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たった1年で30人が離職…「黒字転換」した介護施設で起きていた"陰湿ないじめ"の手口

プレジデントオンライン / 2022年1月6日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Heiko Küverling

経営改善の取り組みは、時として現場の労働環境を悪化させることがある。労働問題に取り組むNPO法人POSSEの坂倉昇平さんは「ある介護施設では、赤字経営を立て直すために就任した支配人の業務改革をきっかけに、過酷な長時間労働や陰湿な職場いじめが始まった」という――。

※本稿は、坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

■赤字経営のサ高住改革を拝命した新支配人

60代のHさんは、サービス付き高齢者住宅で働き始めて2年目の嘱託介護士だ。この施設は、首都圏に約20施設を展開する医療法人が運営し、約100人の高齢者が居住している。デイサービスや定期巡回、訪問介護なども行われる大規模な施設だ。Hさんは、週5日、一日8時間のフルタイムで、日中の勤務と泊まりがけの深夜勤務のシフトを、両方担当しながら働いていた。

この年、それまで年間数百万円の赤字を出していた経営を立て直すべく、新たな支配人(施設長)が就任した。新支配人は、黒字に転換すべく、様々な改革を断行することになる。しかし、それは、Hさんたちに対するいじめの始まりだった。

いじめの「助走」となる、施設の「改革」から説明していこう。

支配人が、まず手をつけたのは介護備品の「節約」だった。介護の必需品である手袋やマスクは、それまで施設の経費で購入し、職員は自由に使えていた。しかし、それが一日1枚に制限され、手袋の種類も薄い安価なものに変更された。職員は、排泄介助や掃除をした後も同じものを使い回すか、自腹で購入したものを使うしかなくなった。Hさんは、仕方なく自分で買い足して使用した。

■入浴を週1に制限、食事代は水増し請求

しばらくすると、手袋やマスクの支給自体がなくなってしまった。なんと、必要になったときに、入居者に購入させる仕組みになったのだ。手袋が必要になると、入居者に「買ってください」と頼ませ、その分は入居者に負担させるのだ。これで手袋、マスク代のカットに「成功」した。

次に、週2回とただでさえ少なかった入浴を、認知症や会話のできない入居者は週1回に制限した。

入居者の食事代の水増しも横行しており、実際の食費より高い食事代が徴収されていた入居者が何名もいたことが発覚した。差額が3万円にのぼる入居者もいた。気づいた入居者が支配人に問いただすと、「私は知らない。計算を間違えたのはこの人」と副支配人に責任を押し付け、開き直った。

さらに、1年以上入院していて、施設にいなかった入居者の食事代まで引き落とされていた。部屋に残していた羽毛布団などの高価な私物は、なぜか紛失していた。

■朝から深夜まで働いても正社員は残業代ゼロ

職員の残業代も削られた。「今月は給与の支払いが多かったから、20万円の赤字が出た」「残業は控えるように」と支配人から通知があり、遠回しに「残業代はつけるな」との圧力がかけられた。しかし、業務量が減るわけではない。非正規雇用のHさんも、一日30分程度の未払い残業をしていた。正社員の中には、朝の9時から夜23~24時まで働きながら、残業代をもらえていない人や、夜勤の後さらに24時間続けて「未払い」で働く人まで現れた。

残業代以外の賃金も誤魔化された。低賃金に苦しむ介護職員のため、国が補助している給付金も、支払われる額が月によって異なり、そのまま給付されていないことは明らかだった。固定で支給されていた交通費すら払われない月もあった。

支配人が経理も兼ねていたため、このような不正会計による「節約」が自由にできたようだ。ある日、経理担当の事務職員が雇われたが、わずか1日で退職してしまった。次に雇われた経理担当も2カ月で辞めた。支配人の圧力と不正会計が背景にあるのは間違いない。

退職願
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■1年で30人が離職し「効率化に成功」

他の職員も続々と退職し、支配人就任後のたった1年で、職員のおよそ半数に及ぶ約30名が職場を去った。支配人は大量離職による人手不足を受け、「これまでの2~3倍の仕事をしなさい」と残った職員たちに要求した。掃除の手が回らなくなり、施設は汚れが目立つようになっていった。しかし、人件費を大幅に削減しながらも、辛うじて施設の運営はできていたため、これも「効率化」の「成功」として支配人の「功績」となった。

さらに、この年は新型コロナウイルスの感染拡大があり、支配人は職員に、「コロナに感染したら、会社が訴訟する」と脅した。

感染対策のため、朝・昼・夜の3回、入居者全員に対する安否確認の業務が増えた。入居者の部屋を一つずつ訪ねて、夜の就寝の挨拶と朝の挨拶、体温測定を行うのだ。もし部屋にいなかったら何度も訪ねて確認する。夜と朝は、夜勤の職員しかおらず、たった2人で約100人の入居者を見回ることになった。

アルコールで手すりなどを拭く作業も必要になり、身体的な負担は増した。業務がますます過酷になるなか、それでもHさんは入居者に迷惑はかけられないと、サービスの質が劣化しないよう努めていた。

■ストレスを発散したい支配人の標的に

施設内で、こうした「改革」と並行して勃発したのが「いじめ」だった。

支配人は、ストレスの発散のため、職員に対して子どもじみた嫌味をネチネチと言った。介護の資格を持たず、補助的な業務のみを担当していた女性職員は、「あなた資格持ってないの」と馬鹿にされ、体力がないのに力仕事を押し付けられた。

特に標的となったのがHさんだった。Hさんは、こうした施設内の問題に黙っていられず、支配人に意見していたため狙われたのだ。

孤立のイメージ
写真=iStock.com/Seiya Tabuchi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Seiya Tabuchi

ある暑い夏の日、Hさんが夜勤明けで疲弊していたとき、支配人が施設の周りの草刈りを全員でやってもらうと言い出した。ただでさえオーバーワークなのにさらに業務を増やす支配人に対して、Hさんは「みんなでやるということは、支配人もやってくださるんですよね」と返した。引くに引けなくなった支配人は草刈りに参加したが、この「事件」が決定打となり、Hさんはますます攻撃を受けるようになった。

支配人はことあるごとに、「あなたは私にいろいろ言うけど、あなたこそちゃんと仕事をできていないじゃない」と揚げ足を取るようになった。数カ月に一度、誰でもやってしまうようなタイムカードの打刻ミスがあっただけで、「あなた年中ね」などと嫌味を言われた。

■Hさんと一緒に抗議する同僚はいなかった

支配人の嫌がらせは陰湿かつ多岐にわたり、「あなたが腰が痛いと愚痴ばかりこぼしていると、職員みんなから不満を聞いた」「退勤時間前に帰っているとみんなに聞いた」などと、Hさんに文句をつけた。Hさんが周りの人に聞いても、「そんなこと支配人に言うわけがないですよ」と困惑するばかりだった。

Hさんが特にショックを受けたのが、夜勤明けに、痛めた腰を屈めて立っていたときのことだ。通りかかった支配人が、Hさんを指差して、「Hさんの腰が曲がってる!」と職員たちの前で嘲り、大声でゲラゲラ笑い始めたのだ。

Hさんは支配人に「“大丈夫?”とか言えないんですか」と一矢報いた。職場の同僚は誰も支配人に同調して笑ってはいなかったが、Hさんと一緒に抗議してくれるわけでもなかった。

すでに支配人に従順な職員か、生活のためにどうしてもここで働くしかない職員しか、施設には残っていなかったのだ。

■知識も経験も少ない後輩からのいじめ

同僚の中から、いじめの加害者となるものも現れた。Hさんの後に就職し、主任に昇格していた後輩の職員だ。この後輩は、支配人に意見を言うHさんに対して、「そんなこと言ったらだめじゃない。支配人の方針に従わないと」と、事あるごとに支配人に加勢してHさんに追い討ちをかけた。

この後輩は問題人物で、オムツの下に敷くパッドの使い方も杜撰(ずさん)だった。普通、パッドを一枚ずつ使って汚れたらお尻を綺麗にして交換するところ、あらかじめ2枚を重ねてお尻にあてておき、汚れたら1枚を引き抜くという「効率的」な方法を編み出した。お尻が痛んで赤くなってしまうため、入居者の中には、この後輩が来ると部屋の鍵を閉めてしまう人もいた。

実はこの人物は、介護福祉士の資格を取得してまだ1年目の新人にすぎず、知識も経験も圧倒的に少ない。Hさんは介護福祉士の資格を10年以上前に取得しており、知識でも経験でも上回っていた。支配人に追従することで、主任の役職に取り立てられたことは明らかだった。「Hさんが愚痴ばかり言ってる」という嘘をばらまいていたのも、この主任のようだった。

職員に対する仕打ちを毎日見ていた入居者たちからは、自分たちも被害者であるにもかかわらず、Hさんたち職員がかわいそうだと同情されるまでになっていた。支配人に怒鳴り込んでくれた入居者もいた。

ところが支配人は、入居者からの抗議を受けて改善するどころか、「あなたたちが悪いからこうなる。あなたたちが入居者を焚きつけた」などと、Hさんたちを非難する始末だった。

■職員たちで嘆願書を出しても法人は無視

かなり悪質な事件だが、これだけだと、単に悪質な支配人がいたという「個人の問題」で終わってしまうかもしれない。しかし、本質的な問題は、法人がこの全てを黙認していたということにある。

Hさんは最後の望みをかけて、支配人を飛び越して、法人の代表宛てに嘆願書を書き、不正やいじめの数々を「直訴」した。ほかの職員たちも続いた。だが、法人からは何の返事もなく、対策も一切行われなかった。

坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)
坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)

介護の質や職員の労働条件の改善、職場からいじめをなくすことよりも、せっかく黒字に転換したいまの状況を続けることの方が重要で、その功労者である支配人のストレス発散や、良心的職員への攻撃は容認すると判断したのだ。

Hさんはじんましんを発症してしまい、退職したいから話をしたいと支配人に言うと、「辞めるのに電話なんて失礼」「忙しいから今日は話せない」とドタキャンを繰り返し、なかなか辞めさせようとすらしなかった。Hさんは精神疾患を発症。不眠症に陥り、常に無気力を感じるようになってしまった。

主任は、「仕事がまだあるのに辞めるのは失礼だ」と、この期に及んでなおHさんを批判した。Hさんは、入居者たちから「辞めないで」と言われており、あまりの申し訳なさから、最後まで入居者たちに退職を言い出すことができなかった。

Hさんの退職日、支配人は「体に気をつけてね」と、それまで見せたこともない晴れ晴れとした笑顔を見せた。

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坂倉 昇平(さかくら・しょうへい)
NPO法人POSSE理事
1983年生まれ、静岡県出身。ハラスメント対策専門家。京都大学大学院文学研究科修士課程修了。2006年、労働問題に取り組むNPO法人POSSEを設立。08年、雇用問題総合誌『POSSE』を創刊し、同誌編集長を務める。現在はPOSSE理事として、年間約5000件の労働相談に関わっている。共著に『18歳からの民主主義』(岩波新書)、『ブラック企業vsモンスター消費者』(ポプラ新書)。

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(NPO法人POSSE理事 坂倉 昇平)

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