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10年後には英国で「のぞみ」が走る…鉄道王国イギリスの新幹線計画を日立が落札できたワケ

プレジデントオンライン / 2022年1月12日 10時15分

2029~33年の開業を目指す次世代高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」車両の完成予想図 - 提供=日立製作所

■長距離路線が「すっかり新しくなって快適」

「遠くに行く電車がすっかり新しくなって。Wi-Fiや充電プラグもあるし、これなら安心してどこへでも行けるわ」

11月のある日、筆者が住むロンドンからスコットランドへ列車で向かった折、乗り合わせた英国人女性からそう話しかけられた。英国の人々が「乗っている電車は日本がルーツ」であることをどこまで知っているか分からないが、「電車が新しくて快適」と声がかかると日本人のひとりとして少なからず誇らしい気分になってしまう。

英国の長距離鉄道路線では、旧来の古い車両から日立製作所で作られた車両に次々と置き換えが進んでいる。3大幹線のうち2路線では日立製新型車への更新がほぼ完了、残りの1路線でも来年2022年には置き換えが始まる。

そして昨年12月、2029~33年の開通を目指す次世代高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」向け車両の発注先が英国運輸省から発表された。過去10年余りにわたって、英国の鉄道界で実績を積んできた日立がこれを落札した。米中の後塵を拝すようになったと言われる日本のモノづくりで新たな第一歩を記す、大きなトピックではないか。

「鉄道発祥の国・英国」に日本製の車両がどんどん導入納入されている実態を改めて紹介したい。

■「この臭さはなに?」排気ガスが充満する駅

「この臭さは何なの? 今でもガソリン燃やして電車を動かしているわけ? イギリスって鉄道の故郷なのに、期待外れだわ」

5年ほど前のこと、日本から仕事でやってきたM子さんは、ロンドンの空の玄関・ヒースロー空港から市内のターミナルとなっているパディントン駅に着くなり、迎えに出向いた筆者にこう叫んだ。

確かに当時のパディントン駅では、出入りする長距離列車はもとより、ヒースロー空港行きのシャトル列車以外はすべてディーゼルカー(気動車)で埋め尽くされていた。つまり、燃料を燃やして走る古い車両が行き交う、排気ガスの臭いが充満するひどい場所だった。

すっかり気分を害したM子さんに「燃料を燃やして走る列車は、そもそも電車とは言わないんだけど……」と説明してもむなしい。同駅の片隅に置かれている英国発祥の絵本『くまのパディントン』の銅像を見せたら、「ああ、ここで映画を撮ったのね」といくらか機嫌が戻ったが……。

さて、英国の鉄道インフラは、欧州大陸の主要国と比べたら格段に古くて、ひどい。フランスでは、世界で1、2を争う速さの「TGV」が30年も前から走っているし、ドイツやイタリア、スペインなどの各国では、新幹線のような専用の線路を走る高速列車のネットワークが広がっている。

■れんが造りの駅舎や手旗式信号もまだまだ健在

一方の英国ではどうだろうか。40年ほど前から、時速200キロを超える列車が在来線をかっ飛ばしているが、主要都市間を結ぶ新幹線のような高速鉄道専用線はいまだに存在しない。かろうじて、欧州大陸との直通列車「ユーロスター」が走るロンドン―英仏海峡トンネル(ユーロトンネル)間が「ハイスピード・ワン(HS1)」という高速専用線として整備されている程度だ。

HS2の完成予想図。白地に青い線の塗装が東海道新幹線の「のぞみ」を感じさせる
提供=日立製作所
HS2車両の完成予想図。白地に青い線の塗装が東海道新幹線の風情を感じさせる - 提供=日立製作所

訪英する日本人観光客は「ハリー・ポッターに出てくる駅が実際に使われているとは!」と喜んでくれるが、多くの駅舎が19世紀にできたれんが造りだったり、線路のインフラが見るからに古かったりと、「新しいものが良いもの」と考える若い世代にはあまり自慢できるものではない。

なぜこうしたことが起きているのだろうか。英国では、19世紀初期に蒸気機関車(SL)が発明されてから100年ほどの間に、基本的な鉄道ネットワークが完成した。保守点検の基準は19世紀から大きく変わっておらず、「使えるものは使い続ける」という考え方だ。結果、物持ちの良い鉄道マンたちのおかげで“歴史ある鉄道インフラ”を使い続けることができた。

地方路線に行くと、特急の運転士が手旗式の信号を確認しながら、時速160キロを超えるスピードで走り抜けたり、ローカル線では係員の目視でレールのポイント交換が行われたりしている。

車両についても同じようなことが言える。近距離路線では新しい技術を搭載した車両更新が行われる一方、車齢40年を超える車両が「イギリス最速の列車」としてつい数年前まで最前線で働いていた。パディントン駅にやってきたM子さんは、この古い車両の排気ガスを思いっきり吸わされてしまったわけだ。

■日本の新幹線を作った日立が請け負う

英国政府もこうした前近代的な鉄道インフラや車両をどう更新していくか、頭を悩ませていた。そこで、主要幹線の長距離列車で使われている老朽化が激しい車両を置き換えるべく、「インターシティ・エクスプレス・プログラム(=IEP、都市間高速鉄道計画)」と銘打ち、実現に向けて政府内で調整、メーカー各社に入札を求めた。

それに手を挙げたのが日立製作所だ。日本の新幹線車両を過去50年以上にわたって製造してきた実績を引っ提げ、2012年7月、IEPに使われる車両「クラス800シリーズ(以下、シリーズを略す)」(122編成、計866両)を英国政府から受注した。

実は日立はこれ以前にも英国で実績を積み上げていた。前述のロンドン市内とユーロトンネル入口とを結ぶ高速新線「HS1」には、鉄道車両工場である日立製作所笠戸事業所(山口県下松市)で組み立てた「クラス395」が納入され、2009年から営業運行が始められた。2012年のロンドン五輪の際には、市内中心部とオリンピックパークとを結ぶ選手・観客輸送に大活躍したほか、日本で鍛えた「雪にも強く、定時運行への信頼性」は英国の人々を驚かせた。この「クラス395」の高い評判がIEP車両の落札につながったのは疑いない。

2017年6月、初の乗客としてIEP車両の特急に乗り込むエリザベス女王2世
英王室の許可を得て筆者撮影
エリザベス女王2世は2017年6月、IEP車両のお披露目記念列車に乗車した - 英王室の許可を得て筆者撮影

■日立が英国鉄道界にもたらした「技術的革新」

2017年秋、ついに「クラス800」のうち、パディントン駅をハブとするグレート・ウェスタン鉄道(GWR)向けの車両が営業運転を始めた。最高時速が200キロという仕様のため、日本で当時走っていた新幹線と比べてスピードや流線型の構造で見劣りはするものの、音やにおいは日本の電車そっくり。試乗会に参加した際の筆者は、「このまま、名古屋や京都まで連れて行ってくれるのでは」と錯覚を覚えたほどだ。

「クラス800」には複数のバージョンがあるが、基本的には架線から電気を取るためのパンタグラフが付いており、見た目は「電車」だ。ところが、電車タイプの他に、非電化区間も走れるようにディーゼル発電機を搭載した「バイモード」車両仕様のバージョンもある。これは、架線がある電化区間は電車として、非電化区間はディーゼルカーとして走れる。

このバイモード車両の仕組みは、英国の鉄道界に日立が作り上げた「技術的革新」の一つとされる。それまでディーゼル車両の騒音や排ガスに悩まされてきた地方路線沿線の人々は、「1日も早く電化してほしい」との望みを持っていた。しかし、景観保護を優先したい観光路線では電化への切り替えへの希望を引っ込めた自治体もある。このバイモード車両のおかげで、トンネルなどの改造や架線を極力少なくし、高速化も実現できたというわけだ。

エリザベス女王2世も2017年6月、「IEP車両、初の乗客」として特別列車に試乗した時、このバイモードのテクノロジーについて興味を持ったと伝えられている。日立では現在、さらなる環境への負荷軽減のために、ディーゼル発電機の代わりに蓄電池を搭載し、そこから電力を得て走る車両の開発も進めている。

■日本の最新技術と英国文化を取り入れた仕掛け

日立製車両を導入したグレート・ウェスタン鉄道には、かつて「インターシティー125」と呼ばれるディーゼル特急車両が1976年から走っていた。当時のテレビはブラウン管とトランジスタ回路でできていたし、各家庭ではケーブルがつながった黒電話が使われていた時代だ。「当時の最新鋭の技術」を使って作られたとはいえ、車両に使われていたドアは全手動という代物だった。

それから実に40年以上もの時がたって導入された「クラス800」はどうだろう。まるで、使えるIT技術は全部使おうとばかり、さまざまな仕掛けが見られる。

例えば、コロナ禍のさなか一気にポピュラーとなった、Uber Eatsのようなスマートフォンアプリを使った「飲食物のデリバリーサービス」を車内で展開している例もある。

日立が製造した「クラス800」では、Uber-Eatsをはじめとするデリバリーサービスが使える
筆者撮影
「クラス800」の乗客は、座席からデリバリーサービスで飲食物を注文することもできる - 筆者撮影

乗客は座席に貼られたQRコードにアクセスし、メニューを選んで決済を済ませると、列車員が注文の品を届けてくれる。実はかつての「インターシティー125」では、車内にバーカウンターが設けられており、そこでお茶やビールをはじめとする飲食物を買うことができた。「クラス800」では、スペースの都合でこうした「売り場」をなくす代わりに「デリバリー」で対応しているわけだ。

ワゴンサービスによる車内販売と併用ではあるが、「クラス800」ではこうした一般社会で使われているIT技術に範を取りつつ、昔ながらに親しまれた文化も残すことで顧客の期待に応えている。

■飛行機に対抗する「LCC列車」も登場

HS1、そしてIEP車両の納入で実績を残している日立だが、それ以外にも地方幹線用に導入された例もある(年表参照)。

日立英国向け鉄道車両導入の経緯
出典=各種資料より筆者まとめ

昨年秋には「クラス800」を使った新たな特急電車「Lumo」が、ロンドン―エジンバラ(スコットランド)にお目見えした。これは、英国初の「格安航空(LCC)の列車版」ともいえるもの。東京―大阪の距離に匹敵する両都市間を、早く買えば安く乗れるようにした。この区間をLCCで飛んだ場合、片道で最低40~60ポンドが相場だが、Lumoでは最低価格15ポンド、最高でも69ポンドと設定している。

所要時間を見ても、不便な場所にあるLCC空港の立地を考えると、市内中心部にあるターミナル駅で乗り降りできるLumoのほうが便利だ。列車本数がまだ少ない、という問題が残るものの「その日にとにかく移動したい」という人々への訴求効果は抜群だ。

■ついに英国へ「のぞみ」上陸か

先に落札が決まったHS2の車両製造に当たって日立は、フランスでTGVを手がけたアルストムと組むことが決まった。最高時速は360キロと、完成すれば欧州最速となる。受注内容は高速列車54編成の設計・製造に加え、車両の保守業務12年間分で、契約総額19億7000万ポンド(約3000億円)に達する。

2020年秋にスコットランドで開業した新型特急「Lumo」
筆者撮影
ロンドンーエジンバラ間の格安特急「Lumo」にも日立製「クラス800」が導入された - 筆者撮影

どんな車両が走ることになるのか、今から完成が楽しみなのだが、これまでに筆者が得た情報によると、車両の設計タスクは日立による割合が大きいという。これまでに発表されている完成予想図を見ると「白地に青い線」の塗装となっており、東海道新幹線の「のぞみ」を感じさせる。

「のぞみ」の最高速を大きく超える日本をルーツとする車両が、鉄道発祥の国で走るようなことになれば、今まで以上に「日本の鉄道技術のすばらしさ」を世界に知らせることができようというものだ。

すでに英国の主要鉄道幹線を席巻しているニッポンの鉄道のワザ。これを契機に、世界各国への展開も期待したい。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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