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「みんなでワイワイはもう戻らない」ワタミの"脱・居酒屋"の大転換をバカにはできない

プレジデントオンライン / 2022年1月9日 12時15分

海が荒れ、予想外の天候に巻き込まれたときには、平時の戦略計画型の行動は通用しない――ターナー「嵐の中のオランダ船」(1801)、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵(画像=J. M. W. Turner/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

■コロナ禍が続くなかでも動き続ける世界

コロナ禍によって市場環境は一変してしまった。その変化の方向や大きさは、社会の領域によって異なる。しかし、あらゆる企業や組織において、各種業務のハンドルやギアを切り換える必要が次々に生じてきたことに変わりはない。

だからこそ今、俊敏なマーケティングが求められている。ビジネスについていえば、ニューノーマルの到来によって世界が停止してしまったわけではない。人々の往来などが困難になったことから危機に直面しているビジネスがある一方で、各種の特需もある。こうした風の向きや強さは、刻々と変化していく。感染対策の充実やワクチンの接種が進んだり、新たな変異株が生まれたり、世界の各地域での感染状況が変化したりするとともに、人々のあいだに新たな期待や評価が生まれ、欲求や行動の変化が生じていく。マーケティングはこの変化に応えていかなければならない。

サウスカロライナ大学教授のカルティーク・カレイナナムらは、コロナ禍のもとでのマーケティングには、素早く行動することの重要性が増していると指摘する(*1)。局面の変化は市場の常だが、コロナ禍によってその速度と影響力が増している。マーケティングにおける俊敏さの重要性が高まっている。

■街のあちこちで目にする新規出店

2020年の春から始まったコロナ禍では、都市の居酒屋やファミリーレストランなど、飲食店の閉店が各所で相次いだ。神戸市内の筆者の住まいの近隣でも、同年の春から夏にかけて、商店街やショッピングモールなどでシャッターが下ろされたままとなり、張り紙などで閉店を知らせる店舗が目についた。街の急激な変化を寂しく思っていた。

しかしこれは、一時の出来事だった。続く時期に目にすることになったのは、コロナ禍で生じた街の空きスペースへの新規出店である。これは個人店やローカルチェーンだけの動きではない。同様の展開は、全国的に事業を行う大手飲食チェーンのあいだでも相次いだ。

■「居酒屋の本質を否定された」

各種の外食業態のなかにあって、コロナ禍の打撃が特に大きいのは居酒屋である。居酒屋とは酒を飲み、食事をする場所であるが、その重要性は胃袋を満たすことではなく、人と人が近しい距離で、リラックスして情報や意見を交わし、親交を深めるという役割や楽しみにある。だが突如襲ってきたコロナ禍によって「大皿でみんなでわいわいといった居酒屋の本質を否定された」(日経新聞、2020年6月10日)と述べたのは、居酒屋チェーン大手ワタミの渡邉美樹会長兼CEO(最高責任責任者)だ(2021年8月に社長に復帰)。

そのワタミは今、業態の「脱居酒屋化」に舵を切っている。先に触れた2020年6月の日経新聞のインタビューで、渡邉氏は「(居酒屋のマーケットは)ワクチンができても7割にしか戻らないという前提だ」と述べた。

実際、同社の2021年度3月期(2020年4月~2021年3月)の有価証券報告書(*2)によると、コロナ禍に伴う緊急事態宣言の発令等によって、売上高は前年比33.1%のマイナス。とりわけ国内外食事業では既存店売上高が前年比37.9%、客数が同39.0%にまで縮小してしまった。

■居酒屋120店舗を焼肉店に転換予定

その中でワタミは、従前からの居酒屋業態の店舗について、不採算店を中心に撤退を進める一方、テイクアウトにも対応しやすい唐揚げ店・フライドチキン店などを中心に、新たな出店を進めた。21年3月期には159店を撤退し37店を業態転換、99店を新規出店(*3)。さらに2021年11月末までに、19店舗の撤退と4店の業態転換、35店舗の新規出店を行っている(*4)

「焼肉の和民」の2名掛けボックス席
写真=ワタミのプレスリリース素材より
「焼肉の和民」の2名掛けボックス席 - 写真=ワタミのプレスリリース素材より

さらに、居酒屋とは異なる専門店領域への参入にも踏み切った。2020年10月には、既存の居酒屋120店舗を新業態の「焼肉の和民」に転換すると発表(*5)。同年5月からロードサイド店として展開している「かみむら牧場」とともに、焼肉を今後の主幹事業にする方針を明らかにした。

加えて、2021年12月にはすし業態への参入も発表。同月9日には「すしの和」1号店をJR錦糸町駅前にオープンした。

■ニューノーマルのなかで活路を模索する

渡邉氏は「飲食需要は食べたいものを明確に見定める『目的来店』の傾向が強まっている。すし業態と焼き肉業態の両輪でそれをつかみにいく」と述べる(日経MJ、2021年12月12日)。ワタミではコロナ禍の発生以来、各種の店舗に配膳ロボットを導入したり、コロナ禍以前から参入していた宅食事業での利益を大きく伸ばしたりしている。従来型の居酒屋はニューノーマルのもとでは「不要ではないけど使われ方は変わる。それは否めない」(日経MJ、2020年8月12日)との認識のもとでの、多面展開である。

他の大手飲食企業はどうか。回転寿司のスシローは、テイクアウト専門店の展開を始めている。ドトールは、郊外や地方への出店を広げている(商業施設新聞、2021年6月22日)。突然のコロナ禍によって生じた日本各地の店舗の空きスペースには、優良物件も少なくない。新しい生活様式への対応をにらんで、テイクアウトやデリバリーに対応できる業態への切り替えや、郊外のファミリー層などへの対応の強化を進める動きが広がっている。

■暴風雨のなかで蟻はどう行動するか

企業をとりまく市場環境の変化については、今後も予断は許されない。だがコロナ禍のもとでも、世界中のビジネスは、縮小することはあっても、止まってはいないのだ。巨大な自然災害や人災によって先行きが見通せなくなっても、企業の経営は続けなければならない。

1978年のノーベル経済学賞受賞者であるハーバート・サイモンは、名著『システムの科学』のなかで、蟻の足跡を題材にし、ごくシンプルなアルゴリズムでも環境からのフィードバックによって複雑な環境に対応できるという、現代の人工知能(AI)にもつながるシステム構築の可能性を説いた(*6)。サイモンにならって、蟻の行動をヒントに、コロナ禍のような危機のもとでのビジネスの論理を考察してみよう。

もし暴風雨に襲われたとき、蟻たちはどうするだろう。おそらく急いで巣穴に引き返すはずだ。しかし蟻たちは、じっと巣穴にこもり続けるわけではなく、一時的にでも風雨が弱まれば、巣穴の外に頭を出して様子をうかがい、チョロチョロと活動を再開するだろう。変化した周囲の環境を少しずつ探り、食料などを見つけては持ち帰るだろう。

■戦略計画型の行動が合理的でない局面

コロナ禍にあって次の機会をうかがう各種の飲食店の動きは、この蟻たちなどの行動とどこか似ていないだろうか。

世界中のビジネススクールなどで教えられてきた戦略計画型の行動、つまりあらかじめ綿密な戦略を立案してそれを実行していくというアプローチは、見通しが立つ環境のもとにおいては効果を発揮する。だが未来の正確な予測が極めて難しい状況においては、この方法論が合理的だとはかぎらない。マーケティングなどにかかわる企業や組織のマネジャーの方々には、今の街の飲食店の動きが、戦略計画型の行動とは大きく異なる行動だということに目を向けてほしい。

■ニューノーマルだからこそ、犬は歩く

「犬も歩けば棒にあたる」という。この格言をどのように受けとめるか。新しい発想や方法には手を出さず、平時に予定されたとおりのやり方を守っていれば、何かに打たれたり、ぶち当たったりするリスクは減る。そして歩かない犬は、心地よく惰眠をむさぼることができる。

しかし海が荒れ、予想外の天候に巻き込まれれば、そうはいっていられない。船上でのまどろみから、乗り合わせた人も、猫も犬もたたき起こされる。刻々と変化する空と海をにらみながら、船の舵を切り変えつつ、急いで帆を下ろさなければならない。そして総出で櫂を漕ぎ、船内に入り込んでくる水をかきだし、安全な港に逃げ込まなければならない。すぐに行動しなければ、乗っている船が転覆し、嵐の海に投げ出されるかもしれないのだ。

惰性の行動を続けていては、コロナ禍のもとで進行している変化についていくことは難しいし、変化から生じる機会をとらえることもかなわない。ニューノーマルのなかでのマーケティングの課題は、確かな予測や見通しを得ることは困難であっても、行動を止めないことであり、行動を続けることから見えてくる局所での合理的な行動を続けることである。

■近年の脱・戦略計画型経営論とのシンクロニシティ

先に紹介したカレイナナムらが提唱するアジリティ(俊敏さ)は、近年の経営における脱・戦略計画型の諸論――エフェクチュエーション(企業の実効論理)、ダイナミック・ケイパビリティ(動的な企業能力)、デザイン・シンキング(試作先行の企画)、ストラテジック・イントゥイション(直感的戦略行動)、リーンスタートアップ(贅肉をそぎ落とした起業)など――との共通点が多い。これらの脱・戦略計画型の緒論はコロナ禍以前より、デジタル化が進み、イノベーションの機会が増すグローバルな市場環境のもとで提唱されてきた。

大雨のなかで枝の下を歩く蟻
写真=iStock.com/Evgeny Shaplov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Evgeny Shaplov

そしてこれら脱・戦略計画型の諸論の重要性が、ニューノーマルのもとで一段と高まっている。だからこそ私たちは、蟻たちのミクロな行動の合理性を問い直してみるべきなのである。

■行動がもたらすフィードバックを活用せよ

脱・戦略計画型のアプローチに見られる共通項は、行動を起こすことの重要性である。歩くことで棒に打たれることを避けようとするのではなく、行動を始めることで生じる新たな気づきや情報の取得を活用しようとする。出る杭は打たれるが、打たれることによって新たな情報や気づきを獲得できる。この「行動することがもたらすフィードバック」を活用しようとするのが、脱・戦略計画型のアプローチである。

こうした俊敏なマーケティングの活用は、コロナ禍以前から広がり始めていた。デジタル時代の各種の市場においては、マーケターが立ち止まって思考することができる時間の猶予は一段と短くなっていく。新しい技術、システム、ビジネスモデルが次々に生まれ、顧客の行動は流動化し、備えるべき競争の範囲の拡大も止まらない。こうした変化への俊敏な反応の必要性に、コロナ禍が拍車をかけた。

■今こそ俊敏なマーケティングの出番

今私たちは、社会や市場の未来を正しく確実に見通すことが、ますます困難になっている。しかし、未来に対応するには、予測に頼らない方法もある。サイモンは、人類が歴史のなかでフィードバックの仕組みを活用してきたことに注目し、社会システムの望ましい状態と実際の状態とのあいだの乖離(かいり)に応答する「その場その時の行動」を絶やさずに続けていれば、厳密な予測を用いなくとも、環境の変動にシステムを適応させていけることを指摘している。

ワタミをはじめとする各外食企業の模索のように、確実な見通しはなくても、できることがあるなら、行動を始めてみればよいのだ。日々の状況を見ながら俊敏に動き、時には棒に打たれることから、マーケティングの未来は開ける。

(*1)“Marketing Agility: The Concept, Antecedents, and a Research Agenda”, K. Kalaignanam, Kapil R. Tuli, Tarun Kushwaha, Leonard Lee, David Gal. Journal of Marketing 2021 Vol.85(1) pp.35-58
(*2)ワタミ株式会社 第35期(自 2020年4月1日 至 2021年3月31日)有価証券報告書
(*3)ワタミ公式サイトより「2020年度 月次推移 展開拠点数情報」
(*4)ワタミ公式サイトより「2021年度 月次推移 展開拠点数情報」
(*5)「『和民』全店など居酒屋120店舗を『焼肉の和民』に転換、今後の主幹事業を焼肉に/ワタミ」(食品産業新聞社ニュースWeb、2020年10月6日)
(*6)『システムの科学』ハーバート・A・サイモン、パーソナルメディア

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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