売上高が14%に減ったうえに…HISが苦しむ「800億円のキャンセル料」という重すぎる経営課題
プレジデントオンライン / 2022年1月25日 11時15分
■経営危機に陥ったエイチ・アイ・エス
コロナ禍で業績が大きく変化した業界は少なくありません。その中の一つに旅行業界があります。緊急事態宣言や蔓延防止策により、旅行客は急激に減少してしまいました。
今回は、エイチ・アイ・エスのコロナ前後の貸借対照表を比較し、コロナの影響がどの程度あったのかを決算数値から読み解いていきましょう。
さっそく問題です。日本を代表する旅行代理店であるエイチ・アイ・エスの、2012年10月期と2021年10月期の貸借対照表が並んでいます。どちらがコロナ後の最新の貸借対照表か当ててみて下さい。
■たった1年で売り上げが4分の1程度に減少
正解は選択肢②が2021年10月期のエイチ・アイ・エスの貸借対照表でした。
それでは、まずはエイチ・アイ・エスがコロナウイルスにより受けた業績への影響を確認します。売上高の推移を見てみると、コロナウイルスの流行が始まった2020年度の売上高は2019年度に比べて半分近くまで減収となっています。たった1年で売り上げが半分となっているのも衝撃的ですが、2021年度の売上高はさらに4分の1程度まで減っています。この2年では8085億円から1186億円と86%の減収となっています。売上高が14%に縮んでしまったわけです。
一方で、営業利益の推移についても確認してみましょう。エイチ・アイ・エスの営業利益の推移データを見てみると、売上高と同様にコロナウイルスの流行が始まった2020年度より赤字が拡大していることが読み取れます。売上高と営業利益の推移を見ても分かる通り、旅行者の減少が旅行代理店の業績に与える影響は非常に大きいです。
■大赤字を出したからといって倒産するわけではない
コロナウイルスの影響で旅行者が大幅に減少し、その結果エイチ・アイ・エスの売上高と営業利益は大きく減少してしまいました。しかし、減収減益以上に危険なシグナルが存在します。
それは何かというと現金等の減少です。エイチ・アイ・エスの総資産の推移を見てみると、コロナウイルスの流行が始まった2020年度より1500億円近く減っていることが読み取れます。
コロナウイルスが流行する前後の年の貸借対照表を比較して見ると違いは一目瞭然です。元々は非常に大きい割合を占めていた流動資産の金額が、たった一年で半分以下となってしまっています。
流動資産の内訳を確認してみると、特に大きく減少している勘定科目が「現金および預金」です。コロナウイルス流行の前後で1000億円近く減少してしまっています。
企業は赤字となって倒産するのではなく、現金が支払えなくなって倒産してしまうため、売り上げの減少や赤字の拡大以上に、現金預金の減少が経営する際の最も危険なシグナルとなります。
■前受金が増えるほど現金も流動負債も増えていく
それでは、なぜたった一年でこれほど現金預金の金額が減少してしまったのでしょうか? その理由について解説する前に、旅行代理店のお金の流れを解説します。
旅行代理店はサプライヤーである航空会社やホテル会社からチケット等を仕入れ、それをパッケージ化して顧客に対して販売するビジネスです。お金の流れが特徴的で、旅行をする前に事前に旅行客からお金を受け取る慣習があります。
この旅行者から事前に受け取る「前受金」の動きを、決算書の数値の動きと共に見ていきましょう。まずは予約のタイミングに前受金が入金されますが、この時点では収益に計上はされません。収益として計上されるのは、サービスの提供が完了したタイミングとなるため、予約のタイミングで受け取った前受金は貸借対照表の負債に計上されます。
その後、旅行が終了し、サービスの提供が完了した時点で、貸借対照表の負債に計上されていた前受金を収益へと振り替えることになります。
つまり、旅行代理店の商流ではサービスの提供前に現金が入ってくる仕組みとなっています。資金繰りの面でも有利に働くこの「前受金」のシステムですが、先に獲得した現金を使い次の顧客を獲得するための広告宣伝等にお金を回すことができるため、顧客獲得の面でも強力な武器となります。
ここまでの流れをまとめると、旅行代理店ビジネスでは、旅行者が増加し事業が回れば回るほど現金がどんどんたまっていく傾向があります。そのお金の動きが貸借対照表に反映され、資産の現金等と、負債の前受金が積みあがっていきます。
■キャンセル料だけで約800億円の現金が流出
このように、お金が先に入ってくる強力なビジネスである旅行代理店ですが、コロナウイルスの流行により大きな弱点が浮き彫りとなってしまいました。それは旅行者のキャンセルによる影響です。
通常は予約の時点で前受金を受け取ることとなりますが、旅行者がキャンセルする場合には返金が必要となります。従って、大量キャンセルが発生してしまう場合には、事前に受け取っていた前受金が一気に減少し、結果現金の流出へとつながります。
エイチ・アイ・エスのコロナウイルス流行前後の数字の動きを見てみると、1年間で「旅行前受金」という勘定が800億円近く減少しています。これは予約していた旅行者による旅行のキャンセルの影響金額です。
キャッシュフロー計算書の動きからも読み取れるように、本業での現金稼得を表す営業活動によるキャッシュフローが、コロナウイルスの流行が始まった2020年に大きく減少しています。多額の現金が流出していることがキャッシュフロー計算書の動きからも読み取れます。
このように、売り上げの減少や赤字の拡大以上に危険なシグナルが現金の減少であり、その最も大きな影響が旅行者のキャンセルによる前受金の返金ということが読み取れます。従って、新規の旅行者が増えないという問題以上に、既存客のキャンセルという問題がコロナウイルスの流行によりエイチ・アイ・エスの業績に多大な影響を与えてしまいました。
■売り上げや利益よりも前受金に注目すべき
ここまでの説明からコロナウイルスの流行により旅行代理店は非常に苦しい状況となっていることがお分かりになられたかと思います。
ワクチンの接種の進捗により感染者が減少していくかと思いきや、新たな変異株の発生により再び感染者が拡大してしまうなど、先行きがかなり予想し難い状況となっています。それでも水面下では旅行を我慢している人達が確実に増加しているため、旅行が解禁された時には一気に業績が回復することも想定されます。
業績の回復は売り上げや利益よりも先に、前受金の増加に反映されるため、旅行代理店の決算書を読む際にはぜひ注視してみてください。
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大手町のランダムウォーカー、Funda 代表取締役
学習意欲の高い個人や企業研修向けに、数字でビジネスを考える思考を身に付けるWEBアプリを提供しています。著書『世界一楽しい決算書の読み方』は発売開始1年間で20万部突破。TwitterやInstagramにて「#会計クイズ」を発信中。SNSトータルフォロワー数は約15万人。 https://www.funda.jp
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(大手町のランダムウォーカー、Funda 代表取締役 福代 和也)
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