「林に何を持って入りたいか」お金をどれだけ貯めても"老後が不安"に対する禅の答え
プレジデントオンライン / 2022年1月18日 8時15分
■持てば持つほど不安になる
確かに「老後のためにはこれぐらい貯めておいたほうがいい」とか、「これぐらい貯金がないと老後の生活は成り立たない」といったニュースはよく聞きます。多くの人が、お金を貯めるのは「安心」を手に入れるためなのでしょうね。
一般的な「安心(あんしん)」とは、いわゆる条件です。つまり、これだけお金があるとか、こんなに仲間がいるとか、セキュリティーのあるマンションに住んでいるとか、そういった条件によって、人は安心を得ようとするわけです。
しかし、そういう安心は、持てば持つほど不安は増してしまうものです。貯金が増えたら、これがなくなったらどうしよう、周りの友だちがみんないなくなったらどうしよう、セキュリティーが破られたらどうしよう……。そんな具合に。
昔から仏教では「持てば不安になる」ということは徹底的に言われています。物だけでなく、あらゆる概念や関係性を含めて、とにかく持つことは不安につながるので、手放す生き方を推奨しています。安心というのは幻想ですから、さっさと手放したほうがいいのです。
■「あんしん」より「あんじん」を求める生き方を
そこで安心を「あんしん」ではなく、「あんじん」と読みかえてみましょう。仏教では実際にそのように読みます。私がおすすめしたいのは、この「あんじん」を求めることです。
![両足院・唐門前庭の小径](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/9/670/img_799f3151908ddc81432f1fdfe2950fa9494027.jpg)
あんじんというのは、心の軸という意味。身体的な特徴や出自など、人は生まれながらの差はありますが、まずはそれを受け止めたうえで、自分はこう生きていくんだという自分の軸を持つ。
自分の軸が定まらなければ、不安に陥ると必ず自分は先天的に恵まれていないとか、あの人のほうがすぐれているからと自分以外のものに責任転嫁してしまいます。
しかし自分の軸を持っていれば、自分本来の道を歩めるわけですから、本当の幸せや安心につながります。今のような不確かな時代に幸せに生きていくためには、「あんしん」を持つよりも「あんじん」になれるかどうかが大きいと思います。
■お金は人生をともにするパートナー
お金によって安心や幸せは手に入りませんが、だからといってお金のことを全く無視していいというわけではありません。お金というのは、不幸を回避するのに、大変助かるものだからです。
![手のひらの上に種子](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/7/300/img_17a8899d253efce0214a49750d397e5a331442.jpg)
たとえば病気になっても、お金があったから望む医療を受けられたとか、仕事が忙しいときは、人にお金を払って助けてもらうといったことができます。また非常に悲しい側面ですが、自殺の原因の多くが経済的理由です。もし、その人に稼ぐ能力以前にお金の知識があれば、未然に防げたかもしれません。
さらに何か新しいことを始めるときにも、お金というのはガソリンの役目を果たすでしょう。
ですから、お金はそういうものだとまず知って、お金と仲良くする。これが手に入れば人生が変わると思うのではなく、パートナーのように伴走すれば、不幸を回避したり新しいことを始めたりするときに、役に立ってくれるはずです。
■林の中に何を持って入るか
もともとお坊さんには、老後という概念はありませんが、もしかしたら一般の人も人生100年時代で、生涯現役で働く時代かもしれません。そうすると老後がなくなるので、「老後のために貯金」という行為自体、間違えている可能性があります。
![両足院・副住職 伊藤東凌](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/2/300/img_4262101747d37dcb8c728b0a0b1a56ef223864.jpg)
理想は60代から70代、一般的にリタイアする年齢になったら、第一線から退いて、生産性ではなく、社会貢献に重きをおく働き方にシフトすることではないでしょうか。
仏教では、人生のサイクルを「学生期」「家住期」「林住期」と分けて、人生の後半は林の中に入っていくと言われます。もちろん言葉通りにとらえる必要はありませんが、林の中に入っていくというのは、どこか社会の中にもっと溶け込んで、貢献していくというイメージがあるように思えます。
その林の中に入るときに絶対に持っていたいものは何でしょうか。それを自分に問いかけると、お金ではない、今準備しておくべきものが見えてくると思うのです。
■70歳になったときに一番持っていたいもの
これはかなり個人的な価値観ですが、私だったら70歳ぐらいになって一番持っていて価値があるなと思うのは、若い友だちです。
たとえば、自分が70歳になってスマホが使えなくても、若い友だちがいたら教えてもらえますよね。これからスマホ以上のIT機器は絶対に登場するでしょうから、そのときに「どうやるの、これ?」という感じで聞けます。
友だちと言えるぐらいの距離感が理想ですが、いずれ若い人がどんどん活躍できる場を私がつくれたらいいなと思っています。ですから今、私にできることは、そういう場づくりの準備。そうやって意識していれば、自然に世代を超えた友だちもできるだろうし、貯金よりもはるかに価値のある資産だろうと思います。
また未来の社会は、今と同じコストでは回っていないと私は考えています。つまり社会のインフラも変わり、シェアもすすんで、生活コストが下がり、最低限のお金で暮らせるのではないかと思うのです。
そう考えると、ますます老後という概念自体、持たないほうが幸せなような気もします。
■未来はお迎えするもの
未来というものは、淡々と想像すると不安になるものです。不安というのは、何かのセンサーにひっかかっているということ。そこでちょっと立ち止まって、どこに改善ポイントがあるんだろう、このエネルギーをどう転換させればいいんだろうというところに意識を向けると、不安は減るでしょう。
私が好きなのは「未来をお迎えする」という考え方です。
正月を迎えるとか迎春などとよく言いますが、お迎えするというのは徹底的に準備することです。お正月に神様がきたかどうかは誰にもわからないけれど、やはり家の隅々まできれいに掃除をして、鏡餅や門松を用意したら、お正月がやってきて神様をお迎えできたという気持ちになります。この時間の捉え方は日本人独特で、私はとても気に入っています。
ぜひ自分がお迎えしたい未来を考えてみてください。70歳になったときに健康で働ける未来がほしいなら、今は食事、運動、睡眠のバランスのとれた生活習慣を身に付けることがその準備になります。世代を超えて仲良くし合える仲間に囲まれていたいなら、今から積極的にネットワークをつくっておくことが準備になるかもしれません。
自分のビジョンがあって、それを意識してコツコツ準備していけば、いつの間にか理想の未来をお迎えできるでしょう。もちろん不安も消えているはずです。
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両足院 副住職
京都「両足院」副住職。両足院で生まれ育ち、3年間の修行を経て僧侶に。アメリカFacebook本社での禅セミナーの開催やフランス、ドイツ、デンマークでの禅指導など、インターナショナルな活動も。7月には禅を暮らしに取り入れるアプリ「InTrip」をリリース。著書に『月曜瞑想』(アスコム)がある。
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(両足院 副住職 伊藤 東凌 構成=池田純子)
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