「5期連続赤字なのに時価総額は約1兆円」株式市場がメルカリをそこまで高く評価するワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月21日 12時15分
※本稿は、村上茂久『決算書ナゾトキトレーニング 7つのストーリーで学ぶファイナンス入門』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。
■ベンチャーの決算書は「利益」だけ見ても意味がない
【中村】宮田さん、ご無沙汰してます!
【宮田】おつかれさま。中村さん、転職を考えてるんですって?
【中村】ハイ! ちょっと思うところがあって……。
【宮田】今の職場がブラックという感じでしょうか。
【中村】そういうわけじゃないんですけど、なんていうか、今の仕事、やりがいが感じられなくて。宮田さんも知ってる山野っているじゃないですか。あいつ、ベンチャーに行ったんですけど、すっごい楽しそうに仕事してて。この前もtwitterに『10億円調達達成』とか書いてて。なんか、充実してそうだなと思ったら、僕はこのままでいいのかなって……。
【宮田】うんうん、その気持ちわかります。私もそうでした。
【中村】ハイ。僕もベンチャーへの転職活動を考えてみて、とりあえず知ってる企業の決算書から調べ始めたんです。それで、個人間プラットフォームでCtoCのビジネスをしているメルカリの業績を調べたら、228億円の赤字って出てきたんですよ(図表1)。上場もして、めっちゃ儲かってますって顔して、実は火の車っていう。業種にもよると思うんですけど、ベンチャーの実態ってそうなんですか?
![メルカリ 売上高及び当期純損失](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/4/600/img_f424b3f669c4a1d996443c119607d333102110.jpg)
僕も簿記はそれなりに勉強したんですけど、こういうのに詳しいのって、やっぱりスタートアップ企業のCFOとしてバリバリ働いてる宮田さんだと思って……。
【宮田】話はわかりました。ちなみに、中村さんはメルカリの決算書のどこを見たんですか?
【中村】え? どこって……、そりゃあ、利益ですよね。利益を出しているかが一番大事ですよ。その次は売上高かな。どれだけ売り上げているかも大切ですね。あとは、株価ですね。最近株価が上がっているかどうか見ました。
【宮田】確かに、フツーそうですね。でも、実は、全然見るべきポイントが違うんです。
■会計は「過去」、ファイナンスは「未来」
【中村】え!? でも、そういった感じで株式投資をしている人とかもいるじゃないですか!
【宮田】その通りなんですけど、それで「メルカリ」の業績をまったく分析できていませんよね? 通常の上場企業を分析するには中村さんの見方で通じるケースもありますが、成長著しいメガベンチャーやスタートアップ企業を分析する際にはそれだけだと残念ながら足りないのです。
【中村】もっと会計の知識が必要ってことですか?
【宮田】いや、そうではなくてですね。メガベンチャーやスタートアップ企業、ひいてはメルカリの決算書を読み解くには、ファイナンスとビジネスモデルの理解も必要なんです。
【中村】ファイナンスとビジネスモデル……。ビジネスモデルはまだしも、なんでファイナンス?
【宮田】ざっくり言うと、会計は「過去」、ファイナンスは「未来」を見る指標です。成長が著しい企業では、実績だけではなく将来性を重視する必要があるんですね。
【中村】未来ですか……。
【宮田】そう! そしてファイナンスを通じて未来を考えるにあたって、重要なことは利益ではないんです。それよりも、将来キャッシュフローを生むかどうかが重要なんです!
【中村】そもそも、キャッシュフローが何なのか、実はよくわからないんですけど。
【宮田】OK。まずはそこから説明しましょうか。
![計算機](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/d/670/img_eda1b48b312f009f973ba6d43567ab27426627.jpg)
■どうなると企業は「倒産」するか
【宮田】さて、さっき中村さんが言ってたように、メルカリは2020年6月期までは赤字ですよね?
【中村】そうなんですよ。成長してる印象だったのに。このままいけば倒産するんじゃ?
【宮田】では、企業ってどうなったら倒産するかわかりますか?
【中村】ん? そりゃあ、赤字が続いたらいつかは倒産しますよね。あとは、いわゆる債務超過ですかね。バランスシートは「資産」と、「負債+純資産」でバランスしていますから、資産よりも負債の方が多くなれば、純資産がマイナスになって倒産してしまいますね(図表2)。
![債務超過のB/Sと通常のB/S](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/8/600/img_9889d0b329c00234ca7908f228132a2986753.jpg)
【宮田】よく勉強していますね! でも、惜しい。残念ながらどちらも違います。赤字が続いても、必ず倒産するとは限らないし、債務超過だからといって倒産するわけでもありません。
【中村】え? なんでそうなるんですか??
【宮田】倒産の可能性は高まっても、赤字や債務超過がそのまま倒産につながるわけではないからです。メルカリは5期連続赤字でしたが、ハッキリ言って倒産することは当面ありません。債務超過という意味なら、スターバックスも債務超過ですよ。
【中村】そういえば、スタバが債務超過ってニュースで見ました(※)。当時は「ふーん」って感じだったけど、確かに債務超過なのになんで倒産しないんだろう?
(※)米企業、株主還元で債務超過。スタバなど24社計7兆円
【宮田】そこで大切なのが、ファイナンスの視点です。
■赤字でもキャッシュさえ回れば企業は倒産しない
【中村】先程お話されていた「キャッシュフロー」ですか?
【宮田】そう。「将来生み出すと予想されるキャッシュフロー」が大事です。ファイナンス的視点では、ここさえしっかりしていれば、赤字だろうが債務超過だろうが企業は評価されます。
【宮田】これは、利益ではなくキャッシュ、つまり企業が生み出す現金に注目するということなんです。さっきの企業が倒産する時についての答えはこれです。企業はキャッシュがなくなると倒産するんです。別の見方をすれば、赤字でも、債務超過でも、キャッシュさえ回れば企業は生き続けます。視点を変えると、会社は黒字でも倒産します。黒字倒産って知ってますか?
【中村】たまにテレビやニュースで聞きますが、あんまりわかっていないですね……。
【宮田】企業は利益が出ていても、キャッシュがなくなると倒産します。いくら儲かっていようと、取引先への支払い、従業員の給料、税金、そして借入金の支払い期限等が来ても、支払いができないと事実上倒産になるのです。
たとえば、コンサルティング業務をしているとして、毎月売上を計上しても、入金があるのは1年後だった場合、その間にキャッシュがつきてしまうと倒産するというのが、黒字倒産です。
【中村】だから中小企業は資金繰りを常に意識しているんですね。そんなこと、全然意識してませんでした。
■なぜメルカリの株価は楽天の6倍近くあるのか
【宮田】そうですよね。特に大企業で働いている人はこの視点を持ちにくい。なぜならば、自社の成長において大事なのは、売上高や利益だからです。
でも、スタートアップ企業や中小企業は違います。キャッシュがなくなると、会社の事業を回せなくなる。従業員の給料、取引先や税金の支払い。これらでキャッシュを使うので、スタートアップ企業や中小企業の経営者は毎月資金繰りに冷や冷やしながら会社の通帳やネットバンキングで現預金残高を確認しているんですよ。
【中村】てことは、メルカリについても現預金残高を見ればいいってことですね!
【宮田】そうですね。色々ありますが、今日はメルカリについて理解を深めるため、ファイナンスとビジネスモデルに関して、「時価総額」と「キャッシュフロー計算書」から分析しましょう。
ところで、メルカリ以外の企業とか調べてみました?
【中村】はい、他の企業の株価を比較してみました。メルカリの株価は今6160円(2021年9月30日時点)なんですけど、メルカリの競合だったフリルを買収した楽天グループ(以下、楽天)の株価は1081円(2021年9月30日時点)で、楽天よりもメルカリの方が株価は上なんですよ! 株価が6倍近くあるってすごくないですか? でも、なんでメルカリの方がこんなに株価が高いんですかね?
■会社の値段を比較するには「時価総額」を使う
【宮田】その質問に答える前に、中村さんは今、メルカリと楽天の株価をそのまま比較しましたね? 実はそれ、最もやってはいけないことの一つです。株価を単純に比較して、「メルカリの株価の方が高いから、良い企業」というのはご法度です。
【中村】なんでですか? ニュースでもネットでも言ってるし、比べやすいじゃないですか。
【宮田】株価は正確な会社の値段ではないからです。きちんと比較するためには、さっき言った時価総額を使わなければなりません。
時価総額=株価×発行済株式数
で計算されますが、発行済株式数は株式分割(※)によって増やせます。ただし、株式分割をすると発行済株式数は増えますが、株価は下がります。株価×発行済株式数の積は一定だからです。1枚のピザを4枚に切っても8枚に切っても、ピザ全体の大きさは変わらないですよね? それと一緒です。
(※)株式分割とは、資本金を変えずに、発行している株式を分割すること。たとえば100株を発行している会社があるとして、1株を10株に株式分割すると、株式は1000株になる。ただし、資本金はそのまま。
【中村】ということはピザを時価総額にたとえると、1枚あたりのピザの大きさが株価で、ピザを切った枚数が発行済株式数ということですね。
【宮田】その通りです。以前ライブドアという会社で、株式分割をする度に理論値よりも株価が上がり、時価総額が増えていった錬金術のような事件もありました(※)。しかし、今は法律も整備されて、理論上は株式分割をしても時価総額は大きく変わらないはずです。
(※)当時、株式分割をしても、実際に分割された新株が発行されるまでは、ある程度の日数がかかった。その間、市場で流通する株式が品薄になることで、株式分割を通じて株価を上昇させることが可能だった。
【宮田】といっても、株式分割をして株価が下がったことで、株に投資をしやすくなり、株式への需要が増えて、時価総額が増えることもあり得ます。だから厳密には、時価総額にまったく影響がないとは言い切れないんですけどね。
■ヤフーファイナンスや日経新聞のネット版で確認できる
【中村】で、時価総額ってどこに載っているんでしたっけ?
【宮田】実は、企業の決算短信や有価証券報告書に時価総額は出てきません。時価総額は、株価の情報が載っているような――たとえば、ヤフーファイナンスや日経新聞のネット版に掲載されているから、それを確認しましょう。もちろん、有価証券報告書から発行済株式数を探してきて、その値に直近の株価を掛け算して計算しても大丈夫です。
【中村】ええと、メルカリの時価総額を調べると……、株価は6160円で、発行済株式数は1.57億株。約9827億円(2021年9月30日時点、直近のメルカリの時価総額は8000億円弱)。スゴ! 確か、ユニコーン(※)の時価総額は1000億円以上でしたよね。メルカリはすでにそのステージを大きく超えていますね。関連で楽天の時価総額は……1.7兆円。株価はメルカリよりも低いものの、時価総額はさすがに楽天の方が上ですね。
(※)ユニコーンとは、評価額が10億ドル以上の未上場企業のこと。ユニコーン企業の条件として、創業10年以内としている場合もある。
■株式市場が「美人コンテスト」に見立てられる理由
【宮田】楽天は日本で最も大きいEC企業ですからね。メルカリは日本でも有数のユニコーンとして上場をしましたが、その後も成長を続け、今や時価総額でも日本企業の中で上位に食い込んでいますね。
【中村】でも、9827億円って数字がデカすぎて、スゴさがよくわからないんですよね。
【宮田】日本における上場企業の数は4000社弱。その中でメルカリの時価総額の水準は150位前後。つまり、上場企業の中で上位4%に該当します。
【中村】それはスゴい! でも、赤字はずっと続いていますよね? なんでこんなにメルカリは評価されているのか、余計わからないんですけど……。
【宮田】株価はどうやって決まっているか、考えたことはありますか? 言い換えると、時価総額はどうやって決まるのかってことになります。
【中村】将来、儲かりそうな会社の株価は上がって、そうでない会社の株価は下がるとか?
![村上茂久『決算書ナゾトキトレーニング 7つのストーリーで学ぶファイナンス入門』(PHPビジネス新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/8/200/img_786d53eb85ddda2e9d3139dc9c8faf29280982.jpg)
【宮田】まさにその通りです! 株価は、売りたい人と買いたい人の需給で決まります。そのうえで、ファイナンス風に言うと「株価は企業が将来生み出すであろうキャッシュフローの予測によって決まる」ことになります。ここでいう予測とは、「市場の見立て」です。
【中村】見立て?
【宮田】そう。中村さんはランキングとか見ます?
【中村】あー、よく見てますね。人気YouTuberとか映画の興行収入ランキングとか。昔は、アイドルの人気を投票で決める選挙とか、気になってましたね。
【宮田】まさにそのランキングと同じことが株式市場でも起こっているのです。このことをジョン・メイナード・ケインズという経済学者は美人コンテストにたとえました。好きな芸能人でもなんでも、一位を当てる時、重要なことはなんだと思いますか?
【中村】それは、「目利き力」ですね。自分の「推し」が1位になると嬉しいじゃないですか。
【宮田】半分正解で半分間違いですね。目利きは大切ですが、推しを応援するのと、1位を当てるのは、意味が違いますよね。ケインズは美人コンテストについて「1位を当てるためには、自分がいいと思った人(推し)を選ぶのではなく、みんなが1位になると思う人を選ぶのが重要だ」と説きました。ここでは自分の好みは正直二の次で、みんなが美人だと思う人を選ぶことが大切になります。
【中村】そうか! メルカリの赤字が続いているからダメだと思ってたけど、株式市場では評価されている。すなわち、みんなはメルカリが将来キャッシュを生むと思っているってことですね。メルカリ、モテモテかよ~。(後編に続く)
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ファインディールズ代表
GOB Incubation Partners CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation PartnersのCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行うファインディールズを創業。
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(ファインディールズ代表 村上 茂久)
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