「環境意識の高さでは説明できない」ノルウェーで電気自動車が急速に普及した本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年1月12日 17時15分
■寒冷地ノルウェーでは普及しづらいはずだったが…
ノルウェーは、ヨーロッパの中でも電気自動車(EV)の普及が目覚ましい国だ。
ノルウェー道路連盟(OFV)によると、同国の2021年の乗用車の新車販売台数のうち、実に64.5%がEVであった(図表1)。それに続くハイブリッド車(HV)が27.2%、日本でいうところの電動車(ないしは低公害車)が新車の9割以上を占めていることになる。
車種別には、米テスラのEV「モデル3」が首位(登録台数の6.8%)となり、二位はトヨタのHV「RAV4」(同5.1%)が、三位はドイツのフォルクスワーゲン(VW)のEV「ID.4」(同4.9%)だった。
寒冷地であるノルウェーではバッテリーの性能が低下するため、EVは普及しにくいのではないかという指摘が以前は少なくなかった。
しかしノルウェーでは、そうした心配をよそに順調にEVが普及しているわけだ。ノルウェーでの普及は、寒冷地におけるEVの性能の低下という問題が、技術的にある程度克服されたことの証左と言えよう。
そうは言っても、2025年には新車の全てをEVか燃料電池車(FCV)に限定する方針のノルウェーでも、RAV4をはじめとするHVには根強い人気があるようだ。
■最大の要因はコストの安さ
ノルウェーでEVが順調に普及している理由に、国民の環境意識の高さを指摘する識者は数多い。
しかし最大の要因は、そのコストがイニシャルとランニングの両面で安いことにあると言えるだろう。イニシャルコストとは購入に際してかかるコストを意味するが、一般にEVの車両単価はガソリン車やディーゼル車に比べると高くなる傾向がある。
しかしノルウェーEV協会のリポート(2020年9月)によると、VWの小型乗用車「ゴルフ」の場合、最終的な車両単価は従来の化石燃料型と電気自動車型(e-Golf)と比べて、むしろ安くなっている(図表2)。
政府が従来型の車両に対して炭素税や登録税など種々の税金が課す一方で、普及を後押ししたいEVには税金を課していないためだ。
ヨーロッパ各国はEVの普及のためにさまざまな減税措置や補助金の給付に努めているが、ノルウェー政府はEVの購入に際して税金を一切課さないことで、ユーザーに対して実質的なインセンティブを付与していることになる。
2021年の公的債務がGDPの42%と先進国でも有数の健全財政を誇るノルウェーだからこその大盤振る舞いと言えよう。
■安価な電力と高価な化石燃料がEVを後押し
ランニングコストの面からも、電気代の安さがEV普及の追い風になっている。
ノルウェーは電力のほとんどを豊富な水力から得ている。発電コストが安い分、最終的な電力価格も安くなる。欧州連合統計局によると、2021年前半の家計の1kWh当たり電力負担額はドイツで税込31.9ユーロセントだったが、ノルウェーは同18.3ユーロセントだった。
他方で、世界でも有数の産油国であるにもかかわらず、ノルウェーの化石燃料の価格はヨーロッパでも有数の高さを誇る。
チェコで運営されているヨーロッパの道路情報サイト「tolls.eu」によると、2022年1月3日時点でノルウェーのガソリン価格は1リットル当たり1.94ユーロとドイツ(1.72ユーロ)やフランス(1.63ユーロ)を上回っている。
政府が気候変動対策としてガソリンやディーゼルに対して高い税金を課しているのが、他のヨーロッパ諸国に比べてもノルウェーで化石燃料の価格が高い根本的な理由だ。
燃料代が安ければユーザーは従来型のガソリン車やディーゼル車の購入も検討できるが、そうした選択ができないような構造が政府によって作られているといった方がいいだろう。
世界有数の産油国として各国に化石燃料を輸出して経済成長を図りながらも、国内では気候変動対策のために化石燃料の使用に厳格であるノルウェーの様に対し、一種の矛盾があるのではないかという批判的な声も少なからずあるようだ。
とはいえ、ノルウェー政府はそうした声に耳を傾けることなく、自らが描くEV化戦略を粛々と推し進めている。
■点と線という国土発展史もEV普及に合致
EVが普及するためには、充電ポイントの増設が欠かせない。バッテリーの技術も日々刻々と向上しているが、EVはガソリン車やディーゼル車のようなロングドライブにはまだ適さないという評価が一般的だ。
こうした点につき、まさに「点と線」の形で発展してきたノルウェーの国土が、結果的にEVを普及しやすくさせる方向に働いた。
ノルウェーの国土面積は38万5200km2と日本(37万8000km2)とほぼ同様だが、人口は540万にも満たず、首都オスロでも人口は都市圏で80万人を超える程度だ。ノルウェーの都市は南部に集中しているが、それでもオスロと第二の都市ベルゲンとの間は500キロ近くも離れている。オスロから北部の最大都市トロムソまでは1500キロ以上もある。
また地形が複雑であるため、都市圏間の移動は主に飛行機で行うことが多い。つまり、自家用車はあくまで都市圏の中の移動手段にすぎない。
当然だが、都市圏内であれば充電ポイントの施設は比較的容易だし、スケールメリットが働きやすいと言えよう。電力の配送コストの観点からも、充電ポイントが都市部に集まっていた方が合理的だ。
ノルウェーの国土の特徴と都市、交通の発展の在り方が、期せずしてEVの普及に高い親和性を持っていたということになる。隣国のスウェーデンのキャッシュレス事情を考える場合もそうだが、こうした構造変化は国土の発展史と密接にかかわっている。
ノルウェーの経験はどの国でもできるものではなく、過剰に美化するべきではないと言えよう。
■安価で安定した電力供給が不可欠だ
日本の人口や国土の事情を考えた場合、ノルウェーのような速度での普及はまず無理だ。とはいえ日本でも都市部を中心にEVは普及の余地があるため、支援策を拡充すれば、普及のスピードをある程度までは加速させることができるだろう。
まず、政府が今まで以上に大規模な減税なり補助金を給付するなどをして、EVの購入を促す必要がある。
それに充電ポイントの施設を進める必要があるが、それには建設会社への補助金のみならず、ガソリンスタンドに業態転換を促すための補助金も要るはずだ。しかし、こうしたコストは当然ながら多額に上ることになる。そして、それらが最終的には納税者に転嫁される点について、EV推進派はきちんと説明責任を果たすべきではないだろうか。
それに、より重要な点は、電力が安価にかつ安定して供給されるかどうかという点にあると言える。
原発を動かさない限り、日本では化石燃料と再エネの二刀流で発電を続けなければならない。しかし化石燃料は市況の、再エネは天候の影響を受けやすい。今冬、日本の電力需給の逼迫(ひっぱく)は深刻だが、そうした不安定な状況が続けばEVの普及は限られる。
つまるところ、EVの普及は電源構成の問題とも直結する話でもある。HVも脱炭素化という目的にはかなうはずだが、EVを普及させるなら、より出力が高く安定した電源が必要となることは明白だ。
いずれにせよ、他国の美しいところだけを切り離して理想論を語るのだけではなく、参考になる点や応用できる点を冷静に見極めたいところである。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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