「だれが見ても怪しいのに…」無法地帯のツイッターで精子提供者を探す女性が絶えないワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月24日 20時15分
■「昨年は5件妊娠報告をいただきました」
Twitterで「#精子ドナー」「#精子提供」「#精子バンク」を検索すると、「東大卒」「中肉中背」「身長は175センチ」「一流企業勤務」「スポーツ歴はサッカー」「持病、性病なし」などの言葉が並ぶ。中には「昨年は5件妊娠報告をいただきました」などと、実績をうたっている投稿もある。提供する男性側とみられるアカウントが目立つが、「情報を求める」とする女性側のアカウントも入り交じっている状態だ。
針のない注射器「シリンジ」を使い、精子を体内に入れることを「シリンジ法」という。「タイミング法」とは、排卵のタイミングに合わせて性行為をすることだ。提供するという男性アカウントには、「シリンジ法、タイミング法どちらもOK」など、性行為をちらつかせているものも少なくない。
「(Twitterは)いかにも怪しい投稿が多いから、使いたいとは思わない。でも、もしずっと妊娠しないままだったら、最後の手段として試したい気持ちになったかもしれない」。最近、長い不妊治療を経て、無事出産をしたある40代女性はいう。「何度もダメだと心が削られる。どんな手段でも試したい気持ちはわかる」
■独身日本人を名乗った男性は既婚中国人
一方、SNSを介して精子提供を受けて、トラブルになっているケースもある。SNSで知り合った男性から精子提供を受け、子供を出産した30代女性が昨年末、約3億3000万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したというニュースが話題となった。
女性は、男性が京大卒の日本人で、独身で交際相手もいないと信じた上で、性交による精子提供を受け、妊娠出産していた。ところが、男性は中国籍で別の国立大を卒業しており、既婚者だったことが判明。精神的苦痛を受けたなどとして提訴に踏み切ったというのだ。生まれた子供は児童福祉施設に預けられているという。
これは裁判にまで発展した異例のケースかもしれないが、SNSで連絡を取り合って交渉し、精子提供を受ける行為が実際に行われているのが今の日本の実態だ。
■SNSを使えば「低コスト」で「匿名性が高い」
では、なぜ精子提供者を探すのにSNSを使うのだろうか。
子供ができない夫婦が子供をもうけたい場合、第三者からの精子提供を受けて人工授精するAIDと呼ばれる治療がある(※)。しかし費用が10万円ほどかかるだけでなく、対象が法律婚の夫婦に限られ、同性カップルや選択的シングルマザーなどはそもそも対象にならないという課題がある。
(※)無精子症など絶対的男性不妊の場合に適用される方法
そのほかには、海外の精子バンクや親族などからの提供も考えられる。しかし海外の精子バンクは渡航費や病院費用などのコストが高額になる上、提供者が日本人ではない。また、親族からの提供もスムーズに行くとは限らない。
さらに、2018年にAID治療の大半を担ってきた慶應義塾大学病院が、精子提供者不足を理由に新規患者受け入れを中止したことも影響している。その他、国内各地にあるAIDを行う12カ所ある日本産科婦人科学会登録施設のうち、少なくとも6施設は新規受け入れを停止中だ。
提供者が不足する背景には、子供の出自を知る権利、つまり親を知る権利の広まりがある。情報開示請求によって子供から親が特定されるなど、ドナーの匿名性が保たれなくなる可能性が出てきているのだ。
一方、SNSならば無償をうたっていることが多く、かかっても交通費や検査費用など実費程度。受け取った精子はシリンジで注入するため、費用もほとんどかからない。匿名性も高く、最後の手段としてSNSに頼る人が増えているのだ。
■性感染症や遺伝病、性被害のリスクも
しかし、匿名性の裏返しで個人情報や本心を偽ることが容易なため、SNSで精子提供を募るリスクは当然大きい。
まず、医学的なリスクだ。たとえば病院では性感染症などの検査をするが、SNSでは自己申告制のため、性感染症やHIV、肝炎などに感染するリスクが考えられる。ドナーがある種の遺伝病を持っていた場合、子供に遺伝する可能性もある。
また病院では近親婚を防ぐため、1人の提供によって生まれる子供は10人までという指針があるが、SNSでは制限がないため、近親婚につながるリスクも高くなる。
依頼する女性側には別のリスクもある。「提供者に性行為を強要された」「盗撮されそうになった」といった性被害だ。タイミング法を試した後に、提供者側から「精子提供のために性行為をしたことを周囲にばらす」と脅された例もあるという。
提供者側が自分の子供だと主張して生まれた子供の養育に介入してきたり、逆に提供者が子供から認知を求められ、扶養義務などを負う可能性も否定できない。
■性犯罪やドラッグ取引がはびこる無法地帯
こうした精子提供を取引するSNSとしてInstagramやFacebookではなく、Twitterが選ばれる理由は複数ある。そもそも匿名性が高く、目的に応じて複数アカウントを作成、利用しやすいこと。テキストのみでもよく、ハッシュタグで同じ目的・興味関心の人がつながり、拡散しやすいことなどが挙げられるが、それだけではない。
SNSの多くが禁止事項を挙げ、問題ある投稿は削除されることが多い一方で、Twitterはまるで無法地帯だ。性犯罪やドラッグ売買などの個人間取引だけでなく、詐欺などの犯罪への使用や、誹謗(ひぼう)中傷も非常に目立つ。
ヘイト投稿、詐欺投稿、誹謗中傷、裸の写真などでも削除されることがなくそのままになっており、見かけてぎょっとしたことがある人は多いはずだ。「グローバルポリシーには反していない」という考えのもと、投稿はそのままにされてしまうのだ。
■問題投稿は削除せず「見ない」ようにするだけ
事実、ヘイトスピーチを禁止する川崎市の条例に基づき、11月までに同市が削除依頼した投稿のうち、LINEなどの投稿は削除されたものの、Twitterの投稿は「応じられない」と削除されていない。
木村花さんがTwitter上で誹謗中傷された事件で、加害者の情報開示を求めた時も同様だ。文春オンラインによると、米国には侮辱罪に相当する概念がないらしく、「そんな微罪で利用者の情報を明かせないと非協力的なスタンス」だったことが明らかとなっている。
Twitterでは投稿を削除しない代わりに、リプライを非表示にしたり、RT急増後にリプライできる人の設定を変更するか注意喚起するテストを行うなど、誹謗中傷などを「見ない」方向に機能を追加しているのだ。
■大学教授らの手によって国内初の精子バンクが誕生
精子提供の問題に話を戻すと、提供を希望する人はこのままリスクを伴うTwitterを使わざるを得ないのだろうか。第三者の卵子や精子で生まれた子供は増え続けており、推定で1万人以上に上ると言われている。この状況に合わせ、少しずつではあるが法整備などが整いつつある。
去年12月には、第三者から卵子や精子の提供を受けて生まれた子に関し、親子関係を明確にする民法の特例法が成立。卵子提供者ではなく卵子提供で出産した女性が母となり、妻が夫の同意を得て夫以外の精子提供を受けて出産した場合、夫は生まれた子の父となるとされた。
また、インターネットで「精子ドナー」「精子バンク」などと検索すると、SNS以外にもさまざまなマッチングサービスが見つかる。あるマッチングサービスは、精子提供者の学歴、血液型や年齢、居住地などで選べるようになっている。顔をモザイクなどで隠したり、風景や猫などの写真になっている人もいるが、顔写真を掲載している人も多い。多くの場合は事前に面談を行い、方法などについて相談することとされている。
獨協医科大学の岡田弘特任教授の調査では、日本語で精子提供をうたうウェブサイトなどは140以上ある。しかし、このうち約92%で感染症検査の有無、提供への同意や契約書類などについての記載がなく、提供を受ける人に対する情報提供が十分ではなかったという。
このような実態を危惧した同特任教授らによって、国内初の精子バンク「みらい生命研究所」が誕生。精子提供者は20〜40歳までの治療に理解のある医療関係者などに限定し、感染症の検査を行った上で妊娠する確率が高いと思われる精子を選び、契約を結んだ医療機関に提供する仕組みとなっている。
■生まれてくる子供の権利を守られることが一番
デンマークの世界最大の精子バンク「クリオス・インターナショナル」も日本窓口を開設するなど、信頼性の高いサービスも登場している。ドナーはデンマーク人などが中心だが、性病や遺伝病などについては十分に検査されており、選択的シングルマザーや同性カップルなども利用できる。
しかし、やはり希望するすべての人が提供を受けられ、コストや人種などの問題をクリアできるまでには程遠い状態だ。
とはいえやはり、SNSにおける精子提供はあくまで個人間取引の一つで、どうしてもトラブルが多くなる。自衛のためには、事前に相手の情報をできる限り客観的な形で集めて信頼できるかどうか確認すべきだ。また、希望者が増えている現状を踏まえ、より信頼性の高いサービスを受けられる環境が整うこと、そして一番には生まれてくる子供の権利が守られることを期待したい。
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成蹊大学客員教授
ITジャーナリスト。書籍、雑誌、webメディアなどの記事の執筆、講演などを手掛ける。SNSや情報リテラシー、ICT教育などに詳しい。著書に『ソーシャルメディア中毒』『できるゼロからはじめるLINE超入門』ほか多数。「あさイチ」「クローズアップ現代+」などテレビ出演多数。元小学校教員。
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(成蹊大学客員教授 高橋 暁子)
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