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名物は「羊の脳みそバーガー」…反米国家イランにある"マシュドナルド"の意外な人気ぶり

プレジデントオンライン / 2022年1月17日 19時15分

テヘランにあるマシュドナルド。中央にいる男性が店主のハッサン・パドヤブさん。 - 写真=平凡社提供

反米国家のイランには、アメリカのファーストフードチェーンの正規店は存在しない。ただし、首都・テヘランにはマクドナルドを模した「マシュドナルド」という店がある。共同通信社の新冨哲男記者は「店主は『俺はマクドナルドに首ったけなんだよ』と話していた。実のところ、米国文化をこよなく愛するイラン人は少なくない」という――。

※本稿は、新冨哲男『イラン「反米宗教国家」の素顔』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

■「強面」のイメージとは異なるイランの素顔

中東の世俗的な親米王政国家を、政教一致の反米イスラム国家に塗り替えた1979年のイラン革命は、世界に激震を走らせた。

西洋的な価値観を痛烈に指弾する宗教指導者、漆黒のベールで全身を覆った女性。従来からイランという国名を耳にすれば、そんな群像が想起されることが多かったのではないか。

1980年代はイラン・イラク戦争が泥沼化した。2000年代以降はブッシュ米政権に「悪の枢軸」と名指しされ、核問題の表面化で経済制裁を科された。

一連の出来事はいずれも、イランの「強面」のイメージを増幅させた。しかしながら、革命から40年超が経過した現代イランの実像は、そうしたステレオタイプな見方とは随分異なっている。

最近の情勢緊迫のせいもあり、世の中にぼんやりとイラン脅威論が漂っている中、正しい理解に向けた努力は意味を増している。本章では、私が駐在生活の中でじかに見たイランの素顔を紹介したい。

■マクドナルドではなくて、マシュドナルド

爽やかな秋のランチタイム、テヘラン西部の街頭にハンバーガーの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。空き腹を抱えた客が吸い寄せられていく店頭には、赤のベースカラーにお馴染みの黄色い「M」のマークが浮かぶ。レジ前の広告ポスターの中で、ピエロのマスコット「ドナルド」がおどけたしぐさを見せていた。

2017年11月。もはや説明の必要がないほど既視感は明白だったが、一見して何かがおかしかった。これでもかと言うぐらいに何カ所も掲げられた店名には「MashDonald’s」とあった。マクドナルドではなくて、マシュドナルド。でもあまり目立たない場所に、ちゃっかり「McDonald’s」と綴ってあるのは見逃せない。

■アメリカの文化は「大悪魔」だが…

マクドナルドはおろか、ピザハットもサブウェイもイラン国内に正規店は存在しない。背景には、米国がイラン核問題関連の制裁とは別途、ミサイル開発や「テロ支援」を理由に科してきた対イラン制裁があった。これは米企業に原則、イランに関わる貿易・投資を禁じる内容だった。それに加え、イランのイスラム革命体制も「大悪魔」と呼ぶ米国の文化を拒絶してきた。

実のところ、米国文化をこよなく愛するイラン人は少なくない。繁華街の露天商を訪ね歩けば、ハリウッド映画作品の海賊版DVDの需要がいかに高いかが分かる。

電気街には米アップルの店舗「アップルストア」と見紛う店舗があふれ、第三国経由で調達したiPhone(アイフォーン)が正規価格を大幅に上回る値段で売れていた。米国型の大量生産・大量消費社会を象徴するファーストフードが垂涎の的となるのは、火を見るより明らかだ。

■「心のこもったもてなしに惚れちまった」

ピザハットならぬ「ピザホット」、サブウェイと思いきや「サブライム」。テヘランの市街地には、本物そっくりの飲食店が少数ながら看板を掲げ、控えめに営業していた。

ネームバリューにあやかった荒稼ぎが目的と推察されたが、反米国家で如才なく立ち回るのは至難の業だ。関係当局のプレッシャーは凄まじく、気付いた時には忽然と姿を消している店舗も珍しくなかった。

そうした困難な獣道を、テヘランのハンバーガー店「マシュドナルド」は反骨精神だけで歩んできた。極太のわし鼻に、鋭い二重まぶた。これは偽物ではないというレイバンのサングラス。アウトローな雰囲気をぎらぎらと漂わせる店長ハッサン・パドヤブ(67)は、シンプルに語った。「心のこもったもてなしに惚れちまったんだ」

■ドイツでの運命的な出会い

マクドナルドとの出会いは40歳を過ぎたころ。ドイツに旅行中、チェーン店舗の一つにふらりと立ち寄った。ハンバーガーを口にしてみると、予想以上にうまい。3個をぺろりと平らげ、翌日にすかさず再訪した。同じように3個注文すると、レジの店員は訳知り顔で接客対応し、特別サービスで3個目は無料にさせてもらいたいと申し出た。

ドイツのマクドナルド
写真=iStock.com/Artur Bogacki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Artur Bogacki

どうしてなのか店員に詰め寄らなければ、真相を知らされることはなかっただろう。前の日の豪快な食べっぷりに惚れ込んだ店長が「もし彼が再訪することがあれば、素敵な体験をさせてあげて」と内々に取り計らっていた。

ハッサンは小粋な演出に感動した。結局、ハンバーガーと店の雰囲気を目当てに4日連続で通い詰めた。

「何とかして、マクドナルドの最後の空白地帯を埋めてやることはできねえか」。イランに帰国後、店をオープンしたいとの願望が頭をもたげた。

■オープン翌日に放火され、即営業停止

反米のイスラム体制下、マクドナルドは言うなれば「悪魔のシンボル」。相当な経営リスクがあるのは想像に難くない。

新冨哲男『イラン「反米宗教国家」の素顔』(平凡社新書)
新冨哲男『イラン「反米宗教国家」の素顔』(平凡社新書)

元々、なりわいはナッツ農場経営で、飲食業界で働いたキャリアがあるわけでもなかった。それでも、思い立ったが吉日。習うより慣れよ。我流で準備を重ね、十数年前に看板を掲げた。

関係当局や保守強硬派からの風当たりは推して知るべしだ。革命黎明期、マクドナルドのそっくり店舗はオープン翌日に放火され、営業を停止した。

1990年代、あるハンバーガー店は「M」のマークを広告に用いただけで脅迫電話が殺到し、閉鎖に追い込まれた。最高指導者ハメネイでさえ、ブランドそのものを名指しで指弾したことがあった。

■「俺はマクドナルドに首ったけ」

ハッサンはどこまでも突っ張った。「誰に何と言われようと、俺はマクドナルドに首ったけなんだよ」と開き直り、威嚇や恫喝に真っ向から挑んだ。

ペルシャ語で「素晴らしい」を意味するマシュディから取った店名は、行政手続きで登録不受理となったが、看板はマシュドナルドのまま変えなかった。

商標権の侵害ではないかと指摘されても「いい宣伝になるだろうが」と譲らなかった。心意気が届いたのか届いていないのか、マクドナルドから抗議はなかった。一難去ってまた一難の繰り返しだったが、連日約200人が訪れる人気店に育て上げた。2号店もオープンする運びとなった。

■羊の脳みそのサンドイッチの味は…

「さあ、食べてみろ。サービスだ」。銀紙にくるまれた出来たてのハンバーガーを、ハッサンがしきりに勧めてきた。なるほど、マクドナルドの単なる猿まねではないようだ。バンズの焼き加減は絶妙で、挽肉の甘味が口いっぱいに広がった。

イランの庶民料理に着想を得た「羊の脳みそのサンドイッチ」は、焼き白子のように濃厚だ。いずれもまた食べてみたいと思わせる、オリジナルの味わいだった。

その場に居合わせた常連客はマクドナルドへの憧れというよりも、ハンバーガーのクオリティーやハッサンの人柄に惚れ込み、店に足を運んでいるようだった。

■ホスピタリティーは本家に並ぶ

インフレで食材価格が跳ね上がっても、良心的な値段設定に極力変更は加えない。路頭に迷ったアフガニスタン難民を手招きし、こっそりと振る舞う。マシュドナルド成功の秘訣は、本家本元から受け継いだというホスピタリティーにあるのだろう。

「いいか。政治ってもんはな、人間の胃袋には何の影響も及ぼせねえんだよ」。

マシュドナルドの運命を握りそうな米イラン関係の行方など、ハッサンはどこ吹く風だ。およそ実現不能に思えるマクドナルドとのフランチャイズ契約に、時が熟せば手を上げてみたいと大風呂敷も広げてみせた。

自分の正義をとことんまで貫き、とがったセリフを吐いては不敵な笑みを浮かべる姿に、イラン一流の男気が宿っていた。

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新冨 哲男(しんとみ・てつお)
共同通信記者
1983年佐賀県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2006年共同通信社入社。大阪社会部、外信部を経て、16年7月から18年8月までテヘラン支局長。現在は政治部で首相官邸を担当。『イラン「反米宗教国家」の素顔』(平凡社新書)が初めての著作となる。

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(共同通信記者 新冨 哲男)

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