「父親の家のリフォーム代を、父親の口座から払えない」息子が銀行の窓口で"しまった"と叫んだワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月13日 12時15分
※本稿は、岡信太郎『財産消滅 老後の過酷な現実と財産を守る10の対策』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■高齢の父のため実家をバリアフリー化
“しまった!”と木戸さん(56歳、男性)は、心の中で叫びました。
木戸さんの父親は体調が悪くなり、現在病院に入院して治療を受けています。本人は回復でき次第“家に戻りたい”と言っています。
とはいえ、実家は昔ながらの日本家屋で段差も多く、体が弱った父親が暮らすには不便な造りとなっています。今後も自宅で生活するとしたら、手すりを設置するなどバリアフリーにやり替えなければなりません。他にも、ベッドなどの購入が必要となります。
本人の希望をできる限り叶えたいと考えた木戸さんは、知り合いのリフォーム会社に見積もりを依頼しました。後日、見積書を受け取ると総額180万円と記載されています。
実は木戸さんは、このタイミングで、古くなり傷んでいる別の個所もやり替えたいと考えていました。フローリングの床が沈み始めており、畳もかなり劣化しています。一番心配なのが、窓のサッシが木造なことです。老朽化で何本か外れてしまっていて、まったく防犯の機能を果たしていません。最近は近所に空き巣が入ったとの話もあり、このままにしておくのは物騒です。
このような事情もあり、“ここは思い切って全面的にリフォームしたい”という気持ちが強くなったのです。リフォーム会社に相談すると、希望通りにすると、追加で200万円はかかるとのことでした。
父親が退院できる見込みが出てきたことから、木戸さんは全面リフォームを決心しました。そして、リフォーム会社に正式に依頼しました。リフォームは約1カ月かかり、無事に完了しました。
■「あれ、お名前が違いますが?」
家の中が見違えるほど変わり、父親がまた自宅で生活できるようバリアフリー化もされています。以前から気になっていた部分についても、一新することができました。木戸さんは、家の中を見渡しながら思い切ってやってよかったとすっかり安堵(あんど)しました。後は父親の退院を待つだけ、のはずでした……。
リフォーム会社から請求書が届いたので、父親の通帳と印鑑を持って銀行に支払いに行くことにしました。これまでも入院費をATMで振込んでいたのですが、今回は金額が大きいため窓口での支払いとなります。
番号札を取り、呼ばれるのを待ちました。そして、木戸さんの番号が呼ばれ窓口に通帳を提出しました。すると、窓口の担当者から、
「お振込みですね。免許証などの本人確認資料のご提示をお願いしてもよろしいでしょうか?」
と本人確認資料の提示を求められました。そこで、財布から自分の免許証を取り出し、担当者に渡しました。
「木戸様ですね……。あれ、お名前が違いますが?」
「通帳は父のもので、私は息子です」
「窓口でお手続きをされる場合は、口座名義人ご本人にご来店して頂く必要があります」
と言われてしまいました。
■親が健在でも口座凍結の可能性があった…
「父は、身体が不自由で銀行まで来ることができません。それに、脳梗塞の後遺症で認知症もあり、字を書いたりはっきりとした金額を伝えたりするのは難しいです。それで、息子の私が来ているのですよ」
と伝え、リフォームの請求書を見せようと思った矢先、
「口座名義人の方が認知症と判明した場合、お客様のご預金をお守りするため、お取引を停止させて頂くことがあります。ご本人様が詐欺などのトラブルに巻き込まれてしまうのを防止するためです。ところで、成年後見人は利用しておられませんか?」
“詐欺? 成年後見人?”木戸さんは突然の聞き慣れない言葉に、何がなんだかさっぱり分かりません。まして、自分の親に後見人をつけることなど理解できません。
「利用していないですけど……」
と答えると、担当者から
「上席の者に確認致しますので、後ろでしばらくお待ち頂けますか?」
と、一度後ろの座席に戻るよう促されてしまったのです。
木戸さんは、“しまった!”と思わず声が出そうになりました。
確かに、相続のときに葬式代が引き出せないことがあるとは聞いたことがありました。しかしながら、親が健在な場合にまで凍結の可能性があったとは寝耳に水です。父親の代わりに支払いをしようとしただけで、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのです。
もし凍結でもされたら、家族が父親の生活費や介護費を本人の口座から支出することができなくなってしまうではありませんか。ごく稀に、家族が立て替えることはあります。しかし、あくまで少額の場合だけです。
今回のように大きなおカネまで立て替えるわけにはいきません。立て替えてしまうと今度は自分たちの生活が成り立たなくなります。木戸さんの子どもは大学生のため、今は教育費におカネがかかっているのです。
この先どんな末路となるのか、リフォームの請求書を見ながら“しまった!”と何度も心の中で叫びました。
■なぜ本人確認が厳しくなったのか
現在、各機関で本人確認が求められています。役所、金融機関、保険会社……。
事あるごとに本人確認資料の提示が必要となり、本人との面会が必須となるケースもあります。
一昔前であれば、必ずしも本人が手続きに行かなくても家族が代行できた事例もあります。例えば、子どもが親の通帳と印鑑を持って代わりに預金を引き出すことができていました。
ところが、最近は本人確認が非常に厳しくなっています。顔写真入りの証明書を求められて苦労したことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
先ほどの事例にあったように、親のための支出であっても、本人の確認なしに高額な費用を家族が引き出せる可能性は低いです。近年では、本人が認知症であると判明し、口座が凍結されてしまうケースも報告されています。
なぜ、しきりに本人確認が求められるようになったのでしょうか?
その背景としては、2つのことが考えられます。
■犯罪防止のため慎重にならざるを得ないが…
1つは、犯罪収益移転防止法という法律が制定されたことにあります。この法律は、別名本人確認法と呼ばれます。
元々は、マネー・ロンダリングの防止や資金がテロリストに渡ってテロ活動に使用されることを防ぐための法律です。テロは国内だけではなく、国際的なネットワークがあるとされています。そこで、テロ活動に資金が流れることを防止するという国際的な規制が求められる中で、我が国においても法整備が行われたのです。一般市民に対し、テロのことを言われても正直ピンとこないかもしれませんが、広く規制の網がかけられた状態となっています。
2つ目は、いわゆる“振込め詐欺”といった犯罪の横行です。犯罪集団は、手を替え品を替え高齢者の資産を狙っています。警察等から注意喚起されているにもかかわらず、年々手口が巧妙化しており、金品を騙し取られる高齢者が後を絶ちません。老後の資産があっという間に奪われてしまう悪質な犯罪が、高齢者の周りには潜んでいるのです。
一度、犯罪集団にお金を渡してしまうと、お金が戻ってくる可能性はかなり低いです。このような状況では、金融機関は慎重にならざるを得ません。
以上のようなことから、年々本人確認が厳しくなり、本来であればテロや詐欺とは無縁なはずの平穏な一般市民の生活に影響が出ているのです。
ただし、預貯金のことであれ不動産のことであれ、本人の“意思確認”は慎重に行うべきです。なぜなら、財産をどうするかの決定権は、最終的に本人にあるからです。いくら家族であっても、本人の意思に反した行為は、法的に問題があります。
しかしながら、認知症高齢者の増加によって、肝心の本人の意思確認ができないという大きな壁が立ちはだかっているのです。
■スムーズに対応できる窓口があまりに少ない
先程、高齢者の財産を狙う振込め詐欺について少し触れました。この犯罪を阻止するため、金融機関が高齢者の預貯金の引き出しや振込みに慎重になるのは仕方ないことではあります。
その一方で、金融機関の高齢者や認知症への対応については、見直すべき段階になっていると筆者はみています。というのも、これだけ高齢化が進み認知症や相続に関する案件が増えているにもかかわらず、スムーズに対応できる窓口が少ないからです。
まず、支店に認知症や相続案件に対応できる担当者があまりに少ないです。本人が認知症の場合の対応や、相続手続き全体の流れや、何から手をつけるべきかといったことを説明できるスタッフが果たしてどれだけいるのでしょうか。
もちろん専門職などではありませんので、事細かな解決方法まで提示することを求めているわけではありません。しかし、これだけニーズが増えている中にあっては、窓口に来た人、特に高齢者に対しては分かり易く丁寧に説明する責任があるのではないでしょうか。
■「いきなり書類を持って来られても、こちらも迷惑なんですよ」
確かに、手続きを相続センターなどに一本化した方が効率はいいです。しかし、高齢者がいきなりセンターに問い合わせをするでしょうか。やはり、まずは窓口を訪れる人が圧倒的多数だと思います。
課題に直面した高齢者は、ただでさえ不安や悩みを抱えています。そんな中で、けんもほろろに対応されてしまえば、その精神的ダメージは計り知れません。
かく言う筆者も、これまで手続きで無意味に長時間待たされたり、不合理な対応を受けたことがあります。成年後見人として本人の病院代を下ろす際に、病院の請求書を見せるようにと言われたことがあります。後見人は、正当な権限により支払いなどの財産管理を行うので、本人に関する請求書を見せる理由はまったくありません。
またある時は、依頼者の代わりに預貯金の解約をしようとした際に、上席と思われる担当者から開口一番「いきなり書類を持って来られても、こちらも迷惑なんですよ」と、それこそいきなり言われたことがあります。あまりの横柄さに、「それなら、事前予約が必要と店舗に貼り出されたらいかがですか?」などと返しました。
さすがにまずいと思ったのか、「先生、いい時計をつけていますね」と態度を軟化させました。ちなみに、筆者の時計はロレックスなどではありません……。
現在、どの銀行も相続手続きを相続センターに一本化する傾向にあります。しかし、窓口に行けば手続きができると考えている人は依然として多いです。センター経由となることや手続き完了までに一定期間かかることをもっと広く告知すべきではないでしょうか。
最近では、認知症になっても家族が預金を引き出せる商品があります。しかし、これもあくまで本人が認知症になる前に代理人を設定しておく必要があります。こちらについてもメリットとデメリットを広く提示することが求められます。
ようやく金融機関の方でも認知症に対応しようという動きが出ています。認知症対応のための新たな資格を金融機関が導入すると発表されました。
肩書だけで終わらないよう、しっかりと顧客に寄り添ってほしいところです。
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司法書士
合気道家、坂本龍馬研究家。1983年生まれ。北九州市出身。関西学院大学法学部卒業後、司法書士のぞみ総合事務所を開設。政令指定都市の中で最も高齢化が進む北九州市で、不動産登記・遺産相続・後見業務を多数扱う。介護施設などの顧問を務め、法的サポートに関する相談を受けている。『新版 身内が亡くなったあとの「手続」と「相続」』(監修、三笠書房)、『坂本龍馬 志の貫き方』(カンゼン)、『子どもなくても老後安心読本』(朝日新聞出版)、『済ませておきたい死後の手続き』(KADOKAWA)など著書多数。
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(司法書士 岡 信太郎)
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