「YouTuberに荒らされる」廃虚寺が海外ブローカー、反社の"餌食"になる日
プレジデントオンライン / 2021年12月22日 11時15分
この1年の仏教界は激動であった。
新型コロナウイルスの感染拡大が長引いた影響で、特に京都や奈良、鎌倉などの拝観寺院における収入は大きく減少したとみられている。オミクロン株の感染が広がれば、来年2022年も引き続き、多難な状況が続きそうだ。寺院環境の悪化は、つまるところ「空き寺」の増加につながる。その一方で、深刻化する空き寺・空き神社問題に一石を投じる「宗教法人の国有化」という大きなエポックが、今年秋に実現していた。
■地元のお寺がなくなると困るのは…
経済的困窮に陥った寺が破綻し、空き寺になってしまう無住寺院問題が深刻である。現在、国内にはおよそ7万7000の寺院がある。そのうち、無住寺院は1万7000カ寺ほどと推測できる。私は2040年までには、さらに1万カ寺ほどが空き寺になる可能性があると指摘し続けている。
無住寺院の大半は、地域の同門寺院(同じ宗派に属する寺)が「兼務」していくことになる。だが、空き寺の維持・管理には多額の資金が必要になる。定期的な伽藍(がらん)の修繕、日頃の草刈り、清掃などの人件費などはバカにならない。
1つの寺院が複数の空き寺を兼務していくような状況になれば、多額の負債を背負うことにもなり、共倒れする危険がある。
今後、管理されずに放置される寺院が続出していくことが考えられる。そうした宗教法人は解散することがひとつの手段ではあるが、手続きが煩雑で費用もかかる。
寺院や神社の役員や檀家・氏子も存在せず、宗教法人の解散手続きが困難になっている状態を「不活動宗教法人」という。不活動宗教法人の調査はあまり進んでいない。だが、国内には3500施設(不活動神社を含む)ほど存在するとみられる。私の所属する浄土宗では約7000カ寺の末寺を抱えており、不活動法人(長期にわたる無住寺院)は比較的少ないが、80カ寺ほどはある。
■戦後初めて「食べていけない寺院が国有化」された意味
こうした中、空き寺問題へ一石が投じられた。今年10月「寺院の国有化」という、戦後初めての事例が誕生したのだ。
それが、島根県大田市仁摩町の金皇寺(こんこうじ)である。金皇寺は16世紀に開かれ、石見銀山とともに発展してきた浄土宗寺院だ。金皇寺は12万平方メートル(約3万6400坪、山林の割合が多い)という広大な境内地を有している。
金皇寺では2013年に住職が死亡。その後は後継者もなく、無住状態が続いていた。檀家は20軒ほどしかなく、「食べていけない寺院」であるため、誰も住職になろうとしなかったのだ。
住職の専業では食べていけないため、仮に副業を持つにしても、当地は島根県松江市から車で2時間ほどかかる過疎地だ。住職が亡くなった後は、完全に無人化し、葬儀や法事といった儀式もできなくなり、伽藍も朽ち、荒れ果てていった。
こうした宗教法人を放置し続けることは極めて危険である。たとえば、廃虚となった寺院にYouTuberや不良者がたむろしたり、文化財が盗まれたり、壊されたりすることは地域の安全を脅かすことになる。
■ブローカーや反社会的集団などの格好の標的になる
だが、そんなことはまだマシなほうで、無住寺院はブローカーや反社会的集団などの格好の標的となる。
宗教法人は、法人税や固定資産税の免除など非課税部分が多い。そのため、民間企業が無住寺院の権利を手に入れて、売り上げを非課税の布施として計上して脱税するケースなどがみられる。
過去には香川県では不活動宗教法人を隠れみのにして、全国でラブホテルチェーンを展開し、売り上げをお布施扱いにして所得隠しをするような事例が起きている。また、カルト教団が無住の寺や神社を乗っ取って、布教や怪しい修行や儀式をするような危険性も考えられる。
金皇寺でも、海外のブローカーが寺を買収し、産業廃棄物の仮置き場にしようとする動きがみられた。金皇寺が保有する山林は水源地でもあるので、地域の安全が脅かされることになりかねない。
■寺院経済の悪化は、空き寺問題をより深刻化させる
では、そうした宗教法人を解散し、不動産を処分すればよいのではとの指摘もあるが、それは容易ではない。無住寺院は仮に現金や有価証券の精算が済んだとしても、本堂や本尊、宝物、庫裡、梵鐘などのほか境内地などの多くの残世資産を有する。都心のど真ん中の寺院であればまだしも、こうした財産は、不良債権なので行政は引き取ってくれない。空き家問題と同じ構造である。
そこで浄土宗は各宗門を包括する全日本仏教会と協力して、本格的に国有化に動き出したのが2020年のことであった。宗教法人法50条3項には「処分されない財産は、国庫に帰属する」と明記されているからだ。
この理屈であれば、多くの不活動宗教法人を国に渡せばよい、ということになるが、戦後はそうした事例は一例も出てこなかった。
その理由は国庫に帰属させるための手続きが煩雑だからだ。まず寺を解散させるためには責任役員会を招集し、解散手続きを進めなければならない。だが、不活動寺院では役員がいないケースもよくある。また、残余資産を確定させるためには土地の測量などが必要になるが、広大な境内地の測量には多額の金がかかる。
浄土宗は2020年春に財務省松江財務事務局に対して、金皇寺の国有化を申し立てた。国も活動実態のない金皇寺が悪用される可能性があるとして、費用と時間のかかる測量などは実施せず、解散手続きを迅速に進めた。
浄土宗も地目の変更(墓地から山林など)、墓石や灯籠の撤去、周辺の民家に影響がないように山門を引き倒すなど、最低限の措置を実施。170万円ほどの支出は生じたものの、晴れて今年10月、所有権が財務省に移って手続きを終えることができた。
宗教法人の国有化の先例ができたことで、今後、同様の不活動宗教法人の国有化や、解散手続きが迅速になる可能性がある。
はや2年が経過しようとしているコロナ禍は、寺院経済に深刻な影響を与え始めている。私が代表を務める「一般社団法人良いお寺研究会」の調べでは、コロナ以前の仏教界の市場規模(寺院総収入)はおよそ5700億円であったが、2020年はおよそ2700億円に激減。2021年でも3000億〜3500億円程度(推定値)にしか、回復していないと考えられる。寺院経済の悪化は、空き寺問題をより深刻化させる可能性がある。
空き寺問題は仏教界だけの問題ではなく、社会全体の問題として捉え直す必要がありそうだ。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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