「子供が遊ぶためではない」グーグルのオフィスに必ず置いてある"オモチャ"の正体
プレジデントオンライン / 2021年12月26日 12時15分
※本稿は、蛯谷敏『レゴ 競争にも模倣にも負けない世界一ブランドの育て方』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。
■グーグルの原動力になった「レゴブロック」
世界屈指のイノべーション企業として知られるグーグル。
あまり知られていないが、「Google」のロゴに使われている色のうち、赤、青、黄の三原色は、レゴの基本ブロックから着想を得ている。
「レゴは創造力を解放する、すばらしいツールだ」。グーグルの創業者であるセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジは、自他ともに認める筋金入りのレゴファンだ。同社を起業したスタンフォード大学の学生時代から、レゴをいじりながら、新しいサービスや事業の構想を練ってきた。
画期的なサービスを次々と生み出し、シリコンバレーの小さなスタートアップから世界企業へ躍進、2015年には持ち株会社アルファベットを頂点とするグループ経営体制に移行した。
自動運転や生命科学なども手がける巨大コングロマリットとなった今でも、社員が常に創造の精神を忘れないよう、世界各地のオフィスにレゴを用意し、レゴを使った社員向けワークショップなどを開いている。
「レゴが存在しなければ、グーグルは誕生しなかった」と表現すると大げさかもしれないが、それでも同社の卓抜したサービスのいくつかは、レゴなしには世の中に登場しなかったのかもしれない。グーグルは2014年、念願のレゴとの提携も果たしている。
■日本の産業や教育の現場でも……
2020年に、世界販売台数で5年ぶりに世界一に返り咲いたトヨタ自動車。復権の原動力となったのは、レゴのようにパーツごとにクルマを組み立てるモジュール開発と呼ぶ手法の導入だった。
自動車業界では、開発したシャシー、エンジン、トランスミッションなどの共通部品をブロックのように組み合わせて、異なる車種を効率的に生産する方式が定着している。
従来、日本メーカーが得意としてきた、職人技のすりあわせ技術のアンチテーゼとも言われるこの方式は「レゴモデル」と呼ばれ、2010年代前半に、ライバルの独フォルクスワーゲン(VW)グループがいち早く導入した。
レゴモデルを武器にトヨタを猛追したVWは一時、世界販売台数のトップに立ったが、トヨタも2015年からモジュール生産を本格導入し、王者の座を奪還した。
競争の舞台は、ガソリン車から電気自動車(EV)に移りつつあるが、ここでもバッテリーやモーターをブロックのように組み合わせる開発手法が主流になりつつある。
日本の小学校でも必修科目となったプログラミング教育。ここでも、レゴは少なからぬ存在感を示している。子供向けプログラミングで圧倒的な支持を受ける言語「Scratch(スクラッチ)」の誕生には、レゴが深く関わっている。
「スクラッチの基本コンセプトは、ブロックを組み立てるようにプログラムをつくるというもの。レゴから大きなインスピレーションを受けた」。
同言語を無償公開する米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの教授であり、スクラッチの生みの親として知られるミッチェル・レズニックは言う。現在もレゴと共同で、次世代教育についてさまざまな研究を続けている。
■イノベーションを誘発する道具として広がる
2000年代以降は社会人の人材開発の場でも、レゴが創造力を解放するツールとして注目を集めている。インターネットやAI(人工知能)の例を見るまでもなく、目まぐるしい技術の進化によって、身につけたスキルはすぐに陳腐化する時代になった。
予測不能な未来の変化に対応するには、過去に蓄積された知識を効率的に詰め込むのではなく、必要な知識は何かと自律的に考え、習得していく発想の転換が求められている。想定外の問題に直面した際に、自ら解決策を見出す創造的な思考力のニーズが高まっているのだ。
レゴには、この創造的思考を鍛える手法がいくつも存在する。自身の経験をレゴで表現する教材、自分の考えをレゴで表現してチームのコミュニケーションを円滑にするワークショップ、レゴで企業戦略を策定するプログラム……。さまざまな取り組みが、世界各地で活発に展開されている。
最先端のインターネット企業の創造性を刺激する一方、最新のモノ作りの現場からプログラミング教育、そして組織活性化の教材まで――。レゴはさまざまなシーンで、イノベーションを誘発する道具として浸透している。
■アイデアを形にする以上の価値
ブロックという極めて単純な玩具がなぜ、私たちの社会に多様な形で影響を与えているのか。理由の一つは、ブロックを組み立てるというレゴの遊びの本質が、頭の中に漠然と存在するアイデアを具現化するのに、最適な手段だからだ。
2004年から2016年末まで、事業会社レゴのCEO(最高経営責任者)を務め、現在はレゴ・ブランド・グループのエグゼクティブ・チェアマン(会長)であるヨアン・ヴィー・クヌッドストープ。彼には、レゴブロックの持つ可能性を実感してもらう際に披露する"鉄板"のプレゼンテーションがある。用意するのは、黄色4種類、赤2種類のレゴブロック。たったそれだけだ。
プレゼン冒頭、クヌッドストープは聴衆一人ひとりにこのレゴブロックの入った袋を手渡すと、こう切り出す。
「袋には、形の異なる6つのブロックが入っています。これをすべて使って、アヒルを作ってください。いいですか、あなただけのオリジナルのアヒルですよ。制限時間は60秒。用意、はじめ!」
組み立てるのに一切の制約はない。いきなりブロックによるアヒル作りを命じられた聴衆は一同あっけにとられ、クヌッドストープの指示を聞いて、騒然となる。しかし、「はじめ!」の号令とともに会場は静まり返り、黙々と6個のブロックをいじり始める。
■「人は多様で豊富なアイデアを持っているのです」
その様子は、実に興味深い。
目を輝かせて、あっという間にアヒルを完成させてしまう人。首をかしげ、何度も作っては壊す人。ブロックをじっと見つめて考え込んでしまう人……。参加者は、少しばかりの間、時を忘れて子供のように組み立てに没頭する。そして、あっという間に60秒が過ぎる。
「はい、終了!」
掛け声と同時に、場内にはどよめきが広がる。あちこちで、参加者が組み立てたアヒルを互いに見せ合いながら、自然と会話が始まっていく。
会場はちょっとしたアヒルの品評会となり、にわかに活気づく。クヌッドストープは満足そうな顔を浮かべながら全体を見渡し、頃合いを見計らって口を開く。
「みなさんの作ったアヒルはおそらく、どれ一つ同じ形をしたものはないでしょう。他の人のアヒルは、もしかしたら、あなたにとってはアヒルに見えないかもしれません。でも、どれも立派なアヒルです。それだけ、人は多様で豊富なアイデアを持っているのです」
■正解は一つではない
学校、企業、社会、そして人生……。我々が生きる世界ではしばしば、「たった一つの答え」を探し当てることを求められる。
これまでの学校教育では、問いには必ず正解があるという前提に立ち、誰よりも早く、間違えずに答えられた者が高く評価されてきた。しかし、現実の世界では、横たわる問題に唯一の正解があることの方が稀だ。そもそも何が問題なのかさえ分からないことも多い。
課題に気づき、問いを立て、試行錯誤を重ねながら、自らの頭で答えを導き出すこと。この行為に、本来の人間の価値がある。
アヒルの例が示すように、問いも答えも、実は人の数だけ存在する。その違い、つまりは互いに異なる多様性の中にこそ、新しい発見が埋もれている。
「レゴはすばらしい玩具ですが、それ以上に人間の多様なアイデアや考え方を導き出し、発掘するツールでもあるのです」。そう言って、クヌッドストープは胸を張る。
■無限の組み合わせからアイデアが生まれる
下の写真にある、2×4ポッチのレゴブロックをご覧いただきたい。
理論的には、このブロック2個の組み合わせは24通り、3個になると1060通り、6個だと約9億通りの形を作ることができる。だから、参加者の中でまったく同じアヒルが生まれることは、まずない。
無限に近いレゴブロックの組み合わせ。何でも作れるという自由度の高さから、多くの人がさまざまなアイデアを生み出してきた。
もっとも、こうした説明はブロックの魅力を解説しているにすぎない。ではなぜ、レゴの開発するブロックは、世界の消費者にこれほど受け入れられているのか。それは、レゴという会社そのものが、ヒット商品を生み続け、絶えず革新を遂げてきたからだ。
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ビジネス・ノンフィクションライター/編集者
2000年日経BP入社。2006年から『日経ビジネス』の記者・編集者として活動。2012年に日経ビジネスDigital編集長、2014年に日経ビジネスロンドン支局長。2018年7月にリンクトイン入社。現在はマネージング・エディターとして、ビジネスSNS「LinkedIn」の日本市場におけるコンテンツ統括責任者を務める。これからの働き方、新しい仕事のつくり方、社会課題の解決などをテーマに取材を続けている。著書に『爆速経営 新生ヤフーの500日』(日経BP)。「レゴシリアスプレイ」認定ファシリテーター。
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(ビジネス・ノンフィクションライター/編集者 蛯谷 敏)
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