「父は孤独死、母は認知症」10年以上も使っていないネット代を支払っていた実家の預金残高
プレジデントオンライン / 2022年1月22日 10時15分
※本稿は、如月サラ『父がひとりで死んでいた』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■光熱水費はどこから引き落とされているのか
9カ月にわたる入院を経て、認知症の母は高齢者施設に入居した。おそらくもう帰ってくることはできないだろう。いよいよ実家は無人になった。一人娘である私は本当に、この100坪の土地と一軒家をひとりで守っていかなくてはならなくなったのだ。
ふと我に返ると、私はこの家のことを何も知らないと気がついた。滞在している間だって電気代も水道代もかかっている。固定電話もつながっている。そのお金がどこから引き落とされているのかを確認しなくてはならない。
「重要なものは僕の部屋の金庫にまとめて入れてあるから」と以前父が言っていた気がするので、見てみることにした。そっと父の部屋に入る。「お父さん、金庫の中、見るからね」と宙に向かって声をかけた。開けられるだろうかと心配だったけれど、金庫に鍵はかかっていなかった。
■父の振り込みが止まり、口座残高はマイナスに
入っていた何冊かの預金通帳をめくってみる。父の名義の通帳も母の名義の通帳もあった。マメな性格だった父は、どの通帳が何の用途であるか、それぞれのキャッシュカードの暗証番号が何であるかがわかるようきっちりと整理をしていた。
めくってみるとどの通帳もここ数カ月は記帳した記録がなかったので、近所の銀行の支店に行って状況を確認した。その中に公共料金等の引き落とし専用の口座があったが、内容を見て驚いた。残高がマイナスになっていたのだ。ごく少額の定期預金がセットされ、そこから借り入れがなされていた。
公共料金の口座には、父が時々まとまった金額を振り込んでいた形跡があった。どこかの時点でこの作業を思い出せなくなったか、銀行に出かける気力をなくしていたのだろう。父が弱っていた証拠を見せつけられたようで、胸が詰まった。
■2万円を超える高額電気代の理由
慌ててその口座にある程度の金額を入金し、精査してみた。水道、ガス、電気、固定電話、携帯電話、NHK、新聞、固定資産税、自動車税。そういったものが定期的に引かれているが、合計してみると結構な金額になることに気がついた。そのままにしておいたら、誰も暮らさない家に今後もこれだけのお金がかかっていくのかと思うと目まいがした。なんとか対策を考えなくてはならない。
まずは実家に届いていた公共料金の検針票をじっくり眺めるところから始めた。父の手で決まった場所にきれいに整理されていた。もっとも高い料金が引かれていたのが電気代。父が亡くなる前の最後の月は電気代が1万7000円もかかっていることがわかった。過去の検針票を見つけると普段は1万2000円前後だが、2万円を超えている月もある。電話をして理由を聞いてみた。
「おそらく寒い時期や暑い時期の暖房と冷房ではないでしょうか」と電力会社の女性は言った。事情を話すと、契約のアンペア数を落としてはどうかと勧められたので、さっそく手続きを取った。悩んだ末、複数の部屋の冷房や暖房を使う可能性も考慮し、60アンペアから30アンペアにした。数日後にブレーカーを交換しに来るという。
■長期間使っていない付帯サービスばかり
次に検討したのはガスの契約について。実家ではいまだに台所の裏にプロパンガスを置き、そこからガスを引いてコンロの火を使うようにしていた。この家で私が料理をすることはないだろう。幸い電気ポットがありお湯を沸かせるのでお茶は飲める。お風呂のお湯を沸かすのは昔ながらの灯油式ボイラーだ。そこで思い切って契約を停止することにした。
やけに高い固定電話の料金は、数カ所に電話をすることでその理由が判明した。インターネットのプロバイダー料金が含まれていたのだ。しかもリモートサポートサービスやキャッチホンなど、おそらく10年以上使ってもいなかったであろう付帯サービスがたくさん付いていたのも料金が高い理由だった。
誰もいない実家に電話がかかってきても取る人もいないが、今後の何かのときに電話番号が必要になるかもしれないと思い、解約はせずに付帯サービスを1つずつ外していった。父名義のプロバイダーの解約には私の免許証をファクスで送る必要があり、近くのコンビニまで行ってコピーして送るという手間も生じた。後日送られてくる専用の封筒を使ってルーターを送り返すという作業も必要だった。
■自分の稼ぎを切り崩す覚悟を決める
NHKには、実家が無人になりテレビを見る人がいないことを電話で告げるとあっさりと解約が認められた。新聞は父の葬儀の日に止めてもらっていたが、無料のタブロイド新聞が数種類、郵便受けに押し込まれていたので、1つひとつ電話して配達を止めた。
固定資産税はどうすることもできない。また、父の車は廃車処分したものの、故郷では車がないと生活できない。私が帰省するときのために母の車は残しておき、自動車税や任意保険もそのままにしておくしかないだろう。
こうやって細かく整理していったがやはり実家を維持するのにある程度の費用は覚悟しておかないといけないようだった。この時点でまだ母の遺族年金がいくらもらえるかはわかっておらず、私は自分の収入からの補填をひそかに覚悟した。
数日かかって今後の実家にかかるお金の精査と解約や変更などの手続きを終えると、次に気になり始めたのが相続についてである。こんなことになるまで自分が相続の当事者になるとリアリティーを持って想像したことがなかったので、本当に何も知らないのだった。
■古い土地の権利証で判明した新事実
噂に聞く相続税を払わなくてはならなくなるのだろうか。調べてみると相続税の基礎控除というものがあることを知った。基礎控除額の計算式は3000万円+600万円×法定相続人の数。法定相続人は母と私なので、相続財産が4200万円までは相続税はかからないことを知った(2021年7月1日現在)。
父は大した流動資産を残しておらず、到底その金額に届くような現金は残っていない。おまけに生命保険にすら入っていなかった。
残る資産は不動産である。金庫の奥から昭和の時代の古い登記済権利証書を引っ張り出して見てみたところ、建物は父の名義だったが、なんと土地は母親のものだということがわかった。代々の土地を、若い頃に祖父から贈与されていたのだ。
■実家を売却したくても簡単にはできない
帰る人のいない実家なら、お金をかけて維持するよりさっさと売却してしまったほうがいい。そう忠告してくれる人が多かったのだけれど、ここでそれがほぼ不可能だとわかった。なぜなら、認知症という診断のついた母の土地を、家族といえど私が勝手に売ることはできないからだ。
私が実家を売却するには、成年後見制度の1つである「法定後見制度」を利用するしかないようだ。法定後見制度とは、本人の判断能力が不十分になった後に、家庭裁判所によって選任された人が本人を法律的に支援する制度のこと。私ではなく第三者である弁護士、司法書士、社会福祉士などが選任される可能性も高いと聞く。
その場合、私が実家の財産を管理することは一切できなくなり、法定後見人が許可しなければ母の預金を触ることも実家を売却することもできないとわかった。しかも母が亡くなるまで毎月、後見人には月に数万円の報酬が発生するという。
■賃貸や民泊にすると多額の税金がのしかかる
実家を誰かに貸したりAirbnb(エアビーアンドビー)などを使って民泊に利用したりしてはどうかという案を出してくれる友人もいた。築45年といえど、軽量鉄骨気泡コンクリート造りの実家はまだ丈夫そうに見える。さすがに水回りの劣化は激しいけれど、一部をリフォームすれば賃貸に出したり民泊に利用したりできそうに思えた。
しかし調べるうち、通称「空き家特例」という相続税に関する特例があることを知った。建物の建築年や特例そのものの期限はあるけれど、親が亡くなったときに家屋や敷地を売却する際、譲渡所得から3000万円を控除するというものだ。これを利用するとしないとでは所得税の金額にとても大きな差が出てくる。
ただしこの特例を利用するためには、その家に最後に住んでいた人が持ち主、つまり実家の場合は母でなければならないという条件がある。誰かに貸したり私が住んだり事業に使ったりしたら、払わなくてもよかったはずの多額の税金を納めることになるのだ。
……どうすりゃいいのよ。
母が存命中は、このまま実家を維持し続けるしかないのだろうか。私はひとり、頭を抱えてしまった。
■実家売却時に知らないと損をする2つの特例
実家を所有していた親が亡くなった場合、建物と土地の所有権移転の登記を行わなくてはなりませんが、この手続きは現在、義務化されておらず期限もありません。しかし名義変更を行わないと、時間がたち相続権の所有者が亡くなるなどして権利関係が複雑になっていき、相続時や売却時のリスクがどんどん増大するので、権利を持った人同士で早めに話し合い、手続きしておくほうがいいでしょう。
知っておいたほうがいい制度のひとつに、土地を相続するときに相続税を大幅に下げる「小規模宅地等の特例」があります。これは亡くなった人が住んでいた土地、事業をしていた土地、貸していた土地については面積が330平方メートルまで、一定の要件を満たす人が相続するときに宅地の評価額を最大80%減額するという特例です。
また、実家が空き家になり売却を検討する場合、1981年5月31日以前に建築された家屋であること、最後にその家に居住していた人が被相続人であり、その後相続人が居住や賃貸用として使用していないなどの一定の条件の下、譲渡所得から3000万円を控除する特別控除(通称「空き家特例」)を利用できる場合がありますが、この制度自体に期限があります。
どちらも条件が複雑なので、自分が当てはまるか専門家に相談することが必要です。
こういったさまざまな制度を知らないと慌てて自宅を賃貸、売却するなどして税金面で不利になりかねません。親の死後に実家の管理や建物と土地をどうするかは早めに情報収集して検討を始めておくのが大切です。
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エディター、エッセイスト
熊本市出身。大学卒業後、地元のタウン誌の編集に3年間携わり、25歳のとき東京へ。アルバイト生活からいくつかの転職を経て就職した出版社に女性誌の編集者として22年間勤務し、50歳で退社。大学院修士課程に進学し、中年期女性のアイデンティティーについて研究しながらフリーランスとして執筆活動を始める。6匹の猫たちと東京暮らし。著書に『父がひとりで死んでいた』(日経BP)。
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(エディター、エッセイスト 如月 サラ)
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