ソニーのEV参入は「いつも自動車頼みの日本」が生まれ変わる大チャンスである
プレジデントオンライン / 2022年1月17日 15時15分
■わが国経済に創造的破壊をもたらす可能性がある
2022年春にソニーグループ(ソニー)は、電気自動車(EV)の設計・開発などを行う“ソニーモビリティ”を設立し、EVの市場投入を本格検討すると発表した。最も重要なポイントは、ソニーが世界的な競争力を磨き上げてきたCMOS(complementary metal-oxide semiconductor、相補型金属酸化膜半導体)イメージセンサーをはじめとする画像処理半導体と、自動車の新しい結合を本気で目指していることだ。それは自動車産業に依存するわが国経済に創造的破壊をもたらし、経済の実力である潜在成長率の引き上げに資す可能性がある。
ソニーはウォークマンやトリニトロンテレビ、ハンディカムなどエレクトロニクス分野で多くのヒット商品を生み出した。特に、ウォークマンは世界の人々の生き方を一変させ、わが国の経済成長に寄与した。
ただ、ソニーは何かと何かを結合して新しいプロダクトを生み出すというイノベーションの領域に踏み込むことは難しかったようだ。そう考えると、ソニーは、前例にとらわれず積極的に何かと何かの新しい結合を目指す事業運営を志向し始めたと考えられる。ソニーによる画像処理半導体などと自動車の新結合が、わが国の自動車産業、さらには産業構造にどういったインパクトを与えるかに注目したい。
■EV市場に参入するソニーの狙い
ソニーが開発を進めているEV、“VISION-S”、の市場投入を本格的に検討し始めた最大の目的は、同社が“ものづくりの力”を磨いてきた画像処理半導体と自動車の“新しい結合”を実現し、新しい需要を生み出すことだろう。EV参入によってソニーは組織内外にある“ソニーはエレクトロニクスおよびコンテンツを生み出す企業”というイメージの打破を目指しているといってもよいだろう。米ラスベガスで開催されたテクノロジー見本市の“CES”にてソニーがVISION-Sの2つのモデルを展示したのは、新しい結合を目指すという決意表明だった。
その背景の一つには、新しいヒット商品の創造によって、世界の人々に新しい生き方を提供することはできたものの、その後が続かなかったという経営陣の反省があるはずだ。例えば、ソニーはウォークマンのヒットによって世界のミュージックライフを一変させたが、そこからさらに踏み込んでウォークマンとインターネット、パソコンなど、自社製品と他の機能を持つモノとの結合を実現するには至らなかった。
■CMOSイメージセンサー市場で半分のシェアを持つ
その一方で、米アップルは故スティーブ・ジョブズの指揮の下でiPodやiPhoneなど音楽再生機能と他の製品の機能の結合を加速させることによって、人々の高い満足感(付加価値)を生み出し、急成長を遂げた。ヒット商品の実現を目指してジョブズが手本にしたのがソニーだった。
2012年以来、ソニーは画像処理半導体の製造技術に磨きをかけることによって、スマートフォンやデジタルカメラ、車載カメラなどに使われるCMOSイメージセンサー分野での競争力を高めた。CMOSイメージセンサー市場でソニーは約49%のシェアを持つ世界トップ企業に成長した。画像処理半導体事業で得られた資金や技術力を生かしてソニーは映画、ゲーム、アニメなどコンテンツ事業の成長も実現した。さらなる成長を目指す取り組みの一つとして、ソニーは画像処理半導体をEVと結合することによって、移動時間をエンターテイメントやビジネスの空間に変容させようとしている。
■“EVシフト”という大きなチャンスが到来
ソニーが画像処理半導体やコンテンツと自動車の新しい結合を目指すために、世界経済全体でのEVシフトは大きなチャンスだ。ポイントは国際分業の加速によって事業運営の効率性向上が期待できることだ。EVシフトによって日独の自動車メーカーが磨いてきた内燃機関を中心とする“すり合わせ技術”の競争力は低下し、EVの生産はデジタル家電のような国際分業によるユニット組み立て型生産に移行し始めている。異業種の企業が自動車産業に参入する障壁は低下する。
現に、ソニーはEV生産をオーストリアのマグナ・シュタイアーに外注し走行実験を実施している。ソニーは自社に不足する自動車の安全な走行を支える製造技術を他の企業に任せることによって、一から自動車の製造技術を習得するのにかかる時間を節約できる。
他方でソニーは画像処理半導体やコンテンツの創出、高速通信技術を用いたオーバー・ジ・エア(Over the Air、OTA、無線通信でソフトウェアのアップデートなどを行うシステム)の開発に集中することができる。つまり、ウォークマンの設計・開発・生産を自社で行っていた時代に比べ、ソニーは自社が強みを持つ分野に一段と集中することができる。それは、より迅速に新しい製品を生み出し、先行者利得を手に入れるために欠かせない。
■ロボットやドローン分野でも結合を増やそうとしている
このように考えると、ソニーが世界最大のファウンドリである台湾積体電路製造(TSMC)と合弁で熊本工場を建設する根源的な狙いは、画像処理と車載半導体の製造技術に磨きをかけて、自動車など異業種の企業が生み出してきた製品との新結合をより効率的に実現するためだろう。中長期的な目線で考えると世界経済のデジタル化は進み、より高精度の画像処理を行うニーズは増える。
その展開を念頭にソニーはより高精度な画像処理を可能にするSPAD(Single Photon Avalanche Diode、単一光子アバランシェダイオード)センサーと呼ばれる画像処理半導体の開発を進め、先進運転支援システムや自動運転技術に用いる。そうした取り組みがVISION-Sの創出を支えた。ソニーモビリティはEVに加えてロボットやドローンの開発にも取り組む。自動車以外の分野でもソニーは新しい結合を増やそうとしている。
■「こうでなければならない」という固定観念は対応力を削ぐ
ソニーはVISION-Sの実用化に向けて、自動車など異業種から専門人材を獲得してモビリティ分野での事業運営体制を強化している。それは、わが国経済の実力である潜在成長率の引き上げに無視できない影響を与えるだろう。おそらくソニーはVISION-Sの生産を国内の自動車メーカーに打診しただろう。
しかし、VISION-Sの試作車の生産は国内企業ではなく、マグナ・シュタイアーが担当している。ソニーの申し出は自動車メーカーに難色を示された可能性がある。結果的にソニーが海外企業に生産を委託したことは、自動車は自社で設計から生産までを一貫して行う製品だという国内自動車産業の固定観念の強さを示唆する。
よく似た発想が、かつての本邦電機産業にもあった。1990年代以降のアジア新興国経済の成長と米国でのIT革命を背景に、デジタル家電の国際分業が加速した。その一方で、わが国の電機メーカーは雇用を守るという社会的な要請もあり、国内での設計・開発・生産体制の維持に固執し、結果として競争力を失った。自社の事業運営はこうでなければならないという固定観念は環境変化への対応力を削ぐ恐れがある。
■自動車メーカーだけでなく他業種にも影響を与える
世界経済の歴史を振り返ると、産業の創出、再編、およびその構造転換は、何かと何かの新しい結合を実現した企業家の存在が起爆剤になった。今後の展開として期待したいのが、国内企業であるソニーが画像処理半導体とEVの結合に取り組むことによって、従来の発想では環境の変化に取り残されるという国内企業の危機感が高まることだ。
ソニーがVISION-Sの実用化を急ぐことによって、ソニーと提携する自動車メーカーが増えたり、ソニーのEVを受託生産する企業が増えたりする可能性は排除すべきではない。ソニーが自動運転技術の実証実験を重ねることは、自動車メーカーだけでなく国内の半導体メーカーや他の業種の企業に新しい取り組みを志向させる要因になるだろう。
新しいことに取り組む企業の増加が、産業構造の転換など経済の新陳代謝を高める。ソニーがVISION-Sの実用化を真剣に目指し始めたことが、より多くの人のアニマルスピリットを刺激し、わが国経済の潜在成長率の向上につながることを期待したい。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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