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「なぜか局長が買った土地にばかり移転する」郵便局の立地に隠された日本郵便の非常識な慣習

プレジデントオンライン / 2021年12月24日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

郵便局が新たに建ちそうな土地を、多くの郵便局長たちが物色している。郵便局を営む日本郵便に建てさせるためでなく、従業員である局長自身が長期安定の賃料収入を得るために――。これは昔話ではなく、同社が民営化したいまも漫然と続く異常な慣習だ。

■農家から買った土地に郵便局が建設された

「畑の一角を売ってもらえませんか」

東海地方で果物農家を営む70代の男性のもとに数年前、地元の不動産業者がやってきた。ちょうど土地の整理を考えていた男性には好都合だったが、提示額は相場よりすこし安いように感じられた。

不動産業者から教えられた土地の買い手は、面識のない郵便局長だ。なぜ日本郵便ではなく、郵便局長が買うのか。不思議な気はしたが、業者からは「よくあることだから」と諭された。

その後、日本郵便東海支社の社員が訪ねてきた。局長と同じ勤め先なのに、社員は「日本郵便のほうに土地を譲らないか」と言ってきた。男性は素直に「値段がいいほうに売るよ」と応じたが、その社員が交渉を進めることはなかった。

結局、土地は局長に売ることで手を打った。交渉相手はずっと不動産業者で、局長とは契約手続きで初めて会ったという。

男性が手放した土地には今年、ぴかぴかの郵便局舎が建った。持ち主は当の郵便局長で、雇用元でもある日本郵便に貸して月数十万円の賃料を得ているはずだ。

■局舎を郵便局長に持たせようとする慣習

日本郵便が直営する約2万の郵便局のうち、物件を借りている局舎は約1万5000局あり、賃料総額は600億円近くに上る。

内部資料によれば、郵便局長やその家族、元局長らが保有する局舎は2019年4月時点で1万局超。局数ベースで単純計算すれば、400億円規模が郵政社員やOBの懐に流れていることになる。

だが、ここで着目したいのは局舎の「ストック」ではなく、新たに移転したり開局したりする「フロー」のほうだ。

全国に約1万9000ある旧特定郵便局は、お金のない明治政府に代わり、地方の名士が自宅などを無償提供してつくったのが始まりだ。局舎が局長職とともに親から子、さらに孫らへと“世襲”で引き継がれた例も多い。

だが、同じ土地で建て替える新局舎ならまだしも、移転したり開局したりする新規の郵便局舎でも、局長になんとか持たせようという動きや構造が根強く残されている。民営化して14年もたつというのに。

朝日新聞の調査では、日本郵便が2018~20年に移転した局舎のうち、少なくとも3割の所有者が21年時点の局長名と一致した。これとは別に、元局長や、局長の家族とみられる所有者の物件もある。新築の戸建て局舎に絞れば割合はもっと高い。

土地の所有権を調べると、現役局長が保有する局舎用地の5割超が、局舎が移転する前の直近2年以内に取得されたものだった。残りの4割超の土地の多くは、局長が地主から借りているとみられる。

■企業と役職員の個別取引が常態化

会社の営業拠点となる不動産物件を社員が取得し、勤め先である会社に貸し出して賃料を得る――。それが日本郵便では特殊な例ではなく、全国各地で常態化しているのだ。

企業と役職員との個別取引は、利益相反や不当利得が生じやすいため、極力避けるというのが企業経営の常識である。

非上場の同族経営なら、好き勝手にやればいい。歴史的な経緯から、営業拠点となる不動産を創業家が保有している例も確かにある。

だが、日本郵便を中核とする日本郵政は、れっきとした東証一部の上場企業だ。今年10月にも政府の保有株が、一般投資家へと売り出されたばかりだ。民営化前の非常識な慣習に目をつぶることは許されるはずがない。

■局長が局舎を貸すのは「やむを得ない場合」のみ

じつは日本郵便も民営化後、局長が局舎を取得するための条件を社内ルールで整備してきた。東証の上場審査ガイドラインで不当利益の供与や享受が禁じられていることも踏まえ、局長が局舎を取得して日本郵便に貸せるのは「本当にやむを得ない場合」に限ると定めている。

具体的には、局長が見つけた移転・開局の候補地が「最優良」であるのは当然として、①日本郵便が地主から土地などを直接には借りたり買ったりできないこと、②移転先などの公募を実施し、他に優良物件が見つからないこと、③日本郵便取締役会で決議を得ること、などの条件も満たす必要がある。

つまり、いくら局長が有力な候補地を見つけても、地主が大企業である日本郵便に土地を譲ってもいいと考えれば、局長が局舎を取得することは認められないのだ。

では、そんな社内ルールを設けているにもかかわらず、移転局舎の3割を局長が取得する「結果」はいかに作られたのか。

レトロな郵便ポスト
写真=iStock.com/Miyuki Satake
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Miyuki Satake

■地主に「土地は局長にしか貸さないと言ってくれ」

筆者の取材では、こんな事例が見つかっている。

信越地方の60代の地主男性が3年ほど前、地元の局長に頼まれて土地を貸すことに同意したあと、こう懇願された。

「日本郵便の社員を連れてくるから、『土地は局長にしか貸さない』と言ってくれ」

日本郵便では、局長が移転候補地を見つけたあと、公募の手続きを始める前に、支社の社員が地主と会って直接取引する意思がないかどうかを確かめるステップを踏むのが決まりだ。地主が取引を拒んだ理由などは「対応記録表」に記されて本社に報告し、取締役会でも1件ずつ確認しているはずだ。

信越地方のケースでは、地主が顔なじみの局長の頼みを受け入れ、訪ねてきた社員に「局長には世話になっている」と言い、日本郵便との土地取引を断った。地主をそう唆した局長の行為が、日本郵便の取引を妨げ、賃料収入を自身のもとに誘導する目的だったことは論を俟(ま)たない。

■局長が局舎を持つことのうまみ

ただし、局長がここまで局舎を持つことに固執するのは、金銭的な利得だけが目的ではなさそうだ。

局長が局舎を持つ金銭的なうまみは、民営化後のルール整備によって、かなり圧縮されている。

大ざっぱに言えば、株主からの批判を受けにくいように、局長が得も損もしにくいような賃料水準に設定されている。得をさせた場合に社員の不当利得が疑われるだけでなく、損をさせた場合でも、会社が従業員に不利益を強いているとの疑念が生じかねないためだ。

少なくとも金銭的には、日本郵便が局舎を新築する場合と、局長から新築局舎を借りる場合とで、日本郵便の負担額に大差はない。局長が大もうけしないよう賃料を抑えている半面、不利益も与えないように、固定資産税や修繕費といった諸経費は会社側が負担するうえ、長期契約を打ち切る場合は投資額の大部分を補償するという特約までつくからだ。

ただし、この「得も損もしない」賃料水準は、局長が金融機関で数千万円単位のローンを組むことが前提で、賃料水準には純粋な投資額と経費負担のほかに、借金した場合の「利息分」が上乗せされている。

これは何を意味するのか。会社が現金で局舎を建てる場合と比べれば、賃料に上乗せする利息相当分は無用なコストとなる。局長が現金で投資して会社に貸せば、局長のもうけが利息相当分だけ増える。

実際には、局長が借金をして土地を仕入れ、新局舎も建てる例が多い。一番もうけを得るのは、局長に資金を融通した貸し出し元となる。日本郵便の賃料を元手に甘い汁を吸っているのはだれなのか。

■郵便局長協会から融資を受けて局舎を建てる構図

朝日新聞の調査によると、過去3年の移転局舎のうち少なくとも2割強の52局が全国各地の「郵便局長協会」から約33億円を借り入れていた。金利は年0.8~2.4%で、20年の返済期間で試算すると、過去3年の融資分だけで年数千万円の利息収入が生じる計算だ。

局舎を担保とせず融資する例もあり、実際の融資額はもっと多い。局長の家族が地銀などで借りているケースもあるが、局長自身の借金は郵便局長協会から借りる場合がほとんどだ。

全国に12ある郵便局長協会は一般財団法人で、局長への資金貸付などがおもな事業だ。役員や所在地は各地にある地方郵便局長会と重なり、法人格のない局長会の「表の顔」のようなもの。局長が局舎を建ててお金を借りるほど、局長会側に注ぎ込まれる利息収入は増える構図となっている。

■自営局舎の推進を掲げる郵便局長会

郵便局長会は、日本郵便の経営方針とは異なり、局長が局舎を持つ「自営局舎」の推進を重要施策の一つに掲げている。地域貢献に役立つとの名目だが、多額の収入が得られる「既得権益」を守りたいのではないか、との見方は現場の局長の間にも少なくない。

従業員でつくる団体が貸付制度をつくること自体は珍しいことではない。それでも筆者が関心を抱くのは、日本郵便という会社組織が任意団体である郵便局長会の意向に忖度(そんたく)するあまり、守るべきルールを形骸化させているのでは、と疑わせる節があるからだ。

新型コロナが猛威をふるっていた7月27日、名古屋市のホテル「メルパルク名古屋」では、新たに局舎を建てようという局長42人を集めた「局舎建築予定者研修」が開かれていた。主催したのは、東海地方郵便局長会である。

担当理事は「局舎建築という大事業に挑む大決断をしていただき、感謝している」と述べ、さらにこう続けた。

「東海地方会と支社がとても良好な関係であり、支社店舗担当の交渉力やフットワークも良く、局舎を建てる環境は非常に恵まれている」

複数の局長が局舎建設の体験談を披露したのに続き、あいさつに立ったのは驚くことに、当の東海支社の店舗担当課長だ。

担当課長は「今年度は30局(の移転)を目標にしており、現在は11局まで公募の準備が整っている」と説明し、こう発破をかけた。

「物件を探し始めてから、開局までにかかる期間が約22カ月。長期にわたる総力戦なので、各自が今のステータスを確認し、前に進んでいただきたい」

局長会が平日に主催したイベントだけに、局長たちは休暇を取得して参加したのに対し、担当課長は業務中の参加だ。日本郵便は取材にそう認めたうえで、こう答えた。

「30局という局数は移転等対象局の合計で、局長(保有)の目標数ではない。会社として自営局舎の推進を図っているわけではない」

■局長の局舎取得を黙認する日本郵便

似た光景はほかの地域でも確認できた。

局舎セミナーなどと称する勉強会を局長会が主催し、会社のルールをくぐり抜けて物件を取得するノウハウが教えられ、その場に支社の担当者も参加する。これではルールの形骸化が支社によって黙認されているも同然ではないだろうか。

さらに、複数の支社では「タスクフォース会議」と題する会議があり、支社店舗担当者が郵便局長会幹部を兼ねる有力局長らと定期的に顔を合わせ、「局長の局舎取得意向」の有無などをリストアップして共有している。

まるで郵便局長会の意を汲むかのように、日本郵便の会社経営がゆがむ例は枚挙にいとまがない。通報制度の機能不全や不祥事の半端な事後処理に加え、最近は局長人事への介入が白日にさらされ、カレンダー問題に端を発する顧客情報の政治流用疑惑まで浮上している。

本来は「本当にやむを得ない場合」に限られるはずの局長の局舎取得が、実際には局長や局長会の意向次第、あるいは思うがままになってはいないだろうか。

■局舎の移転先を探さないという暗黙のルール

筆者がこれまで取材してきた複数の店舗担当経験者からは、こんな証言も出ている。

藤田 知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)
藤田 知也『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)

「局長に局舎取得の意向がある場合、移転先を探してはいけないという暗黙のルールがある」
「地主が日本郵便との土地取引を断る理由が『世話になっている』以外に思いつかず、本社への報告は虚飾まじりになっている」

日本郵便広報室はこうした証言に対し、「そうした事例があったとは認識していないが、確認した場合は適切に対処する」としている。

いまは公募などの局長の局舎取得手続きを全面的に停止し、支社の担当者らへの聞き取りを中心とする調査を進めている。

本稿の冒頭に挙げた東海地方のケースでは、局舎用地となる畑を売った地主は、買い手が局長でも日本郵便でも「どちらでもいい」と言い、支社の社員にもそう伝えたと証言している。この社員がどんな報告を本社に上げていたか。気になる。

※郵便局長会や局舎に関する情報は、筆者(fujitat2017[アットマーク]gmail.com)へお寄せください。

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藤田 知也(ふじた・ともや)
朝日新聞記者
早稲田大学大学院修了後、2000年に朝日新聞社入社。盛岡支局を経て、2002~2012年に「週刊朝日」記者。経済部に移り、2018年から特別報道部、2019年から経済部に所属。著書に『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)など。

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(朝日新聞記者 藤田 知也)

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