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「世界でもっとも有名な女性から連絡先を聞く」ハリウッドの伝説のナンパ師が使った禁断のワザ

プレジデントオンライン / 2022年1月11日 9時15分

2002年10月1日、歌手のブリトニー・スピアーズ - 写真=dpa/時事通信フォト

「異性にモテる人」はどんなテクニックを使っているのか。アメリカのある音楽ライターは、ナンパのテクニックを磨きあげることで、2000年代はじめに「世界でもっとも有名な女性」となっていた歌手のブリトニー・スピアーズから連絡先を聞き出すことに成功している。彼が使ったワザとはどんなものだったのか。作家の橘玲氏が紹介する――。

※本稿は、橘玲『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

■自由恋愛の時代にモテる秘訣

1970年にエリック・ウェバーが“How to Pick up Girls!(女の子をピックアップする方法)”を出版し、Pickup(ナンパ)という言葉を定着させた(※1)

それから30年後、30代前半の音楽ライターであるニール・ストラウスはこの神話的人物に会いにいった。ウェバーは広告のクリエイターとして成功し、ナンパ本を書いた頃に知り合った女性と結婚して、2人の娘のいる家庭を築いていた。

ウェバーがナンパ術を会得しようとした背景には、60年代アメリカの大きな文化的変化があった。

それまでは、若者たちは教会の集まりのような地域のコミュニティで相手を見つけ、結婚していた。ところが60年代になると、大学進学や就職で親元を離れ、都会で一人暮らしをするようになる。女性たちはピルを飲みはじめ、カウンターカルチャーやヒッピー・ムーブメントが社会を揺るがせ、カジュアルセックスが当たり前になった。

このライフスタイルの変化によって自由恋愛の時代が到来し、都会の若い男たちは、独身者用のバーやパーティ会場で女性と出会い、会話し、恋愛関係をつくらなければならなくなったが、誰もその方法を教えてくれなかった。

橘玲『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』(講談社現代新書)
橘玲『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』(講談社現代新書)

そんなときウェバーは、一緒にコピーライターの見習いをしていた友人が、公園で魅力的な女性に声をかけ、やすやすと金曜のディナーの約束を取りつけるのを見た(友人はその夜に処女の彼女とセックスまでしていた)。

見ず知らずの女性を和ませる友人の天性の会話力に驚いたウェバーは、自分も同じことができるようになりたいと思った。そして、「スチュワーデス、モデル、タレント、OL、秘書、編集者、学生」など「独身の可愛い、ギャルたち」にインタビューして、彼女たちが男に何を求めているかを語ってもらった。

ウェバーが発見したのは、「女の子は、声をかけられるのを、いまかいまかと待っている」ことだった。

■多くの女の子は、いつも新しい男性との出会いを求めている

ナンパについてボニーは、「どんな女の子だって喜んじゃうわ。当然じゃない」といい、リンダは「あったりまえよ。ステキな男のコと知り合う絶好のチャンスじゃない。だいいち、いちばんスマートなきっかけだわ」とこたえた。

いまなら違和感があるかもしれないが、1960年代末のアメリカでは、都会で一人暮らしをする女性たちもパートナーと出会う機会を積極的に求めていたのだ。

ウェバーは、どれほど幸福そうに見えても、女の子たちが満たされない思いを抱いていることに驚いた。半世紀以上前の「魅力的な女性」の言葉は、現代とまったく変わらないだろう。

私はいつも淋しいわ。女の子って、みんなそうじゃないかしら。私たちはみんな孤独でしかも退屈しているのよ。いつも不安定な人間関係に囚われて、疲れてもいるし。楽しい人間関係が生まれたらうれしいわ。私は望まれている、とか、愛されているとか思いたいのよ。だからこそ多くの女の子は、いつも新しい男性との出会いを求めているのよ。

こうしてウェバーは、「自分に自信がなく、愛されたいと思っている等身大の女の子たち」が望むような男になることが、モテる秘訣だと説いたのだ。

■スピードナンパ術という秘技

1970年代のナンパ術が「女が望むような男になる」だとすれば、その流れを大きく変えたのがロス・ジェフリーズという「背が高くガリガリで、あばた顔で自他ともに認めるオタク」だった。ニール・ストラウスによれば、現代のナンパ・テクノロジーは、1988年にジェフリーズが生み出した「スピードナンパ術」からはじまった。

非モテの若者だったジェフリーズは、認知心理学者・言語学者のジョン・グリンダーが心理学部の学生リチャード・バンドラーとともに開発したNLP(神経言語プログラミングNeuro-Linguistic Programming)に衝撃を受けた。グリンダーとバンドラーは、ミルトン・エリクソンの「アルファ催眠」を徹底的に研究し、マニュアル化したのだ。

エリクソンは20世紀のアメリカでもっとも大きな影響力をもった心理療法家で、その催眠技法はこう説明されている(※2)

彼(エリクソン)は、伝統的な催眠技法とちがって、振り子などのそれらしい小道具も、奇妙な舞台装置も、いっさい用いません。だれもがしているごくふつうの日常会話を交わしているうちに、相手を、いともたやすくトランス状態に誘導してしまいます。

「私は絶対に催眠なんかにかからないぞ」と頑強に抵抗する人も、博士の手にかかると、なんなくトランスに入ってしまうのでした。

あいての「頑強に抵抗する力」を逆に誘導に利用してしまったのです。ちょうど、すぐれた柔道家が、相手の力を利用して技をかけるように。

バンドラーとグリンダーはエリクソンの催眠を記録した映像や講演をもとにそのテクニックを解明し、NLPとして体系化した。2人のセミナーには、「教育、指導、販売、プレゼンテーション、説得」などに催眠を利用したいひとたちが押し寄せた。

ジェフリーズもその一人で、目的はピックアップ(ナンパ)への応用だった。そして、「5年間にもわたってセックスレスの生活を送りながら」、何気ない日常会話を通じて女性の潜在意識にはたらきかけ、自在に操る「スピードナンパ術」を完成させたのだ。

■悪魔のようなテクニック

NLPでは、わたしたちは無意識のうちに、世界を自分なりの「フレーム(額縁)」で見ていると考える。世界(社会)はあまりにも複雑で、脳のかぎられた認知能力ではすべての情報を処理できない。だとしたら、フレームの位置を動かすことで、ひとの認知や感情に影響を及ぼすことができるはずだ。

この考えは異端の説ではなく、現在では認知療法としてうつ病や不安障害の治療に使われ、心理療法(セラピー)の主流になっている。心理学者のキャロル・ドゥエックが提唱して有名になった「マインドセット」は、NLPの「フレーム」を言い換えたものだ。

脳は、フレームのなかのものは重要だと感じ、フレームの外側はどうでもいいものとして無視する。だとしたら、女性の関心を惹くためにはまず、自分を相手のフレームに入れなければならない。これがすべてのPUA(ピックアップ・アーティストPickup Artist=ナンパ師)の基本だ。

ジェフリーズはニールの目の前で、レストランのウェイトレスを相手にNLPを実演してみせた(※3)

なにげない雑談から、「誰かに心の底から惹かれたとき、どうやって気づく?」という恋愛の話に展開し、ウェイトレスが「なんだかドキドキするような、妙な気持ちになるわ」と答えると、ジェフリーズは、手のひらを彼女の腹のあたりからゆっくり心臓の高さまで上げ、「君がもっと惹かれていくにしたがって、もっとドキドキしてくるはずだ」と囁いた。

そうやって2~3分、エレベーターのように手のひらを上下させ、催眠術をかけるように語りかけると、彼女の瞳は陶酔しているようになり、頬がどんどん赤らんできた。

ウェイトレスが、前の彼氏は子どもっぽくて別れたと話すと、ジェフリーズはそれを見逃さず、「じゃあ、君はもっと大人の男とデートしなくちゃな」といった。

「ちょうどそう思ってたのよ。あなたみたいな大人の人とって」と彼女が笑うと、「君がこのテーブルに来たときから、君が惹かれるのは私しかいないって思ってたよ」と“洗脳”し、あっさりデートの約束をとりつけた。

ウェイトレスは最後まで、「変なの」「あなたはあたしのタイプじゃないのに」といっているにもかかわらず。──このテクニックを見たPUA志望の男は「悪魔だね」といった。

ジェフリーズは1990年代に『プレイボーイ』誌の三行広告でスピードナンパ術のセミナーを告知する一方で、普及しはじめたばかりのインターネットでも売り込みを行なった。

真っ先にこれに反応したのがハッカーたちで、オンライン会議室に自分たちのナンパ体験(フィールドレポート)を公開し、そこで生み出された数々のテクニックがマニュアル化され、共有されていった。

ミステリーは、そんなインターネットのサブカルチャー(国際的なナンパアーティストの秘密結社)が生み出したヒーローだった。

■ナンパマシーンに自己改造

ミステリーは2000年代はじめに、オンライン上のPUAコミュニティに彗星のように登場し、数々のフィールドレポートを発表して、その圧倒的な成功率でたちまち注目を集めた。

出会いからベッドインまでをフローチャートのようにルーティーン化するミステリーのメソッドは、催眠を使ったジェフリーズの手法とはまったく独立に開発されたもので、それ以外にも「横柄さとユーモアの組み合わせ」で女性を支配するとか、「動物並みの性欲」をアピールしてスキンシップをエスカレートさせていくとか、さまざまな流派が登場した。

非モテであることにコンプレックスを抱いていたニールは、有名音楽雑誌『ローリングストーン』のライターという肩書を使って多くのナンパ師とつき合った。ありとあらゆるテクニックを収集して、自分を「最高のPUAたちのパーツを組み合わせて設計されたナンパマシーン」につくり変えようとしたのだ。

仕事もなにもかも放り出して、スキンヘッドにスタイリッシュなジャケット、指輪やネックレスなどのアクセサリー、さらにはフィットネスで「自己改造」したニールは、半年もたたないうちに、ミステリーから相棒と認められる最高クラスのPUAに出世し、「スタイル」と名乗るようになった。

ニールはその後、PUAコミュニティについての記事を『ニューヨーク・タイムズ』に寄稿して大きな評判になり、それを読んだトム・クルーズから『ローリングストーン』誌のカバーストーリーのインタビュアーに指名された(その後、トム・クルーズはハリウッドのセレブが集まるサイエントロジーのパーティにもニールを招待した)。

女性パイロットとインストラクター
写真=iStock.com/STEFANOLUNARDI
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/STEFANOLUNARDI

■ブリトニー・スピアーズをナンパする

PUAの知名度を上げ、自らも有名人の仲間入りをしたニールは、ミステリーや仲間たちとともにハリウッドに豪邸を借り、「プロジェクトハリウッド」と名づけて自分たちのメソッドをビジネスにしようとした。

この豪邸には一時期、ニールがインタビューで知り合ったコートニー・ラブ(グランジ・ロックの代表的なバンド「ニルヴァーナ」のボーカリスト、カート・コベインと結婚して一児をもうけたが、コベインの自殺のあとさまざまなトラブルを引き起こした)が転がり込んできたこともあった。

そんなめまぐるしい出来事のなかでも、ニールにとって大きな出来事はブリトニー・スピアーズへのインタビューだった。2000年代はじめだから、ブリトニーが20歳を過ぎてセクシー路線に転換し大成功した頃で、まさに「世界でもっとも有名な女」だった。

だがそのインタビューは、なにを訊いても「よく分かんない」「えっ、何?」の気のない言葉が返ってくるだけだった。インタビューを成功させるには彼女を口説くしかないと決めたニールは、質問リストを折り畳んで尻のポケットに入れ、PUAの「スタイル」に変身する。

「君のことで、ほかのヤツらがおそらく知らないことを教えてあげよう」と、ニールは話しかけた。「人々はときに舞台裏の君を内気だとか不機嫌なヤツだと見ているよね。実際はそうじゃないのに」

「そのとおり」とブリトニーはうなずいた。

「君がしゃべるときの瞳を見ていたんだけど、君は何か考えるたびに視線が下がり、左に行く。これは君が運動感覚的な人物ってことだ。感情で生きるタイプの人間だ」

「驚いた」と彼女はいった。「そのとおりよ」

これは「目の動きから思考パターンを読み取る」NLPのテクニックで、ミステリーはそれを「価値証明のルーティーン」に発展させていた。ニールがさまざまな視線の読み方を教えると、ブリトニーは「心理学の授業を受けなくちゃ」と真剣になった。ニールの「ゲーム」がはじまった。

■自尊心の低いスーパースター

ニールはブリトニー・スピアーズを簡単な心理ゲームに誘った。紙に1から10までの数字のどれかを書き、直感を信じてその数字を当てるというものだ。

この場面はPUAのテクニックがよくわかるので、全文を引用することにしよう。

俺は紙切れに数字を一つ書き、彼女の目の前に差し出した。

「さあ、言って」俺は言った。「最初に感じた数字だ」

「間違いだったら?」彼女は言う。「たぶん間違ってる」

これは俺たちが現場でLSEガールと呼ぶものだ。つまり自尊心が低い(Low Self Esteem)。

「何だと思う?」

「七」彼女は言った。

「じゃあ、紙をめくってごらん」俺は言った。

彼女はそろそろとめくる。見るのを怖がっているかのように。そして目の高さまで持ってきて、自分を見返すでかでかとした数字の七を見た。

彼女は叫び声を上げ、弾けるようにカウチから飛び上がると、鏡に向かって走って行った。映った自分に目を合わせながら、ぽかんと口を開けている。

「信じられない」鏡の中の自分に言った。

「やったわ」

まるで目の前で起きたことが真実であると確信するために、鏡で自分を確認しなければならないかのようだった。

「わぉ」息巻いて言った。

「やったわ」

彼女はまるでブリトニー・スピアーズに初めて会えた少女のようだった。彼女は自分自身のファンなのだ。

これはミステリーが開発したナンパトリックのひとつで、決断をせかして適当な数字を選ばせた場合、70%の確率で数字は「七」になる。ニールはその可能性に賭け、見事に「当たり」を引いたのだ。

その後、ブリトニーはテープレコーダーを止めさせて、魂について、書くことについて、人生についてニールと語り合った。

インタビューが終わると、ブリトニーはニールの肩に触れ、顔一面の笑みを浮かべていった。

「番号を交換したいんだけど」

ニールはブリトニーのフレームを動かし、それまで存在しないも同然だったさえないインタビュアーを、「大事な秘密を打ち明けられる男性」としてフレームの中心に移すことに成功した。無意識へのこの操作は、ブリトニーのLSE(低い自尊心)を利用すれば簡単だった。

ブリトニー・スピアーズはその後、結婚と妊娠・出産、離婚を繰り返し、成年後見人として資産を管理するようになった父親と裁判沙汰を起こすなど世間を騒がすことになるが、ニールの“ナンパ”はそんな彼女の将来をも予見しているようだ。

こうしてブリトニーをピックアップすることに成功したニールだが、何度も逡巡したものの、その番号に電話することはできなかった。

※1 翻訳はエリック・ウェバー『How to Pick up Girls! 現代ギャル攻略法 これだけ知ればパーフェクト!』(小野八郎訳、小学館)
※2 ジョン・グリンダー、リチャード・バンドラー『エリクソン・メソード決定版 催眠誘導 相手の“心”にフワリと飛びこむ㊙ハイテク術』(小宮一夫訳、星雲社)
※3 以下の記述は、ニール・ストラウス『ザ・ゲーム 退屈な人生を変える究極のナンパバイブル』(田内志文訳、パンローリング)より

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橘 玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。2005年発表の『永遠の旅行者』が山本周五郎賞の候補に。他に『お金持ちになる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』などベストセラー多数。

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(作家 橘 玲)

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