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「ミニスカの女性キャラが交通啓発」フェミニストとVチューバーの議論がすれ違う根本理由

プレジデントオンライン / 2021年12月19日 13時15分

戸定梨香のYouTubeキャプチャ画像 - YouTubeより

千葉県警が交通安全啓発動画に女性キャラクターを採用したところ、「性的だ」などと抗議を受け動画が削除された。これに対し「勝手な決めつけだ」として有志が反論し、ネット上で炎上騒ぎとなった。なぜお互いの議論は深まらないのか。現代文化をジェンダーの視点から研究する横浜国立大学の須川亜紀子教授に聞いた――。

■Vチューバーを起用した千葉県警の動画が“炎上”

今年8月、千葉県警は、千葉県松戸市のご当地Vチューバー「戸定(とじょう)梨香(りんか)」を起用した交通ルール啓発動画をYouTube上で公開した。

Vチューバーとは、バーチャル(Virtual)YouTuberの略語で、自分の素顔ではなく、2Dや3Dのアバターを使ってYouTube上で配信する人のことを指す。

戸定梨香は女子中高生風のキャラクターで、動画は戸定さんが自転車の正しい乗り方などを説明するものだった。

動画を公開したところ、全国の女性議員らでつくる「全国フェミニスト議員連盟」が「動くたびに胸が揺れる」「性的対象物として描写している」などとして、起用した千葉県警に動画の削除と謝罪を求める抗議文を送付。直後に千葉県警が動画を削除すると、フェミニスト議連に対する批判が殺到した。

このうち荻野稔大田区議などの有志がフェミニスト議連の抗議に対し「性的対象物というレッテルを一方的に貼り付けている」として、ネット上で署名活動を行い、削除の撤回を求めている。

なぜこうした対立が起きるのか。そこにあるのは、アニメや2.5次元文化(虚構と現実の混交した文化)に対するリテラシーの有無とコンテキスト(文脈・背景)の共有という問題である。

■アニメ(画)炎上はこれまでにもあった

公的機関がアニメ(画)キャラクターをポスター等に起用して問題となった事例は過去にもあった。ここでいうアニメ(画)キャラクターとは、アニメ作品の登場人物、またはアニメ画のような人物イラストを指す。

SNSの発達以後、最初に全国的な問題となったとされているのが、2015年に三重県志摩市が伊勢志摩サミットの開催に合わせて公認した海女を模したオリジナルキャラクター「碧志摩(あおしま)メグ」だ。

メグは大きな胸や太ももを露出させたいわゆるセクシーなキャラで、若者に志摩市の伝統産業である海女やサミットをアピールしたいという自治体の狙いがあったことからアニメ画キャラクターとして採用された(現在は有名声優が声を担当する動くアニメ画キャラとしてYouTubeでも活躍している)。

ところが、ポスターなどを見た海女や一部の地域住民から「胸を強調していて不快だ」「海女の仕事を馬鹿にしている」と声が上がり、SNSでの拡散も手伝って「炎上」状態になった。

岐阜県美濃加茂市でも同年、地元の農業高校を舞台にしたアニメ『のうりん』の女性キャラクターでいわゆる「巨乳」の少女・良田胡蝶をスタンプラリーポスターに起用したところ、同様の苦情が寄せられた。

2018年には自衛隊滋賀地方協力本部が、自衛官募集のポスターに、アニメ『ストライクウィッチーズ』を起用したところ、女性キャラクターのミニスカート姿や、そこから見えるスパッツが下着のように見えると問題視された。

他にも、2019年に日本赤十字社がポスターや献血への協力者への粗品として配布したクリアファイルに起用した漫画・アニメ『宇崎ちゃんは遊びたい!』のいわゆる「巨乳」の宇崎花のイラストを用いたところ、女性弁護士がSNS上で「環境型セクハラ」などと投稿し、問題となった。

このように、公的機関のアニメ(画)キャラクターを巡る問題は何度も何度も繰り返されているのである。

■炎上の原因はキャラクターの背景・文脈を共有しないから

これらの炎上に共通しているのは、公的機関(またはそれに準ずる機関)がアニメ(画)キャラクターを使用したところにある。

そもそも炎上してしまうのは、漫画やアニメに精通していない人々がそのアニメのコンテキスト(文脈・背景)を共有せずに、「巨乳」「ミニスカート」「女子高生」といったアニメキャラクターを構成する記号だけに反応してしまうことが原因である。

漫画、アニメの作品数が膨大な数を誇る日本では、漫画、アニメのキャラクターは記号的な意味を付与されており、それによって他のキャラクターとの差別化を図っている。

例えば、眼鏡をかけているキャラクターは優等生やクールな性格の持ち主として理解され、フリフリのフリルのスカートや猫耳は、可愛らしいキャラクターの記号として理解されることが多い。普段からアニメ、漫画に接している人は無意識にこれらの記号を咀嚼し、それがどういう意味を持つものなのかを理解している。

ところが、それがひとたび公共空間でポスターなどに起用されてしまうと、そのアニメのストーリーやキャラクターの性格が一切排除され、「巨乳」「ミニスカート」という記号の部分だけが単品で強調されることになる。その結果、漫画・アニメ文化に普段から関わりを持たない人にとっては単なる「男性の性的興奮を惹起する要素」に映ってしまうのだ。

先ほどの『のうりん』の例で言えば、炎上の原因となった良田胡蝶は原作では活発なキャラクターとして描かれている。ところが、それらの情報が一切排除されたイラストを何も知らない人が見れば、大きな胸を強調した女性がまるで男性からの視線に顔を赤らめているような「性的なイラスト」として見えるというわけだ。

■早急な幕引きでは何も学べない

実際のところ美濃加茂市のスタンプラリーはかなりの経済効果があったという。若者文化であるアニメとコラボすることで若者の観光需要を生み出し、地方活性化につなげたいという自治体の目的は何ら非難されることではない。また、自衛隊についても、自衛官に応募する人の多くが男性であることから、どうしても募集ポスターが人気アニメの女性キャラクターになってしまうのは否めないことであろう。

問題なのは、こういった炎上が毎年のように繰り返されているにもかかわらず、炎上したアニメ(画)を起用した公的機関側が早急な幕引きを図って画像を差し替えたり削除したりして、「どういう経緯でこのキャラクターを起用したのか」「なぜ炎上を防げなかったのか」という議論が深まらずに問題が終息してしまうことだ。

『のうりん』の美濃加茂市は、批判が出た以降、問題となったイラストを差し替えてスタンプラリーを実施。滋賀の自衛隊も、指摘があってから「スパッツではなくズボンのつもりだった」と釈明後、ポスターを全撤去し、起用した側と抗議した側の溝が埋まらないまま一つの過去の事例となってしまった。これでは何も学ぶことができず、ほとぼりが冷めた頃にまた新たな炎上が生まれるという悪循環から抜け出すことはできない。

■アニメ(画)キャラとVチューバーの違い

今回も、千葉県警という公的機関が、一般的にはアニメ画と解釈されるVチューバーを起用して問題となった点については似通った事例と言える。ただし、今回の件においては、これまでのアニメ画と同一事例と捉えてはいけない点がある。

それは、Vチューバーはあくまでアニメの「記号」を持ったタレント(人間)であり、人格を持っているということである。

アニメのキャラクターの場合、原画の動きや表情に合わせて声優が声を当てるため、そこに双方向性はない。ひとたび吹き込まれたアニメにいくら呼びかけようとも、キャラクターが返事をすることはなく、会話が成立することはない。

対して、Vチューバーの場合は、演者がアバターモーションキャプチャーでトラッキングしてリアルタイムに動きを加えており、視聴者の呼びかけに対して返事をしたり、動きを加えたりすることも可能だ。アニメという創作物ではなく、実在する一つの人格がVチューバーの背後にはいるのである。

今回、フェミニスト議連の抗議文によって、千葉県警が詳細な経緯の説明もせずに一方的に動画を削除したことは、このVチューバーの背後にいる演者の人格を無視したことにほかならず、これが擁護側からの非難の対象の一つになっているのである。

当初は「児童の交通安全に向けて」という共通目標に向けて戸定さんと走っていた千葉県警が、少しハレーションが起きたからといって雲行きが怪しくなったとたんにはしごを外すことはあってはならない。事業からの「降板」は、その原因がどちらにあるにせよ、そのタレントの今後の活動にも影響を及ぼすからだ。この点は、これまでのアニメ(画)キャラとは全く異なる点と言える。

千葉県警に取材した記事「千葉県警、Vチューバー『戸定梨香』の再起用示唆 『協定は現在も有効』」によると、幸い松戸市警察の戸定さんとの契約は継続しており、今後何らかの活動が再開されそうだ。千葉県警担当者によると、削除理由については、議連の抗議があったからだというが、「議連の意見を正当なものとして受け入れたわけではない」という。

■ゾーニングは意味をなさなくなっている

こうした炎上を防ぐため、見たい人と見たくない人のゾーン(領域)を分ける手法の一つとして「ゾーニング」という手法がある。ゾーニングとは、その名のとおり見たい人と見たくない人のゾーン(領域)を分けてしまうことだ。

実は、千葉県警は今回の一件でゾーニングを意識し実施していた。というのも、「子供はYouTubeを見てくれるはず」という考えから動画をYouTube上のみで公開しており、日常生活で誰でもアクセスできるポスター掲示やグッズの配布といった形を取らなかったからである。そういった点では、普段アニメとの接点がない人や、アニメキャラに忌避を覚える人に対しての一定の配慮はあったと言えよう。

ところが、このゾーニングという手法は、SNSが発達した現代においては、有効性を失いつつある。どれだけ見たい人のみを対象に狭い空間で発信しても、それをひとたび誰かがSNSに上げてしまえば、たちまちあらゆる人がアクセスできてしまうからである。

■一人の人格を持つVチューバーはTPOをわきまえる配慮を

そのため、今求められていることは二次元(虚構)のキャラクターであっても三次元(現実)の人間と同じようなTPOに注意することだと言える。Vチューバーはアニメ(画)と異なり、2次元と3次元の橋渡しができる生きた存在だからだ。

警察官姿の戸定梨香
警察官姿の戸定梨香(画像提供=Art Stone Entertainment)

今回の動画では、講師として呼びかける児童向けの教育目的の動画に、戸定梨香さんの持つ「記号」であるとはいえ、ヘソを出したミニスカート姿で登場したことは、TPOをわきまえているとは言えなかった。戸定さん側は、次の企画のために警察官姿の衣装も用意していた。今後の活動では、公的機関とコラボするようなフォーマルな場では、その場に適した服装をするといったことが、一人の人格を持つVチューバーにも求められるのではないか。

たとえば企業の採用面接にジーパンではなくスーツを着て臨んだり、お葬式に赤ではなく黒の礼服を着たり、教育者として話す際に、短パンにサンダルよりも、「きちっとした」服装の方が、話の説得力が増すなど、服装も「表現の自由」ではあるものの、私たちは「その場にふさわしい」服装や態度を選んでいる。

■2.5次元的存在の登場でコンテキスト共有はより重要に

フェミニスト議連は今回の件について「抗議文は公的機関の認識を問うたもので、動画の削除を行ったのも千葉県警だ」とするコメントを発表。抗議をする対象はあくまで動画の削除を決めた千葉県警であり、議連が警察に動画を削除するよう圧力をかけたつもりもないとするスタンスを取っている。

だが、フェミニスト議連の代表2人のうち1人は地元松戸市の市議である。現職議員を含む団体が「市議会議員」という立場を使用して抗議文を千葉県警に送付している以上、その理屈は通らないであろう。

そのうえで両者および千葉県警に必要なのは、「なぜ戸定梨香氏を起用したのか」という経緯の説明であり、それについてどういう意見があるのかという議論を重ねることである。

戸定さんを雇用する会社の代表はたびたびメディアのインタビューに応じたり、記者会見を開いたりしており、対話の姿勢を見せている。一方で、議連側は「多数の意見に個別には答えられない」との簡易的なコメントを発表するのみで、対話の姿勢を示しているとは言い難い。戸定さんも所属会社の社長も議連側も、「女性の権利を守りたい、松戸市を盛り上げたい」という目的は同じであるがゆえに、対話の機会がないのは非常に残念だ。

大切なのは、今回の騒動をこれまでと同様に「過去の一つの事案」とせず、話し合いの場を持ち、コンテキストを共有するための丁寧な議論を重ね、双方の妥結点を見いだすことだ。うやむやにしてしまっては、近い将来また似たような別の事案が起き、同じことが繰り返されてしまうだろう。Vチューバーなど、現実と虚構にまたがる2.5次元的存在が登場してきた現在、こうした議論がより重要になることは間違いない。

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須川 亜紀子(すがわ・あきこ)
横浜国立大学教授
ウォーリック大学大学院映画テレビ学部修了(PhD)。2017年から現職。アニメや2.5次元文化をジェンダーの視点から研究。著書に、『少女と魔法 ガールヒーローはいかに受容されたのか』(NTT出版)、『2.5次元文化論 舞台・キャラクター・ファンダム』(青弓社)などがある。

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(横浜国立大学教授 須川 亜紀子 構成=プレジデントオンライン編集部)

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