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「病院の火災原因のトップは放火」凶悪事件が続発する医療現場の本音と悲鳴

プレジデントオンライン / 2021年12月22日 11時15分

表作成・監修=筒井冨美

12月17日、大阪の心療内科クリニックで起きた放火事件で24人が亡くなった。翌18日には歌手・俳優の神田沙也加さんが札幌市のホテルから転落死した。麻酔科医の筒井冨美氏は「悩みや心の病を抱える人のために心療内科や産業医など医療体制の拡充が必要だ。また、病院の火災原因の1位は放火で、その他の患者らが起こす事件も少なくなく、対策が急務だ」と指摘する――。

年の瀬が迫る2021年12月17日、大阪府で痛ましい事件が発生した。大阪駅近くの雑居ビル4階にある「働く人の西梅田こころとからだのクリニック」が放火され、院長を含む24人が死亡した。容疑者は同クリニックに通院する60代の男性であり、自身も重いやけどを負って救急搬送、と報道されている。

罪のない病院スタッフや患者が犠牲となり、2019年に発生した36人が亡くなった京都アニメーション放火事件を連想させる、やり切れない事件となってしまった。

■病院の火災原因トップは「放火」だった

「病院における火災原因のトップは放火」というショッキングな調査報告もある。2018年に、全国約2500病院が加盟する日本病院会が会員病院の火災102件を集計したところ、出火原因では放火が33件で最も多く、病室やトイレにライターで火を付ける事例が目立った。次いで、「たばこ」「調理機器」が各14件であった。

2014年には、「東京都内の大学病院で、元入院患者が5フロアに合計15本のガソリン瓶を投げて放火」いう事件も発生している。けが人が発生しなかったせいか、あまり大きなニュースにはならなかった。

■「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」発言も

病院では放火以外の凶悪事件も、しばしば発生している。

2013年には北海道で、精神科医師が患者に刺殺されている。2014年には、千葉県と北海道で診察中の医師が刃物で襲撃される事件が発生し、愛知県では医師を殺害する目的でナイフを所持して病院に侵入した男が逮捕された。2018年には名古屋市の大学病院で外科医が患者に首を刺されている。「病院で長時間待たされていた」との報道もあったが、「大学病院で長時間待たされた」ことを理由に院内で刃物を振り回されてはたまったものではない。

2019年には愛媛県の精神科病院で、患者が3人の看護師を刃物で負傷させている。2021年には、訪問診療中の医師が患者に頭を刺される事件もあった。患者宅訪問中に患者が殺意を抱いたならば、医療関係者が自分の身を守ることは院内暴力よりもさらに困難である。

主な事件を表にまとめた。犯人は全員が男性で、精神科の関与する事件が目立つ。また、現実の精神病院では「看護師が患者に殴られた」レベルでは警察に届け出ないことも多く、表面化しなかった暴力事件も数多く存在している。

このように頻発する院内犯罪を鑑みて、2018年には「日本精神科病院協会」の山崎学会長が、協会の機関誌に寄せた文章で「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」と部下の発言を記した。患者や家族などからは「患者を危険な存在と決めつけている」などと批判の声が上がったが、SNSでは賛否両論が入り乱れた炎上騒ぎとなった。

■「心療内科」とは ~精神科、神経内科との違い~

今回、大阪で事件が発生したクリニックの診療の柱は「心療内科」だった。心療内科は「眼科」「産婦人科」などと古くからある診療科ではなく近年発達した医療分野である。似たジャンルの「精神科」「神経内科」などとどう違うのかという疑問を抱く人もいるだろう。

もともとの定義はこうだ。

心療内科:「精神的な要因から身体症状が現れる病気」を治療する分野。例えば「上司のパワハラを受けて会社で頭痛」「受験のプレッシャーで下痢」のような症状である。
精神科:「精神的な要因で精神症状が現れる病気」を扱う分野。「統合失調症」「躁うつ病」「アルコール依存症」などを扱う分野である。
神経内科:脳神経系の疾患を扱う内科の一分野。「てんかん」「アルツハイマー病」「脳梗塞」など「主に身体症状」を扱う分野である。

……と、カテゴリーは別の扱いだが、現実の病院では「心療内科」と「精神科」の住みわけは曖昧である。クリニックを開業する際に、患者が受診しやすくなるように「精神科」ではなくあえて「心療内科」「こころの(メンタル)クリニック」などと名乗ることも多い。

心療内科=「心の病を相談できる町医者」として、「うつ」「不眠」のみならず「夫婦喧嘩」「認知症」「不登校」「ひきこもり中年」など、あらゆるメンタルトラブル対応が要求される。なかには「産後うつ」として相談に乗っていたら実は「統合失調症」だった……のようなケースも存在し、深刻な症状のケースは精神科閉鎖病棟に搬送するよう対応を迫られることもある。

■評判が良かった院長とクリニック

今回の大阪の放火事件後、インタビューでは「実直で優しい先生」「私にとってなくてはならない場所」「この病院のおかげで職場復帰できた」などと、多くの患者たちに慕われていた様子がうかがわれた。

病院ホームページを確認すると、院長は精神科専門医のみならず産業医資格もあり、「夜間22時まで診療」という「働きながら心の病を治したい患者」にとってはありがい病院だったのだろう。「大阪駅から徒歩8分」のようなアクセスな場所で、患者の自己負担額にも配慮するならば、クリニック立地が雑居ビルの一画にならざるを得なかったと推察される。

画像=『働く人の西梅田こころとからだのクリニック』HPより
画像=『働く人の西梅田こころとからだのクリニック』HPより

■現代の産業医には、心療内科センスが不可欠

院長が資格を持っていた産業医とは、職場において労働者が健康で快適な作業環境のもとで仕事が行えるよう、専門的立場から指導・助言を行う医師のことである。50人以上の職場には必須であり、1000人以上の職場では専属産業医を置くことが労働安全衛生法に定められている。

産業医の資格を得るには、日本医師会の主催する産業医基礎講座を修了することが一般的だが、講義内容は「騒音や振動、粉じん、有機溶媒……」のような、昭和期の工場などを念頭においたような項目が目立つ。

現代の職業病とも言える労働者のメンタルトラブルや、それを未然に防ぐストレスチェック、病後の職場復帰支援ついては、明確なカリキュラムがない。そのため、医師が独力で情報収集し生涯学習して対応していくしかない。現状、産業医が実施するメンタルヘルス対策は、「従業員に対するメンタル面のアンケート」など最低限のものにとどまっており、さらなる拡充が求められる。

診療コンセプト
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■神田沙也加さんの急死~心の病は他人ごとではない~

大阪の放火事件の翌日(18日)、さらにショッキングな事件があった。歌手で女優の神田沙也加さんがホテルから転落死し、状況から自殺の可能性が示唆された。紅白歌合戦出場やミュージカル主演など芸能界において順調にキャリアを伸ばしているように思えたが、他人にはうかがい知れない悩みや心の病を抱えていたのだろうか。

母親で歌手の松田聖子さんは「いまだこの現実を受け止めることができない状態」として、12月19日に開催予定のディナーショーのキャンセルを決定した。彼女のメンタルヘルスも大いに心配である。

悩みや心の病の度合いは、糖尿病や高血圧のように数値化が困難だ。2020年に自殺した俳優の三浦春馬さんや竹内結子さんのように、周囲が心理的な異変に気付くことができないケースも数多い。

放火されたクリニックは、多くの産業医が敬遠しがちな職場のメンタルヘルスにきちんと向き合っていた貴重なクリニックだった。今回の事件が「心療内科クリニックは危険だからウチのビルから出ていけ」といったおかしな排斥騒動にならず、むしろ「神田沙也加さんのような存在を出さない」ための砦となるようサポートしていきたい。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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