「日本人はみんな貧乏になる」岸田政権の"新しい社会主義"ではだれも幸せになれないワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月20日 18時15分
■「新しい社会主義」に傾きつつある日本
岸田文雄首相は「新しい資本主義」を旗印に掲げている。政権発足から3カ月が経過したが、私はいまだにこの言葉に違和感を覚える。「新しい社会主義」の間違いではないか、と思うことがある。
この「新しい資本主義」という言葉を聞くたび、私は、JPモルガン勤務時代に部下の外国人たちが「日本は世界最大の社会主義国家だ」と言い残して帰国していったことを思い出す。それが彼らが数年間、日本で働き生活したうえでの実感だったのだ。
同じように「日本は世界で最も成功した社会主義の国」と揶揄(やゆ)されることがある。護送船団方式や強固な官僚制、国民皆保険制度などとともに、高度成長を成し遂げた成功体験までもある。
長期低迷が続く今でも欧米に比べれば日本の格差は小さく、競争より結果平等の横並び意識も強い。これではイノベーションは起こらず、経済の新陳代謝は鈍る一方だ。
この、まるで社会主義国家のような経済運営が現在の日本経済の長期低迷をもたらし、40年間で世界ダントツのビリ成長しかできなかったと私は考えている。
「官製賃上げ」に象徴されるように、日本は真の資本主義国家ではない。
経済成長を実現できない現状のまま、分配だけが進めばどうなるだろか。これは中国が進める「共同富裕」ならぬ、「共同貧困」への道を突っ走ることになる。これは社会主義諸国が「不幸の分配」を行って隘路に入り、崩壊に至った過程と類似している。
私は、この長期低迷を乗り越えるためには「新しい資本主義」の構築ではなく、「社会主義的な経済運営」をやめ「真の資本主義国家」を作るのが重要だと思う。
■不幸の分配と結果平等という社会主義の隘路
今の若い人は「社会主義」と聞いてピンと来ないかもしれない。
私が「社会主義ではだめだ」と最初に強く実感したのは「ベルリンの壁」が崩れた1989年末。JPモルガンの資金為替部の幹部会議に出席するために東ベルリンの最高級ホテルに泊まった時だった。
当時、東西ベルリンの境界線にでは、銃器を持ったいかめしい東側兵士がパスポート検査をしていた。彼らはなかなかパスポートを返してくれないので、バスの中で待つわれわれはえらく緊張したのを覚えている。
まだ観光客はほとんどおらず、東ベルリン一のホテルはガラガラだった。レストランでの夕食は夜8時から始まった。前菜、主食、デザートだけのコースだったが、真夜中の0時までかかった。最初は歓談していたわれわれも会話に飽き、あることがきっかけでウエートレスに文句をつけた。が、彼女に無言でにらみ返されただけで終わった。
この時、私は「社会主義とは何ぞや」について身をもって理解した。働いても働かなくても給料は変わらないので誰も熱心に働かない。国は衰退するだけだ、と。
東ベルリンを走る車は「段ボール製」と言われていた。本当かどうかは知らないが、性能が極めて悪かったということだろう。さらに西ドイツ経済からははるかに遅れていた。余談になるが、ある美術館に展示されている彫刻を現地の人たちが素手で触っていくのにはショックを受けた。
■格差是正と分配を旗印にする疑問
世界では今、格差が問題となっている。富が富裕層に集中しすぎたからだ。
これは資本主義がうまくいった証拠でもあるし、その副作用でもある。格差是正が政府の仕事になるのはわかる。
しかし、日本の格差は中間層の没落によって生じたものだ(図表1)。「富裕層に富が集中したことにより拡大した」欧米とは異なる。それは専門家のほぼ統一された見解だ。その日本で格差是正を問題にし、さらなる分配を旗印にするのは疑問である。
「行き過ぎた格差」を是正するのは政府の仕事かもしれないが、行き過ぎてもいない格差を是正し「結果平等」へと邁進するのは資本主義国家の仕事ではない。社会主義国家の仕事である。究極まで格差是正を追求すれば完璧な社会主義国家の成立だ。働いても働かなくても同じ、努力してもしなくても同じの社会主義国家だ。
日経新聞「明日は見えますか 格差克服『社会エレベーター』動かせ」(1月5日朝刊)で京都大の橘木俊詔名誉教授は「(日本は)格差の大きさより全体的な落ち込みが問題だ」と指摘されている。まさにその通りだ。
「国民の生命と財産を守る」のは政府の最低限の仕事だ。そのためセーフティーネットの構築は極めて大切となる。そのうえで競争を促す。平等な競争環境をつくることこそが、政府の仕事なのではないのか? 結果平等ではなく機会平等だ。
■格差は原動力になる。問題の本質は格差の固定化だ
71歳の私が子供の頃は、日本は今よりはるかに貧しかった。
私の父は東芝勤務のサラリーマンで「上の下」か「中の上」の生活レベルだったのではないかと思うが、毎月一度のすき焼き鍋が最高のごちそうだった。タクシーなど、もったいなくてまず乗れなかった。
自宅に来客のある時は出前のお寿司をとった。これが最高級のぜいたくだった。風呂の水は1週間に1度か2度しか交換せず、上がり湯で体をきれいにした。給食は脱脂粉乳だった。多くの子供たちは栄養失調で青ばな(青っぽい鼻水)をたらし、上着の袖は拭いた青ばなでテカテカに光っていた。
かつて貧困度はエンゲル係数で測ったものだ。エンゲル係数とは「1世帯ごとの家計の消費支出に占める食料費の割合」だ。この数値が高ければ、絶対的な貧困層と言える。私が子供の頃はエンゲル係数が今よりはるかに高く、貧乏だった。
しかし相対的な貧困を示すジニ係数は、きっと今よりかなり低かっただろう。皆、平等に貧乏だったのだ。だからと言って、皆が落ち込んでいたわけではない。今日より、明日。明日より明後日にはよりよい生活ができるとの夢があったからだ。
一定の格差は社会を前進させる原動力になりうる。問題は、固定化である。絶望や諦めに社会が覆われては、社会の活力自体が失われてしまうことになりかねない。
■富裕層を叩いても無意味
格差是正の議論となれば、必ず富裕層がターゲットになる。
私はJPモルガン勤務時代、仕事の関係で数多くの世界の大金持ちと知り合ったが、日本の金持ちとはスケールが違った。もし世界の大金持ちと同じような生活を送れば、日本ではすぐに週刊誌のネタになってしまうと思う。
日経新聞「ファストリ、中途人材に年収最大10億円 IT大手と競う」(1月16日朝刊)では、「デロイトトーマツグループの20年度の調査によれば、日本の最高経営責任者(CEO)の報酬総額の平均は1億2千万円。米国は15億8千万円で、日米の格差は前年の12倍から13倍に拡大した。欧州でも英国のCEOは3億3千万円の年収がある」とある。平均が15億8千万円ということは、億単位の年収の人が米国にはごろごろいるのだ。
米国の若者は会社経営者の大きく立派な家を見て「自分も」と夢を持つ。大リーガーやプロバスケットボール選手、プロアメリカンフットボール選手たちのぜいたくな生活を見て「自分も」と思うのだ。夢がかなう確率は低くても夢が持てるというのは大事なこと。戦後の日本人が生き生きしていたのと同じだ。
要するに、日本にいるのは絶対的な大金持ちではない。ジニ係数で言うところの相対的なお金持ちだけだ(世界から見れば小金持ち程度だろう)。大リーガーと日本のプロ野球手の年棒、日米社長の年棒などを比較すれば、容易に想像できる。
彼らのような「小金持ち」から搾り取って、この国の閉塞感が改善されるとは思はない。
日経新聞「明日は見えますか 格差克服『社会エレベーター』動かせ」(1月5日朝刊)で「日本の問題は平等主義がもたらす弊害だ。突出した能力を持つ人材を育てる機運に乏しく、一方で落ちこぼれる人たちを底上げする支援策も十分でない。自分が成長し暮らしが好転する希望が持てなければ格差を乗り越える意欲はしぼむ」との記述がある。
まさに若者に夢が持てる社会が必要なのだ。結果平等では、夢は育たない。
■富裕層には所得税、相続税が重くのしかかっている
日本では、長い出世競争に打ち勝って、やっとたどり着いたCEO職で平均年棒が1億2000万円程度。厳しい累進課税の税金を払った後では郊外に小さな家しか建てられない。そんな住宅環境、生活環境を見ても、日本の若者は夢など持てないだろう。
ましてや日本は格差是正の名目で所得税の累進は厳しいし、相続税は重税化している。配偶者と子供2人で4800万円の基礎控除しかない。
先進国の中で、そんな国は日本くらいではなかろうか? 世界は相続税の軽減化の方向だ。国会で質問した時、米国では重税化しているとの答弁を得たことがあるが、無税だった相続税が復活したものの相続人は1人約10億円の基礎控除がある(毎年インフレ率で変わる)。両親から相続すれば約20億円の控除だ。
日本を引っ張るリーダーたちのエネルギーや時間、興味は、相続税節約という後ろ向きの論点に向かっている。残念でならない。欧米の高所得者層はどこに投資したらリターンがいいかを議論しているのとは対照的だ。これは、これから伸びる産業(=リターンの高い産業)に資金が集まることで、国が一層発展することにもつながる。
■日本の富裕層を攻撃しても貧しくなるだけ
このように「小金持ち」しかいない日本で、中間層が没落して生じた格差の是正策として小金持ちを引きずり下ろせばどうなるのか? 日本から国外に逃れるかもしれない。そうすれば私が子供の頃のように皆が平等に貧しくなるだけだ。
しかも当時と違い夢や希望が無くなっているのだから社会の輝きは失われ、ますます国力は落ちていくことだろう。
日本プロ野球の一流選手をすべて大リーグに追いやれば、日本には二流選手ばかりが残る。年棒のばらつきは無くなるので選手は平等になるが、平均年棒はガクンと落ちる。プロ野球は面白みが欠け、産業として衰退し選手の所得は減る悪循環に陥るだろう。
没落していった中間層を再度引き上げるためにはパイを大きくすることだ。パイの分配の仕方だけを考えていては、パイはさらに縮小し、1人当たりの受け取る絶対量は減少する。パイを大きくするためには、結果平等と対極にある競争が不可欠だ。
アメリカのバイデン大統領はたびたび「競争のない資本主義は資本主義ではなく、搾取にほかならない」と口にし、報道で発言が取り上げられる。イギリスの経済学者・ケインズ氏が「アニマル・スピリッツ(野心)が失われると資本主義は衰退する」と説いたように、野心の源泉となるのは競争は極めて重要だと言える。
競争よりも格差是正を金科玉条として分配を最重要項目として邁進した日本経済のなれの果て(=40年間のダントツのビリ成長)を説明するのに適切な文言だと私は思う。
日本の停滞は、競争の不足が招いた結果だろう。産業の新陳代謝や労働力の移動を促す構造改革を怠ったまま、それを放置してきた。そこで分配政策を掲げても長期低迷の失敗を繰り返すことになるだけだ。
■このままでは「共同貧困」に陥る…日本には競争と先富論が必要だ
中国の習近平国家主席は昨年8月、「共同富裕」というスローガンを大々的に打ち出した。
これまで中国には、1980年代に鄧小平氏が唱えた「先富論」(豊かになれるものから先に豊かになる)という改革開放の基本原則があった。結果的に中国は世界2位の経済大国へと発展したが金持ちに富が集中したため、習氏は「共同富裕」という分配の概念を導入した。
まずはパイを大きくして、そのうえでの分配なのだ。
日本はどうだろうか。40年間も世界ダントツのビリ成長を続け、分配するパイは大きくなっていない。むしろ縮小を続けているのに、中国や成長を続ける資本主義の国々をまねして、分配に力を入れれば日本は「平等に皆、貧乏」の「共同貧困」に陥るだけだ。(富ではなく)不幸を分配する悪循環に陥った社会主義国家没落の再現となるだろう。
失敗してもまた立ち上がることができるセーフティーネットを確立したうえで、一定の格差を認め、競争を導入し、若者に夢を与え、パイを大きくするべきだと私は思う。分配はその次だ。新興国のようで情けないが、今の日本には「先富論」こそが、必要だ。
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フジマキ・ジャパン代表取締役
1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。当時、東京市場唯一の外銀日本人支店長に就任。2000年に同行退行後。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師。日本金融学会所属。現在(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年までは参議院議員を務めた。
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(フジマキ・ジャパン代表取締役 藤巻 健史)
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