「最初はニコニコ、でも突然怒り出す」交渉相手を言いなりにさせる危険な心理テクニック
プレジデントオンライン / 2021年12月24日 11時15分
※本稿は、友原章典『会社ではネガティブな人を活かしなさい』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■怒りを交渉に役立てるにはどうしたらいいか
ビジネスにおいて、怒りのようなネガティブな感情が役に立つ場合もある。その一つが、お互いの利益が相反するとき、それを解決するための話し合いである交渉だ。
たとえば、2021年3月のアラスカ州での米中外交トップ会談は、ちょっとした話題になった。緊迫の度を増す米中関係を反映し、マスコミを入れた冒頭発言において、人権問題などをめぐり、異例の非難の応酬となったからだ。しかし、こうした外交戦略にも意義がある。
アムステルダム大学社会心理学教授のヘルベン・ファンクリーフらは、交渉をするときには、幸せな相手よりも、怒っている相手に対して譲ってしまうことを示している。つまり、友好的に接するよりも、怒っているほうが交渉に有利になる。
ポイントは、交渉は一人で行うものではなく、相手がいるということだ。ある交渉人の感情がほかの交渉人の行動に影響を与えるという、人間相互間の効果を考察したことが、この研究の特徴だ。これは、既存研究のアプローチとは大きく違う。
■交渉時の心理状態を説明する2つの仮説
それまでの研究では、人間の相互間の効果ではなく、個人内の効果を考察していた。怒った場合にその人はどうするかというように、ある交渉人の感情が、その人自身の行動にどのような影響を与えるかというものだ。その結果、ネガティブな感情状態である交渉人は、競争的で、譲歩をしないことがわかっている。一方、ポジティブな感情である交渉人は、協力的で、懐柔的な傾向にあった。
こうした個人内の効果についての知見を発展させて、人間相互間の効果を考察したファンクリーフらは、二つの相反する仮説を検証している。
一つは、「社会的感染説」といって、ある人の感情、態度や行動が、ほかの人に感染するという考えだ。この説に基づけば、怒っている交渉相手と接した人は、自分も怒ってしまうため、無理な要求をして、譲歩はしないことになる。
もう一つは、「戦略選択説」だ。相手が懐柔的な態度であれば強く要求するが、タフだと思われたときには、交渉が決裂しないようにあまり要求をしない。つまり、タフな相手は譲歩をしないと予想されるため、自分が譲歩をすることになる。
相手の感情を見極めて、相手がギリギリ譲れる限界値を推測しながら、自らの要求を調整するわけだ。交渉相手のことがよくわからないときに当てはまる説だとされている。
■怒っている相手には無理な要求をしないという結果に
どちらの仮説が妥当なのかを検証するために、100名程度の大学生を対象にして実験が行われた。携帯電話の売買を行う設定で、価格や保証期間、電話のサービス契約という複数の要素について、できるだけ自分に有利な条件を引き出すように交渉する。
契約内容によって、自分の利得は変わってくる。売り手ならば、価格は高くて保証期間やサービス契約が短いほど、利得は高くなる。買い手の場合はその逆だ。現実の交渉に近い設定にするため、契約内容によって自分の利得がどのようになるかはわかるが、相手の利得はわからないようにしている。
相手の提示条件に対し、自分が条件を提示しなおすというように、交渉は何回か行われる。自分にとってよい条件で交渉をまとめて高い利得を得た人ほど、実験終了後に賞金がもらえる確率が上がるようになっている。交渉が決裂すると、賞金はもらえない。真剣に実験に取り組んでもらうための工夫だ。
実験参加者の交渉相手は、①「怒っている」、②「幸せ」、③「感情がない」(怒っているわけでも幸せでもなく、中立)の三つのグループに無作為にわけられており、その交渉結果を比較する。
交渉は、コンピューターを仲介して行われる。その際、提示条件に満足だ(幸せ)とか、頭にくるような条件だ(怒り)のように、交渉相手の感情についての情報が、スクリーンを通して与えられる。たとえば「まったくお話にならないので、○○という条件を提示しようと思っている」といった具合だ。
実験の結果、怒っている相手と交渉した場合には、幸せな相手と交渉した場合に比べて、無理な要求をしない傾向があった。また、感情がない相手と交渉した場合の要求の程度は、その中間であった。
■交渉中に感情が変化した場合はどうなるか
この結果からわかることは、相手の出方がわからないような交渉において、相手の感情だけを手がかりに契約を決める場合には、社会的感染説ではなく、戦略選択説が妥当ということだ。
ただ、この実験の設定はかなり限定的で、問題点も指摘されているが、いずれにしてもこの研究の結果は、多くの人にとって納得のいくものだろう。感じが悪いと思いつつも、押しの強い人の主張が通ることは、日々私たちが経験していることだからである。
これまで見てきた議論は、どのような感情表現が交渉に有利かというものだ。幸せとか怒りとかの感情を表すことが、交渉の結果に与える影響を比べている。私たちの感情は、私たちが接触する他人の感情や行動に影響するからだ。
しかし、交渉の過程で感情が変わることも珍しくない。終始一貫して怒っていたり、幸せそうにしていたりするわけではない。このため、一つの感情表現ではなく、感情の変化が交渉結果に与える影響を考察することも重要だ。どのように感情が変化するかによって、交渉の結果が変わる可能性があるからだ。
こうした問題提起に触発されたコーネル大学経営大学院教授のアラン・フィリポビッツらは、感情が変化する場合には、感情表現が同じであるときとは違う結果になることを示している。
■交渉の途中から怒り出したほうが譲歩を引き出せる
彼らの研究では、前節と同じように大学生を対象に、コンピューター(eメール)を仲介して携帯電話の契約をする実験を行う。ただ、実験参加者は、①「交渉の途中で幸せから怒りに感情が変化する」、②「怒ったまま」、③「交渉の途中で怒りから幸せに感情が変化する」、④「幸せなまま」の4つのグループに無作為に振りわけられ、グループごとに彼らの反応の違いを見ることになる。
反応の違いは、交渉相手の感情の変化前後で、実験参加者がどの程度提示条件を譲歩したかで測っている。その結果、「交渉の途中で幸せから怒りに感情が変化する」相手と対峙した実験参加者は、「怒ったまま」の相手と交渉したときよりも、悪い条件を受け入れていた。
一方、「交渉の途中で怒りから幸せに感情が変化する」相手と対峙した実験参加者は、「幸せなまま」の相手と交渉したときと比べて、交渉結果に差がなかった。また、「交渉の途中で幸せから怒りに感情が変化する」相手と対峙した実験参加者は、「交渉の途中で怒りから幸せに感情が変化する」相手と対峙した実験参加者よりも、大きな譲歩をしていた。
つまり、怒りは交渉に有効かもしれないが、最初から怒っているよりも、途中から怒り出すほうが、よりよい交渉結果を導けることになる。
では、どうしてこのような結果になったのだろう。
■「相手の性格ではなく自分が悪い」と思わせられるか
ここで大事なことは、相手の感情をどのように判断するかという経路だ。
ずっと怒っている場合には、もともと怒りっぽい性格の人なのだろうと判断される。属性帰属という。一方、急に怒り出した場合には、こちらの行動(低すぎる提示条件など)が相手を怒らせたのではないかと考える。状況への帰属という。
![頭を抱えるビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/9/670/img_0934132f20a2d5ee6525bbb14123c62b358390.jpg)
怒っているのが、相手の性格ではなくてこちらの行動のせいであれば、こちらの譲歩の余地が大きくなる。相手を怒らせた行動(たとえば、低い提示条件)を変えれば、交渉をスムーズに行えるからだ。しかし、性格的なものであれば、自分の行動を変えても、交渉結果への影響は前者ほど大きくない。
ずっと怒ったままのように感情表現が変わらない場合を対象としたこれまでの研究は、属性帰属への反応を検証した色合いが濃い。性格的に怖い人には譲ってしまうというものだ。
それに対して、感情に変化のある場合を対象にしたこの研究は、属性帰属への反応というよりは、状況への帰属への反応を検証したと言える。つまり、相手が怒り始めたのは、自分の提示条件に納得がいかず、受け入れがたいためであろうと考える。そこで、提示条件を変えれば交渉がうまくいくのではないかと考えて、譲歩するわけだ。
■交渉の途中で機嫌がよくなる人は悪い印象を与える
このように、怒りの表しかたによって、その意味の受け取られかたが異なってくるため、感情が変化する場合には、感情が同じ場合と比べて違う反応を示したと解釈される。
余談ではあるが、ここまで見てきたフィリポビッツらの分析は、契約条件の有利不利のような客観的な結果にとどまらない。相手方の印象のように、関係性にかかわる主観的な結果に関しても、感情変化の重要性を示している。
意外にも、交渉の途中で怒った感情に変わる相手のほうが、一貫して怒っている相手よりもよい印象をもたれていた。ずっと怒っている人は、そういう性格だと思われて嫌われてしまう。逆に、途中から怒る人は、理由があったから怒ったと解釈されて、それほど不快に思われないらしい。
一方、交渉の途中で怒りから幸せな感情に変わる相手は、一貫して幸せな感情を示す相手よりも悪い印象を持たれていた。こちらが大きな譲歩をしたから機嫌がよくなった、と解釈されたのかもしれない。途中から急にご機嫌になる人は不快に思われる。
では、交渉中に感情の変化を持たせるのであれば、途中から怒りに変えればよいかというとそうでもない。交渉の途中で怒りから幸せな感情に変わる相手に対する印象は、幸せから怒った感情に変わる相手のものと変わらなかった。つまり、主観的な関係性に限れば、どちらかの変化のほうがよりよい印象をもたらすというわけではないようなのだ。
■途中で怒り出すほうが効果的なだけでなく印象もよい
こうしてみると、交渉結果を有利にまとめたいのであれば、ただ怒ればいいわけではなく、幸せな感じで接し始めて、途中で怒るのが得策となる。また、途中から怒る人は、一貫して怒っている人よりもよい印象を持たれるので、今後の関係性の観点からも望ましい。
![友原章典『会社ではネガティブな人を活かしなさい』(集英社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/4/200/img_a4bb3fdf9f547f0c245e795fb7343b48248959.jpg)
ただ、こうした作用は、相手の感情変化に注意を払っている場合にのみ有効なことに留意すべきだ。たとえば、ポジティブな感情は、ネガティブな感情ほど注意をひかないため、感情変化の効果が小さい。感情変化を交渉結果に仲介する経路がうまく働かないからだ。
今後の研究では、相手の感情変化に注意を払う(もしくは払わない)のはどのような場合かを詳細に検討する必要がある。
締め切り日のために交渉時間に制限があったり、慢性的なストレスがあったりして交渉相手の注意力が散漫になっていると、怒りに転じる交渉術が有効に作用しなくなるだろう。また、企業文化や職階によって、感情変化への対応が変わる可能性もある。本稿の交渉術がうまくいくためには、付帯条件に注意を払うことが必要だ。
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青山学院大学国際政治経済学部教授
東京都生まれ。2002年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院よりPh.D.(経済学)取得。世界銀行や米州開発銀行にてコンサルタントを経験。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院エコノミスト、ピッツバーグ大学大学院客員助教授およびニューヨーク市立大学助教授等を経て、現職。著書に『国際経済学へのいざない(第2版)』日本評論社、『理論と実証で学ぶ 新しい国際経済学』ミネルヴァ書房、『実践 幸福学』NHK出版新書など。
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(青山学院大学国際政治経済学部教授 友原 章典)
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