「自宅に現金1億円」なぜ日大は前理事長の私物化を止められなかったのか
プレジデントオンライン / 2021年12月18日 11時15分
■日大には教育機関としての自覚や責任感がない
日本大学の前理事長、田中英寿容疑者(75)が東京地検特捜部に所得税法違反(脱税)容疑で逮捕された事件で、日大は12月10日、記者会見を開いた。日大は9月8日に、東京地検特捜部の家宅捜査を受けている。ところが記者会見を開いたのは、その3カ月後だった。
家宅捜索で田中容疑者の自宅からは1億円を超える現金が見つかった。税務申告せずに隠していた資金、いわゆる脱税の「たまり」とみられている。
日大は16学部87学科、在校生7万人の総合大学である。3年前には創立130周年を迎え、卒業生は118万人を超える。私学助成金も年間90億円と半端な額ではない。その意味で日本トップクラスの巨大な教育機関である。
それにもかかわらず、検察の家宅捜索を受けても、その1カ月後に元理事らが背任容疑で逮捕されても、記者会見を開こうとはしなかった。
日大には教育機関としての自覚や責任感がない。これがいまの日大の体質であり、ここに今回の日大事件の本質が透けて見える。
■田中容疑者は「事件は検察の勇み足」と学内に説明
田中容疑者の後任として理事長を兼務した加藤直人学長は、記者会見で一連の事件を謝罪し、「(田中前理事長と)永久に決別し、影響力を排除する。(彼が)日大の業務に携わることを許さない」と語った。そのうえで、大学組織の刷新に向け、外部の有識者会議による再生会議を新設して組織改革を行うこと明らかにした。
日大はこれまで田中容疑者の行為を黙認し、許してきた。その田中容疑者と縁を切るというのだが、田中容疑者を切れば解決する問題ではない。トカゲの尻尾切りであってはならない。日大という巨大組織からウミを徹底的に出し切らない限り、第2、第3の田中容疑者はまた現れる。
加藤学長や日大幹部たちは多くの在校生や卒業生がどれだけみじめな思いをしているか、考えたことはあるのだろうか。心から反省し、日大という組織の改善と立て直しに全力を尽くすべきである。
田中容疑者は5期13年の間、理事長の座に就き、長く学内で絶大な権力を振い、日大を食い物にしてきた。9月に東京地検が家宅捜索に入った後の学内会議では「事件は検察の勇み足にすぎない」「日大は被害者だ」と強弁し、日大の幹部たちを黙らせたという。
いったいどこが検察の勇み足なのか。背任事件に絡む日大の資金の一部が、リベート(手数料)として田中容疑者に渡り、脱税の原資になっていたのである。田中容疑者の検察批判はお門違いである。「日大は被害者」はその通りだろう。ただし、加害者は田中容疑者である。
■相撲部監督の実績をテコに、体育会内での権力を掌握
田中容疑者は1946(昭和21)年12月、5人兄弟の3男として青森県五所川原市金木町に生まれた。運動神経が良く、腕力も強く、近所の子供たちの上に立つガキ大将だったという。地元の名門、県立木造(きづくり)高校に入学すると、相撲部に入り、1年のときに全国大会に出場し、団体戦で準優勝した。
![土俵](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/c/670/img_7c6bf397ec5f516b595920949986ef28985467.jpg)
日大に進学すると、1学年下の元横綱の輪島とともに大学相撲をリードした。3年のときには個人戦で優勝して学生横綱にもなった。しかし、輪島と違い、卒業してもプロの角界へは入らず、アマチュア相撲に徹した。日大に勤務しながら稽古を積み、全日本相撲選手権を3度制覇。1983年には日大相撲部の監督に就任し、次々と角界に力士を送り出した。1987年には東日本学生相撲連盟の理事長に選ばれている。
上昇志向の強い田中容疑者はアマチュア相撲での成功だけでは満足せず、日大内で政治的に動いた。日大相撲部の監督での実績をテコに日大体育会内での権力を掌握することを目指す。根っからの人たらしだった田中容疑者は、副総長に取り入って信頼を得る。
次に副総長の影響力を駆使して日大保健体育事務局の事務局長に就き、1999年には理事にも就任し、2008年に初めて理事長に選ばれた。日大本部で権力を握るようになると、その人事権を使って自分に従順な部下を出世させ、気に入らない職員を地方に飛ばすなどして冷遇した。田中容疑者はアメとムチの使い分けがうまかった。
■「タックル事件」で記者会見へ出ないことに批判殺到
日大内では「田中理事長に仕えると、必ず昇進する」といううわさが広がり、田中容疑者の権力はますます強まり、逆らう職員や幹部はいなくなった。自分の周りをイエスマンで固め、日大を自分のものにして日大資金をリベートという形で獲得していった。2013年には総長制を廃止して学長を設けて教育と研究の統括に専念させ、大学の経営権を理事長に集約し、名実ともに頂点の座に就いた。同窓会「校友会」の会長も務めた。
しかし、2018年5月、日大アメリカンフットボール部の選手によるタックル事件が発覚する。田中容疑者は理事長という最高責任者にもかかわらず、記者会見など公の場に現れなかった。これに対し、日大の内外から批判の声が上った。暴力団幹部との付き合いも指摘された。
このころから田中容疑者の権力にほころびが生じ、そのほころびが背任事件、そして脱税事件へと結び付いたのだった。
タックル事件が社会問題になっても自浄能力に欠ける日大の体質は改善されなかった。もちろん田中容疑者の私物化は問題だが、日大というマンモス大学、巨大組織が生んだ負の落とし子が、前理事長の田中英寿容疑者なのである。日大にはまずそこを自覚してもらいたい。
■加藤学長は理事の一人として、田中体制を支えてきた
12月14日付の毎日新聞の社説は「理事長逮捕の日大 解体的出直しが欠かせぬ」との見出しを掲げ、「本当に実行できるのか。日本大学が開いた記者会見を聞く限り、疑問を抱かざるを得ない」と書き出す。
沙鴎一歩も日大がまともな組織に生まれ変わることができるのか、疑問である。
毎日社説は指摘する。
「9月に東京地検特捜部が元理事らによる背任事件の強制捜査に乗り出して以降、大学が公の場で説明するのは初めてだ」
前述したように日大は3カ月という長い期間、社会に対して説明責任を果たそうとしなかった。教育機関として異常であり、失格である。
毎日社説は「理事会が形骸化し、チェック機能が働いていなかったことは(加藤学長が記者会見で)認めた。しかし、自ら理事の一人として、田中体制を支えてきた。責任は重い」と追及し、「専横を許してきた原因の究明と真摯な反省がなければ、組織の再生はおぼつかない」と訴える。
「専横」とは、わがままで横暴な振る舞いや態度の意味だが、まさしく田中容疑者に当てはまる。毎日社説が指摘するように加藤学長は田中容疑者の側近である。記者会見で加藤学長は田中容疑者に対し「永久に決別し、影響力を排除する」と宣言し、逮捕については「伝統ある日本大学が汚されたことに大変憤りを感じ、恥ずかしく思っている」とまで述べたが、どこまで信用できるのだろうか。
■日大の理事たちには正義感やモラルはないのか
毎日社説はさらに指摘する。
「そもそも大学が体制刷新に動き出したのは、特捜部が田中前理事長の逮捕に踏み切ってからだ」
東京地検が背任事件で日大本部などの家宅捜査に踏み切った9月8日以来、理事会は何をしてきたのか。嵐が通り過ぎるのを待つようにひたすら沈黙していただけではないか。理事たちに正義感やモラルはないのか。愛する日大をなんとか改善しようと立ち上がる理事はいなかったのか。自浄能力に欠けていると言わざるを得ない。
毎日社説は続けて指摘する。
「理事長退任も本人の申し出によるものだ。その後にようやく、理事会の判断で理事職解任を決め、背任事件の被害届も提出した」
「解任には数人の理事が反対したとされる。自浄能力を発揮するのは容易でないだろう」
田中容疑者が理事長退任を自ら申し出ても、解任に反対する理事が存在する。開いた口がふさがらない。
最後に毎日社説はこう主張する。
「理事全員が辞任届を出し、加藤学長に対応を一任している。異常な事態だ。私学として学生や社会の信頼を取り戻すには、解体的出直しが欠かせない」
外部の有識者による再生会議が来年3月までに改革案を示す。その改革案自体がどこまで日大という巨大組織の持つあしき本質を糾弾し、改善を目指すに値する内容かどうか、私たち国民が見極める必要がある。
■東京社説も「再生への道筋は見えない」と酷評する
東京新聞も毎日新聞と同じ12月14日付で日大事件の社説を掲載している。その東京社説は冒頭で「理事長兼学長は前体制との決別を宣言したが、再生への道筋は見えない」と指摘し、「第三者委員会による異様な体質の改善と大学自治の拡充が必要だ」と訴える。見出しも「日大の再生 大学自治拡充が必要だ」である。
「再生への道筋は見えない」との言い回しは、今回の日大事件の根深さを端的に示している。
東京社説は「大学の自治の拡充」を強調する。大学自治は、大学が学問と教育の場である以上、文部科学省などの行政機関の指導よりも大学の自主性を尊重しようという趣旨に由来する。しかし、その自主性がバランスを失って偏ると、大学組織が閉鎖的になり、トップによる独裁化が生じる。大学の組織が大きければ大きいほどその独裁化は進み、大学をむしばむ。
独裁化は私物化に直結する。田中容疑者による日大事件も独裁化と私物化の中で起きた。これを防ぐのが自浄能力だ。しかし、残念なことに日大の理事会にはそれがなかった。
東京社説はこう主張する。
「相次ぐ私大の不祥事を受け、文科省の有識者会議は学外委員による評議員会を大学の最高議決機関とする提言をまとめた。だが、学外者が中立である保証はなく、大学自治の観点からも教職員による自浄能力向上を優先すべきだ」
簡単に言えば、学外委員の評議員会に理事や監事を選任・解任できる権限を持たせるというのが、文科省とその有識者会議の考え方のようだ。しかし、東京社説が指摘するように評議委員会が人事権を中立的に行使できるとは限らない。まずは特定の大学にモデルを設置して状況を観察してから判断してみてはどうだろうか。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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