通り、自工会は、BEV一辺倒の潮流に対して、BEV以外の選択肢を広げようと動き続けているのは、日本の雇用と命を背負っているからである、と謳(うた)っている。

ただ、各自動車メーカーには、商用車・乗用車のラインナップ、国・地域、アライアンス等の戦略やパワートレインの得手・不得手等の違いがある。総論ではこれまで培った内燃機関を軸にした自動車バリューチェーンの死守・拡大(一部延命)とそれに伴う雇用維持に賛同するものの、経営目線が異なる上に、局地戦では、互いにライバルにも成り得るため一枚岩にはなっていない。

■視点も目標もズレたままの日本を襲う「ホラーシナリオ」

以上の通り、政府と自工会のズレを踏まえた上で、日本としてどのような手を打つべきか。まず、現状の視点、認識、目標等のギャップを解消しないまま時が進めば、国、産業、企業、消費者の各レベルに負の影響を及ぼすホラーシナリオが想定される。

例えば、「日本の自動車産業競争力の喪失とグローバルプレゼンスの低下」である。

日本の自動車産業はこれまで、内燃機関系で培った自動車のバリューチェーンを軸に、各社(また日本国)のモノづくりの思想や品質に基づくブランド、安定的なサプライチェーンなどのあらゆる点で、確固たるグローバルポジションを築いてきた。これに対して、BEVは単にエンジンがバッテリーとモーターに置き換わるというパワートレインの生産・組み立ての話ではなく、車体の企画・設計から部品調達、整備やメンテナンス、再利用、廃棄まで、あらゆるバリューチェーンの置き換えを発生させる。

つまり、これまでの長い歴史で培ったノウハウやアセット等の質や量での勝負ではなく、今この瞬間からの横一線の競争になるのである。

そうなると、保有するマーケット規模に比例する投資額の大きさや、規制・ルールを自国優位に進める政府との連携の強さが勝敗を分けることになり、例えば中国といった新興国が相対的有利なポジションを取ることにつながる。加えて、従来型自動車産業の強さ(裾野の広さ)が、カニバリゼーションを起こしかねない意思決定の足枷になれば、日本やドイツはより不利な状況に陥ることになる。

■日本陣営の言葉に耳を貸す国はなくなってくる

さらに、自動車産業で官民が真に一体にならなければ、競争力を失うばかりか国際社会で日本の存在感が薄まることにつながっていく。方向性がバラバラの日本陣営の言葉に耳を貸す国はいなくなってくるのである。この点はドイツをはじめとする欧州勢は歴史的に非常に長けている。

例えば、近年、これまで日本自動車産業の圧倒的牙城であったタイにおいて日本のプレゼンス低下の兆しを見せているのは、この「始まり」であろう。現実に起こってほしくないが、可能性としてあり得るホラーシナリオの1つの側面である。

見せかけの脱炭素車両を増やし、げたをはかせて普及率を達成する代償として補助金が増大することも、回避すべきシナリオの1つである。

日本政府は脱炭素車両普及を促すためにすでに数々の補助金を用意しているが、個別のKPIの達成が独り歩きし、真の目的が忘れられる。実際には、カーボンニュートラルには直接寄与しない部分的な目標を掲げ、それに対して多額の補助金を充てる、補助金目当てに、受益者は対象の自動車やサービスを購入、利用するが、社会全体のCO2削減にはつながらないばかりか、場合によってはトータルで見ると増加を助長する場合もあり、さらには、自動車産業の競争力向上にも寄与しない。このような顚末(てんまつ)は避けなければならない。

■手段と目的を混同せず、業界を超えた連携を

そのほかにも、自動車OEM(受託生産企業)の縮小・合併が進んだり、水素ステーションなど充電インフラの“ゴースト化”が拡大したりするなどのホラーシナリオが想定される。これに対して、政府は、モビリティトレンドの正確な把握・理解と、日本国としての競争力維持・強化のために省庁を超えた政策連携と全体最適な目標設定が求められる。

一方、自工会に必要な取り組みは何か。いすゞ、日野、トヨタ、スズキ、ダイハツが参画するCJPTを例に取って考えてみる。

1つの事業体を形成しながら出資母体である各社の思惑が食い違っている現状はあるが、大事なポイントは、協調と競争の両輪で考えることである。すべての面で協調するというきれいごとは成り立たず、食い違いや競争は当然あってよい。そうした認識の下、まず各企業・グループやアライアンス間で、自動車業界の枠をも超えてエネルギーや輸送業界、小売業界や1次産業とのコラボレーションを進めた“日本チーム”として、グローバルにおけるビジネスルールや市場・ブランドを築くことを優先している。

【図表2】カーボンニュートラル時代の自動車業界の戦い方は従来と大きく異なる

カーボンニュートラルは、産業や国の枠を超えて地球規模で取り組むアジェンダである。日本は、産官学民のワンチームで、EVをはじめとするパワートレインや関連施策に対して、手段と目的を混同せず、また1つの業界に閉じることなく、広い視野から全体最適を追求することが求められる。

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早瀬 慶(はやせ・けい)
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング パートナー
EY ストラテジー・アンド・コンサルティングで自動車・モビリティ・運輸・航空宇宙・製造・化学セクターコンサルティングリーダー パートナーを務める。スタートアップや複数の外資系コンサルティング会社での経験を経て、EYに参画。自動車業界を中心に20年以上にわたり、経営戦略策定、事業構想、マーケット分析、将来動向予測等に従事している。

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(EY ストラテジー・アンド・コンサルティング パートナー 早瀬 慶)

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