「大谷翔平選手はバカだから歴史を変えられた」落語家が愛をもってそう断言する理由
プレジデントオンライン / 2021年12月23日 15時15分
■張本勲氏は「MLBでは通用しない」と否定的だった
2021年ももうすぐ終わろうとしています。
コロナ禍が2年目となり、ワクチン接種率の増加や手洗い・マスクの徹底のせいか、オミクロン株の到来を迎えつつも、奇跡的に日本は感染者数の増加をぎりぎりのところで抑えてはいます。
そんな今年を振り返ってみて、やはり一番この国を明るくしてくれた話題は、何と言っても海の向こうでの大谷翔平選手の大活躍、大快挙ではないでしょうか。
思えば2017年の11月、ポスティングシステムを利用してMLBへピッチャーとバッターの「二刀流」で挑むことを宣言した時は、日本国内でのリアクションは正直冷ややかなものでした。
その代表例が、野球解説者の張本勲氏でした。「大リーグで、ピッチャーとバッターを両方やるなんて無理だ」とはっきり言っていました(私は今でもその発言を覚えています)。
が、いきなり初年度の2018年に投手として4勝(2敗)、バッターとして22本(61打点)として結果を出すと、さすがの張本さんも「喝」ではなく「あっぱれ」と手のひらを返したものでした。
おそらく張本さんは、大谷選手を日本の野球という「物差し」でしか見ていなかったのでしょう。ところが当の大谷選手は物差しではなく「メジャー」だったというオチが待っていました。
以後、ひじの手術などを乗り越え、今年の大躍進へと至りますが、こんな傑出した人物を幾分牽強付会気味に落語の登場人物に当てはめるならば、誰だろうかと考えた揚げ句、浮かんで来たのがいました。
それが、与太郎です。
■話題となった夢を叶えるマンダラチャート
与太郎といえば落語の世界ではバカの代名詞ですが、私は今回、愚鈍とか、頭が悪いというマイナスの意味で言っているのでは決してありません。
大谷選手に感じる与太郎らしさのひとつ目は「愚直さ」です。
幼い頃から大リーグで、二刀流で活躍することを夢見ていた大谷選手でしたが、その夢を具現化したシートとして、高校時代に設定した「81マス」が話題になりました。
これは一番の目標を真ん中の「ドラフト1位指名・8球団」と置いた場合、それを達成させる8つの項目要素を、「身体作り」「コントロール」「キレ」「メンタル」「スピード160キロ」「人間性」「運」「変化球」とで、固めます。続いて「身体作り」ならその「身体作り」をコアにして「身体のケア」「サプリメントを飲む」「フロントスクワット90キロ」「柔軟性」などなどより具体化させた項目要素を同じように配置し、以下順次「コントロール」「キレ」などさらに「その目標を達成させるために必要なこと」でコーティングするように並べ、最終的には9個×9個の81マスで、一番の目標である「ドラフト1位指名・8球団」を埋め尽くすような図を作ります。
要するに、「夢」を「現実」にするためのチャートです。
談志は常々「現実が事実だ」と言い張り、「努力はバカに与えた夢」として、結果を伴わない自称するだけの努力を唾棄していましたが、大谷選手がすでに高校の時に作っていたチャートは現実問題として「できることを積み重ねて行って目標に到達するため」の地図であったように見えてきます。
■愚直さで一気通貫する
「孝行糖」という落語があります。
与太郎がお上から「親孝行」を評価されて「青差し五貫文」というご褒美をもらいます。そんなご褒美なんか使い切ったらおしまいだと長屋の連中が集まって「親孝行でご褒美をもらったのだから、それにあやかって『孝行糖』という飴を、鳴り物と派手な衣装を身に着けさせて売らせよう」と与太郎にアドバイスします。売り声とコスプレが人気を呼び、「子どもにこの飴をなめさせたら親孝行になる」というような触れ込みとともの江戸の町で大人気になる……というような噺です。
オチは、「鳴り物禁止」の武家屋敷でやってしまいお役人から六尺棒で叩かれて泣いているところに「どことどこを叩かれた」と聞かれて「こーこーとー、こーこーとー(こことここ)」という、実にくだらないものです。
バカバカしい落語ですが、与太郎の「愚直さ」が「ヒット商品を開発した」と読み解いてみると、「日々の81マスのトレーニング」を「愚直」に完遂して夢をかなえた大谷選手と完全にかぶるのではないでしょうか?
この落語ではまず、与太郎はお上が想定した以上の親孝行を貫く「愚直さ」で「報奨金」をもらいます。そしてその「報奨金でこしらえたコスプレで売れ」というアドバイスを守る「愚直さ」と、「雨の日も風の日も売る」という「愚直さ」とで人気商品になり、オチでは叩かれて痛いはずなのにリアクション芸人のような「愚直さ」を貫くという万端「愚直さ」で一気通貫してしまうのです。
「愚直さ」を貫き目標を達成させてしまうという意味でいうと、やはり大谷選手も与太郎的なのであります。
■二刀流なだけでなく打ち方も非常識
大谷選手に感じる与太郎らしさの二つ目が「常識転覆力」です。
与太郎が出てくる落語に「道具屋」があります。今でいうフリーマーケットでしょうか、怪しいものを道端に並べて売るのですが、「壊れた時計」を売っていると、それを手にした客が「こんなの買ってもしょうがねえだろ」と言った時に、与太郎は落語史上に残るセリフを吐きます。
「そんなことないよ、壊れた時計だって一日に二度は合うよ」。
これは見事ですよね。10時10分で止まってしまった時計でも一日に午前と午後の二度は合うのですから。
「壊れた時計は役に立たない」という「常識」を転覆した与太郎ですが、大谷選手の夢だった「ピッチャーとバッターの二刀流で大リーグを狙う」こと自体見事に「規格外」です。
そして、ことに特筆すべきはあのゴルフスイングのような打ち方ではないでしょうか。あのフォームでホームランを量産する大谷選手も確実に「常識」を転覆しています。まずはレベルスイング(バットと地面を水平にする打ち方)を徹底して教えるはずのセオリーから完全に逸脱しているのですから。
あのアッパースイングで飛距離を出すためには尋常ではない肉体が前提となります。聞けば体重95キロでベンチプレスは224キロ、デッドリフトでは225キロを挙げるとのことです。私が現在、体重73キロでベンチプレス120キロですから、ほぼ倍であります(ま、56歳の落語家だということを考慮して褒めてもらえたら幸いですが)。
■前例のない挑戦にはアップデートが不可欠
圧倒的なパワーを確保するためには圧倒的なウェイトトレーニングを課さなければなりません。大谷選手とはタイプの全く違うイチロー氏は、完全に筋トレ否定派でした。「野生のライオンは筋トレはしないでしょう」などとインタビュー番組で語っていたものです。おそらく大谷選手も肉体改造を企画しようとした時には、筋トレに否定的なコーチなどもいたはずです。もしかしたら、本人もかなり迷ったのかもしれません。
さあ、ここで談志の名言「俺がここまで来られたのは、教えてくれた奴のダメさ加減に気付いたからだ」を代入してみましょう。無論教えてくれたコーチなどは決してダメではありません。そうではなく『不器用なまま、踊り切れ。超訳立川談志』(サンマーク出版)にも書きましたが、「師匠の欠点に気付いたら成長した証し」なのです。
教える側の方針を受諾するままだったら、常識の範囲内に収まるだけです。やはり「自分の夢を貫きさらなる高みを狙う」ためには、教える側の「常識」を常に転覆させてゆくべきなのでしょう。大切なのは「アップデートする」ことではなく「アップデートさせ続けること」なのです。
■「愚直さ」×「常識転覆力」=「突破力」
以上、述べた「愚直さ」と「常識転覆力」が掛け合わされて「突破力」となって与太郎は落語というフィクションの世界ではありますが、最大級の人気者となりました。
「結婚すること」が困難とも言われた江戸の時代において「錦の袈裟」という落語では「賢い女房」をゲットし幸せを手中に収めている描写もあります。また前出の「孝行糖」「道具屋」、そして「かぼちゃ屋」では周囲から大切にされて「職業」まで与えられています。大谷選手の現在の二刀流実現も、「愚直さ」と「常識転覆力」との積でもある「突破力」の賜物ではないでしょうか?
そして何より、与太郎も、大谷選手も「大衆に愛される天然キャラ」です。こういう人材が閉塞感漂う日本を救うのかもしれません。
来年は「バカ」を目指しましょう。
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立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)
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