「コロナで使い道がなくなった」超大型機A380をエミレーツ航空が飛ばし続ける理由
プレジデントオンライン / 2022年1月6日 9時15分
■超大型機に頭を抱える世界のエアライン
新型コロナの影響で世界中の人の動きが封じられ、どのエアラインも厳しい経営を強いられている。その中で、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイを拠点とするエミレーツ航空は他社と逆を行く戦略を続けている。
コロナ禍の人流減少で、大型の機体は一転して厄介な存在になった。世界で一番大きな総2階建ての旅客機「エアバスA380」はエアライン14社で導入されている。だが、大きすぎるがゆえにそのほとんどを運航停止させ、砂漠の空港などで13社が長期保管したままでようやく少数機数が定期便に戻りつつある状態だという。
全日空(ANA)も、ホノルル線に向けに2016年に導入を決めた3機を保有している。コロナ禍で納入されたが定期就航のめどは立っておらず、経営の重しとなっている。
コロナ禍でもこの超大型機を飛ばし続けているのがエミレーツ航空だ。同社が保有する118機の機材のうちおよそ半数の58機を継続運航させている。
なぜ乗客数が激減するなか、大型機を飛ばし続けているのか。本稿では、エミレーツ航空の狙いについて掘り下げてみたい。
■エミレーツ航空の大型機志向の根底にあるもの
まずはエミレーツ航空の経営状況からみてみたい。最新の2022年3月期中間決算において売上高6727億円をあげ、前年同期比+86%となった。純損失は1798億円となり、前年同期3906億円の純損失に比較して大きく改善した(1AED=31円換算)。これは、欧米市場の移動需要が戻ってきていることを意味する。エミレーツ航空の上級クラスを利用する世界の富裕層は、移動に積極的だと言える。
世界のエアラインを眺めると、輸送力を伸ばしているのは米中勢だ。これは国土の広さと人口規模が大いに関係している。そして、両国とも国内線の比率は高い。対してエミレーツ航空の本拠地、UAEの国土は、8万3600平方キロメートルで面積は北海道と同じ程度だ。本来であれば、じり貧になってもおかしくない。
人口は約1000万人。これも日本の人口の12分の1で東京都より少ない。首長国別に見れば、ドバイは4110平方キロメートルで徳島県ほどの大きさであり、UAE全体の面積の5%でしかない。人口にしても333万人とUAEの3分の1だ。
この集客の弱みを強みに変えるために「世界の人の長距離移動にドバイ空港を介在させる」確固たる戦略を作り上げた。それが、世界中の人を一度ドバイに集めて目的地まで乗せ換える「ハブアンドスポーク」だ。
これが大いにハマった。UAEは首都アブダビと経済都市ドバイの両都市間は140kmほどだ。航空機を飛ばす距離ではない。そのためエミレーツ航空には国内線は無く、比較的収益性の高い国際線のみの路線構成なのだ。
また、米中のように国土の広い国ではハブ空港は複数必要となるが、UAEのように規模が小さい国であれば、最重要拠点だけを強化すればいい。ここにエミレーツ航空の真骨頂がある。世界中の人に搭乗してもらう機会を増やすために大きな機材でゆったり旅をしてもらおうとしたのだ。これがエミレーツ航空の大型機志向の根底にある。
■路線に合わせた航空機材は2機種に絞った
エミレーツ航空はこのハブアンドスポークの戦略を最大限に生かせる機材を選定した。それは30年ほど前にさかのぼる。湾岸戦争で世界経済が落ち込んでいた1992年。エミレーツ航空は7機のボーイング777を発注し、大型機の導入に踏み切った。
これを皮切りに、2000年にA380を発注した翌年には米国同時多発テロ、2003年のイラク戦争やSARS禍においても発注をキャンセルせず、大型機の導入を続けた。
2005年には当時史上最大額と言われたボーイング777を42機発注した。世界レベルのイベントリスクが起こるとそれをはね返すように機材増強を図る「強いエアライン」のイメージが浸透した。
エミレーツ航空は、エアバスとボーイング2社の航空機を導入しているところまでは市場動向通りだが、機種は長距離用のワイドボディ機のみ。
エアバスの超大型機A380とボーイングの大型機で747ジャンボジェット以降のフラッグシップ機777の2機種だけだ。それぞれ118機、134機を持ち、両機種ともに保有数が世界一となる。
世界レベルのハブアンドスポークを効率的に運用するのにシンプルかつ強力な輸送体制を整えた結果だ。
エアバスのワイドボディ機の占有シェアは25%、ボーイングでは23%の少数派だ。世界中の空を飛ぶ旅客機の中でワイドボディ機は4機のうちの1機の割合でしかない。
ワイドボディ機のみの機材構成を持つ旅客輸送エアラインは世界でエミレーツ航空のたった1社だけだ。他の全てのエアラインは近距離用にナローボディと言われる単通路機を併せて保有する。世界中を飛ぶA380機全体の機数でエミレーツ航空のシェアは48%にもなる。
■空飛ぶ宮殿の体験とは
先述した通り、条件的にエミレーツ航空は大型機を志向することになった。話は少しそれるが、機内はどうなっているのか少し触れたいと思う。
エミレーツ航空のエアバスA380は、ファーストクラスに2室のシャワースパを設け、ビジネスクラスの後方には、バーカウンターとラウンジスペースまで作っている。
シート周りの豪華な装備も含めて「空飛ぶ宮殿」と言われるゆえんだ。今では、エミレーツ航空のサービス全体の呼称になっている。
現在、日本線に就航するボーイング777-300ER型は、「Game Changer」と名付けられたファーストクラスを超える「スイート」の装備を持つ最新型だ。王族の貴賓室かと思わせる2畳以上の広さ40平方フィートの完全個室空間は、1-1-1配列となり2列で6室が並んでいる。到着まで顔を合わせるのは客室乗務員だけとなる。プレミアムホテルの1室をコンパクトにまとめ、アメニティとプライベートバーをセットした「室内」だ。
搭乗したビジネスクラスに向かうと、意匠はファーストクラスに準じている。クリームやシャンパンの色彩があしらわれた上質なチェアに身体を休めるという言い方がふさわしいくつろぎがある。
4500チャンネルもあるという機内エンターテインメント「ice」システムを搭載する23インチのインフライトエンターテインメント画面は大きく、遠過ぎて届かないスクリーンゆえに、手元で操作できるハンディ機器に加えタブレットまである。シート周りには、ミニバーがあり、配られたアメニティはブルガリ製であった。
顧客対応で水準以上のサービスを受けることができるのは、世界160カ国以上から雇用した客室乗務員の存在が大きい。搭乗した便には日本人の他に、ウルグアイと日本のハーフの男性客室乗務員も乗務していた。
コロナ禍で乗客は減少したものの、こうした機材運用で世界の富裕層を取り込むことに成功している。それもエミレーツ航空が大型機を飛ばし続ける理由に挙げられる。
■エミレーツ幹部「需要のV字回復の時期にはA380がふさわしい」
話を戻そう。筆者はドバイエアショーの会場で、同社ナンバー4の役職となるChief Commercial OfficerのAdnan Kazim氏に単独インタビューする機会を得た。この取材からも同社が大型機を飛ばし続ける理由が浮かび上がってくる。
——コロナ禍によって社の戦略が変わるようなことはあるのでしょうか。
【Kazim氏】われわれはドバイという「世界の中心地」におり、世界の東西を結ぶ役割を果たしてきた。これはハブ&スポークでマーケットの開拓を行ってきたことに他ならない。今後も変わることはないだろう。他社は機内サービスを縮小しているところもあるが、エミレーツ航空では一切のコスト削減はしていない。
——コロナ禍で他社はA380を定期運航から外していますが、エミレーツ航空が使い続けている理由を教えてください。
【Kazim氏】需要予測として、現在は世界中の多くの人が早く旅に出たいと待っている状況だ。欧米でコロナ規制が緩和されたことが大きいとみている。多くのマーケットで予約が非常に好調に推移している。欧州主要国の中では特に英国とともに、フランス、ドイツ、スイス方面の需要が高い。
【Kazim氏】南アフリカも動いている。意外なところでは、ミラノ発ニューヨーク行きが好調だったりする。搭乗率が90%を超える便も出てきており、エコノミーよりもビジネスやファーストクラスの予約が増えている。需要の旺盛なところにA380を集中投下し、58機を稼働させている。コロナ規制緩和による需要のV字回復の時期にはA380がふさわしい。
■「需要は他社よりも早く戻る」という確信
——コロナ後を見据えての将来展望を教えてください。
【Kazim氏】UAE政府は2025年までにこのエアショーが行われているドバイワールドセントラル空港の拡張工事の完成を約束してくれている。これによりさらなる増便や目的地の追加ができる。
コロナ禍のリスタートにおいて90%の就航地に飛ばすことができ、搭乗率は60%の水準にまで戻している。近い将来、さらに拡充できることは確実だ。コロナ禍前の水準に戻るのは2022年半ばだと予測しており、A380もさらに多くの目的地に飛ばしたいと思っている。
人々は長きにわたって旅行をすることができなかった。再び旅行したいと思う人々にわれわれのサービスは確実に響くと考えており、需要は他社よりも早く戻るだろう。われわれの前には明るい未来が広がっていると考えている。
Kazim氏へのインタビューは、同社の将来に向けての手応えが感じられ、世界規模の野心を目の当たりにした。物腰は柔らかで静かながら自信に満ちており、「ドバイは世界の中心」と言い切る姿勢には驚かされた。
■エミレーツ航空が大型機を飛ばし続けるワケ
エミレーツ航空は2021年12月16日にエアバスからA380を受領した。2008年以来13年かけて全ての機体の受け取りを終えた。エアバスはA380の生産をやめており、これが最後の同型機だ。
これを報じるリリースで、エミレーツ航空CEOのティム・クラーク卿は「発着枠に制約のある空港での需要に効率的に対応し、私たちのネットワークの成長を強化する機会を与えてくれました」と述べている。
後発のエミレーツ航空が混雑する各地の主要空港に乗り入れるには歴史あるエアラインと戦い、発着枠を獲得するしかない。ここに1機で多くの旅客が運べるA380が投入される理由がある。
理由はそれだけではない。先述したAdnan Kazim氏の話にもあったが、地元政府の描く国家戦略と強力な後押しは大きい。今回のインタビューでAdnan Kazim氏は、ドバイワールドセントラル空港の拡張工事が2025年に完成する見込みだと教えてくれた。
現在のドバイ国際空港は8600万人(2019年)が利用する世界4位の空港だ。ドバイワールドセントラルの機能向上した新空港は、1億6000万人が利用でき1200万トンの貨物を扱う世界屈指のハブ空港になる見込みだ。
こうした支えもあり、エミレーツ航空のコロナ後を描く戦略は実に強気だ。
2021年11月に開かれたドバイエアショーでは、恒例となっている大型商談はなかったが、好調な貨物需要を受け、ボーイング777貨物型機2機の新規発注と、ボーイング777旅客型4機を貨物機に改装する発注を行った。
旅客機については、同社は既存の航空機A380(52機)とボーイング777-300ER(53機)の合計105機をプレミアムエコノミークラスを装備した最新仕様に改装すると発表した。新規発注済みの機材数を合わせると、数字上は、同社は480機ほどの大型機を持つ世界有数のエアラインになる。
■コロナ禍の先を見据えた小さな国のエアライン
国土が広くもない、人口が多い訳ではない。その弱みを世界の人々をどの地域にも運ぶことのできる拠点にしたのは国の深謀遠慮であり、エミレーツ航空の慧眼(けいがん)だ。
建国50周年を迎えたUAEは、次の50年をさらなる成長軌道に乗せるために、「Project of the 50's」という国家戦略を定めた。先の9年間で5500億AED(17兆500億円)の予算を投じる。世界の優秀な人材の招致や輸出拡大、国内直接投資を含めあらゆる側面から経済を成長させる取り組みとなっている。政府の意向を忠実に経営に反映させていくエミレーツ航空もこの戦略に乗って進化を続ける。
今や国内総生産(GDP)世界1、2位の米中エアラインが世界TOP3を占める。その上を行く戦略を着々と実行しつつあるエミレーツ航空が目指すのは、エアラインの世界一である。今回のドバイへの渡航は、それを実現しつつあるエミレーツの勢いを感じることができた。
エミレーツ航空の次世代を担う新型機の初号機を手にするのは2023年の5月であり5年間かけて受領する。それまでは、現在の2機種を使い続けることとなる。ドバイの街に高層ビルのブルジュハリファ、人工島のパームジュメイラ、そしてアインドバイという観覧車などの世界一の建造物が多いように、王族国家は大きなものにこだわる。
だから大型機を飛ばしているというわけでは決してなく、本稿で見てきたように後発エアラインだからこその苦悩と、地の利を生かした戦略、それにUAE政府の明確な国家戦略がエミレーツの強気な経営姿勢を支えているのだ(取材内容は2021年11月中旬時点)。
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航空ジャーナリスト
大阪府出身。幼いころからの航空機ファンで、乗り鉄ならぬ「乗りヒコ」として、空旅の楽しさを発信している。海外旅行情報サイト「Risvel」で連載コラム「空旅のススメ」や機内誌の執筆、月刊航空雑誌を手がけるほか、「あびあんうぃんぐ」の名前でブログも更新中。航空ジャーナリスト協会所属。
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(航空ジャーナリスト 北島 幸司)
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