「こんなの三越じゃない」11期連続赤字の地方店が仕掛けた"前代未聞のデパ地下"の狙い
プレジデントオンライン / 2022年1月19日 15時15分
■数十億円を投じた「松山三越」の大改装
恐れ伴う覚悟だったに違いない。進むも地獄、退くも地獄、現状維持でも命運尽きる——。
三越伊勢丹ホールディングス(HD)傘下の地方百貨店「松山三越」(愛媛県)が約1年の大規模改装を終えて昨年12月10日、全面開業した。
再生計画が本格的に議論され始めたのは2020年に入ってから。新型コロナウイルスの感染者数が急拡大する時期と重なった。インバウンドは消滅し、回復時期は見通せない。地方にあって、11期連続の赤字店舗だ。このまま再起をかけた改装事業に数十億円を投じる価値はあるのだろうか、だれもがいぶかった。
東京の本社内では再生断念の選択肢が何度も浮上し、20年7月の存続の正式決定直前まで張り詰めた空気が漂っていたという。
実際、松山三越の業績は着工前の19年度、約8億円だった営業損失が、改装工事に伴う部分営業などで20年度は、約12億円の損失にまで膨らんだ。沈みゆく船をさらに深く沈める“無謀”をいったん引き受けた上で出した、三越伊勢丹の必死の決断だった。
だが、生みの苦しみを経て生まれ変わったその中身が早くも、小売・流通関係者の注目を集め始めている。松山三越は22年度中の黒字化へ、一気に浮上を目指す。
■「難しいけど、やりようはあります」
百貨店業界は2008年のリーマン・ショック後の不景気を境に地方の不採算店舗の閉店を加速させてきた。ここ数年はインバウンド需要の拡大で一時的な追い風を受けたものの、地方店ではその恩恵が十分に及ばない店舗も少なくなかった。松山三越もその一つだった。
閉店か存続かの決断が迫られる中、自ら火中の栗を拾いにいったのが、2018年4月から松山三越社長を務める浅田徹氏(58)。当時、伊勢丹相模原・府中・松戸、三越恵比寿・千葉・松山などの主な店舗の中で、赤字幅が最も大きかったのが松山三越だったという。
「松山三越は難しいけど、立地はいい。やりようはあります」
着任から2カ月、浅田氏が本社に伝えたのは、閉店ではなく「再生を目指すべき」という見解だった。
■百貨店らしさを減らし、地域に求められる場へ
四国最大の人口規模を誇る松山市は、市街地から車で20分ほどのところに日本三大古湯・道後温泉があり、夏目漱石の『坊ちゃん』、司馬遼太郎の『坂の上の雲』ゆかりの地としても知られる有数の観光地だ。
さらに、創業75年の松山三越は商店街の北側に立地し、土地、建物とも自社所有の物件。外壁や正面玄関の巨大なアトリウムにはイタリアから取り寄せたという大理石が使われ、現代の建築デザインではみられないような空間が広がっている。
「閉店する政策はやればできます。でもそれをずっとやり続けたところで、それ以上の成長戦略はありません。わたしが本社に伝えたのは、何億円かかけただけのリモデルでは(再生は)難しい。中途半端にやるなら閉店したほうがいい。でも、やるなら本気でやっていく、ということでした」
「百貨店」としての売り場を減らしてでも、地域に求められる場をゼロから興(おこ)して存続させる。自社だけで組み立てるのではなく、地元企業に参画してもらう「地域協業」の提案が支持され、再生プロジェクトにゴーサインが下された。
■デパ地下には丸ごと冷凍された魚がずらり
「もしかしたら、これは大化けするかもしれませんね」
地下1階に昨年10月先行開業した食品売り場「THE CENTRAL MARKET」(以下TCM)に、都内から視察に訪れていた大手電鉄系スーパーの幹部がこう呟いた。
同店の鮮魚コーナー「SEA to TABLE」には、普通のスーパーで売られているパックの切り身はほとんど見当たらない。代わりにあるのは、丸ごと1匹ずつ真空パックされた冷凍状態のさまざまな種類の魚介類だ。
市場や漁港から届けられた魚介類は、売り場併設の厨房で内臓やうろこなどを処理した後、専用の特殊な機械でマイナス30度に瞬間冷凍して販売される。賞味期限は6カ月程度。地元、瀬戸内の近海でとれた鮮魚が中心で、普段は鮮度勝負であまり市場には出回らないという希少な魚にも出会える。食べる時は、流水解凍すれば、新鮮な生の魚として刺身にしたり、そのまま調理したりできる。
■「品切れを極端に嫌う」百貨店の悪習を変えた
一般的に品揃えの豊富さが売りの百貨店では、“品切れ状態”を極端に嫌う傾向がある。その課題の深刻さを目の当たりにしていたからこそ、浅田社長は「これはいける」、そう直感したという。
「夕方5時ごろになって鮮魚売り場が品薄になってくると、売るものがないぞと叱られる。でも、閉店間際になっても商品が残っていたら、それはそのまま廃棄処分になってしまいます。百貨店はこのようなことを何十年も続けてきました。この技術を知った時に、食品ロスという最大の課題に、この売り場から一つのムーブメントが起こせると思いました」
ここはいわば、百貨店が長年抱えてきた「フードロス」の課題に対処するための実証店舗。来店客の動きや閉店時間を見計らいながら、切り身や総菜など段階を追って加工を施す労務面の省力化につながる一歩でもある。
■瀬戸内の鮮魚が都心の食卓へ
同業他社は敏感に、新たなビジネスの芽を察知する。
「これなら都内の駅中の小型店でも鮮魚が扱えるようになるかもしれない」
冒頭の大手スーパーの幹部は、鮮魚コーナーの前からなかなか離れようとしない。最新の冷凍技術によって、賞味期限や鮮度管理の課題をクリアできるなら、都心でも「瀬戸内の鮮魚」を日常的に買えるシーンが一気に広げられる可能性がある。販路が限られていた地方の一次産品の商圏が広がることで、鮮度劣化と闘う漁業者の負担を減らして魚の価値を高め、収入増につなげる基盤となりうる。豊かな漁場を身近に抱える地方の百貨店が、その実践の先駆けの場になった意義は、決して小さくない。
その一方で、陳列ケースいっぱいに冷凍商品ばかりが並べられた鮮魚売り場は、味気なくも感じられる。売り場を観察していると、買い物客はまばらだ。丸ごと一匹の魚をどう調理していいのか迷うように、商品をカゴに入れたり戻したりする客の姿がよく見られるという。
「販売する側も買う側もどうしていいのか分からない。それが乗り越えないといけない壁ですが、これからです。見ていてください。どんどんおもしろくなっていきますよ」
浅田社長がそう確信できるのは、食品売り場を手がけるパートナー企業の運営方針に、百貨店として「やりたいこと」と、お客やつくり手が「喜ぶこと」を両立させるヒントが詰まっていると、感じているからだ。
■20年近く行っていないのに再生を引き受けた
松山三越の地下食品売り場の運営を取り仕切るのは、松山を拠点に建築デザインやブランディング事業を手がけるNINO代表の二宮敏氏(40)と、東京都羽村市など都内を中心に展開するスーパーマーケット「福島屋」会長の福島徹氏(70)。2人は、ゼロから地域の百貨店をつくり直そうと奔走する浅田社長の熱意に触発され、“デパ地下でもスーパーでもない”、新しい「食」の事業を仕掛けていくチームとして新会社を設立、初めてタッグを組んだ。
二宮氏にとっての松山三越は「祖父が大工で、松山三越の建築に関わった」というほど縁が深い。「家族と訪れたワクワクする特別な場所」という思い出があるが、愛媛県外で建築やデザインを学び地元に戻って20年近く、百貨店に足を運んでこなかった一人だ。客離れが進む百貨店の現状を「どこでも買えるような商品で埋められた売り場に限界がきていた」とみる。
■地域のランドマークを復活させたい
時代の先駆者としての地位は崩れ、いつしか百貨店はどの施設がより手軽でより便利か、“大衆消費”の土俵で比べられ、選ばれなくなってしまったのではないか。他の小売業と横並びで消費者の嗜好の変化とビジネスの効率性を追いかけることに必死になり、百貨店が元々鍛え上げてきた「目利き」によって、“まだ見ぬ価値”を掘り起こし、演出することを自ら投げ捨ててきたようにも映る。
地方であるほど、その価値に引き寄せられる人々によって百貨店そのものが地域のランドマークをなし、独自の風土を育むコミュニティーとしての役割を果たしてきた側面は大きい。衰退を放置すれば、地域全体の体力を奪われる起点になりかねない。
芽生えた問題意識から二宮氏らが構想したのが、「つながる・伝える・学び合う」をコンセプトにした、デパ地下に切り込む食の拠点づくりだった。
■「これまでの延長線上ではうまくいかない」
TCMでは、国産原料、化学調味料無添加の商品を中心に、生産者と直接交渉して仕入れた全国各地の選りすぐりの食材や、つくり手のこだわりが伝わる質の高い商品を揃える。併設するキッチンスペースで旬の食材を使った期間限定のレストランや、料理教室などを定期的に開催。生産者と利用者の接点を増やしながら、商品化に至るプロセスや素材の生かし方を学び合い、「食」を支える一次産業のあり方を人々に問いかけるようなコミュニティーをつくろうとしている。
原型は、都内を中心に展開する創業42年のスーパーマーケット「福島屋」にある。「食べて美味しく体に優しい」独自の商品セレクトと経営スタイルが注目され、顧客もメディア取材も絶えない、話題の人気スーパーだ。その創業者の福島氏がなぜ、松山三越の再生プロジェクトに関わる決断をしたのか。
福島氏は言う。
「コロナもあり、いよいよ予測不可能な状況で、商売もこれまでの延長線上ではうまくいかないことがはっきりしてきました。中でも一次産業を後ろに控える(食関連の)事業は最も手がつけられていない。この危機的な状況で意識を変えることと、あるべきビジョンをどうやって掛け合わせていくか。失敗して恥ずかしい思いもするし、冷や汗はかく。それでも、やる価値はあると思ったんです」
■「お客さんからは辛辣な意見がめちゃくちゃ多い」
実際に売り場を動かしていく二宮氏をはじめ地元のスタッフの多くは、暮らしに直結したリアルな場の運営に直接携わったことがない、未経験からの大舞台にいる。
総監督を務める福島氏自身、「開業直後は、ここまでかと思うほどうまくいかない。泳げると思っていたら溺れる、後ろから浮き輪を投げる、そんな感じです」というように、未来志向の羅針盤を片手に進むべき方向を指し示す初めてのポジショニングで試行錯誤を続けている。
「現場の若い人たちが体を張って、本気で一次産業の現状をどうするのかを考えながら、トライアル・アンド・エラーを繰り返す。魂を入れるのはこれからです。関わる人たちがmust(しなければならない)からwant to(そうしたい)になっていく環境で動き始めた時、保守的な一次産業の世界がどう変わるのかが、見たい」(福島氏)
開業から2カ月。売り場では約70人を雇用したが、人材の確保も、企画や情報発信もまだまだ理想のレベルには程遠い。見慣れたデパ地下やスーパーらしからぬ売り場に、「がっかり」「こんなの三越じゃない」と、「辛辣な意見がめちゃくちゃ多い」(二宮氏)。“らしさ”を求める客の要望と、目指す「場」の未来像との狭間で揺らぐことがまったくない、とは言い切れない。だが、二宮氏にとってとるべき道は明白だ。
「既存の枠組みの中に引き戻されたら、百貨店はもう二度と変わることはない。求められているマーケットに寄せていくのではなく、攻め続けることに集中していく。場所があることでもがいてみる。ありたい形を発信していきます」
■前例のない試みは7、8階のホテルも
トライアル・アンド・エラーは食品売り場に限らない。松山三越の全フロアで、地域や業態としての課題に向き合った「地域協業」の新企画が同時進行で動き始めている。
店舗の7、8階に開業した北欧風の高級ホテル「LEPO」とレストラン「AINO」も、地元・道後温泉で老舗旅館を経営する「茶玻瑠(ちゃはる)」が手がけている。同社の川本栄次社長は、かつて慰安型旅行が中心だった道後地区を改革しようと、ランチメニューの開発やウェディング事業を先駆け、地元客に親しまれる地域としてイメージを塗り替えてきた開拓者でもある。
川本社長は「現状を打破するには地域の人に徹頭徹尾、愛してもらうことが大切です。浅田社長にチャンスをいただいた。生まれ変わろうとする百貨店で、ホテルの一つの概念を変えるきっかけをつくっていきたい」と期待する。
■8割の社員が早期退職を希望したが…
だが、地元企業との「共創」が生まれようとするかたわらで、百貨店としては重大な「人」の課題を抱えている。2020年7月の再生計画の正式決定とほぼ同時期に、松山三越は早期退職の募集に踏み切った。250人ほどいた社員のうち想定を上回る約8割の社員が退職を希望し、残る“獅子”は47人。
百貨店の売り場が2~4階に集約されて縮小したとはいえ、松山三越の社員には別の重要な仕事が生まれている。ここで起こる変革の“機運”と“障壁“の両方を肌で感じながら、百貨店が再び地域の核となる「城」を興し城下町をつくれるか、一つのあり方を見いだす役割だ。
大手百貨店が不採算店として閉店を決めた周辺市街地では、衰退が加速した地域も少なくない。閉店に歯止めをかけるのと同時に、持続可能な社会をつくることはきれいごとではなく、今後の百貨店にとって新たな「成長戦略」になりうる重要なテーマだ。
それは、人々の出会いや対話を生みだすコミュニティーという新たな「公共」を育むリアルの復活であり、自然を守りながら衣食住の素材を届ける一次生産者に光を当てることでもある。
三越伊勢丹本体が、グループのネットワークに乗せて「松山三越モデル」の浸透に動いた時、百貨店はようやく、「小売の王様」に返り咲く道が開けるのかもしれない。
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Polestar Communications取締役社長
1978年、沖縄県生まれ。2006年沖縄タイムス社入社。編集局政経部経済班、社会部などを担当。09年から1年間、朝日新聞福岡本部・経済部出向。16年からくらし班で保育や学童、労働、障がい者雇用問題などを追った企画を多数。連載「『働く』を考える」が「貧困ジャーナリズム大賞2017」特別賞を受賞。2020年4月からPolestar Okinawa Gateway取締役広報戦略支援室長として洋菓子メーカーやIT企業などの広報支援、経済リポートなどを執筆。同10月から現職兼務。
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(Polestar Communications取締役社長 座安 あきの)
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