箱根駅伝で火ぶた切った「厚底ウォーズ」アシックスはナイキに叩きのめされるのか
プレジデントオンライン / 2022年1月15日 11時15分
■ナイキ厚底を履く選手は昨年201人から154人に減った
青山学院大がパワフルな走りで独走Vを飾った箱根駅伝。気象コンディションに恵まれたこともあり、好タイムが続出した。青学大が大会記録を1分41秒更新しただけでなく、順天堂大、駒澤大、中央大、創価大、法政大、神奈川大、国士館大、駿河台大(初出場)、専修大の10校がチーム記録を塗り替えた。過去22チームしか成し遂げていない“11時間の壁”を今回だけで一気に11チームが突破している。
これはシューズの進化が大きい。ナイキが2017年夏に一般発売した厚底シューズは少しずつリニューアルを重ねて、圧倒的に速くなっている。個人差があるとはいえ、従来の薄底タイプと比べて、1kmあたり2~3秒のアドバンテージがあると考えていい。駅伝の世界では、しばしば監督から選手に向けて「1秒を削りだせ」といったげきが飛ぶが、それがシューズの性能によって果たされる部分もある。そのことをタイムは雄弁に語っている。
当然、近年は箱根駅伝ランナーたちが着用するシューズも注目を浴びるようになった。今回の2022年大会はどこのブランドが強かったのか。すでにさまざまなメディアが報じているが、詳しく振り返ってみたい。出場210人が着用していたのは以下の通りだ(目視でのデータ。カッコ内は前回の人数)。
大型スポーツ店のランニングシューズ売り場には、ブルックス、ホカオネオネ、オン、アンダーアーマー、リーボック、サッカニー、スケチャーズなど多くのメーカーのモデルが並んでいるが、箱根駅伝ランナーが着用していたのはわずか6ブランド。しかも、上位3社が98.0%ものシェアを占めている。
■「アディダスとアシックスの反撃」3ブランドがパイを奪い合った
前回はナイキが驚異的な数字を残している。210人中201人(95.7%)。今回は210人中154人(74.0%)とシェアを下げた。ナイキが持っていたパイをアディダスとアシックスが奪ったかたちになった。
いや、「パイを奪い返した」という表現が正しいのかもしれない。なぜならナイキ厚底シューズが登場する直前の2017年大会はアシックスが67人(31.9%)、アディダスは49人(23.3%)の使用者がいたからだ。
まずは前年4人から28人に飛躍したアディダスから見ていこう。主立ったところでは、2区と3区で区間記録を保持するイェゴン・ヴィンセント(東京国際大3年)と前回5区で区間賞を獲得した細谷翔馬(帝京大4年)がナイキから履き替えている。ヴィンセントは左足に痛みが出たこともあり、2区で区間5位の記録に終わったが、今回、5区を務めた細谷はかつて「山の神」と呼ばれた柏原竜二(東洋大OB)以来となる“連続区間賞”に輝いた。
3区で区間歴代3位の快走を見せた太田蒼生(青学大1年)もアディダスを履いていた。
太田はこの区間で1位を奪取し、そのままチーム往路・復路完全優勝に導いた。レース中、青学大の原晋監督は「ヒーローになっていくよ、ヒーローに!」と後方から声をかけ、実際にヒーローになった。
ヴィンセントと太田は『アディゼロ アディオス PRO 2』(税込み2万6000円)、細谷は『アディゼロ タクミ セン 8』(税込み2万円)と思われるモデルを着用。いずれも5本指カーボン(もしくはグラスファイバー)が搭載されている厚底タイプだ。
なおアディダスとユニフォーム契約を結んでいる青学大は太田以外の9人がナイキを履いていた。近年、アディダスを履く日本人ランナーで“顔”といえる選手がいなかったが、現役復帰時からナイキを着用してきた東京五輪陸上女子1万メートル代表の新谷仁美(積水化学)と契約。最近は新谷が広告塔の役割を担っている。今後は箱根駅伝で新たなヒーローになった太田がプロモーション活動に登場するかもしれない。
■アシックスが全面広告で宣戦布告「負けっぱなしで終われるか」
一方のアシックスは、ナイキの厚底シューズが登場するまでは首位に君臨してきたが、年々シェアを下げると、前回大会はまさかの0人になった。しかし、昨年2月のびわ湖毎日マラソンでアドバイザリースタッフ契約をしている川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)がアシックスの厚底タイプを着用して8年ぶりの自己ベストとなる2時間7分27秒をマークしたことが話題になると、学生ランナーでも使用が目立つようになった。ストライド型に対応した『METASPEED Sky』と、ピッチ型に対応した『METASPEED Edge』だ(両モデルとも税込み2万7500円)。
そして2022年元日付の日本経済新聞などに「わたしたちは、何度でも起き上がる。」というコピーの全面広告を掲載。そこには「2021年1月。レースから、アシックスのシューズが姿を消した」「負けっぱなしで終われるか」などと記されていた。
箱根駅伝はミズノが協賛しているため、広告内で「箱根駅伝」の名前を出せないが、ナイキを含む他社への明らかな“戦線布告”だった。その結果、アシックス使用のランナー0人から、今回24人へとV字回復ともいえる躍進を見せた。
ミズノは2人しかいなかったが、4年連続で3区を走り、トータル“19人抜き”を演じた遠藤大地(帝京大4年)と、4区で区間賞を獲得した嶋津雄大(創価大4年)が使用。ともに真っ白いシューズを履いて、インパクトを残している。
遠藤は発売前の厚底タイプとみられるモデル。嶋津も練習で厚底タイプを試しているが、今回は使用を見合わせている。過去2回の箱根駅伝でも快走した『ウェーブ デュエル ネオ』もしくは現行モデルの『ウエーブデュエル ネオ 2』(税込み2万5300円)を着用していた。
メーカーによってサイズ感は微妙に異なり、フィット感やクッション性、反発力なども個々で好みが分かれるものの、はっきり言えるのは、2~3年前はナイキ厚底シューズのポテンシャルがずば抜けていたが、この1~2年で他ブランドのレベルが急上昇したということだ。基本的に、選手たちは自分に合うシューズを履きたいと考えている。どこか右へならえ式のこれまでの“ナイキ一強”が異常だったわけで、少しずつ“正常”なかたちに戻ってきている印象だ。
■王者ナイキは“新モデル”がそろそろ登場か⁉
ただ、シェアを下げたナイキだが、今回もひたすら速かった。全10区間中8区間で区間賞を獲得している。これは気象条件に恵まれただけでは説明がつかない。1区吉居大和(中大2年)、9区中村唯翔(青学大3年)、10区中倉啓敦(青学大3年)が区間新記録を樹立。さらに3区丹所健(東京国際大3年)も日本人最高記録で走破した。
これでナイキは箱根駅伝の全10区間すべての記録(区間記録+2区と3区の日本人最高記録)を“完全制覇”したことになる。
区間賞獲得者では2区の田澤廉(駒大3年)が『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト% 2』(以下、ヴェイパー/税込み2万6950円)。他の6人は前足部にエアが搭載されている『エア ズーム アルファフライ ネクスト%』(以下、アルファ/税込み3万3000円)だった。
前回大会の区間賞は2、5、8、10区が「ヴェイパー」で、1、3、4、6、9区が「アルファ」だったことを考えると、アルファが多くなった。ちなみに総合優勝を果たした青学大の選手は10人中9人がナイキを着用。6人がアルファ、3人がヴェイパーを履いていた。
なお元日に行われたニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)は出場259人中201人がナイキを着用(77.6%)。アシックスを履いていた細谷恭平(黒崎播磨)が最長4区で区間賞を獲得した以外、残り6区間はナイキが区間賞を奪っている。6人中5人が「ヴェイパー」で「アルファ」は1人。“シューズ選択”は箱根駅伝と対照的な結果になった。
今回はパイを奪われたかたちのナイキだが、この1年間のプロモーションを振り返ると、レース用シューズのプッシュが非常に弱かった。というのも同社最高峰モデルである「アルファ」は2020年1月にプレス発表があり、同年3月1日の東京マラソンで本格デビュー。その後は新色モデルなどを出すのみで、シューズのアップデートはされていないのだ。
つまり、約2年“沈黙”しているのだが、何もしていないはずがない。
男子マラソンの世界記録保持者で五輪を連覇したエリウド・キプチョゲ(ケニア)のインスタグラムには新型アルファフライのプロトタイプと思われるシューズを確認することができる。
ナイキはビッグイベントの前後に新モデルの発表をすることが多い。マラソンは春(3~4月)と秋(9~11月)に国際的なメジャーレースが集中している。ということは新モデルの登場はそろそろではないか。そんな憶測が業界内では飛び交っている。2022年の箱根駅伝で奪われる側にいたナイキが再び攻撃を開始する予感が漂っている。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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