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「デジタル力は中国、韓国以下」なぜ日本は"数学ができない大人"ばかりになってしまったのか

プレジデントオンライン / 2021年12月23日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nicolas_

■「数学はゲーム業界を支える」投稿が話題に

政府や産業界が「数学」に力を入れ始めた。デジタル化が進む中、数学の知識や思考法が、AI(人工知能)、ビッグデータなど、これからのビジネスや生活に不可欠になっているからだ。グーグル、アップルなどの「GAFA」と呼ばれる大手IT企業を生み出した米国では、すでに10年ほど前から人気職業ランキングの上位を「数学者」「データサイエンティスト」などの数学関連が占める。数学ができれば、つぶしが利く時代の到来。日本も対応を迫られている。

今年6月、ゲームメーカー・セガのツイッター投稿が話題を呼んだ。

「サインコサインタンジェント、虚数i…いつ使うんだと思ったあなた。実は数学は、ゲーム業界を根から支える重要な役割を担っているんです」と発信、社内勉強会用の数学資料も無料公開した。

その翌日、「多くの反響をいただき驚いています。数学はこんなふうにゲーム業界で使われてるんだ、という実例が、学生さん他の『数学を学びたい』という意欲につながると嬉しいです」とツイートした。

■AI、自動運転、暗号通信、画像処理…

7月、経団連と数学研究者が、「数理活用産学連携イニシアティブ」を立ち上げた。財界総本山と数学者。意外な組み合わせに見えるが、数学を活用した新しい形の産学連携を模索するという。10月、NTTが基礎数学の研究組織「基礎数学研究センタ」を新設した。これまでとは抜本的に異なる長期視点とアプローチで社会課題の解決に挑みたいとしている。

数学と言えば、訳のわからない数式や図形が頭に浮かび、「抽象的で難しい」「勉強して一体何の役にたつの?」などと言いたくなる人は多いだろう。だが、AI、ビッグデータ、自動運転、ネット検索、暗号通信、画像処理など、デジタル化のさまざまな機能や仕組みは数学抜きには存在しえない。

「GAFA」と呼ばれる米大手IT企業や米ベンチャー企業が、数学や物理を学んだ優秀な人材を集めているのはそのためだ。

■米国の人気職業1位は「データサイエンティスト」

米国では、10年ほど前から数学関連が人気職業になっている。米求人情報サイトのキャリアキャスト・ドットコムの2021年版「ベスト・ジョブ」ランキングでは、ベスト10の1位は、ビッグデータを分析してビジネスなどに活用する「データサイエンティスト」。「統計学者」(3位)、「数学者」(5位)が続き、10位のうちの半分以上を数学関連が占めた。2009年と14年には「数学者」が1位になった。

こうした動きに目をつけ、「数学はビジネスになる」と訴えたのが経済産業省だ。2019年に報告書「数理資本主義の時代~数学パワーが世界を変える」を発表し、世間を驚かせた。産業を所管する経産省が「数学」と言い出したこと、「数理資本主義」というキャッチーな言葉、そして内容も「役所がここまで言うのか」と。

報告書にはこうある。「第四次産業革命を主導し、さらにその限界すら超えて先に進むために、どうしても欠かすことのできない科学が、三つある。それは、第一に数学、第二に数学、そして第三に数学である!」「デジタル技術の動向は数学が左右している」――。

霞が関の役所とは思えないような熱い言葉が並ぶ。そして、数学ができる人求む、とアピールする。だが、そこには大きな「壁」がある。

■韓国、中国よりも順位が低い日本

経産省が「もっと数学を!」と言いたくなるほど、日本のデジタル力は振るわない。コロナ禍で「デジタル敗戦」と呼ばれ、世界との競争力も低下の一途をたどっている。

今年9月にスイスのビジネススクール「IMD」が公表した2021年の「世界デジタル競争力ランキング」によれば、日本の総合順位は28位で、18年以降、右肩下がりが続いている。1位は米国だが、日本は韓国(12位)、中国(15位)、マレーシア(27位)などよりも低い。

実は、日本の子供の数学力は高い。15歳を対象にしたOECD(経済協力開発機構)の国際的な学習到達度調査「PISA」の2018年版では、日本の「数学リテラシー」は世界トップレベルで、OECD加盟国中1位だ。前回の2015年版調査でも同様の結果になっている。

世界の高校生が数学を解く能力を競う「国際数学オリンピック」でも、日本はかなりの数のメダルを獲得してきた。107の国・地域が参加した2021年の国別順位は25位だったが、2009年には2位になった。

だが、子供時代の数学力がデジタル力へと結びついていない。数学ができる成績の良い子供たちは、医学部へ進むことが多い。親も自分の子供が数学など理数系が得意なら、医学部進学を勧める。数学を学んでも将来どういう就職先があるかはっきりしないからだ。そこからまず改善していく必要がある。

さらに、長年続いてきた日本の組織文化の影響も大きい。

■「下手に理系に進むと損をする」博士就職率の低さ

戦後、日本は「文高理低」とでも言えそうな組織文化をはぐくんできた。法学部、経済学部など文系出身者は、会社でも霞が関の官庁でも出世していくが、理系出身者はそうではなかった。

「理系は専門知識があり論理的だが、社会性が不足している」とか、「文系は柔軟で付き合いやすく、マネジメントができる」などといった、高度成長期や年功序列時代の価値観や固定観念が今も残る。

理系は大学院へ進学する人が多いが、日本では博士課程出身者の就職率が低いという問題もある。大学教員のような安定したポストに就けるのは一握り。企業へ就職したくても、企業は博士課程出身者を「年を食っていて、使いにくい」と、採用したがらない。

定職に就けず、3~5年と任期が限られた仕事を転々とする「ポストドクター(ポスドク)」として過ごさざるをえなくなることも多い。「末は博士か大臣か」と期待されたのは、はるか昔。今や「高学歴ワーキングプア」と呼ばれることもある。こうした事情もあって、2003年度をピークに大学院博士課程への進学者は減り続け、日本の科学研究力低下の大きな原因と見られている。

「下手に理系に進むと損をする」――。長年かけて培われたこうした考えを拭い去らないと、理系に進学しようという人は増えないし、大学も受け入れを狭めていくという負のスパイラルに陥る。これでは数学力は育たない。

顕微鏡をのぞき込む科学者
写真=iStock.com/Niphon Khiawprommas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Niphon Khiawprommas

■「新卒1000万円」を打ち出す企業も現れているが…

2000年代に入りデジタル化が進むと、少し風向きが変わり始めた。IT関連や金融業界などで理系出身の経営者が登場したり、高いデジタル技術や能力を持つ新卒社員に年収1000万円を提示したりする企業も現れたからだ。

こうした追い風を生かし、優秀な数学人材を育て、日本のデジタル力を向上させる、という好循環につなげていきたいものだ。

ただ、これから国内に爆発的に数学に強い人材が増えるかとなると、心もとない状況だ。なんと言っても将来像が見えない問題は大きい。

11月にオンラインで開催された数理科学の研究者と産業界の研究交流会では、東大発の数学ベンチャーの社長が、数学を生かした事業や計画など、幅広い活動領域があることを講演した。こうした活動を通じて、数学を学ぶ意義や、人材不足がもたらす損失などをもっと社会に伝えていく必要があるだろう。

もちろん、数学が得意な人材だけでは、社会や経済を変革するようなデジタル力は生まれない。

日本は技術で勝ち、産業で負ける苦い体験を繰り返してきた国だ。数学力をデジタル力に結びつけるには、技術だけでなく、人々が求めたり、受け入れたりするような技術やサービスを作る必要がある。そのためには、「理系」「文系」という分け方も見直されていいだろう。

文系もデータ分析や統計に関わる数学を学ぶ必要があるし、理系も歴史や文化、心理学などを知ることが大切だ。理系に少ない女性を増やすことも重要な課題だ。

■「変わった人」を評価する懐の深さがあるか

そして、政府、企業、大学には懐の深さも求められる。数学力を発揮する人の中には、世の常識にとらわれない、世間の目からは「変わった人」と言われるようなクセの強い人もいる。米グーグルも変わった経歴の人を積極的に採用していると言われている。評価する側の力も問われるところだ。

政府は、短期間で実用や産業につながる成果を生む研究に手厚く予算をつけてきたが、基礎研究には冷たい。数学の場合は、実用化につながるとは到底思えないような研究や知見が、長い歳月を経てIT社会を支える暗号通信を生むなど、予想できない「化け方」をすることもある。そうした芽をつぶさないような評価とはどういうものか。この点は産官学でもっと真剣に検討すべきだろう。

数学の必要性を求める現在の社会の裏には、日本社会が不得手な数々の問題が透けて見えてくる。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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