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子育てを「家庭」だけに押し付けるべきではない…保育園の代表が「こども家庭庁」に抱いた違和感

プレジデントオンライン / 2022年1月25日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

政府はこども政策の司令塔となる新たな組織「こども家庭庁」を2023年度に創設する方針だ。埼玉県で認可保育園の代表を務める中村敏也さんは「こども庁ではなく、こども家庭庁となったことで、子育てを家庭に押し付けたい意図を感じる。もっと社会全体で子育てをする方向に進むべきではないか」という――。

■「認定こども園」は問題を増やしただけだった

2023年度のできる限り早い時期に「こども家庭庁」を創設すると閣議決定されました。「こども」を中心にした支援を国が全力で行うことを宣言したと思うと大変すばらしい決定です。しかし、保育園や児童発達支援などの子育て関係の福祉事業者の私は大変うれしく思う反面、少しだけ心がざわついています。

心がざわつく原因の一つは、こどもに関する政策の縦割りの弊害をなくすために立ち上げられた「こども家庭庁」なのに、その方針に暗雲が立ち込めていることです。日本経済新聞の報道によると、内閣府や厚生労働省はこどもに関する政策をこども家庭庁に移管することを認めていますが、文部科学省は幼稚園行政や学校のいじめ対策については、移管に反発したそうです。

このニュースには、2006年に誕生した「認定こども園」の問題が思い起こされました。1990年代に保育ニーズの高まりにより、幼保一元化が議論されましたが、厚労省と文科省が互いの管轄を譲らず、二つの省庁が関わる形で認定こども園がつくられたことです。

認定こども園に移行した施設に聞くと、運営費の請求がものすごく複雑になったことや、自治体の保育課が、幼稚園の入園の方法や実際どのような運営をしているかなどの情報を把握していないケースが見受けられ、保育課と幼稚園とで混乱が生じているなど、15年経ってもまだまだ円滑に運営されていないのが実情。このような事態がまた再現されるのかと思うと、暗い気持ちになってしまうのです。

■こどもの権利が書かれていない教育基本法

さらに、これからも文部科学省が関与することになる幼稚園やいじめ対策について、こども中心になるのか、私は疑問を感じてしまいます。というのも、みなさんは、教育基本法のなかにこどもの人権が明記されていないのをご存知でしょうか? 教育の目的や親がこどもに教育を受けさせる義務があると書かれていますが、“こどもが権利の主体である”とは書かれていません。日本の法律のなかで明記されているのは、児童福祉法のみ(※)です。

このことが、学校で発達に課題のある児童への合理的配慮が進まないことや、いまだに頭髪規制などの意味不明な校則があること、学校に教科書などを置いていてはだめで、毎日持って帰らないといけなかったりすること、バカたかい制服を強制的に買わされるなど、多くの問題が放置されていることにつながっているのではと感じます。

マスクをした小学生の女の子
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

保育園や児童発達支援事業を通じて、保護者からの声や小学校とのやりとりを直接行っている当事者として、こどもの権利の重さの違いを感じる場面が多く、文科省が管轄する幼稚園や学校のいじめ対策がこども家庭庁に移管されないことには正直なところ、懸念を抱いてしまうのです。

そもそも日本には、こどもの権利を守るための「こども基本法」がありません。基本法とは、国の制度や政策の基本方針となる法律です。障害者の権利を守るための「障害者基本法」、女性の権利を守るための「男女共同参画社会基本法」にあたる法律がないのです。このことが、こども政策の遅れにつながっているという指摘もあります。こどものための省庁を創設するのなら、そのまえに「こども基本法」の制定もセットで議論してほしいと思います。

※児童福祉法 第一条 全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのつとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有する。

■子育ての社会化が後退する

心がざわつくもう一つの原因が、もともと「こども庁」という名前だったところに「家庭」の二文字が入ったことです。子育ての社会化が、後退するという懸念を抱いてしまいます。

「子育て罰(Child penalty)」という言葉を最近よく耳にします。これは母親がこどもを産むことで、生涯賃金が下がることや、社会が子育てに不寛容であるために、こどもを持たない母親に比べ負担ばかりが増えることを表しています。

電車の中でベビーカーを蹴られたり、泣いているこどもがいたら舌打ちをする人など……実際、私もこどもが小さい頃に、こどもを抱っこしながら少し混んでいる電車に乗ったときに、こどもが泣き出し、サラリーマン風の男性に舌打ちをされたことがあります。成人男性に対しても舌打ちをしてくる社会です。これが力の弱い女性であれば、もっと肩身が狭い思いをしているのではないでしょうか。ちなみに、私はこのとき、「舌打ちしてんじゃねーよ」と思わず言い返してしまいましたが、何も言い返してきませんでしたよ。ぜひ女性の皆様、泣き寝入りせずに堂々としていましょう!

さて、話がずれてしまいましたが、日本はこの子育て罰の割合が非常に高い、子育て世帯に厳しい社会だと感じます。それは、7人に1人と言われるこどもの貧困問題などが先進国の中でも目立って大きいことからもわかります。

身なりはそれなりだが、実際は家族旅行に行ったことがない、修学旅行の積立ができない、もっとひどいと給食しか1日の食事がないということがかなりあることを、PTAを取りまとめている代表の方や学校関係者から聞きます。学習塾や習い事へ通わせるお金がないため、収入格差がそのまま経験格差、学力格差につながり、生涯年収の差も広がる一方です。

そのために児童手当があるという方もいると思いますが、この児童手当には所得制限があります(2022年10月支給分から世帯主の年収が1200万円以上だと廃止)。高所得者層には手当は支給しないという方針は一見妥当だと感じる方が多いと思いますが、ここにも、子育てに関するお金は親が出して当たり前という思想が見え隠れします。そもそも世帯主の年収が1200万円というのは、税金を払いながら、そして忙しい生活の中で、わが子に塾や習い事に行かせようとするため、実際は時間のゆとりも貯金も少ない家庭が多いのが現実です。

日本がここまで子育て世帯に不寛容なのは、「親の無償の愛が大切で、家庭こそが子育ての中心であり、大切だという昭和的な価値観」を押し付けられてきた結果だと感じます。今回、「家庭」という名称が入ったことで、まだそれが続くように思われて落胆してしまったのです(名前だけで実際には変わっていくのであれば、嬉しいのですが)。

■このままではこどもを産めない国になる

これから子育ての社会化や親の負担軽減を真剣に進めないと、日本はこどもを産めない国になってしまうと思います。

日本の出生率は「1.34」と、人口維持ができる2.0まで全く届いていません。今までのように、政治や社会が子育てに不寛容なままですと、ますます出生率は下がり続けることでしょう。いずれ所得格差がはげしく一部のエリートしか将来を夢見ることができないといわれる韓国の「0.84」という出生率になってしまうと思います。もともと「こども家庭庁」は少子化対策を行うために創設されるのですから、ここはがんばってほしいです。

実際、保育事業者として親たちを見ていて、限界に来ていると感じています。

令和3年10月14日の読売新聞の1面に「不登校最多の19万6127人、小中高生の自殺最多415人」という衝撃的な記事が出ました。児童虐待も増えていて、厚労省によると令和2年度は20万5044件件と過去最高との報告がありました。

明らかにコロナ禍でのこどもたちへの負の影響が出ていて、さらに家庭での虐待も増えています。虐待というのは、閉鎖された空間の中で、力の強いものが弱いものへストレスなどのはけ口として行われます。

虐待は社会から孤立した小集団で起きます。

私自身、保育や児童発達支援、相談支援事業に携わっていますが、実際に虐待の増加を感じます。「包丁で刺されて死ね」などと、幼児ではあり得ない語彙(ごい)で恐ろしい暴言を平気で口走り、家庭で言われているのではないかと疑われるケースや、母親から父親がこどもへ乱暴な言葉を使うので聞いていられないからどうにかしてほしいと相談を受けるケース、夫からのDVに耐えられず夜逃げをして別居をするので、他の親戚が迎えに来ても引き渡さないでくださいという依頼など。以前もあったことですが、最近特に多くなっていると感じます。

赤ちゃんを抱いて悩む女性
写真=iStock.com/yamasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

こうした事態を打開するためには、子育てを社会化し、子育て世帯の負担を減らすことが急務です。

■保育園を有効活用してほしい

そこで保育事業者としての提案です。「こども家庭庁」には、以下の2つを実現してほしいと思っています。

①保育園を誰でも利用できる場所にしてほしい

認定こども園や保育園を利用するためには、1号、2号、3号認定というのを受けて初めて利用可能になります。

1号:幼稚園を利用する3歳からの認定。幼児教育を受けることを認める認定
2号:3歳から5歳児が仕事などの保育に欠ける要件を満たしているので、利用できる認定
3号:0歳から2歳児が保育に欠ける要件を満たすことで利用できる認定

そこに、新たに0号認定というのを新規に作り、働いていなくても保育に欠ける要件を満たしてなくても0歳から未就学児まで、誰もが利用できるようにしてはどうでしょうか?

誰もが気楽に保育園をつかえるようになれば、子育ての負担はぐっと減るでしょう。子育てのプロがすぐそばにいる安心感は、子育て世代にとって、これほど心強いものはありません。

②保育園の多機能化をしてほしい

保育園を保育だけでなく、子育て世代や地域の方が交流できる場所として機能していくこと。

休園日に、園庭などを開放し定期的なマルシェを開催したり、こども食堂などを行っている他の団体へ施設を貸し出し、人が集まる場所にしたり、地域の方々がつながるきっかけがあれば、子育てが孤独なものでなくなります。

現在は、保活といって保育園に預けるのが難しいといわれていますが、急速に進む少子化に伴い、これから1~2年で待機児童問題はなくなり、施設の空きが目立つようになります。保育園にとっても、新しい保育園の活用の仕方が進まないと園児が集まらず生き残っていけない世界になってしまいます。子育て世代にとっても、保育運営事業者にとっても、少子化対策を進めたい国にとってもみんなが幸せになるプランが、保育園の多機能化です。

国、自治体、保育園事業者で協力して、子育て世代にやさしい社会を実現していきたいと思います。

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中村 敏也(なかむら・としや)
元気キッズ保育園 代表
1977年7月埼玉県生まれ。明治大学経営学部卒業後、企業勤務の傍ら待機児童問題に興味を持ち、保育学や法制度を学ぶ。2004年9月、埼玉県志木市にて「保育園 元気キッズ 志木園」を開園。2006年7月株式会社SHUHARI(シュハリ)設立し、以降地域のニーズに対応しながら小規模保育事業、認可保育所、児童発達支援事業所、保育所等訪問支援事業所、相談支援事業所を開設。埼玉県内に、保育園、児童発達支援(保育型)施設、保育所等訪問支援事業所と児童発達支援事業所(個別型)の多機能施設、病児保育室、放課後児童クラブ、相談支援事業所を開設・運営(2021年4月現在)。

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(元気キッズ保育園 代表 中村 敏也)

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