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「次はビッグボスがセンターを守るかも」日本ハム・新庄監督が大騒ぎを続ける本当の狙い

プレジデントオンライン / 2021年12月28日 15時15分

就任会見する日本ハムの新庄剛志新監督=2021年11月4日、札幌市 - 写真=時事通信フォト

■被り物で守備練習、ゴンドラに乗って登場…

「オープン戦 始まるまでの 空騒ぎ」

新庄剛志(49)が日本ハムファイターズの新監督に就任して以来、スポーツ紙やテレビの新庄報道を見ていて、こんな文句が浮かんだ。

新庄自身もいっているように、記録は残らないが、記憶に残る選手である。

秘密戦隊ゴレンジャーの被り物をして守備練習をしたり、ドームの天井からゴンドラで降りてきたり、ハーレーダビッドソンで登場したりと、派手なパフォーマンスは、彼のことをよく知らない私でも、テレビのニュースで見て知っている。

大舞台であればあるほど大きな仕事をする選手だったが、日米通算で生涯打率は2割5分2厘、通算本塁打225本。打撃より守備と肩のいい選手であった。

だが、カッコよさでいうと、戦後の長いプロ野球史の中でも1、2を争う選手である。長身でハンサム、着こなしも抜群。

あまりカッコよすぎて、ファンの女性たちが近寄ってこられなかったといわれるが、それも頷ける。守備位置についている時、女性が「お尻がすごくかわいい」と喜んでくれたので、お尻にパッドを入れて「お尻をキュッと上向きにしてみた」そうだ。

■派手なパフォーマンスは計算されたものだった

人気先行型の監督といえば、私は長嶋茂雄を思い出す。現役時代は、私のような父子2代の由緒正しい巨人ファンはもちろんのこと、アンチ巨人でさえも熱狂させた大スターである。

王貞治とクリーンアップを打ちON砲といわれ、川上哲治監督に率いられV9を成し遂げた。生涯打率305、本塁打444本、首位打者6回、本塁打王2回。

翌年、巨人の監督として「クリーン・ベースボール」を標榜して巨人軍を率いたが、長嶋のいない長嶋巨人は最下位に沈んだ。

2年連続リーグ優勝するも、日本シリーズでは阪急に連敗。6年目のオフに突然、解雇されてしまう。

2期目はリーグ優勝3回、日本一を2回達成しているが、ファンが期待したような大記録は残せなかった。

長嶋のようにチャンスに強く、劇的なシーンも数々あるが、記録だけから見れば、新庄は凡庸なバッターである。

後でも触れるが、新庄が自著で書いているように、派手なパフォーマンスはかなり計算されたものだったようだ。

例えば、阪神時代の1999年の巨人戦。敬遠ボールを打ってサヨナラヒットにしたが、以前から、敬遠ボールを打つ練習をかなりやっていたという。

2020年、引退後に長年住んでいるバリ島から、もう一度プロ野球選手になると突然宣言して、トライアウト(各球団への入団を希望する選手、または戦力外通告を受けたものの、現役続行を希望する選手などが、各球団に対してアピールするための機会)に参加して驚かせた。

■すでに「日ハムの監督に」と打診があったとしたら

引退してから14年もたつ48歳だが、容貌(整形したと公表)も肉体もそれほど衰えのないカッコいい姿を見せ、ヒットさえ打ってみせたが、どこの球団からも声はかからなかった(新庄は視力の衰えに悩んでいた。バッティングセンターで120kmのボールが150kmに見えた。そこでぼんやり見えるかたまりのどのあたりを打てば芯を捉えられるかという練習をしたという)。

やはりムリだったか。多くの野球ファンはそう思った。だが、もしその時すでに日ハムの監督にという打診があったとしたら、このパフォーマンスはまったく違って見えてくる。いくらなんでも、10年以上野球界から離れていた人間を、いきなり監督に据えるというのでは、「客寄せパンダ」と厳しく批判されただろう。

そこで、肉体的にも容姿も衰えていない新庄の姿を日本の野球ファンにアピールし、新庄はまだまだやれる、監督というのは面白いかもしれないと思わせるためのパフォーマンスではなかったのか。

新庄の阪神時代に監督だった名将・野村克也は、新庄について後にこういったという。

「新庄にもっと頭を使う習慣があったら、長嶋を超える最強の選手になっていたかもしれない」

だが、彼の『もう一度、プロ野球選手になる』(ポプラ社)を読むと、彼はすべてを想定しながらやっていたようで、頭は常にフル回転させていたようである。

新庄は、その野村の采配を徹底的に研究し、野村のID野球を目指しているという。

ホームベースにボールをキャッチしたグローブ
写真=iStock.com/fstop123
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fstop123

■「その仕事ぶりは100点満点に近い」

陰と陽、まったく違うように見えるが、ここまでのところメディアの新庄監督に対する評価は、びっくりするほどいい。

朝日新聞の記者歴30年の畑中謙一郎は、長くプロ野球から離れていた新庄に監督が務まるのかと、当然の疑問を抱いていた。

解説もコーチ経験もない人間を監督にする「ぶっ飛んだ球団」(新庄)だが、新庄を間近で見ていると、

「その仕事ぶりは100点満点に近い。新庄監督は11月8日から沖縄・国頭村での秋季キャンプを視察した。走る、投げるという基本動作をじっくり見極める練習を次から次へとやらせた。(中略)『選手の名前は覚えていない。情が入ってしまうから。スタートラインはみんな一緒。プレーではい上がってこい』『大事なのはグラウンドに立つ前の準備。人が寝ている間に練習すればいいだけのこと』」

「『新庄語録』はとんがっていて、実は鋭い。現役時代、阪神で故・野村克也監督の緻密な野球を学んだ。『野球のことを考えて、気づいたら朝になっていることもある』という」(朝日新聞デジタル、12月23日より)

新庄はメジャーリーグでマイナー暮らしを経験している。ポンコツのバスでの移動、使い回すバスタオル、食事は薄い食パン1枚だけ。「笑っちゃうくらい大変な世界」(『もう一度、プロ野球選手になる』)だったという。

これほど厳しい世界から脱してメジャーに上がりたいと死に物狂いで練習する。一度メジャーに上がったら二度とマイナーには行きたくないと、必死になる。日ハムの2軍をそのように変えて「嫌ならはい上がってこい」と考えているようだ。

■「根気よく選手を育てることができるか」

辛口で有名な広岡達朗も、11月27日配信のNEWSポストセブンでこう評価している。

「『優勝を狙わない』というのは就任会見でも言っていましたが、それはまだ優勝を狙える戦力が揃っていないということを言いたかったのでしょう。同じように優勝できないと思っていても『狙います』と言う監督が多いなか、正直でいいじゃないですか。『ビッグボス』と呼ばせているのも彼なりの計算ですよ。今はとにかく選手を育て、その時がきたら『優勝を狙う』と宣言するタイミングを考えているのだと思います。チーム作りには順序があることがわかっているんです」

「新庄は1年契約です。フロントが認めれば2年目も契約するだろうし、そして3年目に『いよいよ優勝を狙う』と宣言すれば大したものです。彼はデタラメに見えても馬鹿じゃない。この改革が成功すれば、原監督はじめ、これまでの監督やコーチはみんなクビですよ」

■落合博満氏と「似たところがある」

広岡には監督時代にインタビューしたことがある。冷徹に選手の能力を評価する厳しい人だった。彼が編み出した「日本シリーズは第7戦までの戦略をすべて考えて臨む」というのは、今はどの球団も取り入れているはずだ。

話題の本『嫌われた監督 落合博満』(文藝春秋)を書いた鈴木忠平は、落合と新庄は似たところがあると北海道の経済誌『財界さっぽろ』でいっている。

「これまで当たり前だったことを疑い、その逆のことをやった。それによって相手チームはもちろん、自軍の選手や球団幹部までもが落合は次に何をするのかと、その一挙一動を注視せざるを得なくなった。

新庄が注目されたのも突きつめれば同じ理由だった。

神聖なグラウンドにバイクで入ってはいけません、ノックは真面目に受けなければなりません。真面目とは、かぶりものをしたり、髪を黄色に染めたりしないことです――そうした野球界の旧弊をスマイルとともに打ち破っていった。その度、視線は集まった。

ルールの内側にいる者たちは、その外側で生きる落合と新庄から次第に目を逸らすことができなくなっていた。世代もルックスもバックボーンも、まるで異なる2人がその一点においてのみ重なって見えた」(財界さっぽろ2022年1月号より)

野球選手の後ろ姿
写真=iStock.com/RBFried
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RBFried

■「どうしたらやる気になるのか」と聞かれると…

鈴木によれば、中日の監督に就任した1年目、落合は現有戦力で戦ったが、その年のオフ、「監督の仕事っていうのは、選手のクビをきることだ」と、若手を含めた多くの選手やメディアに情報を流していたコーチたちの首を非情に切った。

1年かけて、じっくり、どの選手が優勝するために必要か見極めていたというのだ。広岡がいっているように、自己パフォーマンスに忙しい新庄に、その根気と非情さがあるのか。

阪神時代、やる気の見えない新庄に野村監督が聞いた。「どうしたらやる気になるのか」。新庄は「4番にしてくれたらやる気が出ます」と答えた。野村は彼を4番に据え、新庄は期待に応えた。

「毎試合せかせかヒットを稼ぐようなバッティングをしていたら、『チャンスに強い新庄剛志』は生まれていなかった。短所は捨てて、長所にフォーカスするうちに、短所が短所じゃなくなっていたんだ」(『もう一度、プロ野球選手になる』)

この稿では新庄の人となりを論じるのが目的ではないが、これほどポジティブシンキングのできる男は、どのようにして育まれたのか、週刊文春(12月30日・1月6日合併号)を紹介してみよう。

■甲子園未経験、5位指名で阪神へ

新庄の子ども時代、結婚離婚、叔父に20億円横領された事件、女性関係などを報じている。

1972年に母親の実家がある長崎県対馬市の集落で生まれたが、新庄が生まれるとすぐ福岡に移り、植木職人だった父親の英敏は「新庄造園」を開業する。

彼の肩の強さは、父親を手伝って子どもの頃から重い石を運んだり、石を投げていたりしたからだという。

新庄本人は「超極貧生活」だったといっているが、「家族で外食に出かけることもあれば、野球のスパイクを買ってあげてたりもしていた」(近所の住民)そうだ。

父親は熱心な巨人ファンで、抜群の運動神経を持つ息子を設備の充実している私立西日本短大附属高校へ入れたが、甲子園出場は叶わなかった。だが、1989年のドラフトで阪神から5位指名を受け、プロ入りする。この年は野茂英雄が8球団から1位指名されている。

数年してレギュラーに定着した新庄は、守備のうまさとチャンスに強いバッティング、ルックスのよさで人気者になる。

2001年にはFAを行使してイチローと同時にメジャーリーグ入りした。メッツ、ジャイアンツ、メッツと移り、4番を打ちワールドシリーズにも出場した。

3年後に日本へ戻って日ハムに入団。3年目の2006年には開幕早々引退を表明し、「今年優勝する」と宣言した。言葉通り優勝して惜しまれて引退するのである。

■「外野手は監督として成功しない」は本当か

私生活ではタレントの大河内志保と2000年に結婚するが、7年後に離婚。さらに、慰謝料を払うために自分が設立した会社の口座を確認すると、ほとんど残高がないことが判明する。

母親の姉の夫で、新庄が絶大な信頼を寄せていた人間が、自分が経営していた会社が不振なため、新庄の社の口座から補填していたというのだ。

泥沼の訴訟に発展したが、金額については諸説あるようだ。新庄は22億円使いこまれたといっているが、当該の人間の親類は、横領額は2億円あるかないかだといっている。

カネがなくなったからか、人間関係に嫌気がさしたのか、新庄はバリ島に移り住む。そこでエアブラシアートやモトクロス、釣りと趣味を存分に楽しんでいたようだ。

女性の噂も絶えない。週刊文春によると、現在は、都内で金髪美女と同棲しているそうで、これから拠点になる北海道でも一緒に暮らすのではないかといわれているようだ。

私生活は順調のようだが、監督として成功するのだろうか。新庄が師と仰ぐ野村はこういっていた。「外野手は監督として成功しない」。

オリックスを優勝させた中嶋聡は捕手、ヤクルトを日本一にした高津臣吾は投手である。圧倒的に捕手か投手が多いが、それでも日本一を達成した外野手出身監督にはヤクルト・若松勉、千葉ロッテの西村徳文、福岡ソフトバンクの秋山幸二がいる。

■新庄監督の“奇策”に「惑わされてはいけない」

彼らに共通するのはセンターだということ。秋山はこういっていたそうだ。

「センターは守っていて、すごく勉強になるポジションでした。ピッチャーを真後ろから見るから、すぐに調子がわかる。今日はいいね、今日は悪いねと」

新庄も同様のことを『もう一度、プロ野球選手になる』で書いている。彼もセンターだから、3人に連なる可能性なしとはしない。

それにプロ野球界の現況は、群雄割拠といえば聞こえはいいが、セもパもドングリの背比べで抜きん出たチームはいない。セもパも2021年にリーグ優勝したのは前年最下位のヤクルトとオリックスだった。パはソフトバンク一強時代が長く続いたが、それも終わり、どこが優勝してもおかしくない。

新庄にとっては願ってもない状況だが、とはいえ、今のチームの力ではAクラス入りさえ難しいというのが衆目の一致した見方である。

新庄監督は4番に俊足の五十幡を置き、6番に4番打者クラスを置くという“奇策”を口にしているが、ある球団の首脳陣は、

「今の日本ハムには打線の核になる1、2番もクリーンアップもいない。そのピースの不足を冷静に把握しているからこそ、選手の競争心をあおるための内部に向けた“宣伝”なんでしょう。戦う側はそれに惑わされてはいけない。日本ハム戦は取りこぼしてはいけない」(東スポWeb、12月22日より)

新庄日ハムは相手チームにとっては「お客さん」だというのだ。

観客のいない野球場
写真=iStock.com/plherrera
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/plherrera

■チームの誰よりも目立っているのが監督なら…

落合は1年目、現有勢力だけで戦ってリーグ優勝したが、2年目はチームに必要のない選手を容赦せず切った。契約を1年にした新庄は、すぐに結果を出さなくてはいけないが、日本球界といえども、そう甘くはないだろう。

ならばこういう究極の奇策はどうだろう。新庄監督が現役登録してセンターに入り、そこから選手たちに指示を出すというのは。これなら、自軍の投手の好不調が見て取れるし、相手チームのバッターたちが何を狙っているのかも分かる。

センターに抜けたボールを取って自慢の肩で3塁走者をホームで刺せば、味方ファンならずともスタンディングオベーションになるはずだ。

長嶋がそうだったように、巨人の選手の中で一番目立っていたのは監督だった。球場に来ているファンも、テレビを見ている人間も、監督の一挙手一投足を見ていたのである。

失礼だが、監督以上にあまり目立った選手もいない日ハムなら、守も攻めるも監督も、新庄一色にしてしまったらどうだろう。

試合前とラッキーセブンには、世界最高のアーティストのライブをやる(新庄は『もう一度、プロ野球選手になる』の中でビヨンセやテイラー・スウィフトの名前を出している)。試合後には、新庄劇場を開いてファンたちと交流する。CDまで出している得意の声を披露してもいいだろう。

■ファン離れのプロ野球を活性化させる最後のチャンス

そうなれば、野球ファンだけでなく、野球に興味のない子供や女性たちが球場に押しかけ、盛り上がること間違いない。

「私を野球に連れていって」という若い女性が増えれば、必然的に若い男性も列をなす。

日ハムの本拠地での試合は毎回満員御礼になる。そういう夢を実現できるのは新庄しかいないはずである。

私は、新庄日ハムが絶対優勝できないというのではない。「1%でも可能性があれば、必ずできる」と彼もいっているのだから。

2022年はメジャーリーグでは大谷翔平の二ケタ勝利と本塁打50本。日本のプロ野球では新庄日ハムの「お祭り野球」が楽しめそうだ。

ファン離れが顕著な日本のプロ野球を再び活性化させ、プロスポーツの中心に返り咲くことができる最後のチャンスかもしれない。私は、その可能性を感じさせる新庄野球を熱烈支持したいと思っている。

そして球団を去る時、落合がいったように選手たちに、「自分のために野球をやれよ。そうでなきゃ……俺とこれまでやってきた意味がねえじゃねぇか」。そういって新庄は再びバリに戻って行くのだ。(文中敬称略)

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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