「日本の自転車事故は先進国最悪」堂々と歩道を走る"危険自転車"がいっこうに減らないワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月6日 12時15分
■車窓から見ると「邪魔」で「イライラする」自転車
「なんだか最近、テレビや新聞なんかでさかんに『これからは自転車は車道だ』って言うんだけどさ。邪魔くさいよね、チャリが車道にいると」
とまあ、この数年というもの、こういう話を周囲からよく聞く。なるほど自転車についての認識はともかく「自転車は車道」。ようやくそこまできたか。じつに慶賀。こういう方々、以前なら「自転車は歩道なんじゃん?」が当たり前だった。
だが、ネガティブだ。これを言う人は、大抵の場合ドライバーとしての立場からだ。
私はテレビ局に勤めているので、特にテレビに“出る側”の人からこういう話を聞くことが多い。相当モノの分かった人までがこれを言う。彼ら(彼女ら)は、通常クルマの後ろの席に座っていることが多いから。車窓から見ていて邪魔だなとイライラするのだろう。ハイヤーのドライバーから「最近の自転車は困ったもんですねぇ」なんて話を聞くことも多いと思う。そもそも本人が自転車に乗らない。
■日本で「自転車=歩道」がスタンダードになったワケ
もちろん、そういう立場からの「自転車=歩道」論は、100%間違いだ。歩道にはベビーカーもお年寄りも障碍者もいるのである。そこに危険を押しつけてはいけない。
だいいち「これからは自転車は車道になった」なんて認識からして、まったくの誤りで、自転車は明治にヨーロッパから輸入されてからというもの、ずーっと車道を走るものなのである。これは道路交通法の17条と18条に定められていて、一度たりともそのポリシー自体は変わったことがない。そこは欧米諸国と何ら変わらないのだ。
ところが、この日本でだけ、なぜか「自転車=歩道」がスタンダードになってしまっている。それはなぜかというならば、昭和45年(1970年)の道交法改正にルーツがある。この法改正がキッカケになって、自転車は「歩道通行可」の標識がある歩道を例外的に通行できるようになった。
高度成長のなか、日本のモータリゼーションは急激にすすみ、クルマ対自転車の事故が増えた。そこで「自転車はとりあえず歩道に上げてしまいましょう」ということになった。道路インフラが整うまでの、いわば“時限的”な法改正である。歩道上の自転車は、あくまで徐行だし、やむを得ない場合に限っての措置だった。
ところが、これが極限まで拡大解釈された。
「これからはクルマが社会の主流だ。やれ行け、それ行け」とばかり、自転車が車道から追い出されてしまうキッカケとなった。その結果が今だ。警察庁が「自転車は車道です」と強調するのは「これまでもそうだったけど、守られていないんで徹底させます」という意味なのである。
だいいち自転車を歩道に追いやっても、自転車の事故率なんて減らなかった。
■クルマと自転車でいがみ合っても仕方ない
そもそも日本の車道はクルマが我が物顔で独占しすぎだろう。
だいたいドライバーが平気で「最近のチャリって邪魔だよね~」なんていう方が間違っている。自転車にとってはクルマの方が邪魔なのである。
ただし、そんなことを言い合っても仕方がない。いわばお互い様。これからはその車道というものを有効にシェアしましょうというのが、道路マネジメントの要諦なのだ。
欧米諸国ではすでに多くの都市がそうなっていて、自転車レーンが敷かれ、あるいは自転車道が整い、中心街にクルマが入れない都市も多い。その結果、健康(医療費削減)、事故削減、エコ、渋滞解消など、多くの果実を得ているのだ。
2017年に施行された「自転車活用推進法」は、そういったことを踏まえ、自転車が歩道を走らないことを前提としている。それは当然といえば当然の話で「法律がどうの」という以上に、そうでなければ「自転車活用の果実」は得られないからだ。
■クルマの代わりとなって初めて効果がある
たとえばエコ。自転車はたしかに「環境に優しい」とされる。だが、自転車自体が空気をきれいにするわけじゃない。自転車は空気清浄機でも何でもないんだから。
自転車は「それまではクルマが果たしていた役割」の一部(または全部)を代替することによって、本来クルマが吐き出していたはずのCO2、またはNOxなどの排気ガスを削減する。そのことがエコなのである。
自転車はクルマの代わりの役割を果たして、はじめてエコ。ここの部分、SDGsに関わる人たち、なかでも行政はよく認識していただきたいものだ。
また健康についてはどうか。これまた自転車が歩道を通っているようではキビシイ。これも構図は同じで「歩くよりも楽だから自転車」という距離しか走らないのでは、歩くより、かえって腹回りはメタボ化してしまう。この部分に関しても、これまでクルマで行っていた距離を自転車に置き換えるから、つまりクルマの座席に座っていたのを自転車にするから腹の脂肪が燃えるのだ。
安全もそう。たとえば「クルマ対歩行者」の事故が「自転車対歩行者」の事故になったら死亡事故になる確率は格段に下がる。クルマと自転車では運動エネルギーがまるっきり違うからだ。
すべてクルマのネガの裏返し。自転車の果実は、ある程度クルマの代替にならなくては得られない。つまり「自転車=歩道では得られない」のである。
■歩道の存在意義を考えたことがあるか
そもそもでいうなら、歩道は何のためにあるかを考えてみるといい。
歩道というものは洋の東西を問わず「交通弱者を守るため」にある。では、交通弱者とは何か。ただの歩行者からしてもちろん交通弱者だが、それだけじゃない。白い杖の人もいる。ベビーカーもいる、お年寄りもいる、子どももいる、車椅子もいる、要するに「自らは他者を傷つけないが、他者からは傷つけられる存在」。それを交通弱者という。彼らを守らなくてはならない。そのために歩道というものはある。
もちろん自転車というものは交通弱者には入り得ない。スピードが出るし、金属部品だらけで、重い。要するに他者を傷つけることができる。
現実として、自転車にぶつかられて怪我をする(場合によっては死亡する)歩道上の事故が後を絶たない。
こんなものが、堂々と歩道を走っているというのは、一言でいって、交通システムが野蛮であるとしか言いようがないのだ。
まずそこから変えていこう、自転車は歩道じゃない、というのがすべての前提にある。ここを理解することこそが「自転車問題解決」の第一歩なのだ。
■どこを走ってもいいと思っている無法自転車
ところが、現実を見ると、自転車側に問題がないわけじゃない。いや「ないわけじゃない」どころか、ありありだ。信号は守らない、一時停止で停まらない、逆走も平気、とまあそういう無法自転車の多いこと。その結果として事故が頻発しているのはご存じの通りだ。
その多くが歩道を走っている。いや、歩道・車道を問わず走っている。要するに何も考えてないのだ。左右問わず走るのと同じで、どこを通ってもいいと思っている。気分は「歩行者と同じ」。その一方で、歩道に上がると「歩行者どけどけ」とばかりにチリチリとベルを鳴らしながら歩道を疾走する自転車もいる。
また、昨今でいうなら、スマホを眺めながら走る自転車の多いこと。事故を起こして怪我をしたり死んだりするのがスマホ自転車本人だけならそれも勝手だ。「かわいそうだが自業自得」で終わりだが、困ってしまうのは、他者を巻き込むことだ。歩道上でこれをやられて被害を受けるのは、一般の歩行者なのだ。
■遵法精神は豊かなはずなのに自転車だけはデタラメ
いちばん腹が立つのは、自分自身が子どもを連れて歩いているときだ。幼い子どもの手を引いて(またはベビーカーを押して)安心して歩道を通りたいと思う。これは子育て中の誰にとっても普通の願いだと思うが、それを攪乱するのが、まさに自転車、なかでもスマホ自転車なわけだ。
彼らは歩道上の子どももお年寄りも何も見ていない。見ているのは手元の画面だけ。画面に何が映っているのかは知らないが、その楽しみのツケを、歩道上の弱者に押しつけているのである。
こんな状態が正常なはずがない。ところが、正常じゃない状態がもう何十年も続いている。
ことはスマホに限らない。昭和45年から構図は同じだ。
車道では「チャリ邪魔」、歩道では「ドケドケ歩行者」。当の自転車は無法。なんなんだこの状態は。
一般的に言って、世界一遵法精神が豊かなこの日本という国にあって、自転車交通だけが、デタラメ。それが日本の現状なのだ。
■先進国でも途上国でも自転車は歩道を走らない
大前提を言おう。ヨーロッパの自転車先進諸国(オランダやデンマーク)にしても、中国にしても、アメリカにしても、先進国・途上国を問わず、日本以外のほぼすべての国で実践されているのは「自転車は“非歩道”」ということだ。
自転車は「歩道ではないところ」を走る。
ここが出発点なのである。
その非歩道の最も理想的な姿が「自転車専用道」だろう。筆者もオランダやドイツで走ったことがあるが、安全かつスピーディでじつに快適だった。
だが、この日本においてそれを考えてみよう。専用道? 自転車レーン? 実現すればいい話なんだが、それを縦横無尽に敷くために、たとえばオランダという国は半世紀以上をかけてきた。半世紀地道に自転車走行スペースを整備してきて、今があるのだ。
それはインフラだけでなく、ドライバーや自転車乗りの教育についてもそうだ。
ためしにアムステルダムを走ってみるといい。元来、オランダ人ってのは世界的に見ても「何でもあり」「自由すぎる社会!」を謳歌しているわけだが、そういう国にあって、逆走する自転車はゼロ、歩道を走る自転車もゼロ、横断歩道に歩行者が待ってたら自転車もクルマも止まる、自転車レーン上にクルマは決して駐車しない(←これはいいなぁ)と、これらのことが徹底されている。
ところが、我が日本はどうか。
自転車というものが歩道を当たり前に走るようになってしまって、もう半世紀が過ぎてしまった。一方の車道を見ると、相変わらずクルマが我が物顔で疾走している。自転車がいるとクラクションを鳴らす。幅寄せする。自転車に抜かれないようにと左端ギリギリで信号待ちする。横断歩道でも止まらない。数少ない自転車レーンはほぼ100%駐車場状態。まるでどこかの野蛮な途上国のようだ。
それなのにテレビなどが「自転車が迷惑!」「自転車が危ない!」と何の検証もなく無責任に報じて、他者への憎悪を煽っている。それが2021年の日本だ。
■日本が背負う「自転車事故多発国」という不名誉
そして、その日本こそが、先進各国の中で自転車事故比率が最悪レベルで高い国なのである。
自転車は歩道が安心で安全? まったく違う。まるで逆。自転車=歩道にしてしまったほぼ唯一の国、日本の自転車事故こそが、先進国の中ではトップクラスに多いのだ。
一見ドイツなども多いように見えるが、エコ意識の高いドイツ人たちは自転車に乗る距離が長く、頻繁なのである。それでいてこの数値。
ところが、多くの日本人は、心の奥底でなんとなく「自転車は歩行者に毛の生えたモノだろ、だから、歩道だよ」と思っている。自転車側も「歩道の方が安心だ」「車道は恐い」と思っている。半世紀という時間はかくも重い。人々の意識も、そして残念なことにインフラも「自転車は歩道だろ~」ということでできてしまった。
日本の自転車事故率が非常に高いのはすでに述べたとおりだが、その温床として、プアなインフラがあるのは間違いない。だが自転車専用道? 自転車レーン? そうしたインフラを作るのに、今後また何十年待たねばならないのか。
とりあえず我々の目の前にある「非歩道」は車道なのである。では、安全に車道を走るにはどうすればいいか。
自転車側が交通ルールを守ること。逆走をせず、信号を守り、標識を守る。この当たり前のことがまず大前提だ。そのためには、自転車に乗る者すべてに教育をしなくてはならない。子供も大人もだ。
■自転車乗りだけでなくドライバーも教育する
同時に進めるべきものがドライバーの教育だろう。
特に「車道はシェアすべきもの」という当たり前のことを知らしめていただきたいと思う。車道はクルマのためだけにあるものではなく「交通弱者“以外”の者全部」のためにあるのだ。
逆に歩道こそが「交通弱者だけのためのもの」いわばサンクチュアリであって、それ以外のものはすべからくして非歩道に出なくてはならない。法律上もそうだ。「それ以外のもの」とは、古来、馬車であり、大八車であり、リアカーであり、トロリーバスなどであった。現在ならば軽車両(自転車も含む)であり、バスとトラックとクルマだ。
車道はクルマだけのものではないのである。
クルマ側がそのことを知るだけで、日本の道路はずいぶん安全なものになる。
インフラは整備されてしかるべきだろう。計画とロードマップをもって着々と設えていって欲しいと思う。
だが、そんなことより何より、道路を使う人々の意識の問題だ。
自転車はとりあえず左側通行と信号を守れ。スマホをいじるな。
クルマはクルマで危険があるなら減速せよ、横断歩道で停車すべし。自転車レーンに駐車するんじゃない。よくみると、車内で弁当なんか食べていたりする。そんな場合か。
彼らのその怠惰(駐車場見つけるのがかったるい)とケチ(駐車場代払うのやだ)のせいで、今日も車道の自転車乗りが危険な目に遭わされているのだ。
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自転車ツーキニスト
1966年生まれ。東京大学工学系大学院(都市工学)修了、学習院大学、東京都市大学、東京サイクルデザイン専門学校等非常勤講師。毎日12kmの通勤に自転車を使う「自転車ツーキニスト」として、環境、健康に良く、経済的な自転車を社会に真に活かす施策を論じる。NPO法人自転車活用推進研究会理事。著書に『ものぐさ自転車の悦楽』(マガジンハウス)、『自転車の安全鉄則』(朝日新聞出版)など多数。
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(自転車ツーキニスト 疋田 智)
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