1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「たった1人でフジテレビ以上」中国最強のインフルエンサー女王のヤバすぎる"売る力"

プレジデントオンライン / 2021年12月22日 15時15分

中国のトップインフルエンサー薇婭、中国の俳優Qian Feng、歌手の張大奕などのスターが、中国南西部の雲南省昆明市の斗南花市場で農民を支援する湖南テレビ「日日上」(2020年5月8日)の収録に参加。 - 写真=Imaginechina/時事通信フォト

中国には年間売上が5000億円を超えるインフルエンサーがいる。マーケッター/プランナーの藤井直毅さんは「ライブコマースの女王と呼ばれている薇婭は、多いときで4000万人の視聴者を集めている。8億円のロケットを販売したこともあり、売上規模はフジテレビ以上だ」という――。(第1回)

※本稿は、藤井直毅『新消費 デジタルが実現する新時代の価値創造』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■誰もが知る人2人のカリスマ販売員KOL

ここから紹介するのは、中国の若者なら誰でも知っている、2人のカリスマ販売員KOL(*1)だ。

時系列で有名になった順番に紹介していく。まず、いわゆる一般的なECで成功したモデル出身の張大奕(ジャンダーイー)、ライブコマースの女王・薇婭(ウェイヤ)は、それぞれ少しずつ活躍の時期や場所が異なり、成功の方法論も違う反面、カリスマであるからこその共通の悩みも抱える。それらを比較することを通してKOLとECの関係を見ていただければと思う。

最初に登場する張大奕は、ライブコマースより前、図文電商(写真と文章を使った伝統的なEC)から生まれたスターだ。2009年頃から雑誌や淘宝(タオバオ)ショップのモデルを務めていた彼女は、そのビジネスパートナーのひとりに誘われ、2014年7月に自らも投資したブランドを立ち上げる。

翌2015年の双11セールでオープン1年という短期間にもかかわらず1億元(≒18億円)の売上をあげ、彼女自身も2015年の中国KOLランキングの9位に選ばれた。翌2016年の双11では、女性ファッション分野の売上トップ10にも入った。

(*1)Key Opinion Leader の略称で「多くの人に影響力を与える人」、日本では「インフルエンサー」と呼ばれる存在とほぼ同じだ。

■自社ブランドを立ち上げECで販売した張大奕

モデルとして人気があった張大奕は、もともとウェイボーに数十万のフォロワーを抱えていた。しかし彼女が選んだのは、当時非常に流行していたライブ配信で歌や踊りを披露しておひねりを貰ったり、企業の商品を宣伝してギャラを稼いだりという方法ではなく、自分のファッションセンスとモデルとしての影響力を使って、自社ブランドの服や化粧品をつくってウェイボーで宣伝し、淘宝で売ることだった。

張大奕の店で売られる服は、海外の流行を巧みに「取り入れて」いたものの、非常に安価で若者でも手が届く範囲だった。幾度かにわたる商品そのもののデザインや宣伝用素材の盗用疑惑(その中には資生堂の洗顔料も含まれる)を乗り越え、彼女とビジネスパートナーのMCN(*2)「ルーハン(如涵)」は2019年4月に168人のKOLを抱える規模に成長して米ナスダックに上場を果たし、中国EC上場銘柄の新星と目された。

中国のメジャーな通販サイト
写真=iStock.com/Yongyuan Dai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yongyuan Dai

張大奕の成功は決してひとりで成されたものではない。それは彼女のビジネスパートナーがルーハンの株式の過半数を持っていることからも明らかだ。元々2014年に始めた店も、彼女が商品企画、ブランディングや宣伝を行い、注文の処理や物流、アフターサービスなどは、パートナーが請け負うかたちでの分業だった。

(*2)Multi Channel Networkの略称。KOLのマネジメントやECの運営を請け負う。「インフルエンサーのための芸能事務所」と説明されることが多い。

■張大奕のスキャンダルが一因となり上場廃止を発表

独自ブランドの商品を企画し売ることは簡単ではない。単に仕入れて売るのと違い、商品企画、生産工場探しや原材料の手配、生産スケジュールや倉庫の管理から顧客向けアフターサービスまで、多くの付帯業務が発生する。

モデル出身の張大奕自身にこうした知識や経験があるわけもなく、それぞれの分野の専門家がチームを組んで業務を行うことになる。しかし、2020年11月、ルーハンは大きな転機を迎えることになった。上場して1年少々で、米ナスダックからの上場廃止を発表したのだ。

実は株価は上場以来ずっと低迷しており、日本語で言うところの「上場ゴール」であると揶揄(やゆ)されるような状態だった。結局、株価は2021年2月の時点で上場初値と比べて、4分の1にまで落ちこんでいる。上場当時の株価が「劇的な伸びを見せる中国のEC市場」「KOL+ECという新しいビジネスモデル」という海外投資家による期待先行で膨らみすぎた面は否めない。

それでもここまで評価が下がった原因の一端は、張大奕個人のトラブルだった。

ルーハンという会社なしに、張大奕がここまでの成功を収めることはなかったことは事実だ。しかし、このナスダック上場会社のGMV(*3)総額の半分以上は、彼女1人が稼いだものであり、依存度が非常に高かった(図表1)。これは外部から度々指摘され、アニュアルレポート上にもリスクとして明記されている。そこに発生したのがスキャンダルだった。

【図表】張大奕ひとりがルーハンのGMVの大半を占める
出所=『新消費 デジタルが実現する新時代の価値創造』

(*3)Gross Merchandise Valueの略称。日本語では「流通取引総額」。そのプラットフォームを通して消費者が購入した商品の売上合計額を指す。マーケットプレイス型ECモールやフリマアプリなどのビジネスで用いられることが多い。プラットフォーム企業はGMVの一定割合を手数料として徴収することで自社売上とするので、プラットフォームの売上とGMVは一致しない。

■「これが最後の警告よ。次に私の夫に近づいたらもう私も遠慮しない」

上場から半年も経たない2020年4月、最大の取引先でもあり3億元もの投資を行う株主でもあるアリババの幹部、蒋凡(ジャンファン)(アリババ2大ECの淘宝、天猫(ティエンマオ)、およびそのビッグデータを活用して外部販売する阿里媽媽(アリママ)事業部の総裁)の妻がウェイボー上で張大奕へ突然メンションし、「これが最後の警告よ。次に私の夫に近づいたらもう私も遠慮しない」と投稿したのだ。

当然すぐ大騒ぎになり、ウェイボー上でも関連キーワードがホットトピック入りした。これらはなぜか、ただちにウェイボーの検索結果などに現れなくなった(ちなみにアリババはウェイボーを運営する新浪(シンラン)の大株主でもある)が、それでも騒ぎは収まらなかった。

巨大ネット企業EC部門の若きトップと、そのECプラットフォーム上で巨額の売上を上げる会社の顔である美女。2人の間にどのような関係があったかは今に至るまで明かされていない。しかし、私的な男女関係にとどまらず、アリババによる出資や淘宝内での扱いにこの2人の関係が影響していたとしたら、ルーハンの成功自体が公正な競争の結果ではないということにもなりかねない。

結局、アリババ側は内部調査の結果として、蒋凡はこうした重要な意思決定に関わっていないとしながら、「家庭内の問題を適切に処理できず、会社の名誉を傷つけ、広報上の危機を招いた」として、蒋凡の降格、合伙人(*4)資格の剥奪などの処分を行った。

そしてルーハンの株価も、一晩で10%以上暴落した。たった1人のイメージに頼って築いた数十億円もの売上は、またその1人のイメージが悪化することで簡単に吹き飛んでしまう、ということだ。

(*4)グループ最高幹部が持つ肩書で、法律事務所などのパートナー制度が近い。2021年8月現在、アリババには38人の合伙人がいる。

■10万円の初期投資から売上5100億円に

2018年末から盛り上がりはじめたライブコマース。薇婭(ウェイヤ)(英語名viya)は、それを牽引する「女王」とよく呼ばれる。毎日のように長時間の配信を行い、少ししゃがれた独特の声でテンポよく様々な商品を紹介し大幅な割引とともに売っていく。

淘宝(タオバオ)ライブ専属の薇婭は知名度・売上ともに圧倒的なトップ選手だと言ってよい(図表2)。2003年、当時17歳だった薇婭は、北京動物園近くに小さな服屋を当時の彼氏であり現在の夫である董海鋒(トンハイフォン)とともに開店した。最初の投資はわずか6000元(≒10万円)だったという。

2020年ライブコマース配信売上ランキング
出所=『新消費 デジタルが実現する新時代の価値創造』

その後、西安に移り、一時は7軒もの服屋を経営するまでに成功したが、2012年に家賃の高騰とECの急速な成長を見た夫は、これらの店舗を閉鎖、ネット販売に絞ることを決定した。その狙いは大きく当たることになる。

薇婭はライブコマースに参入する前、淘宝上で普通のECショップを経営していた2015年にはすでに年3000万元(≒5億円)を売っていたと言われ、個人商店としては相当な成績を収めていた。また、実は前項の張大奕(ジャンダーイー)と年齢も近く、活動期間もそう変わらない。

それがライブコマースの波に乗ってさらに伸び、2019年は年間で300億元(≒5100億円)、日本で言うとフジ・メディア・ホールディングスや日清食品HDなどの企業と同等の売上にまで伸びたということになる。

■5分間で8億円のロケットを800人に販売

多いときで4000万人が見る薇婭の配信が売る力はすさまじく、1分で430トンの米を売り、タイからの配信では王族と面会して1回の配信で125万個もの商品を売り、定価4500万元(≒8億円)のロケットを、「今日手付金50万元を払えば500万元引き」と言って、わずか5分間で800人に払わせるなど、逸話には事欠かない。

彼女のカメラの前でのパフォーマンスは素晴らしく、そのお得な価格とともに視聴者を「買う気」にするプロ、一流のセールスパーソンであるというのは、衆目の一致するところだ。とはいえ、舞台に立つのが彼女であることは、それをすべて1人で取り仕切っていることを必ずしも意味しない。

■10階建ての巨大な本社を構え、500人以上の従業員を抱える

KOLとしての薇婭は夫が経営するMCN「謙尋文化」に所属する。謙尋の本社は、浙江省杭州市のアリババ本社敷地内に置かれていることからも、アリババとの関係の深さがわかるだろう。その建物は10階建てで総面積3.3万m2、ここだけで500人以上の従業員を抱え、他に北京と広州にも支社を持つ。

そこにはスケジュール管理を行うマネージャーやアシスタントだけではなく、SNSの運営や宣伝、動画担当や商品管理、物流、アフターサービスなど多くの部門が入居している。コロナの影響で遅れているようだが、この他にも薇婭専用の1万m2もの面積を有する「スーパーサプライチェーン基地」が本来2020年1月に開設される予定だった。

この「基地」には1000以上のブランドが常駐し、その中を配信者である彼女が歩いて当日紹介する商品を決める。彼女の会社には、他にも40人ほど配信者が所属しているが、今のところ売上のほとんどは薇婭本人が占めている。いくら頻繁に配信されているとはいえ、薇婭という人間は1人しかおらず、総放送時間には限りがある。したがって、扱う商品は審査をクリアし、取引条件で合意されたものだけとなる。

化粧品や食品などジャンルごとに、その業界出身のプロ200人が一次審査を行い、その後本人チェックで合格したものが放送枠を得ることができる。毎日1000の引き合いがあるというが、3~5時間の配信の中で実際に紹介されるのはその中のごく一部だ。

■後継者もブランド展開も難しい、天才KOLは一代で終わるのか

特に有名配信者は自分の専門分野でないものも依頼を受けて紹介する場合も多い。だから本人よりも専門のスタッフが判断するほうがよいというのも合理的ではある。とはいえ、こうなると配信者は番組のいわば一出演者でしかない。

藤井直毅『新消費 デジタルが実現する新時代の価値創造』(プレジデント社)
藤井直毅『新消費 デジタルが実現する新時代の価値創造』(プレジデント社)

しかし、薇婭は最終的な商品選択権を彼女自身が持っていると言われ、自分で試し、納得したものだけを売ることで自分の権力を守っている。だが、権力が彼女に集中することは、裏を返せば会社が彼女自身のキャパシティを超えては成長できず、彼女以外のタレントが育ちにくいということにもつながる。

ビジネスの展開として考えた場合、超スゴ腕の販売員であっても何かの専門家ではない彼女は、自分のブランドを張り付けた商品を開発することも難しい。たとえば、薇婭は2019年に「四季日記」というPBコスメブランドを立ち上げたが、あまり話題にならずにひっそりとクローズしている。彼女自身はコスメの専門家でないため、既存の取引先と競合しない。

またコスメ自体は一般的なライブコマースの人気商品ではあるので売れるのではという見込みだったと思われる。しかし裏を返せば、わざわざ彼女からコスメを買いたいと思う人は少なかったということだろう。

■脱税が認定され約230億円の罰金を科される

人気絶頂の薇婭にも、試練が降りかかる。12月20日15時55分、浙江省杭州市の税務当局が2019年、20年の2年間について、個人として得たライブコマースの出演費などを法人所得として申告して納税額を故意に抑えたなどとして脱税と認定、追徴課税や延滞金などを合わせて13億4100万元(≒230億円)の罰金を科したと発表したのだ。

そこから1時間ほど経って薇婭本人、そして所属するMCNのトップである夫の董海鋒も声明を発表し、全面的に指摘を受け入れ、期限内に納税を行うとした。ほどなくして、薇婭の名を冠した公式アカウントは、中国のすべてのSNSプラットフォームから削除された。

正式に公開されているわけではないが、薇婭はライブコマースにおいて2020年だけで20億元ほどの売り上げを上げていると言われる。広告出演のギャラなどもあるのでライブコマース売上だけが彼女の収入というわけではないが、それだけを考えてもこの10%程度、単年で20億元以上の収入を得ている計算になる。であれば13億4100万元という罰金額は前代未聞ではあるが、払えない額ではないはず、と思えなくもない。

しかし、ほぼ個人企業であるMCN「謙尋文化」の運転資金もこの中から払われているはずだ。だから薇婭個人にどこまで資産として渡っているか不明なうえ、資産価値の維持向上やリスク管理の観点からもこうした莫大な収入を現金のまま寝かせておくことは少なく、不動産や証券、現物など様々な形に分散して保有することが多い。

納付期限があり、それまでに現金を用立てる必要があると誰もが知っている状況のなかでは、よい条件で現金化することは簡単ではないはずだ。そうした困難を乗り越え期限までに納付できるのか、そして禊(みそぎ)が済んだ後で、再起ができるのか、彼女の今後が注目される。

----------

藤井 直毅(ふじい・なおき)
マーケッター/プランナー
電通マクギャリーボウエン・チャイナ Group Account Director。早稲田大学在学中から欧米系PR会社に勤務。投資ファンドから消費財まで幅広いクライアントに対する広報コンサルティングを中心としたコミュニケーション&マーケティング支援に携わる。近年は中国現地でのマーケティング支援に注力しており、2021年より二度目の中国生活として北京に居を移す。「日経ビジネス」電子版、「東洋経済オンライン」などに寄稿多数。著書に『新消費 デジタルが実現する新時代の価値創造』(プレジデント社)がある。

----------

(マーケッター/プランナー 藤井 直毅)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください