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「いなきゃ困るけど、何もしなくていい」タモリがテレビ業界のご本尊となっているワケ

プレジデントオンライン / 2021年12月27日 9時15分

サントリー食品インターナショナルの缶コーヒー「BOSS(ボス)」の新キャンペーン・新CM発表会に登場したタモリさん=2015年1月29日、東京都港区六本木のグランドハイアット東京(写真=時事通信フォト)

「司会者・タモリ」は、なぜ長年にわたって人気を博しているのか。フリーアナウンサーの古舘伊知郎さんは「タモリさんは、クフ王の大ピラミッドの前のスフィンクスみたいなもの。いなきゃ困るけど、何もしなくていい。そんな存在に神格化されている」という――。

※本稿は、古舘伊知郎『MC論 昭和レジェンドから令和新世代まで「仕切り屋」の本懐』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

■「髪切った?」相手を立てて、泳がす名人

『森田一義アワー 笑っていいとも!』。お昼の番組なのにサングラスをかけて出てきたタモリさんは、それだけで革命的でした。

タモリさんをモノマネする時のおなじみのフレーズ「髪切った?」。

テレフォンショッキングのゲストに時々言っていたセリフですが、髪を切ったことに気づいてくれるって単純に嬉しい。実は、特に質問のないゲストに言っていたセリフという説もありますが、あれを秀逸なコミュニケーション術と思う人はたくさんいますよね。

ここだけを切り取っても、タモリさんは「相手を立てる司会者」です。相手を立てて、泳がす。泳がし名人です。

僕は、1984年から3年近く、同番組内の『激突! 食べるマッチ』というコーナーを毎週木曜日に担当していたので、タモリさんとは週1ペースで顔を合わせていました。

基本マイペースなタモリさんですが、いつも早く来て、いろんな芸人さんのオーディションを見ていました。打ち合わせめいた打ち合わせは一切しないけど、スタッフや芸人さんと楽しそうに雑談をしていましたね。

そして、いざ番組がはじまると、相手を立てながら淡々とこなしていく。

古舘伊知郎『MC論 昭和レジェンドから令和新世代まで「仕切り屋」の本懐』(ワニブックス)
古舘伊知郎『MC論 昭和レジェンドから令和新世代まで「仕切り屋」の本懐』(ワニブックス)

気負いがないように見えるけど、僕は、芸人さんで気負わない人はいないと思うんです。タモリさんの中にだってメラメラとしたものはあるはずなんですよ。

だけど、それを種火ぐらいまでぐっと抑え込むのが上手だったんじゃないかなと思います。

32年も続いた長寿番組でしたけど、当初は「絶対に当たらない番組」と揶揄(やゆ)されていました。真っ黒いタレ目のサングラスをかけたタモリさんは、案の定、「暑苦しい」「昼に向かない」など散々な言われようでした

でも、こうした反発があるからドラマが生まれるんです。

■第一印象で「嫌い」だったMCほど、病みつきになる

MCを生業にしている人は一度は何らかの反発を受けるものです。ちなみに僕も、「このおしゃべり野郎の古舘が!」と言われ続けました。

しかし、どんなに反発を受けても、繰り返し見ているうちに、見ている側に昼間にサングラスをするタモリさんへの耐性ができてくる。すると何かの拍子に「好き」にひっくり返る。反動のドラマというべきものが起こるんです。

これは昔の大ヒット曲が誕生するのによく似ています。

僕が知っている中でいえば、最後のロングラン大ヒット曲は、1985年に発売された小林旭さんの「♪北国の〜、旅の空〜」ではじまる『熱き心に』。老若男女、全世代が聴いたからこそ、3年もの間、ヒットし続けたんです。

前に友人の秋元康氏から、『熱き心に』の作詞をした阿久悠さんのこんな名言を教えてもらったことがあります。

「もうロングランになるようなヒット曲は生まれないだろう。なぜならば“街鳴り”がなくなったから」

これは未来を予見した名言です。

街が鳴る。

昔はいたるところで有線から音楽が流れていました。喫茶店で流れ、居酒屋で流れ、スナックで流れる。別に聴きたくもない曲を四六時中、聴くことになる。

でもこれ、CMの「15秒スポットの鉄則」と同じで、“ザイオンス効果”と言って、見たくないのに繰り返し見ているうちに、「面白いCMだね」なんて予定調和的に言い出す。そして、いい商品に思えてくる。だから、わざと繰り返し短い15秒スポットを流し続けるんです。

有線でかかった耳障りだったあの曲が、のちに好きになるのも同じで、それが『熱き心に』のようなロングラン大ヒットに繋がったわけです。

イヤホンやヘッドホンで個々が思い思いの曲を聴く現代で、ロングランヒットが誕生しないのは当然至極なんです。

■第二のタモリさんがもう現れない理由

『笑っていいとも!』はテレビ版の街鳴りを起こしました。

お茶の間で流れ、ランチタイムの定食屋で流れ、電気屋の店頭で流れる。

別に観たいわけじゃないけど、お昼になるとタモリさんを観ている。ザイオンス効果が起きて、だんだんタモリさんのことが好きになってくる。

しかも、はじめに反発があった分、トランポリンに乗ったかのごとく高くプラスに転じます。

男女の関係でも同じようなことはありますよね。

第一印象は「嫌な男」「嫌な女」と思って反発しても、2回目以降、ちょっとしたことがきっかけで「意外に優しいし、いいやつだな」と思った途端に、相手の印象はマイナスから、リバウンド状態でバーンッと3倍ぐらいプラスになる。

バタフライナイフを隠し持っていてもおかしくなさそうに見える人相の悪い男が横断歩道でおばあさんの手を引いていたらどうですか? はじめ「悪そう」だと思った分、反動で、「めっちゃいいやつ」にガラリと評価が変わります。

サングラスをかけたタモリさんがお昼の人気司会者になれたのは、昼休みになるとみんなどこかで『笑っていいとも!』を目にする、そんな時代だったから。昼休み、個々がスマホを見ている今では、タモリさんの身に起きたようなことは、もう起きない、そんな気がします。

■いなきゃ困るけど、何もしなくていい

進行役は必要だけど、司会進行はいらない。

アナログからデジタル化への流れが加速したのと同様、今、「会を司る」という機能は、時代の要請ではないんです。

今や、会を司るものが必要なのは、結婚披露宴と葬儀と首相会見の記者との質疑応答の時くらいでしょう。

でも人間は、過去の絵巻を鑑みる習性のある生き物です。

司会が不要になっても、司会的メルクマールは鎮座していてほしい。それがご本尊化したタモリさんであり、ビートたけしさんです。

もはやクフ王の大ピラミッドの前のスフィンクスみたいなものです。いなきゃ困るけど、何もしなくていい。

タモリさんの『ミュージックステーション』、たけしさんの『TVタックル』然り。もうそうなっていますよね。『ミュージックステーション』なんてほとんどしゃべってないから、いっそ動かないでもらいたいと思うぐらい。タモリっていうエンブレムがそこにあればいいんです。

そこに時々、『ブラタモリ』なら「坂が好き」とか「傾斜が好き」とか「歴史に造詣が深い」といったことが加味されて、すごい! って話になるわけじゃないですか。

『タモリ倶楽部』だって、キャッチフレーズの、

「流浪の番組『タモリ倶楽部』です」

をこの頃言わなくなりましたからね。あの番組自体が記号化しているところがあるから、「流浪」の「る」を言っただけで通じるっていうのもあるんでしょうね。

メルカリのCMもそうです。タモリさんはマンションの管理人さんみたいな役どころで、建物から学生らしき若者が出てくる中、枯れ葉を掃除しながら「メルカリ」って言うだけ。もはや、ほうきを持った妖精です。

ビールのCMにも出演していますが、あれも「こりゃ、美味いねえ」って言っているだけでこっちは大満足。とげぬき地蔵の秘仏のような有り難さです。

ブッダの像とろうそく
写真=iStock.com/DianaHirsch
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DianaHirsch

■神格化するから、45年前経っても色褪せない

しかし、昔のタモリさんをアーカイブ映像で見ると、すごくアグレッシブです。

有名な四カ国語麻雀やイグアナのマネだけじゃなく、わけのわからないシュールなしぐさを続けたり、ビジーフォーと絡んでナンセンスなジョークを言い続けたり、さすがは唯一無二の存在、すべてが面白い。

2014年にオンエアしていた『ヨルタモリ』でやっていたヘビーメタルのマネとかは絶品。既存のお笑いを超えている。

一世を風靡(ふうび)する人には、ある意味テロリスト的な要素があり、予定調和をぶち壊す役目を担っているのです。

それにしても、45年も前のタモリさんのアーカイブ映像を見ても、45年前のものには見えない。色褪せていないんですよ。

あの感じは、2018年の第69回NHK紅白歌合戦に特別出演した桑田佳祐さんに通じるものがありますね。『希望の轍』と『勝手にシンドバッド』を歌いましたが、『勝手にシンドバッド』に至っては発売年が1978年です。それなのに全然、色褪せていない。

何でこんなに変わらないんだろう? と思ったら、なんのことはない。見ているこっち側の脳が曲や存在を神格化して、固定しちゃうんです。諸行無常ですから、タモリさんだってそりゃ変わっていくわけです。

だけど、こっちの脳が固定しちゃうから、30年ぶりにスフィンクスを見に行っても変わらないように感じるのと同じなんですね。

■長期熟成したシングルモルトのようなMC

僕は思うんですよ、タモリさんやたけしさんは“熟成したウイスキー”のようになっているって。

海沿いなどに並ぶ巨大な倉庫を思い浮かべてください。

倉庫って二つの役目があると思うんです。

一つは、鮮度の高い魚などを一時保管しておく役目。

あくまで需要と供給のバランスを保つために商品の一時お預かりをしているだけ。供給されずにいつまでも倉庫に入ったままだと鮮度が失われ、商品価値が落ちてしまいます。

年代物のマグロの刺身なんて食べたくないでしょ。だから倉庫の中身は、常に循環している。

もう一つの役目は、逆に留めおくことで熟成させ、価値を高める役目。

タモリさんがいるのは完全にこっち。ウイスキーの樽熟庫。

タモリさん自身は、50年もののシングルモルトのようなもの。だからちょっと飲むだけでいい。

たまに「メルカリ」とか「美味しいねえ」と言うだけで見ている側は満足する。

テレビという目まぐるしく移ろいゆく世界、典型的な諸行無常の世界では、なにか心の拠り所が欲しくなるものなんですよ。ご本尊化したタモリさんは、まさにその役割を担っているんです。

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古舘 伊知郎(ふるたち・いちろう)
フリーアナウンサー
立教大学を卒業後、1977年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。3年連続で「NHK紅白歌合戦」の司会を務めるなど、NHK+民放全局でレギュラー番組の看板を担った。テレビ朝日「報道ステーション」で12年間キャスターを務め、現在、再び自由なしゃべり手となる。2019年4月、立教大学経済学部客員教授に就任。

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(フリーアナウンサー 古舘 伊知郎)

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