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「欧米諸国からの抜け駆けを始めている」佐藤優が日本の外交に見る"異常"

プレジデントオンライン / 2022年1月24日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

アメリカ一極構造が終わり、米中対立が続いている。日本はどんな外交戦略を採っているのか。作家の佐藤優さんは「2021年4月の日米首脳会談には、日本外交の方向転換が表れている」という。社会学者の橋爪大三郎さんとの対談をお届けしよう——。

※本稿は、橋爪大三郎・佐藤優『世界史の分岐点 激変する新世界秩序の読み方』(SB新書)の一部を再編集したものです。

■「米中対立」はカントリーリスクの概念に収まらない

【橋爪】20世紀までは多極化していなかった。アメリカが世界の中心で、グローバル化を仕切っていた。植民地時代とそう変わらないやり方です。第三世界の国々が独立し、発言権を手にした。でもアメリカは、覇権国のままだった。

そうこうするうち、冷戦が終わり、世界の様子が変わってきた。中国、インドがアメリカと肩を並べるまでになった。世界経済は新しい段階に入ったのです。

これまでも、カントリーリスクの概念があった。投資してもいいが、急に独裁政権になったり、予測できないことが起こりそうで、二の足を踏む。経済の外側から、予測できない要因が飛び込んでくるという考え方が、なくはなかった。

でもいま、中国がアメリカと対立している状況は、カントリーリスクの概念に収まらない。覇権国であるアメリカと違った価値観や行動様式をそなえた、もうひとつの超大国が存在していいのか、存在したらどうなるのか、という問題です。ここが新しい。

このように頭を切り替えているリーダーがいるか。アメリカではそろそろ出てきたけれど、日本にはまだあんまりいない。困ったものです。

■「別の理想型」として勃興している中国

【佐藤】まず、経済のグローバル化の中で生じてきた「カントリーリスク」という概念が、近年になって無効化しつつあるというのは、そのとおりだと思います。

さらに国内経済に目を向けるならば、ユルゲン・ハーバーマスという哲学者たちが唱えた「後期資本主義」という考え方があります。「国家独占資本主義」と呼んでもいいのですが、これは、国家が市場や市民社会に介入することで成立するという、資本主義の一つの段階を示しています。ひとことでいえば福祉国家化ですね。しかし、そんな後期資本主義的な国内経済体制が、経済のグローバル化によってほぼ不要となった。グローバル資本の発展は、国家主導で労働者に資源を再分配する必要性を薄めるからです。

さて、こうしたグローバル経済の流れのなかで、いつの間にか台頭していたのが中国です。

少し前まではアメリカや日本に追いつこうとしているに過ぎないと思われていた中国が、いわば「別の理想型」として勃興している。それが奇しくも見える化したのは、新型コロナウイルスのパンデミックだと思います。感染が世界規模になるにつれてグローバリゼーションに歯止めがかかり始め、ふたたび国境の壁が高くなりました。そんな中、中国は厳しい監視体制を敷いて初期の感染拡大をいち早く封じ込め、経済成長率も2.4%にまで回復させた。今まではカントリーリスクが大きいと思われていた中国のような国が、というのが注目すべき点です。橋爪先生がおっしゃるとおり、これは従来のグローバル経済とは違う、中国を1つの極とする多極化の時代の到来と見ていいでしょう。

■日米首脳会談に見える「日本外交の方向転換」

【佐藤】ここまでの認識は共有していると思いますが、では日本のエリートが、どれだけこの状況を理解し、行動しているか。日本の経済エリートは時代に対応できておらず、半ば惰性で動いていると言わざるをえない一方、政治エリートは敏感に変化を感じ取っているように私の目には映ります。実際、日本の政治エリートは、今までにないような対応をしている。たとえば2021年4月の日米首脳会談などは、日本外交の方向転換が現れた好例です。

会談後の共同声明では、「国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有」したうえで「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を目指す」と記されました。台湾海峡について明記されたのは、日中国交正常化前の1969年の日米首脳会談以来のことです。ただ、アメリカの本心としては、もっと強く「台湾」ということを明記したかった。それが「台湾海峡」となったのは、日本側がそのように押し込んだからです。

台湾海峡とすれば、これは航行の自由の問題となり、中国の「1つの中国」路線とはギリギリぶつかりません。アメリカに強く言われたことに従うというのが今までの日本外交でしたが、今回は押し切った。アメリカとは別の1極としての存在感をますます強めている中国を意識した結果でしょう。

地球儀
写真=iStock.com/samxmeg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/samxmeg

■中国にとっては台湾よりウイグルのほうが重要な問題

【佐藤】そしてもう1つ、中国について理解しておかなくてはいけないのは、いかにウイグルが中国にとって大きい問題か、です。

中国にとって台湾は「今あるものにプラスできるかもしれない」、実効支配できる領土を拡大するという問題に過ぎません。いってしまえば、強く出て台湾が取れたらラッキーという話です。しかしウイグルは「今あるものからマイナスされてしまうかもしれない」という、領土保全の本質に関わる問題です。ウイグルで独立運動が起こり、今以上に本格的に国際問題化でもしたら、領土の一部を削り取られかねない。つまり中国にとって、実は「攻め」の問題である台湾よりも、「守り」の問題であるウイグルのほうがはるかに深刻なのです。その点、日本のメディアは比重を間違えていますね。本当は台湾よりもウイグルのほうを大きく扱わなくてはいけない。

この問題においても、日本は、欧米を主とした国際社会と一線を画しています。欧米は、国際秩序のゲームチェンジャーになろうとしている中国を牽制すべく、こぞってウイグル問題で中国を非難し、制裁をかけています。しかし、その中に日本はいない。G7で唯一、中国に制裁をかけていないんです。しかも先の日米首脳会談で、それをアメリカに認めさせている。これは異常な外交です。

■日本は明らかに抜け駆けを始めている

【橋爪】異常、ですか?

【佐藤】今までに例がないという意味で異常ということです。要するに、日本は日米同盟も欧州との関係も重視するという姿勢を見せながら、明らかに抜け駆けを始めています。対中国に関して欧米と100%協調しているわけではないという点で、抜け駆けを狙っていますね。また、対ロシアでも、日本が独自路線を取り始めたことが見て取れます。

先の日米首脳会談に先駆けた2021年4月中旬、アメリカがロシアのサイバー攻撃などを非難したことをきっかけに米ロ関係は急激に悪化し、両国間で外交官の追放合戦が繰り広げられました。その矢先に行なわれた日米首脳会談で、アメリカはロシアについても言及したかったのですが、実際にはいっさい触れずに終わりました。なぜなら、日本が「ロシアにはひとことも言及しない」ということで強く米側に働きかけ、首脳会談のアジェンダを設定したからです。

このように、中国についてもロシアについても、日本外交は、少しずつ独自路線を歩みだしている。これは、今までとはかなり様相の異なる国際的なゲームチェンジが起こっているということを、意外と日本の政治エリートはよくわかっているからだと私は見ているんです。

【橋爪】わかってるかもしれない。でも、先の先まで、国益を考えているのか。ただ中国がらみの利益にこだわっているだけにも聞こえます。

【佐藤】中国からの利益を失いたくないというよりも、勢力均衡を意識していると思いますね。

【橋爪】勢力均衡。それは軍事や文明に関わることなので、あとで議論しましょう。

中国とロシアの国旗
写真=iStock.com/Oleksii Liskonih
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksii Liskonih

■「西側のルールに乗っかる」ことを期待されていた

【橋爪】グローバル経済があるところまで進むと、センターがいくつもできて多極化するのではないか。それが何を意味するか、考えてみます。

グローバル経済とは、資本と技術と情報が、一国の範囲を超えて自由に移動することです。国民経済の枠をはみ出ます。そのほうが儲かるし、ビジネスチャンスも拡がる。

ただ、裏を返すと、そんななかでも移動しにくいものがある。労働力です。

人びとは、それぞれの地域に根づいて、ローカルコミュニティで生きている。だから移動しにくい。そのため賃金も低い。そこで彼らを現地で雇用すると、先進国に生産基地を置くより儲かるわけです。これが世界中で、過去数十年、ずーっと起こっている。

この生産基地として、中国は適当なのか。

80年代に、改革開放が軌道に乗り始めます。それをみて西側諸国は、アメリカもヨーロッパも日本も、中国に資本・技術・情報を提供した。そして生産基地にし、利益を山分けにした。やがて中国は、西側のルールに乗っかるだろうと期待もした。

■根深くて、簡単に譲れない「中国のやり方」

【佐藤】だから中国をWTOに入れてしまいました。

【橋爪】でも中国は、西側のルールに乗ってこない。中国に対する研究不足だった。

中国以外の旧植民地は、大きな問題を起こさなかった。インドはイギリス法を採り入れている。東南アジアも、西側のルールを尊重する。これからも問題を起こさないだろう。たまに独裁政権が出てくるくらいです。

橋爪大三郎・佐藤優『世界史の分岐点 激変する新世界秩序の読み方』(SB新書)
橋爪大三郎・佐藤優『世界史の分岐点 激変する新世界秩序の読み方』(SB新書)

でも中国には、中国のやり方がある。それは根深くて、簡単に譲れない。

中国は、中国共産党の政権のまま。中国共産党は中国の広汎な人民を代表すると主張している。これは、共産党の定義の変更です。階級闘争がないということですから。

【佐藤】1960年代初頭に旧ソ連で唱えられた「全人民の国家論」とよく似ていますね。共産主義社会の建設により、階級間矛盾のない無階級社会を確立するという、ブレジネフ時代の国家ビジョンの基礎を成す思想です。

【橋爪】そして、ナショナリズムになりおおせた。資本主義経済を実行し、近代化を進める政治勢力に転換しおおせたんですね。ですから、中国共産党の支配基盤は磐石で、これを崩すのは容易でない。こんなことになるとは、アメリカも予想外だったと思います。

ということで、中国という新しい極がもうひとつ存在している。アメリカも日本もヨーロッパも、そのお手伝いをしたわけです。ネコがトラになった。トラになってからあわてても遅いのです。

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橋爪 大三郎(はしづめ・だいさぶろう)
社会学者
1948年神奈川県生まれ。大学院大学至善館教授。東京工業大学名誉教授。77年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。『4行でわかる 世界の文明』(角川新書)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『皇国日本とアメリカ大権』(筑摩選書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)など著書多数。共著に『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、新書大賞2012を受賞)、『日本人のための軍事学』(角川新書)など。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大矢壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(社会学者 橋爪 大三郎、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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