「報告をしてもしなくても、結局怒られる」日本の大企業の生産性が低くなる根本原因
プレジデントオンライン / 2022年1月24日 10時15分
※本稿は、石井遼介『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
■「心理的安全性の高い職場=ヌルい職場」という誤解
「心理的安全性」という言葉は、字面や表面だけを捉えると誤解を生みがちです。心理的安全なチームというのは、外交的であることでも、アットホームな職場のことでも、単に結束したチームのことでも、すぐに妥協する「ヌルい」職場のことでもありません。
例えば、「結束したチーム」はスポーツの文脈で良く語られ、目標に向かって一致団結する姿がチームの理想として認識されています。
しかし裏を返せば、「結束したチーム」は実のところ、異論を唱えることが難しいチームともいえます。心理的に安全なチームはむしろ、チームメンバー大勢の意見が一致しているように見えるときでさえ、「それは違うと思います」と容易に反対意見が言えるチームのことなのです。
「心理的安全性」の誤解の最たるものが「ヌルい職場」といったものではないでしょうか。つまり、人間関係は和気あいあいとしているが、締切も守らず、ストレッチした仕事もせず、コンフォートゾーンの中にいる、といった職場です。
この誤解は「安全」という言葉を日常的な意味でそのまま捉え、「何もしなくても安全」「努力しなくても安全」と解してしまったことに起因します。
しかし、心理的安全性はチームのためや成果のために必要なことを、発言したり、試してみたり、挑戦してみたりしても、安全である(罰を与えられたりしない)ということなのです。
実は、この「ヌルい職場」という誤解を解き、心理的安全性を機能させる上で重要なのが「仕事の基準」(スタンダード)という考え方です。まずこの仕事の基準について解説した上で、「基準」と「心理的安全性」の関わりについて見ていきたいと思います。
■目標だけでなく、妥協点を高く設定する
仕事の基準が低いチームは、単純に余裕があって困っていないケースも多くあります。売上の多くを稼ぐ部署が別にあって、期限もなく「なにか新しい事業をつくりたい」といった漠然とした取り組みをしている場合もあるでしょう。あるいは法律や制度に守られていたり、変化が少ない市場の中で大きなシェアを過去数十年持ち続けている。こうした場合、仕事の基準は低くなる傾向にあります。
組織やチームを率いるリーダーが、基準の低い仕事を見つけたら引き上げていかなくてはいけません。メンバー間に蔓延する「まあ、このくらいでいいか」という仕事を見過ごせば、成長を求める優秀な人材は、見切りをつけてしまうでしょう。
それでは、メンバーに示すための「高い基準(ハイ・スタンダード)の仕事」は、どう定義したらよいでしょうか。
「仕事の基準」を高く設定するためには、「目標を高く設定する」ことが大切だと誤解されがちですが、そうではありません。
ビジネスの現実では、人的リソース、設備、資金、そして時間が潤沢に使えるプロジェクトなど、ほとんどありません。100%完璧に行うことなどできない中で、主にプロジェクトの締切・納期がトリガーとなって「妥協」する必要が出てきます。
ハイ・スタンダードとは、この妥協点が高いことを言います。
したがって「来期、100兆円売り上げるぞ!」という高すぎる目標設定をするが、期が始まってしばらくすると「とりあえず、昨対5%増を目標に……」などと、すぐに妥協するリーダーは妥協点が低く、その高い目標にメンバーが共感することもありません。
一方で、「今期、ここまで行こう」ときちんと目標を決めて努力し、あと半年では達成が難しいことが分かっても、粘り強く行動を増やしたり、新しいことを試したり、どんどんとノウハウをメンバーに共有したりするリーダーもいます。
目標を下げて現実に合わせるのではなく、こうした妥協点を高く保ちながら、仕事を進化させていくリーダーに、人は「ハイ・スタンダード」を感じます。そして、ハイ・スタンダードな仕事をするチームのメンバーは、たとえ困難でも達成に貢献しようと努力する一人となるのです。
■心理的安全性×仕事の基準の4象限
ここからはエドモンドソン教授の表を元に、著者が整理したマトリクスを使って、「心理的安全性=ヌルい職場」という誤解を紐解くと共に、高い仕事の基準が「心理的安全性」をチームの学習や成果へと結びつける、ということを見ていきたいと思います。
下の表は、「心理的安全性」の高低を上下にとり、そして「仕事の基準」の高低を左右にとったマトリクスです。左上から、反時計回りに見ていきたいと思います。
■優秀な人が辞めてしまう「ヌルい職場」
心理的安全性という言葉から、人によっては想像されやすい「ヌルい職場」です。つまり、クオリティの低いアウトプットでも怒られず、納期も厳しくない職場は「心理的安全性は高いが、仕事の基準が低い」時に起きます。ヌルい職場になってしまうのは、心理的安全性が低いためではなく、仕事の基準が低いことが原因です。
心理的安全性は高いので、人々はお互いに意見したり、協力したりします。そして楽しそうに仕事をするのですが、仕事の基準は低いので、納期がただズルズルと伸びていったり、目標未達が続いても特に手を打たなかったりと、「ま、このくらいでいいか」というフレーズが人々の頭に浮かぶ組織・チームです。
このような「コンフォートゾーン」にいるとき、確かに仕事は大変ではないのですが、仕事そのものから得られる充実感はあまり感じられません。成長志向のビジネスパーソンは危機感を覚え、転職を考え始めるかもしれません。
■事なかれ主義へと落ちていく「サムい職場」
同じように、「仕事の基準」が低いまま、心理的安全性も低くなった「心理的安全性が低く・仕事の基準も低い」カテゴリを見てみましょう。
このカテゴリは、心理的安全性が低いため、「チームの成果のためや、チームへの貢献を意図して行動すると、罰を受けるかもしれない」というリスクある職場です。その上、仕事の基準も低いため、そのリスクを冒してまで他者と積極的に関わる必要がない、というお互いに無関心なカルチャーの職場です。
組織・チームに必要な意見の対立や相違が、この「サムい職場」では起きず、所属する人々は事なかれ主義へと落ちていきます。
成果を出すことよりも、仕事をしているフリをすることや、失点をつつかれない為に自分の弱さを隠すことへ注力し、言われたこと以上の仕事はしません。いわゆる「親方日の丸」だったり、B2Cで市場の独占・寡占が成立して「ウチは絶対に潰れない」という認識が強く、成果へのプレッシャーが低いと、このような「サムい職場」や、一つ前の「ヌルい職場」になりがちです。
■反対意見を言いづらい「キツい職場」
一方、「心理的安全性は低いが、仕事の基準は高い」ような職場はどうでしょうか。これは、チームや組織からの助けや、相談に乗ってくれる人はいないが、高いノルマは課せられる営業チームを考えると、イメージしやすいのではないでしょうか。
「キツい職場」は、一見、「士気」が高く見える側面もあります。
しかし、「キツい職場」では本当に必要なはずの反対意見を述べたり、根本的な意義について問い直したり、目的を確認することは忌避されます。「余計なことは考えず、成果を出せ」と言われるのが、この「キツい職場」なのです。心理的安全性の低い「キツい職場」では、「罰を避けるため」にメンバーは努力します。
■果ては「部長対策マニュアル」まで作られ…
筆者が昔、目の当たりにしたことのある「キツい職場」(誰もが知っている日本の大企業)では、部長が「すぐ怒鳴る」「報告書のミスをあげつらう」など、いわゆる厳しく統治するマネジメントスタイルでした。一方で、部長は優秀な方でしたので、自分のスタイルでは、報告が集まらないことを自覚されていたのか、「悪い話も報告はすぐ上げろ」と部下には厳しく命令していました。
部下からすると、報告しても怒られる、報告しなくても怒られるという地獄の始まりです。しかし、さらに状況は複雑化していきます。
課長が、部長の顔色やタイミングを見て「○○くん、今だよ。いま部長は機嫌がいいから、すぐ報告にいきなさい」と指示をしたり、部長が帰り際にエレベーターを待っているタイミングで、「『いま連絡があったのですが……』と伝えれば、部長も帰りたいので怒られても短時間で済む」といった「ライフハック」を生み出したのです。果ては、部内で共有回覧される「部長対策マニュアル」が整備されました。「クライアントと一緒に部長報告に行けば、クライアントの前なので怒鳴らない」「基本的に他人の意見は否定するので、情報を用意して自分で結論・方針を思いつかせる」などの詳細な記載まであるマニュアルです。
この内向きな仕事を、成果を上げる方向に向けられていたら、この部署はどれほど生産性が上がったことでしょうか。
この「キツい職場」式のマネジメントは、ついマネジャーが「厳しく指導をしている」という実感と共に陥りがちなマネジメントスタイルです。罰の大本である上司が、実際には細部まで監督しきるのは難しい上、上司が監督し切れない細部には魂が宿りません。さらに「上司対策」に時間が使われたりと、実はメンバーがポテンシャルを出し切るためのマネジメントコストが高いのです。また常に監督できなくなるため、リモートワークの状況で特にマネジメントが機能しにくいのが、この種の「キツい職場」なのです。
■成果を出す「学習する職場」
最後に、右上の心理的安全性・仕事の基準ともに高い職場こそが「学習して成長する職場」です。つまり、本稿で私達が目指す、社会の変化にうまく対応し、挑戦や実践から学び、結果として成果の出る職場です。
言い方を変えれば、心理的安全性を機能させるものが「基準の高さ」であり、本稿で目指すのは、単に心理的安全性が高い(けれども基準が低い)組織・チームではなく、心理的安全性も、仕事の基準も、双方が高い成果の出る組織・チームです。
「学習する職場」と心理的安全性の高低だけが異なる「キツい職場」と比較してみると明確になることがあります。それは、どのように高い基準を保つかということです。
高い基準を保つために、「キツい職場」では罰や不安でメンバーを努力させます。「成果を出せ、さもなくば……」というスタイルです。もちろん、このスタイルでも「サムい職場」よりは成果が出るかもしれませんが、この努力の一部は、怒られないためや自分の身を守るために使われてしまいます。
■「学習する職場」では衝突が多い
一方で、心理的安全性も仕事の基準も高い、この「学習と成長する職場」では、高い基準を保ち、人々を成果に向けて鼓舞するため、次の四つが努力の源泉となります。
・[サポート]成果が出ていない時にも、罰や不安ではなく相談に乗ってくれたり、アイデアをくれたりする
・[意義]組織・チーム・プロジェクトとして、大義や意味がある目標設定がされており、やりがいや成長を感じられる
・[みかえり]まだ成果には至らなくとも、望ましい努力をしている時に承認や感謝を伝えてもらえたり、より適切な行動を促してもらえたりする
・[配置]適材適所で配置されることで、自発的・自律的に努力できるようになる
このように心理的安全性が高く、仕事の基準も高い組織では、実は「衝突(コンフリクト)」が促進されます。
心理的「非」安全な職場にいた場合、「衝突」をできるだけ避けるように調整し、仕事をしてきたという方もいるかもしれません。しかし、「健全な衝突」はむしろ業績にプラスとなるのです。
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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 研究員
株式会社ZENTech取締役。日本認知科学研究所理事。研究者、データサイエンティスト、プロジェクトマネジャー。神戸市生まれ。東京大学工学部卒業。シンガポール国立大経営学修士(MBA)。組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2020年9月に上梓した著書『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)は21刷・11万部を数え、読者が選ぶビジネス書グランプリ「マネジメント部門賞」、HRアワード2021 書籍部門「優秀賞」を受賞。
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(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 研究員 石井 遼介)
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